第1回日経フォーラム「世界経営者会議」対話・講演・討論の全文
テーマ: 「日本企業再生への提言」
スピーカー(文中敬称略):
グレン・S・フクシマ氏
アーサー・D・リトル(ジャパン)社長/在日米国商工会議所会頭
常盤文克氏 花王会長
牛尾治朗氏 ウシオ電機会長
山本惠朗氏 富士銀行頭取
モデレーター:西岡幸一 日本経済新聞論説副主幹
日時:1999年10月8日(金)9:45〜12:15
場所:東京・帝国ホテル 本館2階「孔雀東の間」
【西岡】それではセッションを始めたいと思います。テーマは「日本企業再生への提言」で、講演とパネルと討論を行います。まずはパネリストの方をご紹介したいと思います。皆様から向かって右端におられるのがアーサー・D・トリル(ジャパン)の社長で在日米国商工会議所会頭のグレン・S・フクシマさんです。そのお隣は花王の会長の常盤文克さんです。そのお隣がウシオ電機会長の牛尾治朗さんです。私のお隣が富士銀行頭取の山本惠朗さんです。よろしくお願いします。
最初にパネリストの皆さんに15分程度、基本ポジションと言いますか、それぞれのお考えをお話しいただきたい。その後、若干インターミッションを挟んでパネル討議に入りたい思います。先ほどご紹介した順番でフクシマさんからお願いできますか。
【フクシマ】ありがとうございます。日本経済新聞を常に講読している者といたしまして、またIMDを長い間称賛し、スタンフォード大学を72年に卒業した同窓生といたしまして、今回この優れたフォーラムに出席することができ光栄です。この共催の任をとられました主催団体を称賛申し上げたいと思います。
本日のテーマは「日本企業再生への提言」ということですけれども、部外者として提案なり、提言をするのには躊躇を禁じ得ないものであります。ただ発言をするようにというご依頼ですのでお答えしてみたいと思います。
私なりに、日米関係では30年間の経験がありますので、そこから述べたいと思います。1969年留学生として日本に来たときから始まって、その後、USTRやAT&T、それから在日米国商工会議所の仕事や、また、1年半前から経営コンサルタントとして日本で仕事をしてきました。
15分間しか時間がありませんので凝縮して発言したいと思います。さらに詳細にご関心のある方は、私の最近の拙著『2001年日本は必ずよみがえる』という本をごらんいただきたいと思いますし、それから99年9月23日付の日本経済新聞朝刊の「経済教室」にも私の考えをまとめた記事を掲載していただいておりますので、ご参照いただきたいと思います。
まず最初に、歴史的な視点から日本経済を見てみるということも重要だと思います。昨日、GEのジャック・ウェルチ会長も指摘したところですが、20年前、1979年エズラ・ボーゲルが『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本を出版しました。そして、10年前、『ビジネスウィーク』の世論調査によりますと、米国の国民に対して、その当時の時点で「ソ連の軍事的な脅威か、日本の経済的な挑戦か。どちらがアメリカにとって脅威になるか」ということに関して、68%の回答者が「日本の経済的挑戦のほうが脅威である。」と答えたわけです。
ところが、今や日米双方で、あるいは全世界的にも、どうも過剰に日本の問題点ばかりに注目しすぎるという傾向が見られるように思います。それから、さらに興味深いこととして、10年前、日本はアメリカに対して、アメリカが英国病にかかったという見方をしておりました。すなわち、財政赤字と貿易収支の赤字という双子の赤字で将来は暗いという見方をしていたわけです。
しかし、明らかに景気循環というのもありますし、振り子の大幅な振れというのがありまして、また、経済の現実というよりは、むしろ日本経済の実態に関するパーセプションの振れが大きいという感じがします。1980年代は日本を過大評価する傾向があったのと逆に、1990年代は日本を過少評価し過ぎているのではないでしょうか。私自身は、今後2、3年の間に日本は必ずや強力な経済として再生すると確信しています。では、そういった日本経済の再生の要素としてはどういうものがあるのでしょうか。基本的には3つの要素、要因というのが重要だと思います。
第1に、世界経済環境が有利・有効であるということです。こういう意味ではプラスのニュースとしてアジア経済の多くが金融危機から立ち直って回復しつつあるということ。少なくとも、ストックまではいかなくても、フローのベースでは回復が見られてきています。1年前はロシアやブラジル、アルゼンチンに対しての懸念が高まっていましたけれども、当面のところはそういった問題も収まりつつあり、安定化が見られています。
ヨーロッパに関しては明暗相まざっていますが、アメリカの場合は、特にプラスの継続的な経済の強さが見込まれています。そういう意味では、世界的な経済環境も日本に有利であるということ。それに加えて、新しいWTO(世界貿易機関)のラウンドとか、APEC(アジア太平洋経済協力会議)における動向などが自由化や成長を促進するようになるでしょう。そういう意味では日本にとって世界の経済環境が有利だということです。
第2番目の重要な日本の経済再生にとっての要因は、日本の政府の政策が適切であるということです。昨年は対応がゆっくりだと、また、不適切だということで批判の声も聞かれました。特に外から見た場合、日本政府の対応がゆっくり過ぎると言われたわけですけれども、それ以降、マクロの面では減税の面でも、あるいは公共投資という面でも、不良債権の処理という面でもかなり大幅な措置がとられました。そして、樋口さんが先ほど言われましたように、2%、それから0.2%と、第2四半期、相次いでプラス成長が見られまして、99年度の0.5%成長という目標は、おそらく超えることができるだろうと言われています。しかし、まだ経済政策のミクロ面では進めなければならないことが多々あります。例えば、競争促進もその一つです。
ここで私が言おうとしているのは、特に独禁法をもっと活発に施行し、そして競争を促進するということです。また、さらに競争を抑えてしまう法律や規制の撤廃をすることが必要です。明らかに日本は人口の高齢化といったような問題で、年金やそれから政府の財政赤字といった長期的な問題を抱えていますが、時間の経過とともに、こういった多くの問題も適切に対応すると思います。
第3番目の日本の経済再生にとって重要な要素は、個々の日本企業の自助努力です。これこそが日本の競争力回復のカギとなるものです。ここで言えるのは、アメリカにおきましてもこういった3つの要因、すなわち世界経済環境が良好であったということ、適切な政府の政策、そして企業努力というのが相まって米国経済の1990年代における再生、そして1980年代からの回復のカギとなったのです。
次に、企業努力ということに関していくつか申し上げたいと思います。日本の企業にとって重要だと思われる点ですが、明らかに企業によっての違いもあるので一般化はできませんが、アメリカ、ヨーロッパ、日本の企業に対して1年半のコンサルティングの活動した結果、ある種のパターンを日本企業に対して引き出し得るという結論を得ていますので、次の10の項目を提案してみたいと思います。
すなわち、日本の企業が今後焦点を当てられるべきだと思う点でして、まず第1に、その企業特有の戦略を明確に、そして一貫性のある、整合性のあるものを策定するということです。これは自明のことのように見られるかもわかりませんが、日本の企業の場合には、まだまだ護送船団方式のメンタリティーを持って、業界全体で考えがちだという感じがします。個別の企業単位ではっきりとした一貫性のある戦略を立てるという気持ちが少し欠けているような気がします。
第2番目に、こういった戦略を実施するためのメカニズム、インセンティブをつくることが必要です。これは何をするかではなくて、Howということです。この会議でジャック・ウェルチ会長が4つの「E」ということを言われた、その4番目の「E」、「エグゼキューション」、「実行、実施」ということです。計画を立てるだけではなくて、それをちゃんと実施して実現することが必要だということです。
第3番目に、客観的な基準や測定、尺度を導入して、資本の効率化を図るということです。樋口さんもキャッシュフロー分析のことをおっしゃいましたけれども、資本をより効率的に利用するということが重要だと思います。
4番目の要素としては、合弁事業、合併、戦略的な提携をグローバルな視野から考えていくことが必要だということです。これも、ジャック・ウェルチ会長がやはり焦点を当てた点です。
第5番目に、実績ベースの人事や、また報酬制度を導入するということ。
第6番目に、労働力の多様性を全面的に活用するということです。女性であれ、外国人であれ、高齢者であれ、多様な労働者を活用するということです。
第7番目に、独立した見解、例えば社外のコンサルタントや社外重役など、外部の見解から学ぶということです。この会議ではコーポレートガバナンスの観点からも議論がなされましたが、客観的な社外の視点を導入し、そして、企業の経営が株主に対する責任を満たしているかを確認するのと同じような機能です。
8番目の分野としては、いわゆる日本でいうところの民民規制を削減するということです。これは言いかえると、商慣行、伝統のような形で企業がお互いに課している規制でして、市場における自由な競争が阻害がされている、こういったものの削除です。
9番目として、調達をもっと透明なものにするということです。そして、経済合理性に基づいた調達の必要性です。
最後に10番目として、情報技術を戦略的に活用することによって、コストや距離を削減し、効率や生産性を高め、情報の質・量ともに高めていくことです。これは今日の午後、詳細に最後のセッションで取り上げることになると思います。オキモト教授が「グローバルな経営におけるインターネットのインパクト」というセッションを司会されますが、そこで論じられることになると思います。10だけを列挙いたしましたが、ひとつひとつに1時間ずつかけられる位お話ししたいことがありますがここでは、要約として申し上げますと、キーポイントとしては企業単位で企業に特有の戦略を考えるということ、業界単位で考えないということです。
それから、実施のカギとなるのがスピードと緊急性を持ってやるということです。そして、こういった変化を効果的に実施するためには発想を大幅に変える必要がある。マインドセットの変化が必要だということ。この3つがキーポイントだと思います。
個々の日本の企業が競争力を高め、そして日本経済の再生に貢献するために何ができるかということに関しまして、私は、日本は基本的な強みを持っていると確信しています。製造業の分野は品質、そしてその実績や信頼性、性能やミニチュア化、価格という意味での強みを持っていると思います。日本国内ないしは日本の企業が海外で生産したものにはこういった競争力を持っていますし、日本は強力な社会的なインフラも持っています。教育程度が高く、技術が高い労働力があります。それからさらに、日本におきましては、やはり経済的に成功をおさめようという国家全体の使命感があると思います。日本の方によりますと、こういった使命感、ミッションというのがここ数年薄らいで弱まってきたと言う方もいますが、しかし、日本で時系列的に比較すると、かつてに比べると弱まったとは言えても、ほかの世界の先進工業国と比較しますと、日本はやはり国全体として優秀さを発揮し、そして経済的に成功をおさめようという意識が非常に強いと言えると思います。
日本は今までのところ、膨大な柔軟性、それから適用能力を示してきました。必要とあらば、それが発揮できるということです。危機感、緊急感を持った時には、日本は世界の環境に適切に対応、順応してきました。明治維新であれ、第2次大戦後であれ、あるいはニクソンショックに対する対応であれ、また、石油ショックへの対応であれ、またプラザ合意の対応であれ順応性を示してきたと思います。そういう意味では、私は、日本史の今までの150年をひも解いてみますと、あるいはそれ以前を見ましても、日本という国は適応能力を持ち、柔軟性を持っていると確信しています。そして、世界の経済環境の変化に適応できると思っています。
しかしながら、今回が過去と違うことの一つは、日本の民間部門がリーダーシップを発揮して、日本経済の再生を可能にしなければならないということです。政府が行動をとるのを待つ時ではありません。先ほど政府の役割は重要だとは申しましたが、基本的に今の時点におきまして、多くの法律や規制の新しい枠組みがここ1年の間、政府によって設定されたわけですから、今後は日本の民間部門がイニシアチブを発揮することにかかっていると思います。
それから、最後に申し上げたいのは、世界の工業諸国の間におきましては、経営という意味でも、特に技術、あるいは情報技術ということでも、かなりの統合、集編が進んでいます。しかしながら、日本の方の中には、ある種の効率的なやり方を採用すること、あるいはコーポレートガバナンスの昨日論じられたような欧米流のものを採用するということは、日本がアメリカのようになってしまうということで恐れ過ぎている面もあるような気がします。日本が日本でなくなるのではないかという危惧を持ち過ぎているような気がします。私はそんなことはないと確信しています。日本の歴史を見ても、日本は必ずや日本独特の解決策を探し、より効率的、より生産的、より競争的になる道を探し、それとともに、日本のコアとなる価値観や文化を維持していくと思います。ですから、ここでも日本の企業が企業ベースで自らの競争力を高める方法を探し、そして日本経済の再生に貢献するということが重要だと思います。
【西岡】それでは、次に常盤会長、お願いいたします。
【常盤】日本経済は、ここに来て景気底入れ、回復の兆しを見せてきているようですが、まだまだ先行き不透明感を払拭することはできません。依然としてGDPの6割と言われている個人消費が低迷していますし、雇用の問題なども深刻化してきています。円高、株価、不安定な要素がたくさんあります。ここで大切なことは、今、各企業それぞれがいろいろな形で構造改革を進めているわけですが、この構造改革、リストラの手綱を緩めてはならないということです。
それは、先ほどの樋口さんのお話にもありましたが、日本の経済は至るところでほころびを生じていると思います。従来の右肩上がりの高度成長期に有効であった経済の仕組みとか、企業の経営、そういった仕組み、仕事の仕方が今の環境の変化にもう合わなくなってきているからです。これは仕組みがいいとか悪いとかということではなくて、時代の文脈が変わってきたからです。したがって、当座しのぎの改革ではなく、今こそ企業は新しい姿に変身し、活動のもととなります、後ほど少し触れたいと思いますが、企業の「知」の枠組みをここで一度解体して、新しい「知」の枠組みを構築していくことが必要ではないかと思います。「第二の創業」と言われる所以でもあります。
それでは、経済とか経営といった環境、そして時代の文脈がどう変わったかということですが、それは2つのキーワード、「グローバル化」と「高度情報化」の一層の進展ということで言えるかと思います。今、私は一層の進展ということを申し上げましたが、80年代と90年代では、このグローバル化、それから情報化の意味が大きく変わってきているように思います。ここがポイントです。80年代には海外進出、国際化ということでグローバル化という言葉は使われなかったと思いますが、今はもう地球規模で仕事をとらえていこう、世界の市場は一つなのだという、こういった意味で従来の海外進出や、国際化といったものと中身が全然違ってきていると思います。また、情報化ということについても、アナログからデジタルの時代に大きく変わりましたし、ハードウエアよりもソフトウエアの重みが増してきて、仕事をシステムで考えていこうというふうに変わってきていると思います。
そして、今申し上げたグローバル化と高度情報化というこの2つの言葉を一つにすると、それは、今、本格的なネット時代といいますか、ネット社会が到来したのだということです。ヒト・モノ・カネ、あるいは情報などのいろいろと目に見えるもの、見えないものがありますが、こういったものが地球儀の上に網の目状に張りめぐらされていると思います。このことが今までの仕事の仕組み、仕方を根本的に改革しなさいと我々に迫っているのではないかと思います。このネットの社会におきましては、物事は互いにかかわり合って変わっていく、お互いに変えていくと、ということではないかと思います。これを如実に物語るものが、今起きている企業間の合従連衡です。様々な産業で大合併とも言うべき企業の再編成が行われており、一方では、新結合ということで今まで考えられなかったような新しい事業の誕生があります。大合併について、いつもこれは新聞紙上をにぎわせておりますように、情報通信をはじめ自動車、石油、金融、化学など、数え上げれば切りがありませんが、ほとんどの産業でこういうことが起こっております。
また、新結合ということについても、これは製造業と物流業、販売業、そして金融業、全体を取りまとめる情報業、こういったものが一つになって、従来にはなかったようなビジネスのタイプがあらわれてきています。ハブレスカンパニーというような言葉も生まれて、もうハブは要らない、必要なのはシステムだと、こんなようなことまで言われてきており、これが実際インターネットの上で行われているような、そんな時代になってきたかと思います。
そして、こうした中で言えることは、量と質との二極分化が進行しているということです。私は、これから量から質への転換ということを申し上げたいと思っていますが、規模の効率を求めて量の拡大を図っていくというやり方には、私はいずれ頭打ち、限界が来るだろうと思っています。これは業界にもよるでしょうが、3つか4つ、あるいは5つか6つぐらいのグループになってしまえば、その辺が限度ではないかと思います。そういうことに対して、個性を主張する質の追求は、その質の多様さと質の高さにおいて、これはもう限りない可能性を秘めていると思います。また、よく市場はもう飽和、成熟してしまっているのだと、こういうことを言いますが、確かに市場は量的に飽和することはあっても、質的に成熟することはないと思っております。ここで量から質へと体質を変えていくといいますか、この転換をしていくことが肝要だと思っております。
少し話がそれますが、量ではなく質をもって生きている姿、そのモデルを大自然の生き物の生き方に見ることができると思います。自然の生態系の中である生物種の数が増えてきますと、必ず新しい質があらわれてくる。質が働いてきて、質が量を抑制する。常に質と量のバランスがとれているのが、この自然界の姿だと思います。また、もう一つは、見かけ上大きくて強い生き物だけが生き残れるわけではありません。それぞれの生き物たちは、個性のある質を競い合って共存共生しているように思います。競い合っているのは決して形の大小とか、力の強弱ではなくて、自分たちの質と申しますか、個性であります。そして、その競い合いの中から淘汰が起き、これが生態系をなしていると思います。
いずれにしましても、ネットの社会では量の大小ではなくて質の高低、高いか低いかという、それが問われる社会になってくると思います。ややもすると、昨日もGEのウェルチさんのお話にありましたように、GEとかIBMとか、超大企業の話が話題になりますが、決してそれだけが企業ではありません。こうしたネットの中で、今申し上げたような質が統べる社会の中から新しい事業、ベンチャービジネスなどと言われていますが、そういうものが生まれてくる土壌が必要だと思います。若い企業もこういう中で育っていく、その土壌がネット社会であり、それを今我々は勝ち得たのではないかと思います。そこで、国の立場も従来と大きく変わってもらわないと困ります。民間の企業活動への関与はできるだけ少ないほど私はいいと思います。
一方で、やはり国の役割というのは、企業が自由で公正な競争ができるような、そういうことを保証するというか、そういう仕組みを作ってくれることが私は国の仕事だと思っております。この意味で、今、言われている規制緩和といったようなものも、もっともっとスピーディーにやらないと仕組みができ上がってこないと思います。そんなことが国にお願いしたいところです。
それでは、いかにして企業の質を生み出していくかということですが、これは研究開発から始まって、生産、販売に至るまで個々の機能を取り上げてみますと、潜在的には日本の企業は大変強い力を持っています。先ほどもフクシマさんのお話にありましたように、優れた教育程度の高い人材、そして技術も強いものを持っています。しかし、ここで重要なことは、世界の市場では強いから勝てるとは限らないと思います。強いと勝てるというのは別のことです。日本のこれからの攻めどころはこの辺だと思いますが、日本の企業は、自分たちが持っているもの、あるいは他社の持っているものでも構いませんが、上手に経営の要素をインテグレートして一つのコンセプトをつくる、システムを作っていく。そういうものをパッケージにして、それを一つの企業の力や武器にして戦っていくという、この辺が何か欧米に比べて必ずしも強くない、いや、弱いのではないかと思います。
強さを勝ちにつなげていくアプローチですが、それはそれぞれの企業が自己の持っている力、コアコンピタンスというふうに呼んでいますが、これは技術であっても、生産、販売、マーケティングであっても何でもいいのですが、自分たちの強みはどこなんだということを確認して、それを中心に据えて、個々の自分たちの持っている機能を上手に統合する。パッケージ化し、それを自己の競争力とするといいますか、経営戦略において戦っていくのだと、このことが大切だと思います。これが企業の質をつくり出していく源ではないか。これこそが独自の企業の競争戦略になっていき、その結果、新しい質、新しいビジネスが生まれてくるのだと思います。
また、質の追求ということについては、産学の共同が欠かせないと思います。この産学の共同ということはつとに叫ばれているわけですが、何か言葉だけが先行して、真の意味でこれが実践され、成果の上がるものにはなってこなかったと思います。先ほどフクシマさんも触れられましたが、昨日のウェルチさんも言っております「エグゼキューション」、実践するという、このことが産学共同においてはきわめて大切です。真の産学共同というものは、我々にとっては新しい切り口です。それは技術革新を起こし、経済の活性化のエンジンを生み出してくれる可能性を秘めていると思います。この辺は米国に大いに学ぶべきところがあります。
このようにしまして、経営の軸足を量から質へ移し、単なる量、規模とか売り上げの拡大ということではなくて、質の統べる企業経営、質の統治する企業経営を実現していかなければならないと思います。そして、この質を生み出すものが「知」です。「知」というと、いささか抽象的でありますが、また、あまり「知」ということを定義しないほうがいいのですが、イメージとしては、やはり我々の仕事の仕組みとか、仕方、あるいは技術、ノウハウ、物の考え方というものに始まって、広くは企業の風土とか文化、社風といったものを「知」ととらえたいのです。こういう知の枠組みの再構築、このことこそが日本企業再生に向けての道だと思います。これからのネット社会においては、この知的存在感のある企業というものが評価され栄えていくと思いますし、そうあるべきだと思います。
最後になりますが、量から質ということを申し上げました。言い古された言葉であります。今さら何だと、こうおっしゃる方もおられると思いますが、日本企業再生に向けて、改めて「質」ということを強調したいと思います。
もう一つ、再生ということですが、私は、これから21世紀に向けて、企業は2つの選択といいますか、2つのことをよく考えてみる必要があると思います。一つは、依然として量の拡大を追うのか。GDPの数字が1ポイント上がった下がった。これに一喜一憂するような、そんな経済の仕組みをつくっていいのかどうか。もう一つは、いやいや、そうでない。GDPはそこそこでいいのだと。1%、2%であっていい。多様性溢れる質の豊かさを求めていくのだと、こういった価値観のあり様をしっかりともう一度自分たちが確認して21世紀に向けて取り組んでいく必要があると思います。
【西岡】どうもありがとうございました。牛尾さん、お願いいたします。
【牛尾】昨日のジャック・ウェルチさんから始まって、いろいろな話が集積されていますので、問題点だけをズバリお話ししたいと思います。
日本企業の再生を求めて、また全体のテーマにあるような21世紀の経営モデルの中でそれをどう求めるかということについて、2つ大きな問題があります。一つは、第2次世界大戦後の日本経済というものが世界の奇跡と言われるぐらいに高度成長を経て、わすが30年間で先進国になった日本の特徴というものは何であったか。それをどのようにして21世紀に持ち越すかという一つのテーマであります。これは今議論されておりません。
私は、やや抽象的になるかもしれませんが、一つは、戦後の成長というものを支えたのは日本の集団の一種の完璧主義です。日本人というのは非常に完璧主義で、もちろん、イベントをやっても30秒刻みにシナリオを作るとか、時間厳守といいますか、ちょっと樋口さんの後でそういうことを言うのはまずいですけれども、徹底的に完璧を期するという精神というものは戦後の日本の集団の特徴でした。それに清潔感というものが結びついていまして、日本人の清潔感というのは科学的でもあるし、感覚的でもある。多くの日本人はトイレに引かれている水道管の水を飲むのを汚いと思うわけですね。同じ水道管でも、お手洗いの水を飲むというのは汚いという感覚。こういう感覚というのは非常に半導体なんかをつくるときにプラス要因だと私は思っています。完璧主義と清潔感というのが結びつくと、本当にすごいきちんとした社会になる。
第2番目は現場主義であります。要するに物事があると現場に行くという、現場で働くことで誇りを持っている。ドイツがややその傾向が地域によってありますが、GEのジャック・ウェルチさんが、横河等の日本の企業と提携して、現場を重視する経営というものには非常に感動したらしく、GEには現場というのが英語になっております。ハンド・オン・システムという、現場というのは英語になって、現場というのは余計なマネジメントを最小限にする。MBAをあまり使わない。要するに実際に売ったり、実際につくったりする人が一番偉いんだという思想があって、非常に現実主義というものは、結果としては大変に効率を生むわけで、こういう現場主義というのは日本の戦後の特徴でした。同時に、現場に殉ずるという気持ち、それからこれだけ、1995年に1ドル78円までいっても工場を閉めないで何とか自分の工場を守り、78円でも競争力に勝ち抜きたいと思った工場はたくさんある。そういう自分の現場を離れないで死守するという精神と、早々と外国へ行ってしまうという企業も出ましたが、今日本企業は外国へ出ても、本工場が日本に残っているケースが非常に多いわけです。そういう現場を重視して、現場に愛着というのが第2番目の特徴であります。
3番目が集団思考であります。戦後は個人も向学心も持つけれども、個人の自立と連帯というものを並べれば、連帯、そして自立という感じの社会でありました。この集団思考というものは日本人の特徴であります。みんなが平等にお金を持っていればいいですが、一緒に食事をとるという時でも、ある人が持っていて、ある人が持っていなくても、アメリカなら皆それぞれ持っている者に応じて勝手に食事をとるのですが、皆が持ち金を全部出して同じ物を分け合い一緒に食べるのが楽しいという思考は日本人の特徴であります。4番目には科学に対する尊敬感、向上心というものが非常に戦後を支えました。
そういうふうな日本の特徴というものは、実はこの14、5年間全く弛緩をしてきました。かつての日本なら、今問題になっている臨界事故のJCOみたいな経営はあり得ないことであります。考えられないことでした。昨日の新聞を見ても、輸血した血の中にエイズのものが入って、それを見過ごしたという記事が出ていました。こんなことは他の国であっても、日本ではあり得ないことでした。そういう日本の本来の集団としての規律、完璧主義、清潔感、そして実際に偉い人が現場に入って確かめてくる。こういう機能がどんなにいろいろな構造改革の議論を叫んでも、この基本があることが戦後を支えたのです。
すべての経営者は、こういう観点から自分の組織というものをもう一度再点検して、みんなトップはまず現場に入るべきだということが私の第一の提案です。これが非常に今、日本の将来、21世紀の飛躍の大きなマイナスになっています。今トップにいる人は、自分の若いときのことが頭にあって、こういうものが自分の組織にそろっているというふうに錯覚を起こしているものですから、いったん走り出すと、半分ぐらいしかついてこないし、どんどん落馬をするし、違うコースを走ってしまうということになって、計画は良いのだが、実施能力がなくなってしまっているということです。
こういう経営戦略というものは、戦略プラス遂行能力が非常に大事です。その遂行能力というものが日本の社会では非常にすばらしいものがありました。それを21世紀にリバイバルする必要があるということです。多く海外の人、特にアジアの人が東京に来ると、安堵感と清潔感でほっとするということをよく言います。日本は治安が良く、社会の怖さがない、そして清潔、衛生的にも心配がないという、これは実は今挙げました4つの特徴が生きていることが前提であります。そういう点では、この美徳、この長所というものを再認識する必要があります。
第二は、昨日から今日まで皆さんがおっしゃる構造改革の方向に向かって、我々はどのように変えなければならないかということです。今、前に言ったのは変えてはならないもの、それが変わってしまっている。これをもとへ戻すことについて、同時に複合的に今度は変えなきゃならないものがあります。変えなきゃならないものは、まず初めには、グローバリゼーションという冷戦後の新しい流れが、基本的には国際市場で競争することが当たり前になったという事実を徹底的に認識するべきです。それには、国際競争で争うからにはグローバル・コストという国際コストが問題になるし、そのコストにとてもコストダウンできない場合は付加価値にプラスアルファをつけて、プライスにもプラスアルファをつけても競争力があるようにするにはどうすればいいか。これは今、常盤さんのおっしゃった質の多様性であり、質の向上という問題になってくる。
それから、国際市場がこの流れで行く限りは、我々は市場を原則としてオープンにしないといけません。今、日銀の金融政策を通じて、円高がどうのこうのという議論がありますけれども、基本的には円高というものは、その国の富を増やすわけでありますから、非常に結構な話ですが、その前提は市場の80%か90%が開放されて円高でなければ、真の円高とは言えません。現実は50%近くのものが何らかの形で政府の規制のみならず、民民の規制や、伝統・習慣まで込めて、あらゆる各面で完全に開放されていない前提で、開放された部分だけ円が強いということは非常に不自然なものです。やはり円高の流れを是認するのであれば、その前に80%か85%の商品をまず3、4年のうちに市場開放することが大事だと思います。
さらにもう一つつけ加えれば、国際市場でやっていくためにはすべての行動、今グレンさんからは調達の話が出ましたが、調達のみならず、マネジメント、戦略、経営の手の内、あらゆるものをディスクロージャーする必要があります。ディスクロージャーすれば、当然質問が来ますから、すべてのアクションにアカウンタビリティがないとだめだということになります。アカウンタビリティを持ってディスクロージャーに耐える経営をしないといけません。日本の社会では何でも見せるということは、とっても卑しいことであって、秘めたるものは非常に価値が高いという伝統的な物の考え方があります。
しかし、最近の社会はそれを言っていますと経営はできません。すべてを見せてしまう。でもアメリカの人は何かストックオプションでこれだけもらったという賃金まで見せます。日本人にしたら見せるというのは、別に何もなくても、そういうことは秘めたる世界のものであって、見せたくない。ストックオプション一つとっても、これだけの名前を全部出すのかというと、やはりやめようかということになります。これは隠し事が好きなのではなくて、東洋の文化の中には秘めるということの美学というのがある。優秀な人でも自分はよくできるぞということをプレゼンテーションすると、軽佻浮薄だという伝統があります。優秀な人はおのずと抜きん出るものであって、自分を宣伝するものではないというのがいまだに、この高度成長を果たした後でもあるわけです。
かつて大流行したコマーシャルに「男は黙って○○ビールを飲む」というものがあった。これは黙って飲むということがいかにおいしいかということのコンセンサスがあるからです。それをアメリカの友人が「なぜこれがコマーシャルになるのだ」。我慢してまずいから黙って飲んでいるのではないかというぐらいに思うから、やはり日本人には「男は黙ってビールを飲む」というのは非常にはやったコマーシャルです。最近、日本のコマーシャルが世界コマーシャルのコンペで全然入賞しないというのは当然でして、ホモジーニアスな伝統社会に通じる、ホモジーニアスな社会のみで琴線を打つコマーシャルというのは、ヘトロジーニアスな世界のコマーシャルでは何を言っているかさっぱりわからないということになります。それは全然卑下する必要はないので、ただ、グローバルな社会になると、日本の社会もある程度変わっていかないとご一緒できないということを考えなければなりません。
私は、経済同友会でグローバリゼーションを徹底的に主張しましたが、そのときには翻訳して、「グローバリゼーションというのは、経済活動において世界と一緒に生きる覚悟をすることだ」ということを僕はグローバリゼーションだと言っています。いろいろな解釈がありますが、「俺は俺で勝手にやらせてもらうぜ」ということはもうだめなのだということです。世界と共に生きていく覚悟をすることだということを私は言ってまいりました。
それと、今、これもグレンさんもおっしゃいましたが、ITの導入というものが非常に大事な問題でありまして、やはり日本はアメリカと違って、昨日ジャック・ウェルチさんが30歳代の人間でもやる気があったらどんどん仕事をしてチャレンジしなさいという趣旨の話しをされました。一生を終えて終身雇用でどちらが幸せかというようなことを言われると、皆何とも言えないといった顔をしていましたが、今の若い人はジャック・ウェルチさんに拍手する人が50%以上だと思います。しかし、我々はそのように思わないでここまで来てしまいました。
IT、インフォメーション・テクノロジーというものが今アメリカの経営に非常に取り入れられています。それも具体的に、販売から購買から資金調達から経営管理まで、在庫管理まで全部ITが日常化している社会です。今、我々の年代は、60歳を超えた人はいわゆる活字世代、日本経済新聞は活字世代の産業でありますが、活字世代、その時に20年ぐらい前に映像の世代があらわれて、テレビの時代があらわれて、映像的に物を考えるか、活字で物を追うかというので議論したものですが、それが最近の30歳代半ばぐらいからはインターネット、ネットの時代というのが始まりまして、今三重構造で我々共存しているわけです。活字世代と映像世代とネット世代が行動している。
しかし、ITの導入ということは、確実に経営技術においてはネットが95%を占めるということを決意しなければならないということです。それにアメリカの場合はそのように見てみますと、40代半ばまでの人が半分を占めている。それもアメリカは、私が初めて留学した時にシステムという講義がありました。日本でシステムというのは全くなく、いわゆる今使われているシステムという意味が1956年に講義しているわけですから、そういう意味ではアメリカのネット感覚というのは日本よりも20年早いわけですから、だから情報技術を入れることが非常に抵抗なくできているのです。
先日の日米財界人会議でも、AT&Tのアームストロングさんや、また製造の部会でのキャタビラのバーンズ会長やその他の方が、やはり米国のGDPの成長率の7割はIT導入による生産性の向上がそれを支えているということを自信たっぷりにおっしゃっていました。いろいろな例を聞くと、全部がIT技術の導入によって、特にインターネットの情報収集によって販売を促進するとか、そういうもので1面当たりの車の台数とか、1面当たりの販売の量が日本の一番高いところの3倍、4倍の数字が出てきているということを見ると、IT導入は世代革命を促進することになるだろうということがわかるわけで、そういう点が構造改革の気持ちの上での、またリーダーのほうが変えなければならない大きな革新になってくるでしょう。
競争というものが最も公平な結果を生むということを信じることができる人は、まだ十分日本には育っていません。行政の人と会うと、やはり行政の優秀な秀才がこういう計画でこうしようという結果の方が、競争が市場に投げ掛けて、競争の結果、結論が出るということは危なくて見ることができないという人が8割です。そして、基幹産業や業界が護送船団で秩序がきちんとしているところは、やはり話し合いとか、緩やかな談合が競争よりもはるかに結果としては良いのだということを思ってきました。それが最近は、1995年の1ドル78円前後のところでエレトロニクスや自動車は完全に競争にさらされて、結果としては80円でも生きながらえる力を持つようになって、競争は必ずしも悪くありません。つらいけれども悪くないということに確信を持つようになってきましたが、残念ながら、まだ現状では私は過半数になっていないと思います。構造改革は、やはり競争というものを大きな舞台として、これからの世界の経済というものが選ばれていくということを確信しなければならないのです。
最後に申し上げたいのは、日本はそのような変化期にあって、持っていくべきものは、きちんともう一回再活性化させる。構造変化で変えるべきものは思い切って変えるという時に、日本だけにある常識で世界から見たら全く非常識な話というものは、あまりもうしないほうが良い。竹村健一さんが「日本の常識は世界の非常識」というのを20年前から言っていますが、最近はそれが非常に多いです。例えば、別に小渕首相の肩を持つわけではありませんが、自自公というのは非常に過半数の体制を決めたときに、ほとんどの論調は、この巨大な与党体制で何をするのかという、あたかも恐怖が押し寄せてくるような大政翼賛会のような杞憂が当たり前になっていますが、小選挙区制をひいた瞬間にもっとすごい過半数になることが当たり前です。それを選んだのは国民なのですから、それを巨大な与党ということに対して不安感をあおるというのは、基本的に世界の常識から見ておかしいわけです。それなら初めから小選挙区制にしなければいい。そういう意味が一つある。
また、中小企業というものは情緒的に助けなければならないというものではなくて、小規模の企業こそが将来の大企業になる大きく大事な楽園だから、これを大事にしようという発想はわかりますが、中小だから大きいものが助けるのは当たり前だという流れなども、世界から見ると極めて非常識な流れです。現状を改革しようと思うと、ある程度の厳しい非情なことは目をつぶらざるを得ません。昔から「小善は大悪で、大善は非情に見える」という言葉がありますが、そういう時に非情を非難する論調というものは改革をするなという話になります。
そのような一つの日本独特の安全防衛を考えることは軍国主義の道になるのだとか、そういう何ともいえない日本独自の戦後30年間引きずってきた独特の大衆感覚というものが変わらなければならない時に来ています。経営者というのはこれからマーケットを重視しますから、マーケットを支える大衆の物の考え方がグローバリゼーションの方向に向かって世界の常識に沿っていかなければ、日本は成功しません。日本の1960年代、70年代の奇跡の成長は、やはり生産性本部が300、400にまたがる生産性の海外視察チームをつくって海外に行き、みんながピーター・ドラッカーや、アメリカの経営学の本を読んで、一つの経営における常識というものが世界の理念と非常に近いものになったことがこれだけの成功した大きな理由ですし、また、日本のマーケットというものが常に新しいものに絶妙な好奇心を持つのです。常に新規なものは買う、全くコンピューターを知らない人がコンピューターを買ってというようなことが、逆にコンピューターを押し上げるという、こういう先駆けるタイプの大衆社会を持っていたのですが、最近はこういう変革期の中でおろおろしている。この流れで21世紀というものをこういう方向で突き進んでいくのだという時代の流れを作るのは、グローバルなものの多様な考え方を率直に我々が導入していく必要がある、そういうことを考えています。
重ねて最後に言うと、持っていくべき日本の美徳と、構造変革するべきグローバリゼーションを中心とした価値観の変化、そして、さらに一つ最後に言うとすれば、日本人は問題を作るのは非常に下手だが、問題を突きつけられたら解決するのが上手い国民です。問題を突きつけられて解決する時は、縦型の社会が行きやすいです。問題を作る時には、総合的に横の発想で問題を抽出しなければ、縦では見えないことが多いですから、やはり企業の場合は経営者が勇気を持ってこの会社の問題点を指摘する。縦割りの経営組織を超えて、総合的な判断で会社の問題点をはっきり指摘をする。それを与えられたら、各部門はそれを1年間でプロジェクト化して解決を求めれば、これは解決する能力は非常に日本人は高いのです。そういう組み合わせであるとすれば、経営者とか、政治、行政、新聞等のリーダーこそが問題を提起する勇気を持たなければならないということを申し上げて、問題提起にかえたいと思います。
【西岡】 どうもありがとうございました。それでは、山本さん、よろしくお願いします。
【山本】すでに3人の著名な方から含蓄のあるお話があった後ですので、私は少し生々しく、金融というのはなかなかこういう場で発言をしないという一般的な非難のご意見も多いものですから、少し金融に偏って、金融の再生の問題、金融が日本経済の再生にどう役立ち得るのか、どうすればいいのかという2点についてお話をしたいと思います。
まず、日本の金融の再生をどうするかということについて、私ども先ごろ3行の統合を発表いたしましたので、その際のことを含めてお話をします。
まず、環境の認識ということですが、先ほどの皆さん3人のお話にありましたように経済のグローバル化、我々は経済のグローバル化、金融のグローバル化と言って経済の裏側に金融がある。最近、金融は少し実体経済をはみ出して、いろいろオーバーシューティングが起こっていますが、金融は、国境を越える、あるいは空間・時間の制約を越えていくというようなものが非常に容易な世界ですので、グローバル化ということを一つ、一般的な例えば製造業などに比べて、一段と大きなファクターであるというふうに認識をしています。特に最近は日本市場のグローバル化と、あるいは開放ということがありまして、よくウィンブルドン化というような言葉で日本の金融機関はもう要らない、外国に頼むからいいというような勇ましい議論が、たしか日経新聞の一部にもそういう論調で書かれた方があると思います。これは我々はそうはさせまいと思って、規制ではなくて、競争で頑張ろうというふうに考えているわけです。
2番目はIT革命の問題です。これも先ほど来お話があるとおりですが、特に銀行の場合は、次に申し上げる規制緩和等を絡めて非常に大きな意味を持ってきます。これは後ほどまた触れます。
3番目は、今申し上げた規制緩和の問題です。規制緩和というものが金融の世界では経済のインフラということで正当化されて長いこと来たわけで、これは何も日本だけということではなく、世界的に急速な規制緩和が行われたのは、この10年、15年というスパンの中の話です。それほど昔から欧米は自由化されていて、日本は規制であるという話ではなく、金融の世界というものの特徴だろうと思います。
それから、競争状態がどうかということです。これもやや日本人の自虐性から日本の金融機関は質が悪いと、欧米の金融サービス業を使えば十分だというご批判がありましたが、率直のところ、日本と欧米の金融サービス業の間には競争力において格差があるということを認めます。そのとおりだと思います。
一つは、規制緩和が遅れたということ。私も証券取引審議会とか、金融制度調査会などに出ていろいろ議論をしてきましたが、先ほどお話がありましたように、産業を考える、個別企業を考えないというようなことで、金融業そのものについて天下国家の議論があって、それが実は個別企業の利害であったということで、規制緩和が大幅に遅れたということは、非常に大きな業界としての要因だというふうに思います。
加えまして、不良債権の問題の処理が時間を要したということから、結局は、新しいイノベーティブな動きというものが大きなエネルギーを持って出てこなかったということが、この競争力に格差をもたらした主要な要因でます。欧米につきましては、規制緩和が早かったということです。それから1990年代の初めは、アメリカの銀行も大変に苦労していました。その後、これはアメリカの某銀行のトップから直接聞いた話ですが、実は大変ラッキーであったということです。「92年に景気が急回復いたしまして、その景気に支えられて利益が上がって、これで不良債権の処理を早くできた。日本の場合はそこが違う」という激励とも何ともいえないお話を伺ったことがありますが、事実としては、アメリカは早期に不良債権の処理を終わり、新しいイノベーションをやってこれらたと、こういうことです。
さらに、国境を越えた商売としましては、国際グローバル化が進んでいるわけですが、例えばドイツ銀行がアメリカのバンカーズを買うとか、あるいは伝統的な枠組みを超えたシティとトラベラーズの合併とか、いろいろな動きが出てきていました。しかも、スピードが速くなっているということが特徴です。
3番目に申し上げたいことは、その競争条件ですが、他産業からの金融サービス業への参入というものが規制緩和の中で非常に大きくなって、既存の金融関係の企業にとっては大変な脅威になっています。これは国民経済的に見れば、大きな競争が起こるわけですから、大変に私はプラスだと思っていまして、既存の我々のような業界は、これに向かって、資本を中心とした経営資源のシフトをしていかなければならないということです。これに対して日本の金融機関、とりわけ日本の銀行というのはどう対応しようとしているのかということです。これを3行の統合の時の考え方を例にとってお話をします。
まず、目標ですが、何をしたいのか。国内に強固な収益基盤を持つ日本を代表する国際金融グループを作りたいということです。戦略として掲げていますのは、一つは効率化です。オーバーバンキングの規制があったということは、それだけそこに過剰な経営資源が投下されてきたということです。私は、常々オーバーバンキングがあるということを申し上げてきたわけですが、オーバーバンキングのもとで単独銀行の効率化というのが限界に来ています。この限界を突き破る効率化の戦略というのは、店舗とかシステムとか人員、これらについて統合をするということが飛躍的に効率化を達成する手段になるということです。
2番目は、事業ポートフォリオを変えていくということです。伝統的な商業銀行業務の成長性は低下し、投資銀行業務とか資産運用、あるいはそれ以外の新しいタイプの金融サービスというものが急速にここで成長をし、発展しています。こうしたものに対応するためには、商業銀行業務から大きく資本を移していかなければいけない。その際にどうやればいいかということになりますと、競争に勝つためには、ジャック・ウェルチさんではありませんが、4位、5位に止まっているのは、株主にとっても事業にとってもあまり快適なものではありません。つまり、クリティカルマスという考え方をいたしました。その業界に入るのであれば、十分に利益を得られるだけの主要なプレーヤーになるということを軸として考えているわけです。そうしますと一つの銀行では無理であるということが言えます。
3番目は、IT革命ということですが、金融のIT革命、金融業におけるIT投資というものは、この数年の間、まさにキー・フォー・サクセスの最大のものです。金融サービス業における巨額なIT投資をアメリカの金融機関並みにやりたいということで、これも1行ではなかなかできない。ちょうどICの設備投資を共同で行うというようなことと同じような発想です。
こうしたことと併せまして今回狙っていますのは、人事制度を変えることによって企業文化を変えていきたいということです。先ほど守るべきもの、それから変えるべきものというお話が牛尾さんからありましたが、今までの我々の事業の意識というものは、年功序列、それから集団主義というもので、非常に優秀な人材を持っていますが、エネルギーが十分に発揮されてこなかったという反省をしています。これを集団主義から、もう少し個人の専門的な能力、個人の成果というものに着目をした処遇体系に変えることによってエネルギーを引き出したいというふうに考えました。
以上のようなことで3行の統合に入ったわけですが、日本企業の再生のために金融が果たすべき役割、何ができるかということを少し触れてみたいと思います。
何と言いましても、この数年の日本経済の停滞の一つの要因として、金融システムの不安定化というものがあったということは、否定できないと思います。その過程で我々はやはり金融システムを支える、あるいはプレーヤーである強い金融機関というものが必要であるということを非常に強く認識してきたわけで、それが国益にもかなうということから公的資金が融資されたと、あるいは投入されたというふうに我々は考えているわけです。
我々としては金融機能、皆様はもうすでに金融機能についてはいろいろなものをお使いなので肌で感じていらっしゃるところでありますが、従来の規制の基準となっています金融の業態とか業種というようなものを、枠を外しまして、金融機能というもの、アンバンドリングという言葉をよく言いますが、機能に分割をして、それをリバンドルしまして、そしてそこに新しい企業の形態、あるいはサービス業のあり様というもの探っていくというのが、これからの金融サービス業の行く方向です。そういう形で皆さんにお役に立ちたいのです。例えば、ベンチャーキャピタルというようなものも非常に大きな分野です。先ほどもフクシマさんからご指摘がありましたように、今は企業の出番だと考えています。そのための法制・税制の改革については、従来以上に強く主張していきたいと考えているわけです。
さらに申し上げたいのは、企業と金融機関の関係ということです。後ほどのディスカッションの過程でお話ししたほうが良いかもしれませんが、問題提起だけしておきます。メインバンク制の問題というのがあります。メインバンク制の定義というのはいろいろありますが、やや海外の日本経済を分析する人たちの作り出したコンセプトで、企業グループだとか、あるいはメインバンク制とか、いろいろなことがむしろ外から教わっているということですが、中身をやや砕いて言えば、株式の持ち合いであり、それを前提とした貸し出し、ラストリゾートとしての貸し手になるとか、あるいはその代わりに主要な金融上のメリットを頂戴するとかいうようなことが多分メインバンク制と言われているようなことかと思います。
株式の持ち合いはこの数年急速に減少しています。企業向けの貸し出しにつきいても全体でとらえますと、急速に減っていまして、最近の優良企業は借入がないというふうな状況になってきています。つまり、企業と銀行との関係というものは急速に変化しているということです。
それから、2番目に申し上げたいことは、今、民事再生手続ということで倒産法の見直しが行われています。よく言われるアメリカにおけるチャプターイレブンをモデルにした変更が行われていますが、これはなかなか債権者にとってはつらい話です。この法律ができますと、企業向けの貸し出し取引のありようというようなものも、もう少しまた変化が出てくるのではないか考えています。
最後ですけれども、国の問題という議論が出てくるかもしれませんが、国がどういう役割を果たすのでしょうか。先ほどもどなたかの発言にございましたが、競争の環境を整備するということだと思います。例えば非常に強い裁量行政というようなものが残りますと、引き続き日本から企業が出ていきます。金融は特にそうですが、香港とかシンガポールのようなところに出ていってしまうということがあります。その辺で一体、国というものが我々の企業にとってどういう役割を果たすべきかというのは、ここでまた議論を深めていく必要があるかなと考えています。
【西岡】どうもパネリストの皆さん、ありがとうございました。それぞれの基本的なポジションを示していただきました。
それでは、今から後半の部を始めたいと思います。4人の方からプレゼンテーションをいろいろいただきましたが、今朝の新聞でも出ていますように、あさひ銀行と東海銀行というように、やはり何と言っても金融の問題というのが一番ホットイシューです。1992年でしょうか、お亡くなりになったソニーの盛田さんが「日本的経営が危ない」という論文を『文藝春秋』に書かれたと思います。あのころは「世界と違う経営をしていると危ないよ、つまはじきにされるよ」というようなニュアンスだったのですが、もう一つ、その背後には、やはり強過ぎる日本企業みたいなイメージがあって、それをたしなめるというようなところがあったかと思います。それから約7年たちましたが、あっという間にこういう格好になって、三菱重工まで赤字というところまで行ってしまいました。その背後を考えると、いろいろ要因はありますけれども、金融の問題というのがかなり大きいと思います。
それで、きょうは山本頭取に来ていただいているので、先ほどいろいろ説明いただきましたが、終わりのころにおっしゃった、いわゆる企業と金融機関とこれからの関係、特にメインバンクが解消されていくとか、株の持ち合いが解消されていくとか、これはどういう影響を与えて、企業としてはどういう対応をとるような格好になるのでしょうか。そのあたりからお話をお聞きしていきたいと思います。
【山本】こういった機会ですから、やや問題提起風にメインバンク制というものは変わるんだと、こういうことを申し上げたのですが、メインバンク制と申し上げましたように、この仕組みがあたかも何らかの紙に書かれた形で定義されているというように皆さんお感じかもしれません。それぞれの会社の取引はメインバンクにいろいろなことを相談すると、あるいは借入資金のラストリゾートとして取引をするというようなことで、かなり実務的にお考えになっているわけですが、世の中といいますか、評論家、あるいは学者の間で言われているメインバンク制というのは一心同体的で、エクイティーを全部持っているかのような解釈です。
そういう意味でのメインバンク制というのは、グローバルな競争をしていく過程で、ないしは企業の存続の基盤である株主権というようなものとの関係で無理になってきています。例えば、ある企業の5%の株式を持っています。貸し出しの20%をしています。これがメインバンクだから未来永劫救済をしてつき合うべきであるというのは、何となくメインバンク制の一般的なイメージだろうというふうに思いますけれども、そうしたことについては、その企業の存続、あるいは再建計画が経済合理性があれば、我々は債権の確保という観点で協力をします。経済合理性が十分に確認できなければ、その段階でサポートを打ち切らざるを得ないというのが、こういう場ですからはしょった言い方をしていますので、私どものお取引先が大勢いらっしゃるので、個別にまた後でニュアンスをお話ししたいと思いますが、そういう方向であるということです。
世の中でいろいろ出てまいります債権放棄とか、あるいはデット・エクイティー・スワップというような話が数多く出てきますが、それらもすべて銀行の法的な所有者である株主の利益を損なわないものです。先ほど透明性、アカウンタビリティーの話が出ましたが、アカウンタビリティーを十分果たせるような、あるいはリーガルに我々執行しておりますエグゼクティブの任にある役員が責任を果たせるような、逆の言い方をすると、リーガルに免責されるような、そういう意思決定をせざるを得ないというのが今日の状況になっていると、そういうことです。
新しい銀行について一言だけ、誤解があるといけませんので申し上げますが、私ども金融機関というのは信用というのが大事ですし、取引先との長い信頼関係というものが大事、つまりリレーションシップというものを大事にする経営をしていきたいというふうに考えていますので、その問題と、今申し上げた問題というものの接点にあるものは経済合理性というものとリーガルかイリーガルかという、この2つのキーワードでご理解をいただければと思います。
【西岡】牛尾さん、個別企業の経営者としては、これから銀行との今の関係が、株の持ち合いも含めてどのようになっていくのか。それから、その結果として、よく言われている産業の再編成、この辺はどのようにお考えになっていますか。
【牛尾】これも非常に多様な形相を示しています。護送船団方式的に業界の強い分野は、金融がこうやって、例えばここの例で言うと、興銀さんと勧銀さんと富士さんが将来は一緒になるんだということが決まりました。これは話しにくいんです。皆知っている方ばかりで差し障りがありますが、ある製造業とか商社とか、そういうものでも、この3つが一緒になるということは、半分ぐらいは一緒になったっていいことになるわけです。これまでは、必ずしも銀行のせいではないんですが、金融系列のせいでそういうものをためらっていたことにしていたのが、その壁がなくなりますから、やはり率直に議論せざるを得なくなってきたわけです。これまでは半分利用している部分もあったのです。
新聞もそういうのが好きだから書き立てるものですから、最近はいろいろな話を聞いていると、前よりもこれは踏み込んで早くやらないとだめだなという流れが出てきました。その結果、昨日のジャック・ウェルチさんが言うように、業界には2つか3つしか残らないという流れが、結果としては実現する大変な起爆力になったことは事実だと思います。
それからもう一つは、実は10年ぐらい前からエクイティーファイナンスが盛んになってくると、優良な会社はほとんど無金利のエクイティーに走りますから、メインバンク制が事実上非常に希薄になっています。メインバンク制が非常に強いのは、むしろ銀行にとってはお荷物のところが逆にメインバンクになるのです。だからメインバンク集まれというと、集まって欲しいところは集まらなくて、集まって欲しくない人が集まることになる場合が多かったのではないかと思うのです。
しかし、それは今度逆に、銀行さんが公的資金を導入した後、私的にも増資するという時には、今度は遠くにいた良いほうの元メインバンクにしていた関係の人がそこでご恩返しに増資をするというので、日本的な美的な関係が時々四方八方にあるのですが、基本的にはメインバンク制というのは、事実上、昔に比べると、要するに金を借りた者が商売できるという高度成長期の時に比べると、10分の1ぐらい希薄になっています。だからこそ、3行が一緒になれたのではないでしょうか。もしメインバンクがはっきりあって、自分の取引先が競合して、しかも、皆が隆々としていれば、こんなことはなかなか出来ないのです。だから、皆が全般的に萎えてきて、喚起が希薄になってということが遠因だと思います。しかし、金融バンというものの流れで、銀行さんという最もそういうことをしないだろうと思っていたのがしたものですから、私も驚きましてね。しかも、テレビにまで出てしゃべるわけですから、かつてじゃ考えられないことです。2年前には想像もつかないことです。大変驚きました。
普通は先行して何か進めてから3人が出てくるんですが、何もやる前から、まず3人がやるぞと言って、そして流れをつくるというのは、非常に西欧型の手法ですから、やっぱり世の中は本当に変わってきたのだと思います。これは個人的にも大いにサポートしたいですね。
【西岡】フクシマさんは今の問題についてどのようにご覧になっていますか。株の持ち合いみたいなものがほぐれていって、日本の産業界の地図みたいなのが変化していくであろう、あるいは構造改革みたいなものがもっと進んでいくのかどうかということも踏まえてお願いします。
【フクシマ】それは相当変革があると思いますけれど、ただ、外から期待されているほど急激に速く変革するとは私は見ていません。徐々に時間をかけながら、要するに本当の意味でのいわゆるアメリカ型の競争が実現するとすれば、やはり雇用の不安とか、いろいろそういう社会的な懸念が出てきて、ある程度は競争を一つの枠内で制限しなければだめだという、行政もそうだし、多分、企業も、あるいは市民もそういうことを求めるのではないかと思います。ですから、これは金融業でも通信でも、ほかの業界でも、アメリカ的な激しい変化はあまりないと思います。それが必要かどうかというのは別問題ですけれども、私は、先ほど冒頭の発言で申しましたように、日本は必要な変化はすると思いますが、ただ、日本的なやり方でやると考えていますので、そういう意味ではスピードに関しては、恐らく割合に時間をかけてやるのではないかと考えています。
【西岡】常盤さんは今の問題をどのようにお考えになっていますか。
【常盤】私は、先ほども申し上げましたが、ネット社会ということがいろいろなものを変えさせていっているんだと思います。もうネットですから上下、左右、前後、みんな我々がつながっているのだということで、いろいろなものの組み合わせ、並べかえというものがこれから金融業だけでなくて、いろいろなところで私は起きてくると思います。もう何でもあり、誰でもありということがまず前提で、そこから、では自分たちはどうするかということを、これをつくり上げていくのが、今、私は日本企業再生で問われている一番重要なところではないかと思います。
そのとき大切なのは、何が自社ででき何を他社に任せるかということで、自分たちで全部はできません。そのようなことで、まず自社の持っている能力を確認し、そして足りないところを他社からアウトソーシングしていく、そういう一つのシステムをつくることが大事で、このようなシステムが私は評価されていくと思います。ネットですから、かなりマーケットでアベイラブルなファンクションもいっぱいあると思います。それを上部に組み合わせてやっていくということで、今の金融業のお話も一つの例だと思います。
ただ、先ほども講演前に山本さんとお話ししていたんですが、これは筋書きは良いし、お話はそのとおりですが、問題はコーポレート・カルチャーをどうやって作ってゆくかだというお話をしていたわけです。それで、今ほど大げさには騒がれていませんが、過去にもいろいろな産業でこういう合併がありました。その時一番苦労されたのは、コーポレート・カルチャーをいかにしてつくり出すか、このことだと思うのです。これを乗り切ると、本当に新しい姿の企業になっていくのではないかと思います。そんなようなことでネット社会という大変夢のある、そして裏側にリスクのあるおもしろい社会ができたな、こんな認識でいます。
【西岡】山本さん、今のことに触れていただけますか。
【山本】2つ疑問が提示されたと思いますので、簡単にお答えします。時間がかかる、それが日本のやり方だというフクシマさんのお話ですが、牛尾さんもまだ言っただけで何もしていないというお話でしたが、それはそうではなくて、実は統合の発表の翌週から各銀行より1人ずつの副頭取の統合委員会を発足させまして、直ちに動き出しています。各分野に分かれて、すでに20の小委員会が動き出していまして、週何回か具体的な項目を挙げて一つ一つ結論を出すというやり方で、相当に進展しています。3カ月に1回ぐらい世の中にその進捗度合いを発表しようと思っていますが、そして来年の今ごろには持ち株会社ができて、その持ち株会社が上場会社になって、我々は幸か不幸か非上場会社になるということです。
それから1年半を要するということで、長い長いという批判があるわけですが、来年には持ち株会社のほうに各マーケットセグメント別のスタッフ、それからプロダクト別のスタッフを全部異動させて、そこで統合的な運営をします。つまり、法的な存在としてはばらばらで存在しますが、実態は一つの銀行であるかのような運営を来年の秋から始めるということです。
雇用の問題だけが気になるところですが、その点につきましては、実は先ほどちょっと事業ポートフォリオの話をしましたが、成長率の鈍ったところから成長率の高い分野に資本を移していくということになりました。それに必要な人員もあるということから、5年間で6,000人、17%の人員削減を計画していますが、外部からの採用を含めますと、ほんとうにそんなにたくさん減らせるのかと思うぐらいの面もありまして、雇用不安云々という問題はないのではと思っています。アメリカ風のやり方で、事業ポートフォリオを変えていくという中の話だという様にご理解いただきたいと思います。
それから2番目のコーポレート・カルチャーの問題です。先ほど人事制度の話をしましたが、私どもの銀行は、昨年、年功的要素を一切排除した職務と成果の2つの要素だけで処遇する仕組みを入れまして、ある種のカルチャーショックを我々の行員に与えているわけですが、新しい銀行はそうした新しい人事制度、全く新しいタイプのものを入れるということで、まずカルチャーを変えたいと考えています。
2番目は、元の出身銀行のカルチャーを一日も早くなくすために、事業グループ別の経営というものを来年の秋から徹底して行います。事業グループ間での競争をさせます。そういうことで自分の帰属意識を、従来の銀行ではなくて、新しい事業グループに対する帰属意識というものに変えていくというような過程、その過程でいろいろな工夫をしていきます。カルチャーを変えることが大事だというご指摘は、全くその通りだと思います。カルチャーを変える壮大な実験とは言いませんね、後戻りがきかないものですから、そのことをもって新しい企業作りをしたいという決意です。
【牛尾】一つ聞きたいんですが、日本だからコーポレート・カルチャーの融合が困難なのであって、アメリカにもそういうことがあるのか。それともアメリカというのは全然普通のカルチャーで特別なものはないのか、その辺はどうなのでしょうか。
【フクシマ】実は私の会社もいわゆる「ポスト・マージャー・インテグレーション」といって、企業が統合、あるいは合併した後、社風を合わせる、調整する仕事を相当行っていますが、アメリカでもヨーロッパでもそうなんですが、どの企業でもそういう統合、あるいは合併するとき、そういう問題に直面すると思います。ただ、外から見て感じることは、日本の場合は、労働市場にあまり流動性がないので、組織の帰属意識が強いと思います。だからそれを20年、30年も同じ組織で働いている、その会社のやり方、その会社の用語、あるいは考え方が非常に根強くあるので、それでほかの組織と一緒になるのが難しいのだと思います。アメリカとかヨーロッパの場合は、最初から労働市場の流動性があるので、そういう意味ではそれほど組織に対するこだわりがないということが一つ言えます。
もう一つは、アメリカの企業とか、ヨーロッパの企業というのは、昨日のウェルチさんの話にもありましたけれども、買収に慣れています。そういう意味で統合する時、どういう手順でどういうやり方でやったら最も効率的かということがわかっています。例えば、多分一番有名なのはシスコ・システムズというシリコンバレーの会社ですが、ここでは6週間に1回、他の企業を買収しています。ですから、買収マニュアルをつくっているわけです。どういうふうにしたら人事制度、あるいはITシステムを、最も効率的に早くいい形の相乗効果が出せるかと。そういう意味では、日本企業もそういう経験がある企業があると思いますが、それほど多くはないと思います。だから程度の問題だと思います。
【西岡】今のお話の続きですけれども、日本の銀行のカルチャーをすり合わせること自体、非常に難しいということでしょうか。そうすると、企業がいわんやアメリカ型にというともっと難しい話になりかねません。これから再生のためにどうするかという時に、よく日本型の経営というのか、日本的な経営みたいなものからアメリカ型、という議論の立て方が行われます。どっちかを選択するという、あるいはこちらへ振るというような、そういう選択を提示するというのはそもそも意味があります。要するに言いたいことは、個別企業ごとの、例えば三菱重工は日本列島が沈没してもうちの会社は生き残ると思っていれば、それでいいじゃないかというようなことです。要するに隔離してしまう、個別の選択、市場が選択するのは、その経営者であると、あるいは企業であるということです。アメリカ型か日本型かとか、そういうスタイルの問題ではないとか、こういう議論は成り立たないでしょうか。フクシマさん、いかがですか。
【フクシマ】外から見て感じることは、日本の場合は組織の存続といいますか、組織そのものが継続することに重要性を置き、アメリカの場合は企業を立ち上げて、それを売って、また企業を作る。組織そのものが存続することは、それほど日本と比べて重要だと感じていないと思います。
資本の国籍に関しても、日本とアメリカでは相当違う感覚があると思います。これも程度の差ですけれども、例えばウィンブルドン現象というその言葉そのものが、おもしろいことには、言葉としては英語ですけれども、概念としては、日本でしか使っていない言葉なんです。例えば、ゆうべも実は英国を含めてヨーロッパの金融関係のトップの方とのある夕食会がありまして、そこで講演したとき、この中でウィンブルドン現象という言葉を聞いたことがある人がいますかと聞いたら、一人もいなかった。というのは、やはりこれは日本が資本の国籍のことを大変重要視しているという一つのあらわれだと思います。
【西岡】牛尾さん、どうですか。
【牛尾】ウィンブルドンの話がちょうど出ていますから、今から7、8年前に、ビル・エモットさんと対談して、その後ロンドンに行ってバンクの人に紹介してもらった時に、当時は英国のバンクは30%が日本の金融機関、30数%がアメリカで、英国オリジナルは30%ぐらいしかなかったわけです。そのときはまだ日本にもウィンブルドン現象という言葉はなかったです。こういうのは一体これからどうなっていくのですかと言うと、これでいいんですよと言うわけです。確かに英国の経営者は職を失いましたが、専門家は賃金が上がったし、雇用は増えているし、情けないのは経営者だけであって、あとは皆ハッピーなのだと。これはまず第一です。
もう一つは、今、30%を占めている英国でいう銀行も、実は50年前は80%はコンチネンタルの銀行だったと言うわけです。調べると皆そうなんですね。今の日本もアメリカも、あと50年たつと8割は英国の銀行になっていますよ。だから我々はそれはありがたいことなのです。最近見ると、すごい勢いで日本のロンドンがですね、何となく向こうのものになっていくのです。それで、やはり本当にこれはまずくなって向こうのものになること以外に、伸びていくと会長も頭取も最高幹部も、結局、ケンブリッジやオックスフォードの人を据えないと英国では業種が伸びませんから、結局何か大株主は日本らしいぞというふうになってしまうのです。だんだんこっちが悪くなると、またその株を売りますから、そのときにバンクの人が堂々と自信を持って、アメリカ、日本の60数%が50年もたてば、みんな英国に行くようになるのです。ありがたいことですと言っても、もう一つ意味がわからなかったのですが、昨今の情勢を見て、なるほど歴史のある国は違うなという気がしました。
だから日本の金融業界も大いにアメリカに来てもらって結構、ヨーロッパも結構、香港、シンガポールも結構、もう30年か50年たったら全部日本の銀行になるのだというぐらいの堂々たる自信を、預金をする人も、間接金融で使う日本の企業も、また、銀行当事者もやはり英国に学ぶことが多いのではないでしょうか。
【西岡】山本さん、何かコメントがございますか。
【山本】私は、例えばアメリカの銀行が日本でコンシューマーバンキングをやりまして、大変に、部分的ですけれども、成功しているという、これが我々の刺激になっているということで、規制緩和によって世界の一級品が気軽に地元で買えるということですから、これは良いことだと思います。我々を形容していても、そういった刺激が日本で各所であるということは非常に良いことだと思っています。要は今の英国は英国の利益になるような国の競争の仕組みを作ったわけですね。日本の場合は必ずしもそうでもないのです。我々は外から入ってくるのを妨害するような障壁をつくれと言った覚えはないわけで、むしろ依然として、まだ業界の垣根というようなものが規制の中に残っているというようなことが、むしろ適正な競争を阻害するのです。税制の問題も同じです。そういう意味でウィンブルドン現象というのが仮に起こるとすれば、それは結果として起こるわけであって、国民経済的にそれがマイナスだということではないであろうという様に思っています。
【牛尾】一つだけ、若い人の意識でね、今年僕のところへ遊びに来ていた若い2人か3人の来年就職する人が、一番給料の高い保険系統の会社とか、有名な商社とか、どこに行こうかと迷った結果、結局、ドイツ銀行へ行ったのです。若い人はそういう選択をするようになっているというのはびっくりしたのです。3人とも皆、外資系に行きました。そういう人がどんどん出てくると、本当に20年後には銀行が本部のほうで何かあって、興銀、富士、勧銀のつくった、どんな名前の銀行か知りませんが、そこの傘下に入っちゃうかもしれませんね。その人材だけはそっちへ行く人を紹介すると、留学させる必要もないというぐらいの余裕を持って我々は眺める必要があるのではないでしょうか。
【フクシマ】一言だけ申し上げたいのですが、日本において金融でも通信でも変革は相当すでにありますし、これからもあると思いますけれども、やはりスピードと規模に関して、外から見ると、相当遅いと見られると思うのです。一つの例として申し上げたいのですが、1997年から98年の1年間に日本におけるM&Aの件数が38%増加したんですね。ですから、40%近くも1年間で増加したのは大変、日本の方々は画期的なことだという様に考えられると思うのです。しかし、それを実際に数字で見てみますと、671件から929件に増加したということにしかすぎません。同じ1998年のイギリスにおけるM&Aを見ますと、2,278件、金額ベースで日本の50倍、あるいはアメリカでは1998年1万1,400件、日本のM&Aの金額ベースと比べて564倍ということで、日本が変化しているということは事実ですけれども、ほかの先進工業国に比べたら、相当まだギャップがあるということです。
【西岡】パネリストの方のお話を聞いていますと、皆さん、山本さんに対する激励が非常に含まれているような気がします。少し話を変えて、常盤会長、先ほど知の枠組みを変えていく必要がある。企業レベル、もっとミクロというか、現場の一番身近なところまで落として、そのお話を敷衍すると、どういうことになるんでしょうか。
【常盤】結局、先ほども牛尾会長からお話がありましたが、現場が高度成長に慣れてしまっており、ここでもう一度自分たちの現場がどういう意味があるのか、自分たちは何をするのかというところを問い直さないといけないと思います。JCOの話なども、そういうことを私は指摘されていると思います。あまり他社のことを言うと、自社はどうだとなるのであまり言えませんが、少なくとも、こういうことだと思うのです。例えば、小集団活動というようなことを現場で一生懸命やっています。しかし、その小集団活動が、品質向上だ、業務改善だ、ということだけで終わっていいのか。その活動から更に新しいものを作り出していこうという、その認識がまだ弱いと思います。ここであらためて自分たちの持っている小集団活動という財産を大切にして、みんなで「知」をつくろうと呼びかけることが、新しいまた日本の現場の強さを作っていくのではないかと思います。
【西岡】具体的に何か花王ではアクションが出ているわけですか。
【常盤】幾つかそういうことをやっています。例えば、コスト削減から始まって、業務改善、いろいろ行ってきましたが、今迄は各現場現場でばらばらにやってました。ここでばらばらなものを一つにまとめて、何か新しい仕事の仕方、世に問えるようなものを作ろうと、こんなことを今呼びかけております。そういう思いで、今度は現場の人たち同士で交流する、そこから生まれた知を増幅させるという、この仕組みができてくれればと願っています。だからこれからが、業務改善とかはどこでも行っていると思いますが、そのレベルを一段高いところへ持っていくような意識づけが大切だと思います。
【西岡】牛尾さんは、冒頭に残すべきものというのを指摘されました。逆に言うと、残すものを残しておくと変化しないということにはならない。そこをどう調和して進めていくかというのを、もう少し具体的な何かイメージがあるのでしょうか。
【牛尾】一次方程式しか解けないという前提に立てば、残すべきものを残せば、改革はできないよという議論になるのです。要するに短所を是正するか、長所を残すか、どちらかしかできないよというようなことを、昔、格言がありますが。だけど、これからの時代は二次方程式か三次方程式ですから、足し算と引き算しかできないと言うのであれば、経営は無理だろうということをまず初めに割り切ることです。片方で残すべきものを残しながら、その上に改革をしていくのだということです。
一番良い例が、ちょうどおっしゃったのですが、日本がTQC運動やQCサークルで非常に現場の地図上、提案、組織というものを作った。それを作ったから、片方からすっと出てきたISO、ISO9000とかISO14000、これはTQC運動やQCサークルをやっているところは非常に早く通ってしまうのです。すっと、手法が同じですから。しかし、反省すべきは、日本はQCサークルやTQC運動をこれだけやりながら、世界に通用するスタンダードをつくる自在能力がないんです。それは英国やヨーロッパがやはりEUの経済に何か知的所有権的な強いものを作ろうというのでISOを作って、これが今や世界中で最も大きな一つの資格になっていますが、これからの日本はそれをすぐ取れるというTQC運動の手法はありますが、同時に世界に向かってISOのようなものを日本の提案でつくれるような国にならないといけないのです。両方やらないといけないのです。今はとりあえず現場の力で非常に速いスピードで日本のISOをとっている比率は高いし、特にISO14000などは、今、日本のスピードが一番速いのではないでしょうか。だからそういうところで情報するという完全に二次方程式か三次方程式の社会になりました。しかし、ネットの時代というのは、それをあたかも一次方程式で解けるように、インターネットや情報技術というのは、それを簡素化してくれるのです。これを活用することです、仕組みを。
【常盤】今、おっしゃったことは、まさに日本人は問題を作るところは下手なのですが、解決は上手だと思います。ISOに関してもよく言われるのですが、確かにシステムを作る時に、そう言うと失礼ですが、ほとんど参加していない。参加したといっても、最終的に決める会議では座っている程度だと思います。その一方でグローバリゼーションと言っているところにまだ日本の弱さがあると思います。やはりそういう国際的な仕組み作りの時から参加していって、日本のスタンス、姿勢、考え方を堂々と述べるという、このカルチャーを我々が作らないといけない。このことはすごく大切です。ほとんどの分野で世界的なルールがあります。日本主導でできたものはないのではないでしょうか。誰かがルールをつくって、それに従うとか、それに合ってないから直せとか、こんな話では情けない。我々が大きく次の世紀に向かって飛び出していくには、グローバルなルールづくりやシステムづくりに積極的に参加する、そういう心構えが大切だと思います。
【西岡】フクシマさん、何かございますか。
【フクシマ】私も全く同感でして、それは企業のレベルでも政府のレベルでも、あるいはNPO、NGOのレベルでも同じことが言えると思うんですが、最近までは語学、英語力とか、そういうことが問題にされたんですが、それ以上のこと、やはり文化的といいますか、社会の仕組みといいますか、教育でしょうか。教育において、発信する、発言する、主張する、説明する、提案するということに関して、あまりそういうことを育てる教育制度ではなかったのではないかと思いますが、常盤会長がおっしゃるとおり、これからグローバル化の中で、特にネット世界の中で情報収集とか分析するのも大変結構なのですが、やはり発信する、提案する、新しいものを外に訴えるということも大変重要だというふうに考えます。
【西岡】これは全く流れから離れた質問かもしれませんが、フクシマさんにぜひお聞きしたかったのは、日本の産業界を見ると、例えば半導体というのは非常に期待されていた産業で、かつリーディング・インダストリーというイメージが強かったんですが、これはフクシマさんに痛めつけられたせいか知りませんが、10年前と比べまして最近は見る影がありません。どの辺あたりに原因があって、これはどういうふうにごらんになっていますか。日本全体の産業の弱くなっている傾向とほぼ軌を一にしているわけですけれども。
【フクシマ】半導体に関して、実は私、個人的な経験がありまして、ちょうど通商代表をやめる1989年の12月に、インテル社のそのときの社長のアンディ・グローブとミーティングをして、そのとき彼はインテル社に来ないかというオファーをくれまして、ストックオプションもたっぷりあった非常にいいオファーだったのですが、そのとき、日本でもアメリカでも半導体の専門家たちが言ったことは、「インテル社というのはそれまでは相当よかった。しかし、これからは必ず日本のNEC、日立、富士通、東芝が追いつき追い越せでインテル社を追い抜くということです。だからあまりインテル社に行っても将来明るくないですよ」と、日本でもアメリカでも言われたのです。しかし、振り返ってみますと、そのインテル社の株がたしかあのときと比べて30倍ぐらい伸びています。ですから、そのとき私も専門家の話を無視してインテル社に入っていたら、相当株で何千万ドルもうけることができたんだと思います。しかし、その時まさにおっしゃるとおり、日本の半導体産業というのは大変強いということで、アメリカの企業、産業も懸念し、それも一つの理由で日米の半導体の交渉もあったのですが、私が見るのには、半導体も一つの周期といいますかサイクルがあって、半導体をどういうところで使い、活用するかということが割合に固定しているというか、安定している状況の中では、日本のやり方、大量生産、非常にいいものを安く作って、徐々に改善していいものを作ると、そういうやり方というのが有効だったのではないかと思います。
ただ、過去5年ぐらい前からは、特に情報技術において、どういう製品、どういう部品、どういうものがこれから最も伸びるかということがわかりにくくなりました。そういう不確定要因がいろいろある状況の中では、私はいわゆるシリコンバレー的なベンチャーが新しいものを作ってみて、それで一つにはかけをして、成功するかもしれないが、失敗するかもしれない。そういう新しいものをいろいろ考え出してやるという、そういうやり方が有利になってきているのではないかと思います。
ですから、そのように考えますと、確かにこの5年から10年間というのは、日本の半導体産業というのはいろいろ問題がありました。しかしどういう形でインターネット使用の増加により、どの分野での半導体の需要が明確化するとともに、つまり最も企業から見てどの分野が収益が出るかとか、今の場合はご存じのように、インターネット関連企業というのは株は高いけれども、収益がないという現状なんですが、それがどういう形が消費者も買う、どういうものが最も普及するかということが少しはっきりしてくると、日本の半導体産業は、また高度のものを作って、それで付加価値の高いものを作って、ある程度よみがえるのではないかと思います。
【西岡】ありがとうございます。
【牛尾】それに尽きるのですね。私は半導体に関してはDRAMを中心に、規格を効率化して量で勝負するいう、そのとおりだけをやったわけです。それに対してインテルは、コンピューターのCPUにかわるようなロジック、半導体、非常にリスクがあるのです。成功率は非常に低い。それはもうDRAMでは勝てないからという局面もあったんですが、ハイリスクに挑戦して成功したわけです。
日本の企業は、高度成長というのはアメリカのパターンをまねをして、今言った規格の効率化と量で勝負すれば必ずもうかったものですから、ローリスク・ローコスト・ハイリータンという商売に慣れてきたわけです。それが1980年ぐらいからローリスク・ローコストがローリスク・ハイコストになってきたのです。リターンがローリターンになってきたわけです。そしてバブルのはじけたころはローリスク・ハイコスト・ノーリターンになってきて、これでは大変だというので、ここで我々はハイリスクに挑戦しようとしてきたのです。それからハイコストをせめてミディアムコストにしようとしてきました。そしてとりあえずミディアムリターンをとろうじゃないかというときに、ハイコストをやった人がいないものですから、ずっとローリスクで来た人は、ハイコストというと情緒不安定に陥ってどうしていいかわからないんです。それの大きな転換期に入っていると。
そうすると、アメリカはハイコストで生きている企業が多いのですが、リスクを管理する学問が進んでいますから、やっぱりフロントオフィスにバックオフィスをつくってリスクを管理するとか、フロントオフィスとバックオフィスの間のコミュニケーションを調整するためにミディアムオフィスを作って、その上にマネジメントがいるとか、そういうところはこの10年間大変に進んでいるわけです。その点日本はリスク慣れしていないし、堺屋太一さんが経済白書でこれからリスクのある社会だと言うと、新聞はこぞって我々にリスクを強いるのかと批判的になるという、そういう点からいって、これからの課題は、リスクというものがビジネスにつきものだ。それを少なくとも全員じゃなくても、会社をマネジメントする人はリスクをどう処理するかということにすべての経営はかかっているということが非常に大事だと思います。
【西岡】どうもありがとうございました。時間があまりありませんが、会場から質問があればどうぞ。
【質問】牛尾会長にお伺いしたいと思います。先ほどのお話の中で樋口議長がグループでまとめられたこの答申案というもののご説明をいただきました。すばらしき内容なのですが、そのお話の中で、非常にこれは今、進んでいるんだと、それからスピードアップもしてきている、そういうお話をいただいたのですが、もっとダイナミックにできないだろうかと思うのです。政府のせいにはしたくないのですが、先ほど牛尾会長のお話の中で、日本の大衆感覚を変えるためにどうしたらいいかと、そういうお話がありました。そういうために、例えば何か日本の大衆感覚、大衆の皆さん、我々を含めて度肝を抜くような、明治のころの黒船だとか、あるいは鉄道というものもそういう目的のためにつくられたというふうに聞いておりますが、そういったことについてどのようにお考えになるかお聞きしたいんですが。
【牛尾】黒船のように目に見えるものよりも、インターネットを通じて情報というものは大胆に変わっているわけですが、これは目に見えない。しかし、私は日本のマーケット、並びに日本の国民の先端というものは一番変化の先頭を走っていると思います。いろいろな人を見ても本当に一番先頭を走っている。だから市場とか国民の流れというものを正確に追いかけて、企業経営の場合は現場の声と市場というものを追っかけていれば、絶対に変化に遅れないと私は思います。それをなまじ従来のものを、トップだけの考え方でやるから遅れるのであって、そういうことは政治にも言えると思います。だから、私はそれほど、日本の現状の中での一般の人たちというものは一番感覚的には前へ行っている。また若い人が前へ行っている。男性よりも女性の人が前へ行っている。高学歴よりも低学歴の人が前へ行っている。文科よりも理科系が前へ行っている。大体傾向があるんですが、そういう人を眺めていけば、そう悲観することはないと思うので、やはり何ものかにとらわれていることが問題なんだろうと私は思っております。
【西岡】どうもありがとうございました。これで終わりたいと思います。パネリストの皆様、どうもありがとうございました。