リチャード・ワゴナー ゼネラル・モーターズ 会長 兼 CEO |
外部の人材を採用
今年5月、ジョン・スミス前会長の後を継ぎ、ゼネラル・モーターズ(GM)のトップに就いた。あえて社長ポストは空席のまま。社長職を置かないのはGM史上初めて。50歳と若いため、後継者と目される社長はあえて指名せず、時間をかけて後継者を選ぶとみられる。
スミス前会長が1992年に最高財務責任者(CFO)として抜てきした。当時のGMは倒産説が流れるほどの経営危機。取締役会ではクーデターが起き、ボブ・ステンペル会長兼CEO(当時)が失脚。直後にスミス氏が社長兼CEOとなり、ここからワゴナー氏との二人三脚で「寄せ集めの官僚組織を12年かけてひとつにまとめあげた」(スミス前会長)GM改革が始まった。
スミス氏から学んだ最大の教訓を聞くと「忍耐」と答える。スミス氏が社内を1つにまとめあげるのに奔走する傍ら、ワゴナー氏はジョン・ディバインCFO(フォード・モーター元CFO)、ロバート・ラッツ副会長(元ダイムラークライスラー副会長)ら、外部の優れた人材を次々と採用した。
自動車リサーチセンターのデビッド・コール所長はワゴナー氏を「名コーチ」とたたえる。社員をうまく持ち上げ、自らは黒子に徹するのが持ち味だ。
2002年の売上高は1867億ドル(約22兆3100億円)と過去最高を記録。2年連続でシェア増と「完全回復」を印象づける。
デューク大、ハーバード大経営学修士(MBA)。
[9月8日/日本経済新聞 朝刊]
<略歴>
リック・ワゴナーは、2002年12月3日に次期会長に任命され、前会長のジャック・スミスの引退後、2003年5月1日に米ゼネラルモーターズ(GM)の会長兼CEO(最高経営責任者)に就任した。2000年6月以降から会長就任までは、GM社長兼CEOを務めていた。ワゴナーは、GMの戦略的事業計画及び運営を統括しており、GM自動車戦略会議(GM Automotive Strategy Board)の委員長も務めている。また、GM及びGMの子会社であるヒューズ・エレクトロニクス社の取締役会の一員でもある。
1992年から1994年まで、GM上席副社長兼CFO (最高財務責任者)を務め、また1993年から1994年までの期間、GM世界購買本部を統括した。1994年から1998年までは上席副社長及び北米事業(North American Operations)担当社長を務め、1998年以降、GMの社長兼COO(最高業務責任者)に就任した。
1991年と1992年には、GMブラジル(General Motors do Brasil)の社長兼専務取締役に就任。それ以前の1989年と1990年は、スイスのチューリッヒにあるGMヨーロッパ(General Motors Europe)の財務担当副社長を務めていた。
ワゴナーは、1953年2月9日米国デラウェア州ウィルミントン生まれ、ヴァージニア州リッチモンド育ち。1975年、デューク大学で経済学学士号取得。1977年、ハーバード大学で一般経営学修士号取得。
1977年、ニューヨーク財務部のアナリストとしてGMに入社。昇進を繰り返し、1981年ブラジル・サンパウロにあるGMブラジルの財務部長に就任。1984年には同社の上級財務ディレクター就任。1987年にGMカナダに異動し、副社長兼財務マネージャーに就任。1988年10月には、旧シボレー・ポンティアック・GMカナダグループのグループ・ディレクターに就任し、同グループの戦略的事業計画に携わる。
現職のかたわら、デューク大学とデトロイト・カントリー・デイ・スクールにおける評議会の評議員や、ハーバード・ビジネス・スクールの学部長理事会の相談役を務めている。またオートモーティブ・エンジニア団体の「A World in Motion」役員会会長を務めるとともに、ビジネス評議会、ビジネス円卓会議の両団体にも所属している。
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