(2/12)芝から砂へ―日本のダート競馬の可能性
今年で6回目のドバイ・ワールドカップ(アラブ首長国連邦ドバイ・ナドアルシバ競馬場、以下DWC)に、日本から2頭が選出された。昨年のJCダートを楽勝したウイングアローと、ダービーグランプリ、川崎記念を逃げ切ったレギュラーメンバーである。DWCが創設された1996年は、日本でも中央と地方のダート重賞の「統一グレード」が始まった年にあたる。それから5年で、日本のダート競走は、質量ともに充実してきた。日本馬2頭が選出されたのは、その成果とも言える。
もともとJRAの競走体系は、欧州、それも英国に範を取り、大レースはすべて芝で行われてきた。かつて、札幌と中京はダート(砂)しかなく、札幌記念がダートの最高峰という時代もあった。1976年にはトウショウボーイ、クライムカイザーというその年のダービーの1、2着馬が参戦して、札幌で史上最多の約6万人の観衆が集まったこともある。ただ、そんな例外はあっても、日本のダートコースは芝の内側に造られ、主に冬季間の芝馬場の保護のために使われる“日陰”の存在だった。
流れが変わった背景には、中央と地方の交流が拡大されたことがある。競馬の国際化の進展で、JRAと地方競馬との間の壁を維持する理由がなくなったのだ。外国調教馬が出走できるレースに、地方競馬所属馬が出走できないという状況は、対外的に説明がつかない。また、地方競馬の苦境を打開するために、日本の競馬界全体としてダート競馬振興を図る要請が強まってもいた。
そうした時代の要請にこたえるように、ライブリマウント、ホクトベガといったスターが次々に出現。ホクトベガの後は、一時は低調だったが、98―99年にかけ、アブクマポーロ(船橋)、メイセイオペラ(岩手・水沢)が一時代を画し、地方側の活性化にも貢献した。昨年は初の国際競走となるJCダートが新設され、今年は地方側でジャパンブリーダーズカップ(JBC)が創設、第一回が10月31日に大井競馬場で行われる。
急速に充実してきた日本のダート競走だが、将来、さらに質を向上させるためには、課題も少なくない。まず第一に、コースの整備がある。DWCもブリーダーズカップ・クラシックも10ハロン(約2000メートル)の競走だが、JRAにはダートの2000メートルというコースはない。地方ではさすがに大井、盛岡を始め、2000メートルで基幹レースを行っている競馬場は多い。だが、地方側には、砂が深すぎたり、路盤の整備を十分に行っていないコースが多い。海外で通用するダートホースの育成には、ある程度の速さも求められる。大井競馬場では、ここ数年をメドに路盤や線形の改修に手をつける計画がある。地方の余力のある競馬場は、コースの整備に力を入れて欲しい。
もう一つは、グレードの見直しである。現在、中央で13、地方で30の重賞レースが統一グレードを与えられている。G1に関して言えば、中央が2、地方が5という配置だが、地方の5はやや過剰の感がある。今年はここにさらにJBCのクラシック、スプリントが加わる。
昨年の各統一G1の優勝馬を見ると、看板に恥じない馬が勝っているが、ファストフレンドはG1を2勝しながらJRA賞の選から漏れた。選ぶ側の意識の問題もあるが、G1の過剰という感覚は確かにある。
グレード見直しの方向としては、3歳限定のダービーグランプリ(盛岡)の位置づけが課題だ。諸外国では夏以降、3歳のトップクラスは古馬と対戦するのが当たり前になっている。JRAの菊花賞も同様の問題を抱えているが、JBC創設をにらんだ番組再構築が望まれる。もう一つ、今秋からは、南部杯―JBC・クラシック―JCダート―東京大賞典―フェブラリーSと、G15戦が間を置かずに続くことになる。しかも、チャンピオンはDWCに進む可能性が高いとなれば、個々のレースが薄味なものになる危惧があり、すでに川崎記念の位置づけもかなり難しくなっている。ここも整理が必要だし、一部を春シーズンに移すことも考えて良いだろう。
こうした問題をうまく解決できれば、ダートレースの将来性は高い。中央と地方の双方のすそ野を持っていることや、世界の馬産界が、ダート主体の米国を中心に回っていることがあるからだ。昨年、芝の中長距離G1が同じようなメンバーで争われ、やや閉塞感をかんじさせたのとは、違った背景を持っている。しかも、米国やドバイで日本馬はまだ、ほとんど実績を上げていない。逆に言えば、ダート競馬こそ、日本競馬界に残されたフロンティアということができるのである。
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