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  [日経新聞運動部記者 野元賢一]

  (6/26)故障に泣いた「未完の大器」グラスワンダー
いくつも問題を抱えながら、グランプリ3連覇という実績を残したグラスワンダー(写真は一昨年の有馬記念) 〔共同〕
 25日の宝塚記念のレースから10分後。阪神競馬場の関東馬用の出張馬房に、一台の馬運車が滑り込んだ。後ろ側の扉が開くと、中から1頭の栗毛馬が降りてきた。高い荷台からようやく地面に降り立った馬は、馬房に向かって歩く間、左前脚を痛がって引きずっていた。遠くで勝者をたたえる歓声が響く。グランプリ4連覇を目指したグラスワンダーには、余りに寂しい結末だった。

 診断は「左第三中手骨骨折」。比較的大きな骨折で、症状は重いが、生命に別条はなく、手術の必要もなかった。不幸中の幸いと言うべき事実を確認すると、尾形充弘調教師は報道関係者に「残念ですが、これで引退させます」と明言した。どこかホッとした表情だった。

 グランプリ3連覇の名馬をつかまえて「未完の大器」とは、失礼かも知れない。ただ、故障さえなければ、この馬は間違いなく、もっと遠くまで行けた馬だった。半面、順調に周囲の人間が狙ったレースで勝ち星を重ねる馬より、逆境に置かれることの多い馬の方に、人はひかれるものだ。この馬も多くの人の心を揺さぶった。

 1995年、米国で生まれた。この年に生まれた世代からは、次々に名馬が現れている。少なくとも90年代では最強の世代と評価して良いだろう。デビューは97年9月の中山戦。ここからアイビーS、京成杯3歳S(現在は京王杯)、朝日杯3歳Sと無傷の4連勝を飾り、同年の最優秀3歳牡馬に選出されるのだが、特筆すべきは、この時に年度代表馬の選考投票でも票を得ていることだ。いかにインパクトが強かったかがうかがわれる。朝日杯3歳Sは、同日の古馬1600万条件のレースの勝ちタイムを大きく上回るレコード勝ち。他馬に乗っていたマイケル・ロバーツ騎手は、自分の馬についてコメントするより先に、グラスワンダーを「すばらしい。リアルチャンピオンだ」とたたえたのが印象深い。

 体調だけを問題にすれば、当時がこの馬のピークだった。NHKマイルCを目標に調整されていた翌年2月末に、右前脚の骨折が判明。この後の同馬が「絶好調」でレースに臨むことはなかった。グラスワンダーが占めたはずの地位は、もう1頭の米国産馬エルコンドルパサーのものとなった。デビューから無傷の5連勝でNHKマイルCを楽勝。その3週間後、日本ダービーを楽勝したスペシャルウィークが、95年組の3強を形成した。

 この3頭で、グラスワンダーになくて、他の2頭にあったのが「無事」の二文字だった。スペシャルウィークは4―5歳の間に、中長距離のG1に実に9回も出走。スキップしたのは4歳時の有馬記念だけで、しかもすべて3着以内。ファンの期待を裏切らなかった。エルコンドルパサーはフランスで4戦し、凱旋門賞で2着に入った。海外で戦う場合、美浦や栗東のようにウッドチップコースや坂路があるわけではない。違った環境で調教しても故障しない丈夫な馬だけが、好結果を出せる。

 グラスワンダーは故障から復帰後、毎日王冠(5着)でエルコンドルパサー(2着)に先着を許した。次のアルゼンチン共和国杯で格下の相手に6着と敗れ、尾形調教師も一度は引退まで考えた。だが、有馬記念で復活を果たし、昨年も5戦4勝2着1回。スペシャルウィークには2戦2勝した。レースの後、すぐに骨膜炎が出る。右前脚を骨折したせいか、4歳以降、左回り(東京)での走りは安定感を欠いた。だが、いくつも問題を抱えながら、これだけの実績を残したことは称賛に値する。

 今年に入ってからは精彩を欠いた。512キロの太めの馬体でスペシャルウィークを退けた有馬記念が「想像以上に負担になったのだろう」と、尾形調教師は振り返る。担当きゅう務員が定年のため、昨年一杯で交代するという身辺の変化も影響したのか、3月の日経賞では530キロで出走して大敗もした。引退をかけた一戦で「いい状態まで持ってこれた」(同調教師)のに、故障で力を出し切れなかった。最後まで不運の影につきまとわれた。

 競馬界では、故障と戦った名馬は数知れない。扱う側にかかる重圧は想像に余りある。「正直ほっとした。ほっと出来ないような馬をつくるのが我々の仕事なのだが…」。尾形調教師も関係者も肩の荷を降ろした。

 95年産の3強時代はこれで幕を閉じた。来年からは3頭は、同じ種馬場(北海道早来町・社台スタリオンステーション)で、種牡馬として競い合うことになる。



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