小林 陽太郎氏
富士ゼロックス会長
経済同友会代表幹事

1933年生まれ
■ 学 歴
1956年 慶應義塾大学経済学部卒業
1958年 米ペンシルバニア大学ウォートンスクール修了
■ 職 歴
1958年 富士写真フイルム入社
1963年 富士ゼロックスに転じる
1968年 同社取締役販売部長
1972年 同社常務取締役営業部長
1976年 同社取締役副社長
1978年 同社取締役社長
1992年 同社代表取締役会長

この間、1987年ゼロックスコーポレーション取締役、1996年ABB社取締役、1998年キャロウェイ・ゴルフ社取締役、1999年日本電信電話取締役。

経済企画庁経済審議会委員、文部省大学審議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、経済同友会代表幹事、日米欧委員会日本委員会委員長、慶應義塾評議員、国際大学副理事長。

VB設立など革新的な経営
父親である節太郎氏の仕事の関係でロンドンで生まれた。帰国後も英語に親しみ、日米財界人会議の議長を長く務めるなど日本の財界きっての国際派。洗礼名にちなんだ「トニー」の愛称を持つ。
58年に富士写真フイルムに入社。その後、節太郎氏が初代社長を務めた日米の折半出資会社、富士ゼロックスに転じた。全社的品質管理(TQC)の導入などで石油危機後の業績悪化を克服、78年に44歳で社長に就任した。
就任以降も他社に先駆けてベンチャービジネスの会社を設立したり、ボランティア活動を評価する人事制度を導入するなどの革新的な経営手法を導入。社員1人1人の個性を引き出す経営が持ち味。
99年4月、外資系企業で初の経済団体トップとして経済同友会代表幹事に就任した。「市場重視などの同友会の姿勢を変えるつもりはない」と牛尾治朗前代表幹事の路線を基本的に引き継ぐ考え。