| 講師紹介 |
| |
金子 恭規 スカイライン・ベンチャーズ 代表 |
判断力の確かさに定評
米国で3つのバイオベンチャーの創業に参画、いずれも成功させた。景気動向と技術の潜在力を見極める確かな判断力を持つ。2000年に自らバイオ専門のベンチャーキャピタルを設立、投資家の立場でベンチャー企業の経営にかかわる。
もとは内科医だった。米スタンフォード大に留学中、大腸菌にヒトのたんぱく質を作らせる遺伝子組み換え技術を知って「世界を変える技術だ」と直感。バイオ企業の草分けジェネンテックで、たんぱく質医薬のマーケティングを手掛けた。
バブル景気直前の86年、日本に「すごいエネルギーを感じて」帰国。投資銀行パリバ・キャピタル・マーケッツの法人事業部長として日本の政府機関や米バイオ企業の資金調達に携わった。
90年に米に戻る。ちょうど第二のバイオブームが始まるところで、バイオベンチャー2社に相次いで参画し、両社を上場に導いた。
ベンチャーに最も重要なのは「フォーカス(集中)」。経営資源を何に使うかという判断が勝負を分けると語る。慶大医卒、スタンフォード大経営修士号取得。52歳。
[9月5日/日本経済新聞 朝刊]
1981年から米国のライフサイエンス企業の経営、ファイナンスに携わる。米ジェネンテック社のマーケティングマネジャーとして、同社がはじめて販売まで手がけたヒト成長ホルモン、プロトロピンのマーケティングに従事、創業期の事業拡大に貢献した。1987年よりパリバ・キャピタル・マーケット東京支社の投資銀行部門において、ユーロ市場における日本の政府機関、地方自治体、企業の資金調達の支援をした。この間、米ライフサイエンス企業のファイナンスを多数手がける。その後、米アイシス・ファーマシューティカルズで、上級副社長兼CFOに就任、在任中に株式公開も果たす。1992年、米テュラリック社(現在、米アムジェン社と合併)の設立時に役員就任を要請され、1999年に同社が株式公開をするまでの間、CFOやBusiness Development部門の責任者として活躍、ファイナンスと事業の戦略提携に手腕を発揮する。同時に、LeukoSiteの社外取締役として創設時よりMillennium Pharmaceuticalsとの合併までの間、貢献した。1992年12月、バイオテクノロジー投資専門のベンチャーキャピタル、スカイライン・ベンチャーズを共同で設立した。慶応大学医学部卒、スタンフォード大学経営学修士号取得。52歳。
|
|
|