第1回日経フォーラム「世界経営者会議」対話・講演・討論の全文

テーマ: 「グローバル時代の経営とコーポレートガバナンス」

スピーカー(文中敬称略):

  ロナルド・ハンペル氏

    ユナイテッド・ニュース・アンド・メディア会長(ICI前会長)

    英コーポレートガバナンス委員会委員長

  トーマス・E・マッカーティ氏

    アンダーセンコンサルティング アジア太平洋地域統括責任者

  上島重二氏 三井物産社長

モデレーター(文中敬称略):神田秀樹氏 東京大学法学部教授

日時:1999年10月7日(木)13:25-15:35

場所:東京・帝国ホテル 本館3階「富士の間」

【神田】まず簡単に講師の皆さんをご紹介させていただきたいと思います。

 ハンペルさんは大変に著名な方で、今さら言うまでもございませんけれども、最近ではイギリスのハンペル委員会というコーポレートガバナンスについての原則、いわばそれまでのいろいろなレポートの取りまとめとなった最終レポートをおまとめになりました。それはロンドン証券取引所の統合規定「ザ・コンバインド・コード」として採択されております。私もこのハンペルレポートの大ファンでありまして、ここ1、2年はあちらこちらで話をするときに宣伝をしてまいりました。

 マッカーティさんは日本代表で日本におられましたし、アジア全体にも大変お詳しい方であります。今日は日本とかアジアということを超えてアメリカ的な視点からのコーポレートガバナンスについてのご指摘もいただけるのではないかと思います。

 上島社長でございますが、言うまでもありませんが、日本を代表する経営者であられます。これまでのご経験に基づいて、今日はコーポレートガバナンスのパネル討論に加わっていただきました。

 パネル討論の進め方ですけれども、まず最初にハンペルさん、マッカーティさん、上島さんの順番に若干お話をいただきたいと思います。その後、ディスカッションを行いたいと思います。最後でフロアの皆様方からもご質問、ご意見をいただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。それではまずハンペルさんからよろしくお願いいたします。

【ハンペル】皆さん、こんにちは。まず冒頭申し上げたいのは、コーポレートガバナンスというのは、私にとって単純な、これで成功するという公式はないということです。その点ご認識いただきたいのは、あくまで私は実務家としてこの問題を考えていること。学者ではなく私はビジネスマンです。そしてあくまで自分の経験のいわば私は囚人であります。

 5つの英国の委員会で仕事をしました。ドイツ、フランス、イタリア、それからアメリカでは2つの役員会、そして英国及びアメリカの証券取引所のボード、さらに最近では日本のアドバイザリーボードにも名を連ねておりますが、この問題というのは特に革命的な思想の展開は不要であって、進化的な考え方が必要であると思います。あくまで伝統に根を置いて、そして各国の前例、先例を踏襲した進化的な変化が必要だと思うのです。若干背景的に、私が英国で座長を務めました委員会についてご紹介をいたします。

 その作業の源泉となったところをご理解いただきたいのですが、1990年代に入って、いろいろ不正行為で企業が破綻するという例が続きました。その財務的な側面、特に企業の財務報告について検討するということで、キャドバリー委員会ができました。90年代の半ばには、今度はイギリスで民営化が進みましたが、その際の報酬の額についていろいろ問題がありました。政治的、またマスコミを巻き込む問題となったために、今度はグリーンバーグ委員会ができました。そしてイングランド銀行、あるいは政府、そして証券取引所、さらには産業界全般にとって、一般論でなく具体論的にもう少しこの問題を見る必要があるという認識が生まれまして、私はこのガバナンスの全体的な問題を英国という枠の中で検討するという委員会の長に任命されました。6人のビジネスマンがおり、3人は株主を代表し、また3人は専門家、弁護事務所のシニアパートナー、会計事務所のシニアパートナー、そして財務担当の取締役によって構成されましたが、その作業はあくまで実務的な内容で、学術的なものではありませんでした。

 その内容は3つの要素がありました。第一にあくまで企業においては繁栄が必要であると。これは株主のために、そしてすべての利害当事者にとって繁栄が必要であり、それなくしてコーポレートガバナンスそのものが不要であろうという考え方です。しかしガバナンスはあと2つの要素が必要であります。アカウンタビリティーという考え方です。検討したのは上場企業ですが、すべての公開された企業においては、株主に対して、そしてより一般大衆に対してアカウンタブルでなければならないということです。その責任は完全なる情報公開によって達成されるという考え方でした。ひとつのガバナンスの公式があって、しかも役員会の構成もこれというものがあって、それで成功が約束されればよいのですが、人生はそういうものでもなく、英国におけるガバナンスの考え方としては、やはりこれを柔軟に解釈をすべきであるというものでした。もちろん原則やガイドラインはございます。それもまたお話をしますが、その背後にあるのは、株主その他が判断をするべきであること。ガバナンスについては各ビジネスに照らして、そして企業側の公開内容に応じて決定、判断をすべきだという考え方であり、ガバナンスの一義的な目標は企業の繁栄を約束するというものであります。イギリスの見方としては、バランスのとれた、独立した取締役によって構成されるボードこそが、その繁栄を約束する最善の手段です。非業務執行取締役、外部の取締役は、そこでは戦略とかパフォーマンスをいわば試験をし、チェックをする役割であるということです。第二義的な条件としてアカウンタビリティーがありますが、そこでは社外の取締役の明確な役割として、役員会が完全にそのアカウンタビリティーの責任を果たすことを求めます。第三に、社外取締役の明確な責任として規定されるのは、そのアカウンタビリティーをしっかり示すこと。立証し、もしそれに欠落、欠陥があるならば、それをボードに知らしめるということです。

 これといったグローバルな仕組み、構成というのはあり得ないと思います。各環境によって歴史も文化も違います。しかし我々の考えでは、取締役会の構成においては、独立した役員が必要であるります。独立した役員には、内部の経営陣を適切な限りチェックをするという役割が期待されます。イギリスでは、会長と最高執行責任者、CEOの役割を分離するということで議論があります。多くの場合、この役割を分けるということが好ましいと考えられていますが、取締役会は会長が、そしてCEOは会社運営に徹すべきだという考えです。しかしそれだけが成功の秘訣ではありません。ほかにも多数の例があり、非常に企業として成功している、しかしここでは会長がCEOを兼任している場合もよくあります。ご存じのとおり、まさにアメリカはそれが多数を占めています。ただそういう組み合わせでやっている場合には、独立した取締役の集団がこれを精査し、そしてCEOにチャレンジをするということも必要でありましょう。その「独立した」という言葉の定義ですが、我々がいろいろチャレンジされた問題でした。これは概念、考え方の問題であって、背景とか、任期とか、出身とか、そういったもので決めるべきではないと思いますが、しかしいかなるボード、取締役会でも独立した役員、取締役を十分な数有するということが必要です。その独立性が対外的に明確であるようにする必要があるということです。

 続いて株主と利益当事者の区別について考えてみたいと思います。企業の所有者は当然株主ですが、しかし企業の運営を成功させるためにはすべての利害関係者に配慮しなければなりません。これは雇用者、被雇用者、そして顧客、納入業者、あるいは私はケミカル産業、化学産業に長かったのですが、環境団体、あるいは地元の団体などに対する配慮も大切です。我々の意見では、各取締役会の責任として、明確な経営陣に対する目標を設定する。しかもその目標は、すべての利害当事者に資するものでなければいけない。経営陣が利害当事者の利益に適切にこたえたならば、株主も経営も繁栄が約束されるということであり、我々の環境において、その意味で利害当事者が取締役会に参加する必要はないと考えました。

 イギリスにおいて重要な問題2つについて申し上げておきます。ひとつは役員の報酬の問題です。マスコミでも取りざたされ、政治問題化もしていますが、我々の委員会の見解としては、グリーンバーグ委員会の意見を支持し、報酬については完全な情報の公開が必要であります。あとは株主その他がその報酬が適切であるかを判断すればよいという考え方であり、自由市場経済においてその報酬を規制、コントロールすることはできない。しかしそれが適切であるかどうか、そして企業としてのパフォーマンス、実績がよければ報酬も高くあるべきだという考え方は容認できるものであります。イギリスのマスコミ、株主側の懸念としては、パフォーマンスがまずい、成績がまずい人間に報酬が高いという問題であり、成績が悪いのに特に退職したときの報酬が高いといった問題です。

 もうひとつは、大きな機関投資家と小口の個人株主の両者間のバランスの問題です。我が国では伝統的にAGM、年次総会が利用されます。情報を小口個人株主に伝える場所は年次株主総会であるということなのですが、しかし必ずしも成功しません。我が国の制度では、主要な決議案においては年次総会で表決をすることになって、これは挙手で表決されます。しかし結局、挙手では票はないと同じになって、実際の表決は実は機関投資家が事前に委任状の形で決定をしており、それを事前に知らせているからです。こういう状況を改善するために、年次総会では決議内容について実際の票の構成を公開することになっています。これから予見できる将来の変化として、こういった年次総会での表決はなくなるでしょう。年次総会の役割は、これにかわって小口の株主に対して企業の状況を伝えるという場になるでしょう。そして株主は経営陣の実績についてチェックをするという場になります。大口の株主と小口の株主に行き渡る情報の量に不均衡があるというのが現在の我々の意見です。しかしイギリスは、今はこのガバナンスについてバランスのとられた考え方を持つようになったと思います。我々の作業の結果として統合コードができました。私とその前のキャドバリー、グリーンバーグ委員会の報告書をまとめることによりまして、これはロンドン証取の上場基準にかかわるものですが、最低要件が規定されています。これは会計及び公開に関する要件ですが、この情報公開に関しては明確な規定があります。株主あるいは一般人、そしてマスコミに対して公開をすることによって、その企業の成績、あるいはガバナンスの実情が適切かどうかを判断してもらう。不適切であるならば措置、対応策をとってもらうということができるようになりました。

 私としては、これ以上の立法措置は不要であると考えています。一部の議論では、社内の執行取締役と社外の非執行取締役の役割について法律上明確に区別すべきであるという考えがあります。しかし会社の役員におさまったからには、法律上の責任は平等であるべきと考えます。行為を行い、そして企業に対して責任を負うという意味では平等であるべきであり、少なくとも英国においては裁判所にゆだねれば裁判所がそこら辺は解釈判断をする。社内及び社外取締役の役割の違いは、例えばもともと入手する情報量が違うので、その意味で責任に違いがあるということは裁判所が判断をする問題であり、これまでその制度で成功しておりますので、これ以上社内・社外取締役の責任を分離するという立法は不要だと考えます。

 私はこの委員会で2年務めましたが、もう十全に議論を尽くしました。企業からも、また関心を持つ当事者すべてに議論に参加してもらいました。今やこの委員会は解消されました。あとはイングランド銀行、あるいは政府がまたこういった委員会を設置するかもしれませんが、現段階では我が国ではこのでき上がった報告内容を実行されることを待っている段階で、これまでのところその実行状態はよいという状況です。

【神田】どうもありがとうございました。続いてマッカーティさん、よろしくお願いします。

【マッカーティ】どうもありがとうございます。ご参加の皆様、こんにちは。本日のトピックは、「グローバル時代の経営とコーポレートガバナンス」です。私の全体としてのメッセージは、企業統治に対する主要なグローバル化の影響というのは、より共通的なグローバルなモデルが企業の取締役会に採用されるようになるだろうということです。このテーマをご説明するに当たって、米国及び日本の取締役会の特徴をある程度比較することによって述べたいと思います。

 幾つか前提から始めたいと思います。まず第一の前提は、よき企業統治というのは、企業にとっていいことだということです。これは投資家の信任を強化し、また資本コストを低減させ、さらにはよりよい経営のパフォーマンスにつながるということであります。反対によき統治がない場合には、非常に深刻な帰結をもたらすということです。すでにそういったことを目の当たりにしたと思います。これはアジア経済危機のときです。もちろん唯一の理由ではありませんけれども、アジア経済危機のひとつの原因はやはりグッドガバナンスがなかったということです。いわゆるKKN、腐敗、縁故主義、そして身内主義というのが幾つかのアジア諸国の経済においては見られたわけであり、これはよき統治が行われている企業については生じないことであります。

 ここで企業統治ということに関して定義をしてみたいと思います。これは非常に広範な意味を持つものでありまして、いろいろな定義、またいろいろな意見があると思います。私はコーポレートガバナンス、企業統治というのは、企業にかかわっている人々との間の関係だと思います。すなわちマネジメントとボードと株主です。それからその企業に対して対外的な影響を与えるさまざまな参加者であります。ガバナンスということを考える場合、大部分はやはり企業取締役会がどういう役割を果たすかということにコーポレートガバナンスがかかってくると思います。

 ここで4点申し上げたいと思います。まず取締役会は事業戦略をつくるということに対して責任を持っているのであり、戦略をつくるということではありません。これはマネジメント、管理職者たちの責任です。ただ企業が十分に有効な事業戦略を持っているということを担保するということは、取締役会の役割でありましょう。第二に取締役会の役割というのは企業が非常にすぐれた最高経営責任者を持ち、さらにその下に並ぶ執行担当者たち、上級職員たち、上級職員たちも有能な人々が集まり、さらにこの幹部候補生を将来十分責任をとれるCEOに育て上げるということであります。第三に取締役会として担保しなければならないのは、企業が十分な情報、そしてコントールと監査システムを持っていて、そして事業ビジネス、事業目的を達成することができるように企業を運営されているということを担保することが必要です。さらに、企業はその法的また倫理的な法律による規律を守り、企業自身の目的も十分に踏襲していくということです。取締役会の責任としてあるのは、危機を予防し管理するということです。換言しますとリスク管理の責任です。

 米国と日本の取締役会を見てみますと、法律的ないわゆる定款、両国の取締役会の使命というのは非常によく似ていると思います。米国であろうと日本の取締役会であろうと、取締役会のメンバーに対して彼らの役割や責任を説明してくれという質問を投げかければ、両国の企業の取締役とも、彼らは会社にかかわるすべての利害関係者の利益を守ること、すなわち従業員、マネジメント、株主、顧客、サプライヤー、そして、その地域、社会全体の利益に対して責任を持つと答えるでありましょう。しかし取締役会のとる行動は、こういった利害関係者に対して両国で違いがあると思います。米国の取締役会は明らかに株主の利益を守るほうに傾き、日本の取締役会はもっとほかの利害関係者に焦点を当てられていると思います。特に社員に対してです。米国において株主重視が顕著に見られるということは、すなわち非常に株価重点的な統治のシステムが発達しているというところに顕著にあらわれていると思います。また上級管理職の報酬が株価に直結している、さらには四半期ごとの事業収益目的を達成しなければならないというところに直結していると思います。これはまさに米国の企業がリストラをするに当たって非常にスピードが速かったということ、さらには米国においてはCEOが非常に頻繁にかわるということにもかかわってくると思います。90年代において米国の取締役会がCEOをかえるに当たってとった行動にそれは如実に現れていると思います。そのリストはかなりいろいろな会社名が挙がってきます。デジタル・イクイップメント、GM、Kマート、シアーズ、IBM、デルタ、アップジョン、ボシュ・アンド・ロム、ウエスト・マネジメント、つい最近ではコンパックです。それぞれ最高経営責任者は、取締役会の決定によってやめていきました。

 もうひとつ両国間における取締役会の違いは、取締役会の構成状況です。日本の取締役会は、米国の取締役会よりもかなり規模が大きいというのが特徴です。米国の取締役会は大体10人から16人ぐらいで構成されておりますが、皆様よくご存じのとおり大多数の日本の取締役会は大体30人から40人ぐらいです。しかし今、日本で取締役会を小規模にしようとする動きが出てきていると思います。200以上の上場企業は、すでに取締役会の規模を縮小し、人数を減らすということを発表しています。ソニーは30人から11人に減らしております。また、そのほかに日商岩井、オリックス、ダイエー、日本火災、こういったところが取締役の人数削減を公表しています。もうひとつ取締役会の構成において大きな違いというのは、皆様よくご存じのとおり、日本の取締役会は主に内部の管理職者がメンバーであるということが一般的ですが、これに対して、米国の取締役会はメンバーの大多数が非業務執行取締役だということであります。しかしこれに関しましても日本で最近変化があらわれておりまして、一部の企業ではすでにこの社外取締役制度を導入するようになってきております。

 もうひとつの違いが出ておりますのが、株式保有の形態であります。米国では、企業の株式というのは主に個人投資家、そして年金基金によって保有されております。ほとんど半分近くの株式は個人が持っており、20%程度が年金基金、そして10%ぐらいがミューチュアルファンドが保有しています。それに対して、日本では個人投資家の株式保有はかなり少なく、そして金融機関、企業間の株主持ち合いというのが非常に高い部分を占めております。ここでグローバル化の役割が顕著にあらわれますのが、日本の企業の株の外国人保有の割合が非常に増えてきているということであります。この会合のためにリサーチをいたしまして、日本の上場企業の株式の約10%が外国人株主であるということを知り、驚きました。さらに驚きましたのは、このパーセンテージは米国における企業の株式の外国人保有数の倍だということです。米国では大体5%ぐらいです。日本の企業における外国人株式保有は、非常に劇的な変化を遂げております。1990年代ぐらいは3、4%でしたが、今日は10%、あるいはそれ以上になっています。

 もう1点、グローバル化がもたらすインパクトはM&Aの状況だと思います。ご存じのとおり、日本ではこれは相対的に最近顕著になってきた傾向であります。しかし今どんどん増えております。日本では1998年には834件のM&Aがありました。これは5年前と比べましてすでに倍になっています。でもこれは全体としては、米国と比べれば相対的に数は少ないものであります。ウェルチ氏が今朝おっしゃいましたけれども、GEでは昨年すでに100社M&Aをしたということでありました。歴史的な展望から言えば、このM&Aの件数というのは日本でも非常に大きく変わってきているということがわかります。これまでのいくつかの実際のGEの案件を見てみますと、例えばGEキャピタルが日本リースを買収し、ルノーが日産モーターを買収し、ブリティッシュテレコムとAT&Tが日本テレコムの株式を買い、そしてC&WがIDCを買収したということで、日本でもやはりこういった状況が出ておりまして、グローバルな企業がどんどんこういった形で統合しつつあります。

 グローバル化によって刺激を受けております状況というのが、日本における規制の変化です。例えば訴訟手続が非常に簡易化されるようになってきたということ。残念な傾向とお考えかもしれません。米国に類似してきてしまって、なかなか抵抗しがたいのかもしれません。しかし手続の緩和によって訴訟件数もかなり増えてきております。さらには企業の情報を開放しなければならないということで、株主の権利が非常に強化されてきております。

 会計部門での改革もこのグローバル化によってかなり変わってきております。連結決算は来年には完全にすべて実施に移されますし、また資産価値を市場価格で評価する、年金基金の評価は赤字あるいは余剰資金があればそれを明確に反映するようにしなければならないということであります。

 日本において、監査基準というのがどんどん変わってきております。これまで日本では大体、内部監査が一般的でありました。これは日本独特の伝統でありました。しかし法改正がありまして、監査役の任期が延長され、監査役のうち少なくとも1人は部外者でなければならないということになっております。さらにより広範な外部の人々の監査ということを求めるようになってきております。この傾向は今後さらに増えていくと思います。

 もうひとつ、非常に興味深い、米国において生じている現象として申し上げられることは、機関投資家の果たしている役割であります。これはまた、機関投資家に対して非常に大きなインパクトを与えておりますが、すなわちシェアホールダー・アクティビズムと言われているものでありまして、株主が非常に積極的に活動するようになってきたということです。ある投資機関、カルパーズというのがあります。これはカリフォルニア公務員退職制度と言われているものでありまして、米国で最大の退職制度でありまして100万人以上のメンバーを持ち、1,500億ドル以上の資産を持っております。このグループは、株式を保有している企業の活動に対しては、付加価値を加えるべく積極的に役割を果たしております。ゆえに彼らは長期にわたって企業に対しては投資を行っているわけで、彼らはそのパフォーマンスが高いことを要望してくるわけであります。そして毎年、自分たちが投資している企業の中から事業実績が芳しくないところを10社選び、こういった企業の取締役会に対してシェアホールダー・バリューを改善すべく大変な圧力をかけてきます。しかもこういったことをやっているということを公にします。これは機関投資家たちがより活発になってきているという現象であり、このような現象は日本にもいずれやってくると思います。

 最後にコメントしたい点は、あまり一般的にはコーポレートガバナンスという観点からは議論されていない問題でありますが、電子商取引に関してであります。電子商取引は米国の経済に対しまして非常に大きな影響を与えています。多くの識者たちは、まさに、この10年間の米国の生産性の向上に対して大きな貢献をしたと考えております。非常に高い雇用レベル、そして株式市場が非常に高騰しているという状況に大きな寄与をしているということであります。すべての米国の企業は、この現象の影響を受けております。日本のおけるインパクトも、やはりアメリカと同じようにドラマチックなものになっていくと思います。これは単に消費者たちがインターネットを使って買い物しやすくなるとか、シリコンバレー独特の現象ではありません。これはまさに新たなビジネスのモデルが出現しつつあると思います。新たな競争相手が、まさにバリューチェーンの中でもより価値の高い、利益の高いところの活動を得んとして努力をしているということを示しております。そして最初に動くところが利益を得ます。マーケットにおいてスピードはこれまで以上に重要になってまいりました。しかも若い人々はますます重要な役割を果たすようになってきております。伝統的な報酬制度というのが、リスクとリスクに対する報酬を組み合わせたもの、そして株価にも組み合わせられたものになってきております。興味深いことは、「系列」という言葉がいわゆるハイテク企業のいろいろな企業間関係を表現するのに使われるようになってきたということであります。例えば西海岸を見てみますと、マイクロソフトの系列があります。米国のサン系列もありますし、またソフトバンク系列というのもあるわけです。

 電子商取引をあえて取り上げました理由は、まさにこの現象は取締役会が理解しなければならない現象だということです。マーケットは電子商取引を非常に価値の高いものと見ております。市場はアクションが迅速に行われるということを高く評価しております。ですから取締役会、そして企業の管理職者たちは、十分に有効な電子商取引の戦略をつくっていかなければなりません。これはマネジメントもボードメンバーたちも、現状ニューエコノミーと言われる中で何が起こっているのかということを理解しなければならないということを意味しております。これは日本の取締役会に対するチャレンジだけではなく、米国においても同じであります。さらに取締役会は真剣に、非常に効果的に、このニューエコノミーでビジネスを行っていくことができるように、十分に魅力のある人材を引きつけ、維持することができるような報酬制度を考えなければなりません。

 今後こういったコーポレートガバナンスというのは、より一般的に共通のものが出てくるでありましょう。日本に対するその影響というのは、ボードの規模が小さくなり、社外取締役が多くなるでありましょうし、より透明性のある監査制度が必要になるでありましょうし、株主収益性の重視ということが重要になっていくでありましょう。どうもありがとうございました。

【神田】どうもありがとうございました。続きまして上島さん、よろしくお願いいたします。

【上島】ありがとうございます。三井物産の上島でございます。今日はヨーロッパからハンペルさん、アメリカからマッカーティさん、それぞれコーポレートガバナンスについて大変に深い見識を持っておられる方々をお迎えいたしまして、ただいまお2人のお話を伺い、私としても大変感銘を受ける部分もございましたし、また皆様から学んだことを我々の経営に今後の参考として取り入れていく教訓もかなりあったと考えております。

 私自身は、今ご意見を披露されましたお2人と立場が少し異なっておると自分で認識しております。すなわち今、日本で三井物産というグローバルな仕事をなりわいとしている会社の現役の社長、先ほどのマッカーティさんのお言葉によりますと、チーフ・エグゼクティブ・オフィサーとしての立場から、国際化時代の経営とコーポレートガバナンスという今日の表題に対しまして、私の実感を交えた意見というものを、ほんとうにポイントを絞って申し上げたいと、かように存じます。

 まず順番として、国際化時代の経営という表題があるわけです。国際化時代の経営ということで、今、私を含めた日本のCEOがどういう基本認識を持って、何に今ストラグルしているかという点を、最初に2、3点申し上げたいと存じます。後で申し上げるコーポレートガバナンスは、その基本認識というものの上に立ってどう考えているかということとご理解いただきたいと希望するからであります。

 まず国際化、グローバル時代ということでございますが、グローバリズムというのは何だということです。これは世界の市場が限りなくひとつになる、そしてその市場の中では効率的で競争力のあるものが栄えていく。逆に言いますと、その自由市場の中では効率的なものと非効率的なものが非常に容赦なく選別され、淘汰されていく世界という基本認識を持っています。先ほどもご披露がございましたが、この競争の激化というのは再編を促すということでございます。さらにIT:インフォメーション・テクノロジーの革命的進歩が、今言いますグローバル化のスピードとその規模の拡大を後押しして、世界の単一市場化というのが加速的に進んでいくというのが今の根本的な現状ではないかと思っております。

 ご案内のとおり、1997年に起こりました東アジアの通貨危機の世界への伝播、コンテージョンと申し上げますか、いわゆるエマージングカントリーが市場に参入してきたということ、そこから生ずるより大きなメガコンペティションというような世界の流れの中で、我々は企業の繁栄、すなわちビジネス・プロスペリティーというものを達成していかなければならない。その達成への挑戦というのが経営者に与えられた今日の命題であると、私は理解しております。

 第2番目といたしまして、それでは世界に共通する経営者の課題というのは何だということでございます。これは株式会社の経営者と申し上げてもいいのかもしれません。これは企業価値の極大化ということであるのは申し上げるまでもないと思います。換言すれば、企業収益をいかに極大化するか。当たり前のことではございますが、これが命題である。しかも、その収益をいかにフェアに配分して、株主にその責任を果たしていくかということに尽きると思います。非常に集約して考えると、そうではないかと私は考えます。同時に、私が非常に重要なこととして考えておりますのは、企業というのは当然のことでございますが、みずからの戦略として選択と集中ということを進めている。それを繰り返して発展していっているわけでございますが、今日では企業自身が、マーケットからも、あるいはお客様からも、厳しい選択の目にさらされている。このことを明確に認識して経営をする必要がある。私はこれが大変に大事な部分であると考えています。マーケットから選択され、評価されるような力を伴った企業にみずからを改革していくということが、それぞれの企業にとりましてさらなる将来への企業の繁栄、そしてその力のをインタラクティブに、連鎖的につなげていく、こういう動きを注視すべきだと考えます。

 3番目、これが私の基本認識の最後の部分でございますが、いまひとつの認識というのは、例えば私どもを例に挙げますと、私どもの会社はどちらかといえば世界を相手にかなり手広い事業展開をしている会社に属するほうだと思います。そういう会社、多かれ少なかれ今の日本の企業というのは、その流れの中にあると存じますが、この国際化の流れの中で、同じルールでゲームをしていくという基盤を早急に構築していくことが大変に必要である。これは欧米にとっても必要であり、我々日本にとっても必要であり、あるいは、エイジアンカントリーズについても同じことだと思います。このために必要な制度の導入は、もろ手を挙げて歓迎したいと思っておりますし、事実そういう方向への制度の改正が進んでいるということでございます。また、そういうことに対して、我々が極めて迅速に対応していくという社内の準備と、これからかなり勇敢な判断を必要とされるとしても、それのアドプションというものについては積極的に反応していく必要があると理解しております。

 以上の3点、大変に簡単な部分だけをあるいはサマライズしたかもしれませんが、私の実感といたしましてこれがコーポレートガバナンスの考え方、あるいは対応というものにそれぞれ企業としてどう考えていかなければならないかということの原点であると認識をしていきたい。その認識をまずは共有いただきたいと思います。

 そこでコーポレートガバナンスの問題に入ります。今、ハンペルさん、マッカーティさん両氏のお説のとおり、申し上げるまでもなく、コーポレートガバナンスの充実というのは、大変に重要な経営課題であると思います。これはある日突然にAが起こり、Bが起こりというものではございませんで、この理念を共有しながら日々の経営を通じて学ぶものは学ぶ、自社のベストプラクティスというスクリーンでもって検討を加え、採択すべきものはスピードを持って採択する、あるいは今採択にはなじまないというものについてはアメリカでどういう理由があったとしても、あるいは何がいいという学説に対して賛同を得るとしても、ベストプラクティスによる自分による検討を加えた上での選択というものがあっていいんじゃないか。そして我々も現実的に、当社ではそういう検討は必ずテーブルの上に上げてやります。やった結果、やはりいいと思うものはもう実行に移しておりますし、まだ今の時点ではこれは我々にはなじまないというものについては、その選択を現在はとらないというような切り口で動きつつあるのが現状でございます。

 私が全くお2人の意見に賛成しておりますのは、究極のコーポレートガバナンスというのは、経営の透明性、すなわちトランスペアレンシーであり、あるいは説明義務、すなわちアカウンタビリティーであり、そしてフェアネス、そしてそれをディスクロージャーの形で、株主、市場というものの目にさらしていくことである。表現に少し誇張があるかもしれませんが、私はそれが究極の、我々が理念として追求すべきコーポレートガバナンスの理念ではないかと考えます。

 ただ実践論として申し上げますれば、外部、マーケットあるいは株主に対して透明性と説明義務というものを確保するためには、当然のことでございますが、外見を整える必要があるという部分もかなりございます。しかしその形の問題よりも、まずは今社内で経営に携わっている人、そして社内の我々の従業員であります各個人個人というものが、アカウンタビリティー、すなわち市場に説明できる行動基準を徹底していき、そして意思決定並びにその実行をなす。我々の組織として、その透明性を確保するということのインフラが整備されてこないといけない。ひょっとして、お聞きの皆様、なかんずくハンペルさん、あるいはマッカーティさんからは、三井物産というのは、まだその程度のところでストラグルしているのかというようなご意見もあるかもしれませんが、しかしそれが現実でありまして、私はこの場で皆様にいろんなコーポレートガバナンスの意見を申し上げるについて、やはりそれがなければ、先ほど理念を共有すると申しましたが、現実の理念に向けてほんとうにトランスペアレントで、いわゆるビジネスプロスペリティーという我々が株主に対して負っております責任を全うするプラグマティックな現実の姿としての形に力として動いていかない、こう自分で確信しているわけでございます。

 当社もこういう変革の仕組みをつくり始め、それを非常に意識して経営をし始めましてから、正直に申し上げましてまだ数年でございます。当社は伝統的に昔から三権分立といって、お互いの性悪説に基づく相互牽制というのは戦前も戦後も続いており、それがいろんな形で今日も続いているわけでございます。それでも今、その明確な意思を持って会社の仕組みづくりのかじを切りかえているというのは、ここ数年でございます。ひょっとしたら予期せざる収穫と言えばまことに不遜でございますが、ひとつだけ収穫があったなと思うのは、市場に対して非常にトランスペアレンスな形で会社を運営し、それのインフラとして社員諸君並びに経営者一人ひとりが透明性並びにアカウンタビリティーをそれぞれが持てるような仕事をやれと徹底する社内のプラクティスの過程で、非常に緊張感と危機感と、これは今までとちょっと異質の緊張感と危機感が生まれてきている。それはまだオン・ザ・ウエーでございますが、いわゆる私、CEOとしての我々の経営に対しましても、いわゆる経営の規律、それから品質管理とでも申しましょうか、これにインパクトを与えてくるというインタラクティブな効果というものがある。私は、今申し上げたこの進め方は、少なくとも当社としては、このまま手を緩めることなく進めていきたいと思っている次第でございます。

 繰り返しますが、コーポレートガバナンスの理念は、その多くを共有するものであります。これはここにおられる方ほとんどに共通していることではないかと思います。これはアメリカなり、ヨーロッパなり、非常にすぐれた経営手法の中で、それぞれの経験と、それぞれの文化と、その歴史から出てきて、我々が学んでいくべきものは多くある。それと先ほど申し上げましたグローバリズムの中で、同じルールでゲームをするということについて、我々が改革していかなきゃいかんポイントはたくさんあると思っております。ただその採択する方法論、何を採択し、何をどうしていくか、しかもどういう手法をとっていくかということにつきましては、国別あるいは企業別、これに特色と差異があってもいいのではないかと思っております。現実問題として、リーガル・コンプライアンスの観点から会社として対応が必須であるもの、すなわちマストであるものというものと、会社としての裁量があるもの、これは方法論の話です、これはきっちりと切り分けて、それぞれに対する自分の会社としてのベストプラクティスというものを物差しとして検討し、採用していくという姿が現実的であると思っております。

 世界共通の原則、これはハンペルさんのお言葉をかりますと「プリンシプル」として対応が必須な部分、例えば、国際会計基準にのっとった世界統一ルールでの透明性の確保というようなことにつきましては、各企業、私どもも含めましてマストなものとして非常にスピーディーな対応をする必要があるし、我々もそうしております。こういう動きというのは、やはりグローバルな市場の中で同じルールでやっていくという極めて重要な行動であり、歓迎するものであります。我が国の会計制度も、連結決算、あるいは時価会計等、国際基準に沿った会計制度が、99年度及び2000年度から実施に移されることになっているのはご高尚のとおりでございます。他方、会社に裁量のある分野につきましては、先ほども申し上げましたように、各国別、各企業別に、取り巻く内外の環境、文化、歴史、あるいは商習慣の違い、あるいは法整備の進展の違い等々、国ごとの状況を反映して、望ましいガバナンスのあり方について違いがある。違いがないということは非現実的であるという考え方でございます。したがって、理念を共有する。しかしその方法論にユニフォーミティーを求めるということについては、これは現実性に乏しいと考えるわけでございます。

 ただその中で環境が違う。日本の環境では、まだこの点については、これを入れることがベストプラクティス、あるいはビジネスプロスペリティーに必ずしもコントリビュートするとは思えないというようなこともあるわけでございます。しかし、ただそれは我々の今のシステムと、我々の習慣と、我々のディファレンシエーション、ほかとの差、これが未来永劫に続き、今の環境が正しいのであるという認識は、これはうぬぼれである。あるいはそれに対してのフレキシブルな考え方というのは絶えず持っておく必要があると思います。だから私どもの会社で今やっておりますやり方、これが未来永劫それで正しいとは、幸か不幸か私は思っておりません。しかし今現在で取り入れるべきものは何だ、今現在取り入れるとかえってまずいものは何だ、意味のないものは何だと、その物差しはきっちり持ってそれぞれの決定をしております。

 これから世の中はどんどん変わっていく。そして私どもの今やってきていること、これからやらんとすること、これはこれからの市場との対話、こういう中で将来への必要な布石が出てきましたら、やはりそれをまた入れていかなきゃいかんと、またその改革を我々の今のシステムの中に取り入れていかなきゃいけないと、かように考えておるわけでございます。

 最後に、今私が「我々」と申し上げましたのは、おそらく私の口をかりてかなり多くの日本の企業のCEOというものの代弁の部分も含んでいると、こうご理解いただいて、じゃあ三井物産の場合にどういうことをご紹介しておきたいかということを2、3最後に述べさせていただきたいと思います。これが今私が申し上げたことのインプリメンテーションにつながってくるのではないのかなと思っております。

 まず三井物産という会社は、創業以来、各事業部別の徹底的な独立採算制というのが昔から今日まで一貫して続いております。それぞれのビジネスユニット、あるいはディビジョン、これは私どもでは営業本部長制と言っておりますが、に対しては、私どもの社内規定に基づきまして、各部門長、これはチーフ・オペレーティング・オフィサーでございます、に対して非常に大きな権限を委譲しておる。そこで経営の迅速性というものと責任体制というものを整備し、そして今日まで、それぞれの時代の要請によってどんどん内容は変わってきておりますが、今の経営のシステムというのは今でもそういう形をとっているということでございます。

 ご存じのように、日本では今回の商法改正で株式交換による企業再編が可能になりました。また連結納税制度の導入を含めた商法の改正がここ一両年の間にリストの中に載ってきております。それぞれ法制化してきたときの実効を見きわめる必要はあるとは思っておりますが、当社の経営の選択肢といたしましては、先ほど申し上げたような独立採算制ということでずっと来ておることもございまして、こういうことがほんとうに制度化し、ほんとうにワークしてくるとなれば、純粋持ち株会社ということの採用ということにも極めて現実味が増してくる、またそういう独立採算で、それぞれがCOOの指揮下でやっていっているという会社の組織、システムというものは、このホールディング・カンパニー化ということに対してかなり近い距離にあると考えております。そうすると、こうした経営形態の変化というものが、今現在、私が今日申し上げましたコーポレートガバナンスのガバナンスの方法論も含め、あるいは形式論も含め、その手法というのは、今そういうぐあいに経営形態が変わってくるという過程では非常に大きく変わる可能性がある。また取り入れることがかなりの確度であり得るのではないかと思っています。ただしこれはうちの会社が数年後に完全に純粋の持ち株会社に移行するということを、社長の立場でここで皆様に申し上げているというわけではなく、そういうことになっていったときにガバナンスの手法というのはそれぞれの実効を求めて、ベストプラクティスという物差しの中でいろいろイントロデュースしていくということだろうと思います。

 先ほどもお話がございました、いわゆる収益の公平な配分という点について一言申し上げて、私のレポートを終わりたいと思います。すなわち、株主重視の経営、これはもとより経営の根幹であるということについては論をまちませんし、それに対して云々することは全くございません。グローバル性、透明性、公平性、といったキーワードの中で収益の公平な配分というものをどう考えていくんだということには、いろんな会社が、いろんなフィロソフィーがあると思う。アメリカにはアメリカのフィロソフィーがあり、ハンペルさんのヨーロッパはヨーロッパ、日本は日本、さらに日本の中でも会社によっていろいろあると思うんです。ただ私どものフィロソフィーとして、また後で議論を呼ぶのかもしれませんが、会社というのはやはり株主を筆頭に、お得意先、従業員、そしてコミュニティーということ、これによって支えられている。これらの関係者に対して、長期に安定的に、適正な付加価値をバランスをもって配分する──これはちょっと言葉を一生懸命選んで、ゆうべ準備したものですから、ちょっとこれを読んでいるわけですけれども──そういう関係者に対して、長期、安定的に適正な付加価値をバランスをもって配分するということが、コーポレートガバナンスの基本として、やはりこれからもまだ持っていていいのではないかと、かように判断しております。そして、それぞれとの信頼を深めていくことが当社のサステイナブル・グロースにつながっていく。これが我々のサステイナブル・グロースをこれからも求めていくときの原点であると考えております。本年4月に、こういう混乱の中にかかわらず、2010年を視野に入れた三井物産としての長期業態ビジョンというものを2年かけて我々としてスタディし、それを社内にも、あるいは社外にも発表させていただきました。これは21世紀にどういう戦略と、どういうことを考えて我々の会社を持っていけばいいんだということを、それなりに今現在、知恵を集めてひとつの指針として出したものでございます。今申し上げた、そういうステークホールダー、株主、そしてお得意先、そして私どもにとって最大の資産であります人間、従業員、そしてコミュニティーというものにバランスを持って、リターンをいろいろ考えて、そして、それに対する責務を果たしていく。これは長期ビジョンの中の我々の貫いている原点のひとつでございます。

 以上、私は、コーポレートガバナンスの今後の展開というのも、他の多くの問題と同様に、今後の市場の検証を重ねていって、その検証された後で残ってくるものがグローバルスタンダードとして世界に広く認知されていく、そしてその中で、ミニマムスタンダードが基本原則として適用される形で市場の要請にこたえていくという形になっていくんだろうなという予感がしております。またそうなっていくスピードは、こういう世の中でございますので、今我々が思っているよりももっと速いスピードでそうなってくる。我々はそれに対する対応におくれるわけにはいかないということを申し上げまして、簡単でございますが、私のスピーチにかえさせていただきます。どうもありがとうございました。

【神田】どうもありがとうございました。これでワンラウンド目のスピーチが終わりました。ハンペルさんからはご自身が取りまとめになったハンペル委員会のレポートの議論の背景、その中でイギリスでの考え方、いくつか非常に重要な点の整理とご指摘をいただきました。マッカーティさんからは、アメリカのモデルの特徴、それから見て日本との差異のお話がありました後で、グローバル化のもたらす影響として外国人の持ち株比率の問題、M&A活動の問題についての指摘、機関投資家の役割、いわゆるシェアホールダー・アクティビズムと呼ばれているカルパースなどの例のお話、最後に電子商取引時代のコーポレートガバナンスという非常に新しい視点を示していただきました。上島さんからは、グローバル化時代の経営についていくつかの重要な理念のお話、特に同じルールでゲームをしていく基盤の整備の重要性のご指摘があり、コーポレートガバナンスの観点から見るとその理念についてはハンペルさん、マッカーティさんのおっしゃることに全く賛成であるという反面、実際にそれをどう実現していくのかということでいえば、日本企業にとっては社内の者がアカウンタビリティーとか透明性というものを意識してどう変わっていくかということがひとつのポイントではないかというご指摘がありました。より一般的には、方法論というのは国により、企業により異なる部分が多いのではないかということでありまして、最後に三井物産での実際の取り組みの状況もコメントしていただきました。

 お3人の話の中からいくつか重要な基本的なポイントが出ていたと思いますので、それを私なりに整理してパネル討論をさせていただきたいと思います。その前に、せっかくハンペルさんとマッカーティさんにお越しいただいて、今日、会場にお集まりの方々もほとんどが日本に住んでおられる方なものですから、日本の企業のコーポレートガバナンスというのをごらんになって、今後こうなっていくのではないかとか、あるいはこうなるべきではないかとお感じの点があれば、若干コメントをいただきたいと思います。ハンペルさんは日本のある企業の経営諮問委員会のメンバーでもあられるということで、日本企業についての、特にコーポレートガバナンスについて何かお気づきの点があればおっしゃっていただければと思います。

【ハンペル】最初に申し上げたいのは、このガバナンスが新しい科学であるというように考える危険です。ガバナンスというのはひとつのマネジメントの話で、常に存在した考え方でございます。今現在、企業の公的な責任を問う際、環境が変わったということでこの問題が注目されているわけですが、アメリカ、イギリスにおいては、そういった公に対するアカウンタビリティーで先行している。日本はまだそこまでいっていないのではないかということです。つまり独立した外部の取締役の存在がある。彼らが責任をとることによって、例えば企業戦略が適切であるか、長期的な繁栄が約束されるかを確保します。しかもアカウンタビリティーがしっかりしているか、それは監査委員会及び報酬委員会などが、そこら辺を確認、チェックします。そしてこれを通じて社外の株主、あるいは利害関係者、また一般市民に対しまして、しっかり示すわけです。つまりそうした独立した人々が企業の細かいところまでしっかり精査しているのであるということです。

 そういう仕組みが企業にいい影響を及ぼしてきていると思います。日本でもその方向で進んでいるかと思いますし、もっと進むべきだと思います。ただこれは進化的な前進であって、革命的な、すぐにということではない。ですから漸次それを進めていくべきだと思います。帝人の諮問委員会に参加させていただいていますが、この会社、それから今三井のお話がありましたが、まさにこういった会社はその方向に進んでいるのだと考えます。

【神田】どうもありがとうございました。マッカーティさんは、先ほどアメリカ的モデルと比較して日本の特徴について、例えば取締役会の人数という点では最近日本の200社以上の企業が取締役会の少人数化ということをしたというお話がありましたけれども、日本の企業のコーポレートガバナンスについて今後こうなっていくのではないか、あるいはこうあるべきではないかという点でさらに追加すべき点があったらお聞かせいただければと思いますが。

【マッカーティ】ハンペルさんが特に米国、英国において日本とどう違うかということを言われたわけですが、それは全く同感であります。日本が何をすべきかと言うつもりは全くございません。と申しますのも、それは投資家、そしてマーケットが、いわば実績を要求し、決めていけばいいことだと思っているからであります。ですのでいわばマーケットを通して発言してもらえばいいと思います。

 私の話のテーマというのは、これからどうなるだろうかということを言及しようとしたのであります。と申しますのも、いろんな出来事というのはグローバルな経済によって引っ張られているからであります。日本もやはり私どもが話してきた方向に変わっていくでありましょう。透明性も増すでしょうし、また社外重役も増えるでありましょうし、取締役会の役割と経営者の役割がもっとはっきりしてくるというふうに思います。こういったことは確かに日本においても見られるようになっていくと思います。と申しますのもグローバルのマーケットの影響があるからです。

【神田】今お二方からも、それからこれはハンペルさんは最初から非常に強調しておられた点ですけれども、企業のコーポレートガバナンスにとって、ボード──日本では取締役会というふうに訳していますけれども──の機能が非常に重要であると。しかもそのボードのメンバーとしてのインディペンデントな取締役というんでしょうか、あるいは社外取締役というんでしょうか、その人の機能や役割というのが非常に重要であるというお話をされました。またアングロアメリカンモデルというんでしょう、イギリス、アメリカのモデルでは、ボードの中にオーディット・コミッティー、監査委員会ですとか、イギリスではレニュメレーション・コミッティー、報酬委員会──アメリカでは、コンペンセーション・コミッティーなどと言っていると思いますけれども──が置かれている。そういう機能が非常に重要だと。これは確かに、実際面から見ると、日本の企業からは比較的遠い話でありまして、日本の大企業の中にも、最近、取締役会の人数を減らして執行役員制度というものを導入した結果、経営と執行の分離という形で整理が行われているという企業は多数あります。しかし社外取締役、監査委員会、報酬委員会というのは、日本の企業にとってはまだまだ遠い話だというのが現実だと思います。

 それに代替する仕組みが日本にあるのかないのかという論点は別途あるんですけれども、私はむしろここでひとつ、こういう質問は日本人からしょっちゅう聞かれてもう聞きあきているぐらいだと思うんですけれども、社外取締役というのは何をするのかごく簡単にハンペルさんとマッカーティさんにお聞きしたいんです。といいますのは社外取締役というのは当然いろいろなことで忙しいわけですし、当然その会社の詳しいことまで知っているわけでもないし、また知るべきでもないんだと思います。そういった社外取締役の役割が重要だというのは非常によくわかるんですけれども、日本の企業の感覚から見るとどういう役割を果たすのだろうかという問いが、常に日本では繰り返し議論されてきている。社外取締役を導入された企業の中にも、経営戦略の上でアドバイスをするという意味で社外の取締役を導入される企業というのが日本は結構あるんですけれども、ボード、コーポレートガバナンスの観点から見たアカウンタビリティーの徹底、あるいはディスクロージャーの徹底、こういうものに責任を持つボードのメンバーとして、社外の方に期待するという発想はまだ日本の企業はこれからのように私は思うわけです。

【ハンペル】ひとつマッカーティさんがおっしゃったことを私も強調したいのですが、日本の中で仕事をしていない人間が日本の企業のパフォーマンスを改善するために、例えば海外で認められた基準によって改善することができるなどと申し上げるのは僣越だと思います。要は企業の効率が大切なのであって、過去50年間日本はその意味で重要な役割を果たしてきました。企業の効率は世界の他の国と比べても高かったのです。その点でそのコンテクストを忘れてはいけないと思うんですが、直接ご質問に対するお答えとして2つ例を引きたいのです。私はICIに44年勤めました。1955年に入社したときは、34人のうち3人が社内、31人が社外でした。それがやめたときには11人構成で、6人が社外、5人が社内の役員でした。最初は31対3です。それだけ進歩があったという40年間の変化です。特にこの20年間の変化が大であったと言えます。そういう進化的な過程だったのです。株主の要求もありました。後年、特に最近はそうでした。企業がその効率を上げるべきだという要求です。あらゆる手段でパフォーマンスを上げるべきだという声があったからなのです。

 もうひとつ、私は今アメリカでもボードに参加しております。アメリカと英国では同じボードといっても内容が違って、そこがおもしろいと思うのです。一般にアメリカのボードには1人ないしは2人の社内の取締役がいます。英国の場合には、30年前はほとんどが社内だったのですが、現在は社内、社外が半々になっています。私は英国の実務家としては英国のやり方を好みます。理由は2つあります。ひとつには、非常に力のある会長兼CEOを持つというようなアメリカのやり方、つまり個人が兼任をするということだとボードを圧倒してしまう。イギリスではそういうことはあり得ません。ボードに対する説明、発表は、同じ仲間、同じ地位の人間に対する説明としてしなければならないからです。またマッカーティさんが先ほどおっしゃったように、ボードの一義的な責任というのは次のCEO、次の会長、後任者選びをしっかりするということです。ボードの責任のひとつは、すぐれた選択ができるようにボードのメンバーにそういった後任者の候補者をしっかり紹介するということです。英国、米国を比較して、どちらがいいとは言えません。ただ、私は英国の制度を好んでいます。それは私が英国人であり、経験があるからです。必要なのは、国の伝統、国の遺産、慣習、また個別企業の置かれている状況、あるいは経験に照らして考えるべきだと思うのです。

 今のご質問に対する直接的なお答えとして、社外取締役の役割あるいはそれを置くことのメリットは何かといいますと、社外の取締役、独立した社外取締役が、そのビジネスの内容を把握して企業運営をするということはできません。そうあるべきでもないです。しかし十分に経験と背景、バックグラウンドを持つ人間であれば、テストをすることができると思うのです。企業が使っているような前提、戦略、あるいは、そのパフォーマンス、履行状態をチェック、テストすることができるはずです。しかも株主よりも徹底的にそういったテストができる。株主、その他利害当事者、関係者を代表して、そのチェックの役割を果たすことができますし、またその会社側のアカウンタビリティーをテストすることもできます。例えばしっかり監査をされているか、また報酬体系はしっかりしているか、これをチェックする。これは従業員にとって、また株主にとってもすぐれたことだと思います。決してその機能、役割は簡単な、容易なものではなく、しかもそれをパートタイムでするというのは難しいのですが、よりベターだとは言えるでしょう。企業から距離を置いた株主にはこれはできない仕事です。したがって結局はバランスがいいと言えるでしょう。全く社外取締役のいないボード、あるいは社内取締役ばかりのボードよりもすぐれていると言えると思います。

【マッカーティ】どの制度がベストであるかとやかく言うつもりはございません。それぞれの制度は環境の産物だと言えると思います。米国の制度においては、通常のボードあるいは取締役会において、独立した、監督するような、経営者に対して目を光らす、といった考え方はほとんどないと思います。そうではなく、株主の構成ゆえに、機関投資家のほうも要求してこのような制度になった。それによってチェック・アンド・バランスが機能しているわけであります。

 社外重役がいるがゆえに機能しない面もあります。例えばこの人たちが時間としてどの程度費やせるのか、またどういった形で社外重役を選任するのかといったことも、2つの方向があり得ると思います。会社において、例えばCEO、会長が同じ人物であるということもあると思います。そうしますと、だれがボードメンバーかということをかなり裁量権を持って行使するので、結局ボードメンバーだろうとインサイダーだろうとあんまり違いがないということも出てきてしまいます。また米国には社会的なプレッシャーがあるので、ボードといっても多岐にわたることが必要とされている。ボードのメンバーとしては、例えば多様性を反映するという形で選任されるのであって、必ずしも厳しいビジネス云々で選ばれるわけではございません。

 社外重役が完璧なる制度だと言うつもりは全くございませんが、特に米国ということを考えると必要な制度だと言えると思いますし、また何人か社外重役がいることには価値があると思います。私の発言に同意していただけるならば、ボードのひとつの役割は、CEOを選任することであります。内部だけのボードでは、同じような客観性、また同じ能力で持って、必ずしも将来のCEOを選べないと思います。そんなことはかなり難しいんじゃないでしょうか。逆に社外の重役のほうが多分にもそれをやり得る。そういった意味で、この制度はメリットがあるということが言えると思います。特にCEOの選任過程においては社外重役のメリットがあると思います。

 またハンペルさんが言われた監査委員会に関してですが、これは典型的には米国の場合、社外重役のみで構成されております。この自主性、つまり客観的に物事を見ていき、そして会社の財務を客観的な目で見るということは、かなり価値のある機能じゃないでしょうか。

【神田】わかりました。多分日本でも将来は社外取締役というのは増えていく方向だと思いますし、現にそういう方向が望ましいという提言も幾つかあります。上島さん、日本企業もこの社外取締役とか、ましてそのオーディット・コミッティー、報酬委員会、あるいは今、指名委員会というお話もありましたけれども、私などは何か随分遠いというか距離感を感ずるんです。今後どんなふうになっていくとお考えでしょう。

【上島】私の会社には、もとより社外監査役はいます。また過去にはいましたけれども、今日現在は社外取締役はいない。ただ社外取締役というのがボードメンバーの中で、やはり参加者の1人として参加してもらい、なおかつ将来はその数がインサイダー、中の者よりももう少し増えていくということはあったほうがいいと思ってます。

 ではなぜ今、社外取締役が非常に少ないのかということですけれども、その意味では、私の今の認識では、私の会社も含めて、日本がちょっとおくれていると思います。それと先ほど、ハンペルさんが「この40年の間、なかんずく20年の間に社外取締役の数が非常に増えてきた」とおっしゃいました。社外取締役というのは、今現在私が探したときに、日本に他の会社の取締役としての求められるいろんな役割を果たせる人材が少ないということがよく言われる。だけど少ないからなくていいということにはならない。実は私も探しておりましたけれども、確かに適任者が今いなかった。だから今現在ないんです。だけどやはりスタートしていくべきだと思いますし、キャッチアップしていくべきだと思います。社外取締役が当初はアドバイザー的であっても、社外取締役としての経験を踏んでいく人の数が増えれば増えるほどクオリファイドな、会社が求める取締役の層というのは増えてくる。だから、やはりもう少しブラントにスタートしたほうがいいだろうと思います。

 執行役員制度とかそういうことについては、私は少し意見は違います。ただ社外監査役につきましては、これはもう日本でも、当社もそうですけれども、複数でどんどん増えておりますし、またCP、いわゆる公認会計士、そういう極めてオーソライズドに基づく監査というのも、日本の場合でもは随分進んできております。だから監査役というもの、社外監査役はすでに着手して日本全体がもうそうなっているからどんどんよくなっていくだろうと思いますし、社外取締役については私の自戒の念を含めてもう少し早く着手していく。いないからやらないんじゃなくて、やるから増えていくということの層を増やしていくことが大事だろうと思います。

【神田】どうもありがとうございました。それでは時間の関係もありますので論点を移らせていただきます。非常に日本的な言い方になると思いますけれども、先ほどハンペルさんはコーポレートガバナンスの目標というんでしょうか、だれの利益のために会社が経営されるべきか、あるいは経営されるかという問いに対しては、オール・ステークホールダーズ、すべての関係者、もちろん株主はその筆頭でしょうけれども、そのほかにも従業員、地域社会等々、すべてのステークホールダーのために企業は経営され、利潤を上げるというふうにおっしゃいましたし、またマッカーティさんは、アメリカのモデルは株主の利益というものを一番重視しているという点で多少違うかもしれないけれども、株主の利益だけのために経営されるのは大企業であるというわけでは必ずしもないというインプリケーションもあったように思います。そこで私の質問です。非常によく言われる日本的な質問なんですが、そのステークホールダーの間で利益が対立する場合にはどちらかをとらなければいけないということだと思うんです。よく日本企業で言われた例ですけれども、企業の業績が悪くなっていって、ちょっと表現が適切じゃないかもしれませんが、人を切るか、配当を切るか、どっちかをやらなければいけないという選択になったときに、高度成長期の日本の企業の経営者の発想というのは間違いなく配当のほうを先に切ってきた。これはもう疑いのないことだと思うんです。高度成長期における日本企業の経営の中で非常に重視されてきましたのは雇用の安定、エンプロイメント・スタビリティーとでもいうことではないかと思います。もちろん株主の利益は無視されてきたわけではないと思いますけれども、株主の利益をとるか従業員の利益をとるか、どちらかを選ばなきゃいけない場合には、株主の利益を後退させるという考え方が、少なくとも高度成長期にはあったように思います。ステークホールダーの間の利益がこのように対立する場合に、今のグローバル時代の企業経営としては、やはり株主のほうの利益をとるというふうに頭を整理すればよろしいんでしょうか。

【マッカーティ】私の歴史、また聖書のことを思い出そうとしているんです。ソロモンという男がいて、たしか女性が2人いて、赤ちゃんに関してそれぞれが自分の赤ちゃんだと2人の女性が争っており、ソロモン王の前に来て采配してもらおうと思ったわけです。そのときソロモン王が「では赤ちゃんを真っ二つに切ってしまうことによって解決し、半分ずつの赤ちゃんを2人の女性にあげよう」と言った際、1人の女性が「そんなことをなさらないでください」と言って、ソロモン王がその女性に対して赤ちゃんを手渡したという話があります。先生の今の質問は、ちょっと赤ちゃんを2つに切れと言われているような気がいたします。というのは答えがあるというふうにどうも思えないんです。

 今朝ウェルチさんが非常に見事に表現したと思ったんですけれども、アメリカではリストラに関してどんな見方をしているかを説明してくださった。ウェルチさんは社員に対して、特にGEの社員に対して深い関心を払うと同時に、会社としても、会長としても、彼らの将来を重視していたわけであります。しかしもはや将来のないビジネスが出てきた際には、会社、そして社員の最善の利益のために、短期的には必ずしも社員の最善の利益でなくても、長期的に社員の最善の利益のためには、そういったビジネスから撤退し、別の事業を手がけるのがベストだと言われたと思います。米国で啓蒙されているほとんどの企業はそういった発想をすると思います。確かに社員に対して深く関心を持ち、懸念を抱いているわけですが、しかし長期的な会社の競争力のためにはやはりこういった行動をとらざるを得ないことも出てくると考えているわけであります。つまり大手の上場されているほとんどの企業の場合ですと、収益に対するプレッシャーもありますのでリストラを実施する。しかしそれをするに当たっては長期的な最善のために、長期的な会社の健全さのためにやっているのだと思います。

【ハンペル】私も同意見です。つまり質問に対しての答えはないと思うのです。ただ言えることは、現代、経営者にかかるプレッシャーというのは極端に大きなものです。10年前に比べても非常に難しいものです。あるいは15年前、私が初めてCEOになったときよりも難題が多い。今日の経営者には非常に短期的なプレッシャーがかかっています。

 イギリスの状況はアメリカとは若干違います。機関投資家、特に年金基金があります。英国の年金制度というのは株の持ち比率が大きいということで、その意味では年金機関が株、投資、収益に非常に敏感で、経営者にもいろいろプレッシャーをかけます。運用機関からも企業経営にプレッシャーがかかります。もちろん株主が企業を所有しているわけですし、CEOを排除するのも株主の権利です。それはイギリスでも簡単にできます。そういう状況ですから、アメリカと同じく企業にかかるプレッシャーは、やはり短期的なパフォーマンスを上げよというプレッシャーがどんどん高まります。日本はその意味で過去実績がよかったと思うのです。

 企業というのは長期的な存在であるべきだという理念が今攻撃されていると言えます。経営者としてはそのプレッシャーにさらされながらも、頑固に長期意識を堅持する必要があるのですが、そこでボードの役割が問われます。短期と長期をバランスさせる、株主の利益と他の利益当事者の利益をバランスするということで、その意味で部外者が大切だと思うんです。そういったバランスをとるという役割は、社内、インサイダーだけではできないはずです。その経験からして、あるいは偏見からして、企業だけに内部に目がいってしまうと思うからです。

 私、家内と1年半ほど前にインドに行ったことがあります。当時はICIの会長で、インドで爆薬のビジネスがありました。もともと1957年にガルニアというところで始めました。非常にへんぴなところだったのですが、そのプラントでは750人を雇い、学校をつくり、病院も建設しました。その学校が今1,200人。半数はICIの社員の児童なのですが、他は近隣社会の子供で、半径150マイルを見ましても、これだけのクオリティーの学校はないし、インドでもトップの学校になっています。また病院も半径200マイルでは唯一の病院です。手術台や5人の医師などがおり、ICIの社員のみならず社会的にも医療というすぐれたインフラを提供しています。この爆薬のビジネスそのものは今インドでは赤字です。コールインディアという上場企業がカスタマーなのですが、支払いがいつもおくれるからです。経営陣としてどう対応すべきか。直観的にはビジネスは閉鎖すべきだ。しかし、となればその社会的なインフラも崩れることになります。日本やアメリカでは必ずしも皆さん直面しないような状況かと思いますが、そういう状況が事実あるのです。この例についてはすでに解消されており、今はビジネスが黒字に展開したのでよくなりました。またトラストを設置して、病院も学校も10年間かけて公営化といいますか公的部門に渡して成功したのです。しかし公的な責任をどう果たすかという企業にとってのジレンマがあったわけです。したがってあらゆる状況で、これが答えだということは言い切れないと思います。ただ、ボードはやはり企業の長期的な繁栄を目指す決定をしなければ企業、ビジネスそのものが破綻してしまいます。企業が繁栄しなければ利益当事者、利害当事者に対するサポートは何らなくなってしまいます。

 私の後継者は私よりも難題は倍増するだろうとよく言ったものです。今日ではこういったプレッシャーが公の目にさらされています。マスコミも目を光らせています。企業の決定はすべて公のものです。20年、50年前は私的な、内部的な決定でした。ということで、お答えとしては以上です。

【上島】私も、どっちを先に切るんだという二者択一の返事はないということではお二方と一緒です。さっきも申し上げましたように、やはりシェアホールダーとステークホールダーのバランスを考えて経営をやっていくということを申し上げたとおりでございまして、今のお返事というのはやっぱりそういう観点でこれからもマネージしていくということになろうかと思います。

【神田】次に移らせていただきたいと思います。コーポレートガバナンスの幾つかのポイントの中で、これはハンペルさんがご指摘されたことなんですけれども、大企業における株主総会のあり方という問題があったかと思います。私も法律をやっているものですから、法律はアメリカもイギリスも日本もそうですけれども、株主総会では意思決定を行うと書いてあるわけでして、ハンペルさんが先ほどサジェストされたことは、株主総会の場を意思決定の場にするというのは事実に合ってない。大株主による意思決定は、すでに株主総会が開かれる前に行われている。したがって、株主総会の場というのは「スモール・シェアホールダーズ」という言葉を使われたと思うんですが、少数株主、あるいは一般株主に対する情報開示、あるいはその意思疎通、先ほど「クロスイグザミン」という言葉を使われましたけれどもそこで少数株主、一般株主が経営をチェックというか質問をして、そこでやりとりをする場に変えていくという方向感をハンペルさん自身のレポートでもご指摘されているわけであります。これは非常に日本でもよくわからない問題なんですけれども、では株主総会というのはもうなくしてしまったらどうだという議論も法律家の中にはある。またなくしてしまわないとしたらどうしたらいいんだと。この点についてマッカーティさんと上島さんのご感想をちょっとお聞きできればと思います。マッカーティさん、株主総会というのは何をする場なんでしょうか。

【マッカーティ】私は株主総会というのは、一般的に言って米国では非常に形式的なものであり、あまり意味のあるものではないと思います。株主総会での表決というのはいわゆる代理人によって大体行われておりますし、ハンペルさんがおっしゃいましたように総会の前にはすでに決定はすべてとられているという状況になっております。ですからいくつかの例外を除いて、実質的には会長が何らかの報告書を出して、そしてお茶を出して、場合によってはいわゆる企業のハエと言われるような人たち、いわゆる総会屋的なものですけれども総会屋そのものではないんですが、それにちょっと似た人たちが出てきて、企業としては恥をかくような質問をするような場でしかないということです。一般的に言って、株主総会というのは米国の大手の上場企業ではあまり意味のあるものではない。

【マッカーティ】私は多分、株主総会を行うというのは法的な要件であり、この制度をやめるべきか否かということに関しては見解は持っておりません。ただあまり目的は果たしていないし、今日大手の企業にとって意味はない。

【神田】総会のあり方というのはなかなか難しい問題だと思うんですけど、もし感想を簡単にいただければ。

【上島】株主総会をやめたらいいんじゃないかという発想は僕には全くなかったものですから、実は「はあ〜、どうかな」と考えながら伺っていたわけです。今の日本の商法では株主総会をやめるわけにはいかない、まずそれははっきりしておると思うんです。ただ株主総会のやり方と株主総会というものが唯一の機会じゃなくて、その間にどういう株主に対する情報の伝達という機会を持っていくか。これはインテリムであろうが、ペリオディカルであろうが、これはもう少しやっていく必要があるだろう。株主総会をやめたらどうか、イエス・オア・ノーかということについては、残念ながら思ったことがないものですからご返事はありません。むしろやめられないんじゃないかと思っています。

【神田】私の言い方が悪かったかもしれません。私も株主総会を廃止すべきだという意見ではありません。ただ株主総会にどういう機能を期待したらコーポレートガバナンスの観点から一層よくなるであろうかということについてのひとつの……。

【上島】現実の問題として、決算にしても、決算の利益処分にしても、あるいは役員の人事にしても、重要事項というのは株主総会で承認を得て初めて次の1年間の経営というものに入っていくわけです。そのためには会社として、1年間の総清算をやり、来年に対して何を株主に対してデクレアしてやっていくかという極めて重要なモメントだと思いますし、株主総会で1年に1回、会社の中をもう一度総洗いしていくことをペリオディカルにやっている。これの持つ意味というのは、まずひとつある。もうひとつは株主に対して何を発信し、何を報告しということについてのいろんな工夫はこれからも重ねていく必要がある。それはノット・オンリー・ザ・デイ・オブ・株主総会ということなんだろうかなと思います。

【神田】ありがとうございました。ハンペルさん、UKではAGMのあり方について、先ほどご説明があったようなふうに変わっていくべきだというのは、一般に受け入れられている考え方だと考えてよろしいんでしょうか。

【ハンペル】理論的なことであるかもわかりませんけれども、確かに株主に対して、あるいは実績に幻滅を覚えているような株主に関して、「ではなぜ株を売らないんですか?」ということも言えるわけです。CEOがそんなことを言うことはあまり頻繁ではありませんけれども、株主というのは売る権利もあるわけです。では株主総会の役割はどうあるべきかということを最終的に考えたときに、そういったことも念頭に浮かびます。

 アメリカでも英国でも日本でも、法的な要件であるということはそのとおりでありますし、英国では株主総会で議決をとるというのは法的な要件で、それを簡単に廃棄することはできないと思うんです。けれどもせっかく1年1回の株主総会をもう少し建設的に経営陣が活用するということはあるべきなのではないかと思うわけです。あえて出席しようとしている株主に対して、会長なりCEOがよりうまく説明をし、発表をするということです。重要な機関投資家に説明すると同じぐらいの形で、一般株主にも説明をするということです。アメリカの場合には、特にあれだけ大きな国でありますので、株主会議を全国で開くことはできないわけですけれども、電子的な手段を活用すればもっと幅広くアクセスを提供することができるはずです。そういうことを考えますと、私自身の見方としては、株主会議のフォームとして、経営陣が今までより以上にもっと詳細に企業の業績を一般株主がわかるような形で丁寧に説明をし、質問を出したい人が出せるようにする、しかしそれが企業のマネジメントそのものだという幻想を抱くことはできないと思います。これはコミュニケーションの努力の一環なわけです。こういった方向は志向すべきだと思いますし、一般的に企業は、英国ではこういった方向を志向しております。

 最も有名なアメリカでの株主総会というのは、バークシャー・ハザウェイというところです。これはウォーレン・バフェットの会社です。ウォーレン・バフェットはご存じだと思いますけれども、今一番お金持ちというわけではないと思うんですけれども、世界で最も豊かな人だった。このバフェット氏は、非常に長期的にビジネスを構築して、そして投資をすることに成功をおさめた人であります。彼はネブラスカ州のオマハに住んでいます。アメリカのど真ん中の小さな町です。バークシャー・ハザウェイは1株が2万5,000ドルという非常に高い株ですから、株主の数は多くないんですけれども、1年に1回の年次株主総会を開きますと、何千人という株主がそこに集まって、野球のゲームに招待したりパーティーをしたりしながら、非常にわかりやすい啓蒙的なすべてをオープンにした形でのスピーチを彼はいたします。そこで意図されているのがそういうところなんじゃないでしょうか。年次総会というのは株主の民主主義の実行の場で、CEOが胸襟を開いて、そして会社に関してすべてのことを話をするということであります。長期的に世界で最も成功をおさめた会社のひとつだとも言えると思うのです。

 もうひとつ申し上げたいことがあります。株主の集まり、株主総会が英国では非常に対応しにくくなってきている面がある。アメリカでもヨーロッパでも同じ問題があるんですが、それはいわゆる特殊利益団体というのが株主総会で問題を起こすためだけに株を買って乗り出してくるということです。民主主義の場でそれを防止もできませんし、防止しようとしてはならないんですけれども、これが企業のビジネスができないところまできてしまいまして、株主総会での決議を邪魔する大きな阻害要因になっているということも言われております。ということは、その議決をとるということを郵送でやるということ。だとすれば、それにかわるものとして、株主総会をするのであればこういった特殊利益団体に対しても株主が立場を明らかにするという場を設けることが必要になるでしょう。

【神田】マッカーティさんからは、グローバル化時代の企業経営ということで言うと、M&Aアクティビティーズもひとつの重要なキーだというお話がありました。さらにEコマース時代におけるコーポレートガバナンスのあり方という重要な問題指摘もありました。そこで、これらグローバル経営時代におけるコーポレートガバナンス、あるいは電子商取引時代におけるコーポレートガバナンスというものを考えていくときに、それは法律で決める必要があるのか、あるいは企業が自主的にこれは選んでいけばいいというものなのか、あるいは先ほどロンドン証券取引所というお話がありましたけれども、証券取引所のようなところでこういうものを守ってくださいというのがいいのか。私は法律をやっている人間にもかかわらず、なんとなくこれはむしろ企業が自主的に選んでいったほうがいい、何か法律で押しつけるというような性質のものでもないように思いますし、コーポレートガバナンスのパターンというか、モデルはひとつではないというのは、先ほどから繰り返し出ていることです。かといって企業が自由に選んでくださいということになると、いつまでたっても、例えば社外取締役は入ってこないとか、どうもそういうことにもなりかねないような気もします。ちょっと私にはよくわからないんですけれども、そういうコーポレートガバナンスの改善というのは、法律でやるべきことなのか、あるいは取引所のルール等でやったらどうなのか、あるいはこれはすべて企業の自主的な対応に任せておくのがいいのかというあたりについて、簡単にコメントをいただければありがたいと思います。

【マッカーティ】神田さんがおっしゃるように、私もこのEコマースの影響、インパクトとして、新しい法律的な形でコーポレートガバナンスを導入するようなニーズが出てくるとは思いません。Eコマースの影響というのは、むしろ企業がより認識を高めて、Eコマースをすることによって何が可能なのかということを認識し、それを活用できるような戦略を立てていくべきなんだというところにあると思います。さらに、どういった新しい傾向が出てきているのかということを把握して、経営戦略や経営方針をそれにあわせて変えていくということを指摘しているのだと思います。

 私は先ほど報酬に触れました。これはアメリカで非常に議論の対象になっていることなんですが、あまりに多くの企業が株式のオプションを通常の報酬のかわりに導入してきているということです。特に若い人々はこういったオプションにひかれてその企業にひかれる。才能を引きつけて保持するというのは、特にEコマースの分野では重要なわけですけれども、そのときにビジネスの問題のひとつとして出てくるのはガバナンスの問題というよりは、会社としてはこういう形で人を引きつけなければならないということ、そして取締役としては経営陣がそういった人を引きつけ保持することに対するノウハウをつけて、認識を持ち続けるということを要求することが必要になってまいります。これは新しい現象ということだけではありません。例えば日本はバブル経済のときに株価が急騰いたしましたし、ここ9年間アメリカの株は右肩上がりで伸び続けてまいりました。そういうときには問題ではないかもわかりませんが、アメリカの企業にしてみれば、マネジメントシステムを変えてこの現象に対処しなければならないという圧力があります。

【ハンペル】私はこの分野における法制化ということに関しては非常に単純な見解を持っています。法制化というのは、適切な会計基準をつくるということに関しては必要だと思います。そうすることによって企業の報告書が共通の適切な基準にのっとったものになる必要があります。第二に完全な開示を要件とする。ガバナンスの分野での完全な開示というのは、取締役会をどういうふうに構成しているか、企業をどう経営しているか、新たな監査をどうやっていくか等々といったことに関する制度であります。そして株主から来る対外的な圧力。世論からの圧力もありますけれども、もし株主が満足しなければ、これが個々の企業のシステムに適切な変化を対してもたらすでありましょう。ですから私はあまりにも形式的なアプローチというのは反対です。企業が全く同じ形で、あらゆる状況で、すべての企業が同じやり方をしなければならないというのはいけないと思います。

 マッカーティさんの報酬に関してのコメントについて一言申し上げたい点があります。10年ほど前、GMにおいて3、4年赤字を出していたときがあります。私もGMの取締役をやっていた。そのとき中間管理職はほんとうに困った状況になってしまいました。報酬制度が株価の動きにリンクされていたからです。ですから株価が安くなったときは、報酬が十分でなかったのでやめてしまいました。その後報酬制度は変えました。皮肉なことに現在の報酬制度は、特に米国に言えることでありますが、バブル化した株式市場の状況においてはそれが崩壊したときには非常に急速に変化してしまうと言わなければなりません。

【神田】上島さん、どうでしょうか。日本ではよく、法律で決めてくれないと横並びでなかなかやらないなんていうことが言われていた時期もあるんですけど、私は今日はもう随分時代が変わってきたと思うんですけど。

【上島】そうですね。法律で決める部分というのは少なければ少ないほうがいい。ただガイドラインとしてこれを、例えば東京証券取引所だとか、そういうガイドラインに対して、皆がそれにどうリアクトしていくか、どう実行していくか。これは法律じゃないんですけれども、それを今度は採用していく人は、それぞれのディシプリンで採用していったり、あるいはやっていく。そのときに、なぜこれを採用しないかということは、採用しない人としての説明責任が伴っていっても不思議じゃないという気がいたします。

 

質疑応答

【神田】それでは、フロアのほうからご質問なりご意見をいただければありがたく思います。挙手をお願いしたいと思います。

【質問】  名古屋の自転車メーカーでツノダと申します。私どもの株主総会において、先ほど法律で縛られるというお話がありましたけれども、同じようなことで、いろんな試みをやろうとするんですが、一方で、運営スタッフ、あるいは幹事会社さん、そういったところから逆にストップがかかります。そのために、あえて株主総会の部と経営説明会の部と2つに分けまして、この経営説明会の部においては法律の制約を受けないという形からそういうものを設け、説明に当たる者も議長である私が全部取り仕切るということでなく実際に担当するスタッフに当たらせたりということもしております。また株主総会から経営説明会の間の休憩時間において、お客様の声ということで、同じ考え方なんですが、株主様の声を求めるために社員に、自分たちのオーナーであるからそのご接待ということも含めてアンケートを配りなさい、ということをやりました。ただそれも総会の部ではやめてくれと。なぜならば、そこには株主さんに対して株主以外の人間がたくさん入る。そういうことは法律で禁止されるからと。いろいろと試してはおるんですが、実際には経営説明会の部でやっているのが実情であります。このように株主総会と経営説明会と分けて運営をしていくことについてどのようにお考えになるかご意見を伺いたいと思います。

【神田】上島さん、いかがでしょう。

【上島】私は大変に尊敬に値する運営の方法だと思います。先ほど来出ていますように、やはり株主総会というものの持つリーガル・リクワイアメント、これは依然として現存するわけであり、なおかつ株主との意見交換、あるいは意思の交換というものをそういう形でより深く、よりフレンドリーで、フェイス・トゥ・フェイスでやっていくという機会をお持ちになるということは大変に尊敬に値する立派な運営でないかと思います。

【神田】アメリカやイギリスでも、株主総会とあわせて、そういう別個の説明会というんでしょうか、法律的に言えばということになるのかどうかよくわかりませんが。

【上島】アメリカのことを日本人の僕が返事をするのは変なんですけど、私がニューヨークにおりましたときに、例えばロックウェルという会社の株主総会に出席して、株主の最初のリゾリューションがありますね、いわゆるリーガル・リクワイアメント。これが終わった後で、そのときに月へ行ったアームストロングという飛行士がいましたよね、彼の出席者に対するテレビを通じての報告があって、その外にロックウェルのやっているいろんな商品の展示、その他、それぞれに今度はいろんな説明者がおりまして、そこに出たり入ったりして、お茶でも飲みながら半日ぐらいそういうことがあった記憶がありますから、アメリカでもイギリスでもそういうことはよくあるんじゃないですか。

【神田】さっきバークシャーの話がありました。イギリスでもそういう実務はあるんでしょうか。

【ハンペル】英国での具体的な法律の要件としては、とにかくその議決は総会でやるべきだということなんです。私、アメリカのアルコアで取締役をしておりますけれども、同じような取り扱いです。言いかえますと、決議そのものは会合の冒頭に提起されて、それから委任票も含めて議決をとって、正式な会合は2分で終わって、その後は経営に関しての議論をする。そのときの議長の任に当たった人が説明をする。そのほうがやりやすいということで、議長としても歓迎しております。ビジネスを記述的に説明することができるというわけですけれども、しかしその企業の戦略に関して一般の人にもわかりやすい形での説明をするということのようです。

【神田】ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。

【質問】  インタートラストマネージメントのスガタと申します。上島様に質問です。先ほどの発言の中で、執行役員制度に対してはちょっとネガティブなことがあるということをおっしゃっていましたけれども、その理由はどういった理由からでしょうか。

【上島】私は執行役員制度が無意味であると申し上げているつもりはないんですけれども、やはり商法上の執行役員というもののステータスがはっきりしてないということはひとつあります。それから執行役員というのを、こういうことはある一面的かもしれませんけれども、例えば役員の数を減らして、その役員をアサインメントをつけていくための手段と考えての執行役員のイントロダクションというのはあまり意味がないと考えている。それから、ほんとの意味での執行役員というものが極めてワークしやすい業態、これは製造業なんかはサービス業とか私どもの会社よりもよりワークしやすいかもしれない、そういうところでおやりになる場合と、私どもとして当社で今の民法あるいは商法上のステータスがはっきりしない形でそれを取り入れていくということは、むしろあまりやる必要がないというか、やっちゃまずいかもしれないなと、そういうようないろんな判断のプロセスがございまして、先ほどそう申し上げたわけです。

【神田】ありがとうございました。まとめさせていただきます。グローバル時代の経営にとって、またIT時代というかEコマース時代の経営にとって、コーポレートガバナンスというのは非常に重要だという認識が世界共通のものになっています。なぜかといえば、それはコーポレートガバナンスのあり方いかんが企業のパフォーマンスに影響を与えるらしいという認識が世界で共有されつつあるからだと思われます。

 いいコーポレートガバナンスは何かというと、企業の利潤の追求、それは効率的なものであることは当然ですけれども、その利潤の追求のプロセスが公正さと透明性を備えている必要があり、アカウンタビリティーとトランスペアレンシーを備えている必要があるということだと思います。具体的にどういうコーポレートガバナンスの仕組みがこれらを達成するものか、またどういうコーポレートガバナンスの機能がこういうものを達成するのかというのは、ひとつのモデルだけではなく、いろいろな複数のモデルがあり得る。現に世界においてもいろいろなモデルが存在し、共存し、これらが競い合っていく環境にある。そういう意味でハンペルさん、マッカーティさんがおっしゃったコーポレートガバナンスというのは、イーボリューションであるという状態ではないかと思います。

 しかしコーポレートガバナンスが企業のパフォーマンスに、ひいては国の経済の状態に影響を与えるらしいという認識が世界共通のものになりつつあるという意味において、コーポレートガバナンスのあり方をめぐる議論というのは、今後もより多くなることはあっても、減ることはないと思われます。

 今日は大変お忙しいところ、長時間にわたりましてパネル討論にご参加いただきまして、ハンペルさん、マッカーティさん、そして上島さん、どうもありがとうございました。また、会場の皆様もどうもありがとうございました。


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