中村 邦夫 松下電器産業 社長
経営改革を常態化
松下電器産業の社長に就任して今年で4年目。2002年3月期は上場以来初の連結最終赤字に転落したが、「破壊と創造」を旗印に大胆な経営構造改革を断行。2003年3月期はV字回復を達成した。改革の「常態化」で完全復活を目指す。
営業畑が長い。1987年から米英の現地法人のトップを歴任した国際派でもある。信奉する創業者・松下幸之助氏の著作を読み返しながら欧米企業の経営を肌で学んだ。北米のテレビ事業を立て直し、97年にAV(音響・映像)機器の社内分社社長として帰国した。
社長に就いた時、松下はライバルのソニーに売上高で詰め寄られ、営業利益では水をあけられ、時価総額では大差をつけられていた。追いつめられた原因は伝統的な経営構造の硬直化にあるとして、抜本的な経営改革を決断した。「創業者の経営理念以外に聖域はない」
かつては成長の原動力だった商品別事業部制を解体し、雇用にも手を付けた。松下通信工業などグループ5社を完全子会社化し事業領域ごとに再編するなど「伝統」にメスを入れ続けた。一連の経営改革はDVDレコーダーなど販売好調な商品づくりに結びついた。
歯に衣を着せず本音を語るため、冷徹な合理主義者とみられがち。だが誠実な姿勢と心配りを社内で知られる。「改革の成果は社員1人ひとりの成果」と強調する。「経営者としては清貧でありたい」との思いを強くしている。無類の読書家。大阪大経卒、64歳。
[9月8日/日本経済新聞 朝刊]
| 昭和14年7月5日 滋賀県生まれ |
| <学歴> |
| 昭和37年3月 |
大阪大学経済学部卒業 |
| <職歴> |
| 昭和37年4月 |
松下電器産業株式会社へ入社 |
| 昭和60年11月 |
同社家電営業本部首都圏家電総括部 東京商事営業所 所長 |
| 昭和62年9月 |
アメリカ松下電器株式会社 パナソニック社 副社長 |
| 平成元年4月 |
同社パナソニック社 社長 |
| 平成4年6月 |
イギリス松下電器株式会社 社長 |
| 平成5年6月 |
松下電器産業株式会社取締役に就任 米州本部長アメリカ松下電器株式会社 会長 |
| 平成5年10月 |
同社北米本部長 |
| 平成8年6月 |
同社常務取締役に就任 |
| 平成9年6月 |
同社専務取締役に就任 AVC社 社長 |
| 平成10年6月 |
同社光ディスク事業担当を兼務 |
| 平成12年6月 |
同社社長に就任 |
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