矢嶋 英敏 島津製作所 会長
業績V字回復 市場重視で
分析計測機器や医療機器、航空機部品など幅広い事業領域を抱える老舗メーカーのトップ。主に航空機部品の営業畑を歩み、1998年に社長就任。2003年に会長に就いた。
2002年3月期に創業以来初の営業赤字に転落したのを受け、得意分野への選択と集中を徹底する大胆な構造改革を進めてきた。今期は過去最高の連結経常利益を更新する見通しで、文字通りV字回復にメドを付けた。
大学卒業後の就職先は防衛庁。2年後、初の国産旅客機「YS―11」の開発を手がけた日本航空機製造に転じた。初めは調達を担当し、販売が始まると営業マンとして愛機を売り歩いた。ところが日本航空機製造は赤字を重ね「YS―11」の販売は打ち切りに。島津のスカウトで42歳で入社した。「思いもよらなかった」という社長就任は入社21年目のことだ。
業績不振の一因は技術を重視しすぎた製品開発にあるとの反省を社内に訴えてきた。そこに飛び込んできたのが、田中耕一氏のノーベル化学賞受賞のニュースだった。
田中氏の研究成果をもとに開発した製品は思うように売れなかった。今も後発企業のシェアが高い。田中氏の偉業は「市場が求めるものを作るという指向を社内で再確認する機会にもなった」という。慶大文卒、68歳。
[9月8日/日本経済新聞 朝刊]
| 昭和10年1月25日生まれ |
| <学歴> |
| 昭和28年3月 |
東京都立青山高等学校卒業 |
| 昭和32年3月 |
慶應義塾大学文学部独文科卒業 |
| <職歴> |
| 昭和34年12月 |
日本航空機製造株式会社入社 |
| 昭和52年6月 |
株式会社島津製作所入社 |
| 平成2年6月 |
取締役就任 航空・産機事業本部 航空機器事業部長 |
| 平成6年6月 |
常務取締役就任 航空・宇宙市場担当、産業市場副担当 航空機器事業部長 |
| 平成8年6月 |
専務取締役就任 航空・宇宙市場担当、産業市場担当 航空機器事業部長 |
| 平成10年6月 |
代表取締役社長就任 |
| 平成15年6月 |
代表取締役会長就任、現在に至る |
| <団体役職歴(現在就任中の主なもの)> |
| 平成12年5月 |
(社)バイオ産業情報化コンソーシアム 理事 |
| 平成12年5月 |
(社)日本電機工業会 評議員 |
| 平成12年5月 |
(社)日本産業機械工業会 理事 |
| 平成12年6月 |
(財)日本科学技術振興財団 理事 |
| 平成14年5月 |
(社)日本航空宇宙工業会 副会長 |
| 平成15年5月 |
(社)日本分析機器工業会 会長 |
| 平成15年5月 |
(社)日本電気計測器工業会 副会長 |
| <賞罰> |
| 平成14年4月 |
藍綬褒章 受章 |
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