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世界経営者会議 2001 2000 1999 english

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稲盛和夫 京セラ 名誉会長  「企業統治におけるリーダーのあり方」

 ただいまご紹介いただきました、稲盛でございます。

 本日は、世界経営者会議の冒頭にあたり、日本のみならず世界を代表する企業の経営者の方々を前にして、40年あまりにわたる私の企業経営の経験に基づき、「企業統治における リーダーのあり方」と題して、私見を述べさせていただきます。

 さて、歴史をひもとけば明らかなように、どのような国家であれ、集団であれ、その盛衰はリーダーによって決まってまいりました。中国の古典に「一国は一人をもって興り、一人をもって亡ぶ」という言葉がありますように、まさに人類の歴史はリーダーの歴史ともいうことが可能です。

 これは、企業にとっても同様です。経営者の行動の成否によって、企業の繁栄や従業員の運命が決することになります。とくに、企業のリーダーが関与した不祥事が頻発し、それによって著名企業といえども淘汰されていく現在、企業リー ダーのあり方が厳しく問われているのではないかと思います。

 たとえば日本では、ここ数年、雪印、日本ハム、三井物産、東京電力など、歴史ある大企業で、リーダーや幹部が関与した不祥事が続発し、市民は企業への不信感を募らせています。また、このことが低迷する日本経済の足をさらに引っ張るようなことにもなっています。

 これは、日本だけではありません。米国の大手エネルギー会社エンロン社はすでに破綻し、監査を担当していた大手会計事務所アーサー・アンダーセンも長い歴史に終止符を打ち、さらには大手通信電話会社ワールドコムも米連邦破産法11条の適用を申請しています。このような不正会計処理に端を発した一連の事件により、米国の株式市場は大きく低迷しています。

 つまり、リーダーに端を発した企業不祥事は、一企業の崩壊や業績悪化を招くのみならず、国境を越えて、経済社会そのものへの信頼を失わせてしまうというように、深刻な事態を招いているのです。

 このような企業統治の危機、経済社会への不信感を招いた原因の一つとしては、経営者をして、その倫理観を失わしめ、不正に走らせた、現在の経営システムの問題を最初に指摘できるのではないかと思います。

 たとえば、近年の米国企業においては、経営者へ高額な報酬や莫大なストックオプションを与えることが常識のようになっていますが、これは経営者のモチベーションとなる半面、経営者と従業員の給与に、あまりに大きなギャップをもたらせています。これは、社会通念から見ても、問題があるのではないでしょうか。

 それだけではありません。あまりに多額のストックオプションは、経営者自身を堕落させてしまうのではないかと私は危惧いたします。

 現在のような莫大な報酬やストックオプションは、たとえ立派な人格者であったとしても、経営者をいつのまにか麻薬のようにむしばみ、自己の利益を最大化する方向に向かわせてしまうのではないかと考えます。

 現在、米国式の経営を見習おうという風潮のなかで、経営者の報酬も米国に近づけようという意見が、日本やその他先進国で主張されています。しかし私は、企業を健全に成長発展させるためには、このような経営者の倫理観の低下を招きかねない報酬システムについては見直すべきだと考えています。

 ただし私は、先進国の経済社会が現在直面している、企業倫理の崩壊がもたらせた企業統治の危機を未然に防ぐには、このようなリーダーの処遇の問題だけではなく、より根本的なリーダーの資質について、改めて考えるべきだと思うのです。

 およそ130年前に、明治維新という革命を成し遂げ、日本に近代国家への道を開いた西郷隆盛は、私心のない清廉潔白なリーダーとして、今も多くの日本人の敬愛を集めていますが、彼はリーダーの選任にあたって、最も大切なことは次のようにすることだと述べています。

 「徳の高いものには高い位を、功績の多い者には報奨を」

 つまり、高い地位に昇格させるのは、あくまでも「人格」を伴った者であり、素晴らしい業績をあげた者の労苦には、金銭等で報いるべきだというのです。

 ところが現在の企業では、そのリーダーの選任にあたって、「徳」つまり「人格」はあまり顧みられず、その能力や功績だけをもってCEOなど幹部が任命され、さらには先に述べたように、高額の報奨がインセンティブとして与えられています。つまり、「人格者」よりも、功績に直結する「才覚」の持ち主のほうが、リーダーにふさわしいと、ビジネス界では一般に考えられているのです。

 しかし本来、多くの人々を率いるリーダーとは、報酬のためではなく、その使命感をもって、集団のために自己犠牲を払うことも厭わない、高潔な「人格」を持っていなければならないはずです。

 事業が成功し、地位と名声、財産をかちえたとしても、それが集団にとって善きことかどうかをよく考え、必要によって自分の欲望を抑制できるような強い「克己心」や、その成果を社会に還元することに心からの喜びを覚える「利他の心」を備えた、素晴らしい「人格者」でなければならないと私は考えます。

 資本主義社会の黎明期が、まさにそうでありました。皆さんもご存知の通り、資本主義はキリスト教の社会、なかでもとくに倫理的な教えに厳しい、プロテスタントの社会から生まれています。初期の資本主義の担い手は、敬虔なプロテスタントの人々でありました。

 著名なドイツの社会科学者であるマックス・ウェーバーによれば、彼らはキリストが教える隣人愛を貫くために、労働を尊び、生活は質素にして、産業活動で得た利益は、社会のために活かすということをモットーとしていました。

 そのため、企業のリーダーは、公明正大な方法で利益を追求しなければならず、その目的は、あくまでも社会の発展に役立つことでした。つまり「世のため人のため」ということが、初期資本主義を担った、彼らプロテスタントの倫理規範であったといいます。また、その高い倫理観ゆえに、資本主義経済が急速に発展したともいえるのです。

 ところが、その初期資本主義発展の原動力であった倫理観は、皮肉なことに、経済発展とともに次第に希薄になり、いつのまにか企業経営の目的や、経営者の目的が、「自分だけよければいい」という利己的なものに堕していきました。

 一方、中国明代の著名な思想家である呂新吾は、このリーダーの資質について、その著書『呻吟語』のなかで、次のように述べています。

 「深沈厚重なるは、これ第一等の資質」、つまりリーダーとして一番重要な資質とは、つねに深く物事を考える、重厚な性格を持っていることであり、リーダーとはそのような「人格者」でなければならないというのです。

 さらに呂新吾は、その『呻吟語』の中で、「聡明才弁なるは、これ第三等の資質」とも述べています。つまり、「頭がよくて才能があり、弁舌が立つこと」などは、優先順位の低い資質でしかないというのです。

 現在の荒廃の原因は、洋の東西を問わず、このように「第三等の資質」、つまり「才覚」だけを持ち合わせた人がリーダーに選ばれていることにあると私は思います。

 ベンチャーを起こし大成功を収める創業型の経営者も、また大企業のCEOに就任し、その企業をさらに飛躍させる中興の祖となる経営者も、いずれにしても成功した経営者は、まさに才気煥発、「才覚」にあふれた人たちばかりです。

 彼らは、斬新な技術開発、マーケティング手法、経営戦略など、ビジネスでの「才覚」を駆使し、燃えるような情熱をもって、事業を成長発展へと導いていきます。アナリストやベンチャーキャピタリストたちも、そのような「才覚」にあふれた、経営者が率いる企業を高く評価し、結果として高い株価を示すようになります。

 しかし私は、ITバブルのころに彗星のように登場しながらも、その後我々の前から去っていった、多くの新進気鋭の経営者や企業を見るとき、それは西郷や呂新吾がいったように、企業のリーダーである経営者を、「人格」で選んだのではなく、「才覚」だけで評価したことによる結果ではないかと思うのです。

 それは、先ほども述べました、米国のワールドコムの例を見ても明らかです。私自身が、日本第2位の通信電話会社KDDIを創業し、その経営に携わってきた経験もありますので、このワールドコムを例にとり、リーダーの資質について考えてみたいと思います。

 ワールドコムは、1983年に、創業者である、バーナード・エバース氏が興した会社です。

 私は、このワールドコムから1年遅れの1984年に、KDDIの前身となる、第二電電(DDI)という通信電話会社を創業いたしました。そのとき、私が参考にしたのが、後にワールドコムに買収された、長距離通信電話会社MCIでした。

 エバース氏は、積極的なM&A戦略を通じて、企業の発展を画しました。このMCIの買収をはじめ50件以上もの合併買収を繰り返し、わずか20年足らずで、AT&Tに対抗するほどの巨大な通信電話会社に成長させました。そのビジネスモデルは、自社の株価を高く維持し、その株高を生かした、株式交換によるライバル企業の買収でした。

 ところが本年、同社の会計処理疑惑が浮上し、70億ドル(8,750億円 ※$1=\125)もの巨額の粉飾決算を行っていたことが判明いたしました。アナリストが注目するEBITDAを高く維持しようとして、一般経費を設備投資として計上するなどの不正会計処理につとめたといわれています。

 これも、企業の経営内容を実態より良く見せ、株価を高く維持することによって、M&Aによる急成長を続けるとともに、ストックオプションを通じて、自らも高額の報酬を得たいというエバース氏と、その側近であったCFOの利己的な欲望に端を発した問題であるといいます。

 このように、ワールドコムの問題は、そのリーダーたる経営者の人格に問題があったために起こったといえるのですが、私は、経営者の「才覚」のみに着目し、それを見抜けなかったアナリストやベンチャーキャピタリストにも、責任の一端があると考えています。

 日本に、「才子、才に溺れる」という格言があります。「才覚」に恵まれた人は、その並はずれた才能をもって、大きな成功を収めるけれども、その「才覚」を過信し、あるいはその使い方を誤り、やがて破綻に至るということを、日本の先人は説き、人々の戒めとしてきたのです。

 つまり、人並みはずれた「才覚」の持ち主であればあるほど、それらの力をコントロールするものが必要となるのです。私はそれが「人格」であり、この「人格」を高めるためには、哲学や宗教などを通じて、「人間としての正しい生き方」を繰り返し学ばなければならないと考えています。

 では、その「人格」とはどういうものでしょうか。私は、「人格」とは、人間が生まれながらに持っている先天的な「性格」が、その後人生を歩む過程で、後天的に磨かれることによって、できあがるものだと思っています。

 先天的な「性格」とは人さまざまで、強気であったり弱気であったり、強引であったり慎重であったり、さらにはエゴイスティックであったり思いやりにあふれていたりと、まさに千差万別です。

 もし、人生の途上で何も学ばず、何も身につけることができないとすれば、この持って生まれたままの「性格」が、そのままその人の「人格」となります。そして、その「人格」が、「才覚」の進む方向を決めてしまうことになるのです。

 そうすれば、どういうことがおこるのでしょうか。もし、生まれながらの「性格」がエゴイスティックなリーダーが、素晴らしい「才覚」を発揮したなら、いったんは成功することは可能でしょう。しかし、「人格」に問題があるため、いつしか私利私欲のために、不正を働くというようなことにもなるかもしれません。

 逆に、もし生まれつきの「性格」が至らないものであったとしても、人生で素晴らしい聖賢の教えに触れ、人間としての正しい生き方を学んでいくなら、後天的に素晴らしい「人格者」になることができるはずです。

 誰しも持って生まれた「性格」が完全なわけではありません。だからこそ、素晴らしい哲学や宗教を繰り返し学び、自らの血肉とすることを通じて、「人格」を高めようと努力する必要があるのです。特に、多くの社員を雇用し、社会的な責任も大きな経営者には、率先垂範、自らの「人格」を高め、それを維持しようと努力することが不可欠なのです。

 もちろん、「才覚」あふれる経営者も、この「人格」が大切だという認識や、人間としての正しい生き方を示してくれる、哲学や宗教についての知識は持っています。しかし、知っていることと、実践できることは違うのです。

 多くの経営者は、「人間としての正しい生き方」などは、一度学べばそれで十分だと思い、繰り返し学ぼうとはしません。そのため、才に溺れる経営者が後を絶たないのです。スポーツマンが毎日肉体を鍛錬しなければ、その素晴らしい肉体を維持できないように、心の手入れを少しでも怠ると、人間はあっという間に堕落してしまいます。

 リーダーにとって必要なことは、そのような「人間としての正しい生き方」を繰り返し学び、それを常に理性の中に押しとどめておけるように努力することです。 また、自分の行いを日々振り返り、反省することも大切です。学んできた人間としての正しい生き方に反したことを行っていないかどうかを厳しく自分に問い、日々反省をしていくことが大切なのです。

 このように絶え間なく努力を重ねていくことではじめて、自分がもともと持っていた「性格」の歪(ゆが)みや欠点を修正し、新しい「人格」、いうならば「第二の人格」をつくりあげることができるはずです。つまり、「人間としての正しい生き方」を繰り返し学び、自らの血肉としていくことにより人格を高め、それを維持することができるのです。

 では、「人間としての正しい生き方」とは何でしょうか。実は、それは高邁な哲学や宗教にだけ示されているものではないと私は考えています。

 われわれは子どもの頃に、両親や教師から、「欲張るな」、「騙してはいけない」、「嘘をいうな」、「正直であれ」というような、人間として最も基本的な規範を教えられています。そのなかに、「人間としての正しい生き方」は、すでに示されているのではないでしょうか。

 まずは、そのような単純な教えの意味を改めて考え直し、それを徹底して守り通すことが大切だと思います。

 世界を代表する大企業のリーダーたちに、このようなことを問えば、「一流大学や有名ビジネススクールを優秀な成績で卒業し、企業内でトップにまで登りつめた自分に失礼だ」と一蹴(いっしゅう)されるかもしれません。しかし実際には、そのような大企業のリーダーが、簡単な教えを守ることができなかった、あるいは社員に守らせることができなかったから、企業不祥事が続発しているのではないでしょうか。

 実際に、雪印や日本ハムでは、「正直」に行うべきビジネスで、不正な手段で利益を得ようとし、さらには「人を騙し」、事実の隠蔽(いんぺい)に走ったのです。また、エンロンやワールドコムでは、業績に影響を与える事象が生じたときに、リーダーが「欲張り」、「嘘を言い」決算を粉飾しました。

 現在、このような企業統治の危機を回避するために、高度な管理システムの構築が急務だと叫ばれています。しかし私は、先ほど述べたように、「欲張るな」、「騙してはいけない」、「嘘を言うな」、「正直であれ」というような、単純でプリミティブな教えを、まずは企業リーダーである経営者や幹部が徹底して守り、また社員に守らせることのほうが有効だと考えています。

 企業統治の確立に近道はありません。リーダーが、われわれに人間としての正しい生き方を示してくれるプリミティブな教えに基づき、率先して「人格」の向上につとめること、そしてその高潔な「人格」を維持するために不断の努力を続けること、そのようなことは一見迂遠(うえん)に思えるものですが、リーダーをまた企業を転落から未然に防ぐ、最善の方法であると私は信じています。

 そのような悠長な取り組みで、企業不祥事を防ぐことができるのかと疑問に思われる方もあるかもしれません。しかし、「才覚」だけを備え、「人格」を伴わないリーダーが大きな権力を握り、企業内を跋扈(ばっこ)するようになれば、いくら高度な企業統治のシステムを築こうとも、それは有名無実と化すに違いありません。

 19世紀後半、日本が近代の夜明けを迎えつつあるとき、実学的な教育の大切さを唱えた啓蒙思想家である福沢諭吉は、青雲の志を抱く学生たちに向かって、次のように理想の経済人の姿を語りました。

「思想の深遠なるは哲学者のごとくにして、心術の高尚正直なるは元禄武士のごとくにして、これに加うるに小俗吏の才を以てし、さらにこれに加うるに土百姓の体を以てして、はじめて実業社会の大人たるべし」

 つまり、ビジネス社会における、素晴らしいリーダーとは、哲学者が持つような高邁な「思想」、武士が持つような清廉潔白な「心根」、能吏(のうり)が持つような小賢しいくらいの「才覚」を持ち、さらには、朝は朝星、夕は夕星を見るまで労働にいそしむ農民のような、誰にも負けない「努力」を重ねることが、ビジネスリーダーには必要であるというのです。これは、企業のリーダーに必要な要件を、端的に表現しているのではないかと思います。

 この「世界経営者会議」が、そのような真のビジネスリーダーが集い、切磋琢磨する場となりますこと、またそのことを通じまして、経済社会ひいては人類の未来にさらに貢献される場となりますことを願いまして、私の講演の結びとさせていただきます。

 ご清聴ありがとうございました。

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