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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (9/25)競走馬の耳に発信機、田原調教師の処分・管理競馬のゆがみ映す
 競走馬の耳に発信機を装着するという前代未聞の事件で、JRAは田原成貴調教師(42、栗東)に、過怠金50万円の処分を下した。問題の発覚から2カ月を経ても、真相は十分に解明されないまま。拙速とも言える処分の背後には、JRAの「臭い物にフタ」をしたい思惑があり、管理競馬のゆがみと限界を映す結果となった。

 事件は7月18日、田原調教師の管理していたフジヤマハクザン(牡2歳、兵庫県競馬に移籍)の左耳に発信機が装着されていたのを、同馬の担当きゅう務員が発見、JRAに届け出て明るみに出た。だが、“初動捜査”の誤りから、JRAは正確な事実関係をつかむチャンスを逸した。発信機は栗東トレセンの競走馬診療所で発見されたが、その場では回収されず、JRAが本格的な調査を始めた段階では、肝心の受信機の方を田原調教師は廃棄してしまい、重要な証拠が失われた。事件の最大の焦点は発信機装着の動機であり、受信機の機能の検証は、動機を認定する上で不可欠だった。廃棄は証拠隠滅に等しい行為であり、動機への疑念を深めるものだ。

 田原調教師側の説明は、(1)馬主(藤本龍也氏)が管理馬を移籍させそうに思えたので、万全の管理をアピールしたかった(2)担当きゅう務員が労災事故から復帰して間もなかったため、放馬などの不安があった――の2点だったが、発信機の装着は藤本氏には伝えられていない。また、発信機は田原調教師の知人が製作したものだが、「安全確保の意図」なら、廃棄する必要はなかった。この点を田原調教師は「製作者に迷惑がかかる」と釈明したが、不利な材料を消したという疑惑はぬぐえない。

 JRAは14日の会見で、田原調教師と同馬の担当きゅう務員の間に、人間関係のいざこざがあったことを認めた。発信機を馬に装着した場合、(1)違和感から馬が異常行動を起こす(2)平衡感覚に異常を来し、走行の安定性を損ねる――などの危険があるとされる。こうした危険性が処分の理由だが、一方でJRAは十分な根拠もなく、「馬への悪意はなかった」と判断した。だが、きゅう務員との個人的な確執があった以上、人への悪意があった可能性は捨てきれない。しかも、証拠は捨てられた。

 強制捜査権のないJRAには酷かも知れないが、もっと徹底的に調査すべきだった。50万円の過怠金は、一昨年5月のシンコウシングラーの過少重量事件で、栗田博憲調教師が受けた処分と同じだが、当時は10億円の馬券が紙くずになった。トレセン内で発生し、ファンに直接の影響がなかった事件で、これだけの処分が下ったのを見れば、ファンはより重大な背景を疑うだろう。田原調教師は個人のホームページで疑惑を否定しながら、このHPは後日閉鎖され、JRAへの弁明書には反省の言葉が書かれていた。これではまるで司法取引である。

 JRAの会見では田原調教師の個人的資質を問う声さえ出た。だが、免許権者がこんなことを問われること自体、管理競馬の限界を露呈した話である。調教師が自由営業であれば、資質を欠いた調教師も、勝てないきゅう舎も、市場で淘汰(とうた)されるだけの話である。だが、JRAは事実上の定員制(約230人)を取り、調教師に排他的営業権を与えている(口が裂けても定員とは言わないが)。毎年の試験の合格者は数人。苦節10年という人も少なくない。ちなみに、田原調教師は騎手時代に1000勝を上げた特典で、筆記試験を免除されている。免許交付が決まった後の1998年2月には、スポーツ紙の記者に対する暴行事件まで起こしたが、JRAは何の対応もしていない。これがボタンの掛け違えだった。

 当時の対応は、JRAの進めてきた「管理競馬」の本質を如実に物語る。ここで言う管理とは「不祥事を発覚させない」ことだ。調教師、騎手などに対するJRAの管理体制は、1973年に大枠が構築された。騎手の不祥事を受け、東京、中山両競馬場(きゅう舎がまだあった)と栗東に「公正室」が設置され、主として裁決関係の職員が、きゅう舎関係者の指導・取り締まりにあたるようになった。現在はきゅう舎関係者の大半がトレセンの数キロ圏内で生活しており、競馬主催団体の職員がきゅう舎人の日常を監視するという、世界の競馬でも極めて特異な体制となっている。だが、監視する側もされる側も、「競馬ムラ」という閉ざされた空間にあって、身内意識に流されがちになる。しかも、監視する側は不祥事の発覚を恐れて事なかれ主義に陥り、問題が起きた場合も厳しく対処できない。今回の田原調教師に対する調査の甘さにも、その弊害が現れている。一方、こうした監視体制の下では、自己責任の感覚が育たず、きゅう舎関係者の一部に、社会人の自覚を欠いた者が時に現れる。

 免許と営業権を直結させ、丸抱えで生活を保証するJRAの体制は、監視と表裏一体で管理競馬の根幹を成している。だが、人間を大人にしないような体制から、世界に通用する競馬人が現れるだろうか? 仮に出ても、それは一握りの際立った資質の持ち主だけであろう。諸外国でも、裁決や免許といった領域が、主催者と切り離されている例が多い。余りに多くの権限がJRAに集まっていることは、民主主義の観点からも問題がある。

 特殊法人改革の論議がかまびすしいが、着地点はともかく、確実なのはJRAが今後、“ただの主催者”に徹する方向に進むことだ。きゅう舎関係者の個人的問題をも丸抱えするような“管理競馬”のコストは、今後、ますますJRAの重荷になろう。今回の問題を契機に、JRAはきゅう舎人だけでなく、馬主や生産者との間にも乾いた関係を構築する方向を目指すべきである。



 
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