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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (8/13)“ミスター競馬”の遺したもの
 6日死去した“ミスター競馬”野平祐二元調教師は自著「騎手伝」(フォレスト出版)に、こう記した。

 「昭和20年代の競馬は、白眼視する世間から身を隠し、社会の片隅でひっそりと生きていかなければならなかった存在でした。(中略)20代の私は、競馬廃止の幻影に怯えながら騎手を続けていたのです」

 騎手としても調教師としても、世界に通用する日本競馬を目指した野平氏の原点は、競馬存続への危機感にあった。1990年代半ばまで続いた空前のブームが去り、大分・中津競馬が廃止に追い込まれた年、野平氏がこの世を去ったことには、因縁めいたものを感じてしまう。

国際化の先駆者として

 日本産馬の海外遠征の嚆矢(こうし)は、保田隆芳騎手とともに米国に渡ったハクチカラである。ハクチカラに帯同して米国内を転戦した保田騎手は、今も主流にであるモンキー乗り(あぶみを短くして、馬の背にはりつくようなフォーム)を導入したことが知られている。だが、野平騎手はケンタッキーダービーの模様を伝えたニュース映画で、米国騎手のモンキー乗りを“発見”し、自らチャレンジした。

 海外の優れた技術を積極的に取り入れる姿勢は、騎手としての名声が高まるにつれて、むしろ強くなった。スピードシンボリでの欧州遠征の後、1972年に有力オーナーの支援を受け、自らも私財を投じて「日本ホースメンクラブ」を結成。欧州で馬を購入し、野平氏自らがフランスで調教をつけて出走させるという壮挙だった。資金難からクラブは解散を余儀なくされるが、ダンディルート(ビゼンニシキの父)や、ロンバード(メジロファントムの父)、フィディオン(メジロデュレンの父)といった牡馬や、シェリル(メジロティターンの母)などが日本に輸入され、繁殖馬として多くの活躍馬を出した。結果的に、日本馬の資質向上にも貢献したのである。

シンボリルドルフときゅう舎制度

 調教師としての野平氏は、シンボリルドルフの存在を抜きには語れないが、同馬の置かれた立場は、現在のJRAのきゅう舎システムが抱える問題をいち早く表面化させたのである。同馬には、野平氏や岡部幸雄騎手、藤沢和雄・調教助手(当時=現調教師)などがかかわったが、馬主・生産者でシンボリ牧場を率いた和田共弘氏(故人)もまた、並々ならぬ熱意を持っていた。現在の制度は、レースの10日前までに、JRAの施設に入きゅうさせる義務があるが、和田氏はこれを逆用して、期限ぎりぎりまで手元に置いて管理した。実質的には調教師が2人いたのも同然だった。近年は、外部の育成牧場で9分通り馬を仕上げて、最短の在きゅう期間でレースに走らせる手法は一般的だが、当時は周囲の風当たりも強かった。

 欧州スタイルの馬主主導の競馬を、日本で実践してしまった和田氏と、競馬サークルの間で、板挟みとなった野平氏の立場は苦しいものだった。後に、シンボリルドルフの米国遠征を巡る行き違いから、和田氏と野平氏は決別したが、背景にはこうした事情もあったと考えられる。和田氏と離れた後、調教師としての野平氏は必ずしも馬に恵まれたとは言えなかった。結果的には、大きな犠牲を払ったが、一度きゅう舎に預けたら預けっ放しが常識だった時代に、一石を投じた意味は大きかった。

ファンとの架け橋として

 野平氏が中山競馬場近くの自宅に、多くのマスコミ関係者や文化人を招いた。後に「野平サロン」と呼ばれたが、ここから発信された知識、情報は広く共有され、競馬の魅力を伝える上で計り知れないほど大きな役割を果たした。先月の参院選で初当選した大橋巨泉氏と親交を深めたのは有名な話だが、巨泉氏は競馬界に様々な提言をし、世論を動かした。

 自身も、調教師の時代からファンに積極的に語りかけた。海外や地方競馬へのツアーに加わり、興が乗ると深夜までファンと競馬を語り続けた。「騎手はスターでなければならない」と、ファンにアピールする騎乗スタイルを追い求めた現役時代から、姿勢は一貫していた。

 晩年、心を痛めていたのは地方競馬の苦境で、調教師時代に患った脳こうそくの後遺症を抱えながら、存廃の危機にある高知競馬へのツアーに2度に渡って参加したり、北海道や岩手にも足を運んだ。競馬の世界に限ったことではないが、現場にあって、広い視野を持ち続けることは難しい。その意味で、常に「世界の中での日本競馬」「ファンあっての競馬」という意識を忘れなかった野平氏は、稀有(けう)な存在であったと言える。

 父の省三氏はやはり調教師で、幼い息子に、英国貴族の優雅な遊びとして発達した競馬のエスプリを伝えた。幼時から馬に接した野平氏自身も、「馬は平和的で自由な生き物」であることを感じ取り、当時支配的だった馬への力づくの接し方を拒否した。騎手に転身するために中学を中途退学する際、教師から「非国民」と鉄拳制裁を受けた野平氏もまた、平和と自由を愛した人だった。「競馬はただのギャンブルではなく、美しいスポーツ」というメッセージを、野平氏は生涯を通じて発信し続けた。だが、国や自治体にとっての競馬が単なる集金手段であることは、50年間変わっていない。しかも、その国や自治体が今も、競馬の生殺与奪の権を握っている。そのことこそ、氏の最大の心残りであったに違いない。



 
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