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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (10/22)田原調教師逮捕――管理競馬の限界が見えた
 前々回の当コラムでは、田原成貴調教師(42、栗東)の「発信器事件」に対するJRAの処理の甘さを指摘した。ところが、処分からわずか17日後、田原調教師は“塀の向こう側”の人となった。10月8日午後、羽田発札幌行きの日航機に搭乗する際の手荷物チェックで、バッグの中から刃渡り18センチのナイフが発見されたため、銃刀法違反の現行犯で警視庁東京空港暑に逮捕された。身体検査で、ポケットから覚せい剤の水溶液がついた注射器が見つかり、尿検査でも陽性反応が出て、覚せい剤取締法違反でも現行犯逮捕された。

 正直なところ、驚きはない。むしろ「来るべきものが来た」というのが筆者の受け止め方である。騎手時代の晩年から、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。もともと感情の起伏は激しかったが、小さなことで見せるいら立ちは尋常ではなかった。発信器事件の前に、ある競馬雑誌で、栗東の現役の有力調教師が田原調教師の素行を名指しで批判している記事が掲載されたほどである。とかく身内に甘く、“ムラ社会”と揶揄(やゆ)されるきゅう舎の内側から、ここまで辛らつな同業者への批判が出た事実の方が驚きだった。

 では、JRAは何をしていたか。端的に言えば、余りにも事が重大すぎて、何も出来なかったのだ。発信器事件の際にも触れたが、JRAは美浦・栗東の両トレセンに「公正室」という組織を置き、きゅう舎関係者の管理に当たっている。「小さな不祥事の芽も摘む(発覚を防ぐ)」というスタンスに立ち、内部に情報ルートを張り巡らしている。遠く関東のマスコミ関係者の間にさえ、薬物使用を疑う声があったほどだから、JRAが何も知らなかったとは到底信じられない。ただ、発信器装着ならともかく、覚せい剤と言えば重大な刑事事件である。下手に手出しをして、証拠を隠されでもすれば、JRAが警察当局から「捜査妨害」を責められることになる。一昨年から昨年にかけ、警察不祥事が相次ぎ、内部管理機構である「監察」のあり方が批判を浴びたことがあるが、今や両トレセンの公正室にも、監察と同じ批判を向けざるを得ない。

 田原調教師がいつから薬物に手を染めたかは、まだ判明していないが、競馬界にとって薬物問題は共通のリスクである。ドミニク・ブフ(仏)やランフランコ・デットーリ(伊=覚せい剤所持)、クリス・アントレー(米=故人)など、海外でも騎手の薬物問題が発覚した例は枚挙にいとまがない。朝が早く、減量を強いられる騎手には、覚せい剤に手を出す動機があり、日本にも前例がある。そこで、馬のドーピング検査機関の競走馬理化学研究所は、騎手に対する薬物検査の必要性を提起する立場から、各国の競馬統轄機構の対応を調査した。その結果、英、仏、米カリフォルニア州、香港で、検査が行われていることが判明した。対象薬物は主にアルコールや麻薬・覚せい剤だが、フランスでは利尿剤(減量に用いる)までも対象とし、2年で全騎手を検査するという徹底ぶりである。

 この結果を踏まえ、同研究所はJRAに、騎手の薬物検査について問題提起したが、JRAは一顧だにしなかったという。諸外国と比べても、「公正」にうるさいのが日本の競馬だったはず。騎手を調整ルームに缶詰にする人権無視の(?)慣行も、公正確保が錦の御旗である。薬物は暴力団関係者との接点という、最も忌み嫌うべき事態に直結する。全く危機感が欠けていたというほかない。

 ただ、それもJRAときゅう舎関係者との従来のもたれ合い的な関係からは、簡単に説明できる。詰まるところ、両者の関係は「JRAによる保護と管理」であり、親と子、ペットと飼い主の関係に極めて近い。双方の物理的、心理的距離が余りに近すぎる上、JRAには事なかれ主義的な面があり、厄介な問題はことごとくカネで処理してきた。これでは薬物検査など言い出すのも難しかろう。

 競馬の主催者ときゅう舎関係者の間には、様々な利害関係が生じてくる。例えば、主催者にとって、元のスター騎手は興行的な配慮からも、粗略には扱いにくい存在だ。実際、田原調教師は、1000勝騎手の特典で免許を取得した。来年度限りで特典は廃止されるが、これも一種のスター優遇策だった。事実上の調教師定員制を取り、毎年の試験合格者が数人に過ぎない中で、こうした特典を置くことは、「公平」を旨とすべき免許制度とは相いれないが、主催者が免許権者を兼ねる現在の態勢の下で、特典は12年も存続した。

 やはり、免許権者と主催者は別組織であることが基本ではないだろうか。主催者は馬券を売ることに徹し、免許発給と受給者の管理はジョッキークラブ的な組織が行い、薬物検査なども別組織にゆだねる。万一、問題が発覚すれば早急に捜査機関に通知する。現在の態勢で、不祥事に厳正に対処できるとは、残念ながら思えない。免許権者を別組織とすることは、騎手や調教師にとっても決してマイナスばかりではない。日本では裁決に対する騎手や調教師のアピールが極めて少ないが、裁決と免許権者が一体であることも一因であろう。また、免許の捕らえ方も変わる必要がある。運転免許を得ても、自動車を買うのは自己責任である。特に調教師は、中小企業の経営者に近い存在であり、現在のような扱いは本来なじまない。

 田原調教師の問題に戻れば、マスコミの対応にも問題があった。1998年2月の記者に対する暴行事件について、被害者の所属する新聞社でも、東京の紙面は大きく報じたが、大阪の紙面は全く無視した。当時、大阪のスポーツ各紙は田原調教師との専属契約を取り付けようと争っていたことが背景にあるが、スターと言えども、記者への暴力は許されない。当時の甘い姿勢が今日の事態を招いたも同然であり、彼をスポイルした責任の一端はマスコミにもある。



 
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