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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (7/10)ジョセフ・リーさん・ドバイの名馬を手がけた調教手腕を「育成牧場」で
 中央競馬ではここ数年、美浦、栗東の両トレーニングセンターの外にある「育成牧場」の存在感が増している。休養馬や、デビュー前の馬などを完調一歩手前まで仕上げ、各調教師に渡す。「外きゅう」と呼ばれるこうした施設の運営を、昨年から始めた米国人がいる。ジョセフ・リーさん(38)。かつては、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイのシェイク・モハメド殿下の下で、世界最高の競走馬を調教していた人である。 リーさんの育成牧場「ジョー・リー・ステーブル」は、福島県天栄村に昨年11月開業した「天栄ホースパーク」の中にある。45ヘクタールの広大な敷地に1200メートルの周回コースと、高低差17メートル、長さ1000メートルの坂路コースを持ち、206の馬房を持つ大型施設だ。

 リーさんはこの中の20馬房を借り、現在は従業員5人で、現役馬6頭とデビュー前の3歳馬10頭を管理している。昨秋、一度は千葉県市原市で開業したが、6月から充実した調教コースを持つ「天栄」に移って営業している。

 米国で調教師の経験もあるリーさんは、調教と日常の馬のケアを分業化する米国型の管理方法を導入している。コースで調教するのはリーさんを含めて2人。あとは、飼料を与えたり、馬を歩かせたり、馬房の手入れをする役回りだ。

 モットーは「馬をリラックスさせる」こと。馬の歩かせ方一つでも、従業員に細かく指示を出したり、外傷を負った脚に綿を巻く方法を指導したりと、自分の培った手法を少しでも伝えようとしている。

 リーさんは1962年、ニューヨークで生まれた。11歳の時、祖父に連れられて見たベルモントステークスで、セクレタリアトが3冠を達成。競馬に取りつかれた。大学に入学したものの、騎手への夢を断ち切れず、20歳で中退してケンタッキーの競馬場に飛び込んだ。年齢的に騎手になるのは困難だったため、馬の調教をしながらケンタッキー大学で経済を学んだ。

 卒業後は米国を代表する名伯楽、ウェイン・ルーカス調教師の下で働き、91年にケンタッキーできゅう舎を開業。だが、93年に米国の有力牧場の会長から「モハメド殿下の下で働いてみないか」と誘われ、調教助手としてドバイに渡った。これが人生の転機となった。

 ドバイでは80頭を超えるG1馬を手掛け、海外遠征する馬の調教担当として世界を渡り歩いた。最初の年に、いきなり巡り合ったのが「神の馬」ラムタラだった。「体質が弱く、色々と検査したが、原因はわからなかった。しかも、精神的にも幼かったのにダービーを勝った。今も最も印象に残る馬」と話す。

 初来日は94年。京王杯スプリングカップに出走したザイーテン(2着)に同行した。日本の競馬を初めて見て「大勢のファンが競走馬や周囲の人に興味を持ち、競馬を単なるギャンブルではなく、スポーツとして楽しんでいる」ことに強くひかれたという。

 東京競馬場に滞在中、通訳のアルバイトをしていた加賀武見調教師の2女、鈴代さん(32)と知り合い、1年8カ月後に結婚。その後も毎年、日本とドバイの往復を繰り返す間に、日本に腰を据える気持ちが強くなった。

 とはいえ、世界一の馬と施設、人材を擁するドバイから離れるのは、難しい決断だった。「自分はチャレンジすることが好き。義父の手助けもしたかった。日本の競馬に新しい風を吹き込めたら、と思った」とリーさん。モハメド殿下は、「戻りたければ、いつでも場所を開けて待っている」と、送り出してくれた。

 現在、手掛けているのは加賀調教師と、その義弟に当たる阿部新生調教師の管理馬。以前、扱っていたドバイの馬たちと比べれば、「すごい馬ではない。でもチャンスはある。違うトレーニングによって、チャンスを広げたい」と話す。

 現役騎手以外は、外国人ホースマンが日本の競馬にかかわる道は、生産と育成に限られる。だが、リーさんには日本で調教師になりたいとの思いがある。「外国人調教師は脅威ではなく、プラスになる。私のやり方を見て、日本の調教師は良いか悪いかを学ぶことができる」

 日本のきゅう舎は、個々のきゅう務員などの権限が強いのが特徴という。「責任の所在が不明確になる恐れがある。海外では、すべてを把握し、決断するのは調教師と決まっている」と経験を踏まえて語る。

 1番の悩みの種は、獣医や装蹄(そうてい)師との意見調整。細かい点で希望を受け入れてもらえないことが多い。だが「馬に携わるのは単なる仕事ではない。とても楽しいゲームだ。新しい馬、新たな問題、すべてがチャレンジ」と目を輝かせている。



 
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