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NIKKEI NET

ルールを創る:企業家精神と法

パネルディスカッション:「ルール改革のエンジンを探る」

 

(一)ルール・メーカー(4)企業

岩瀬大輔 ライフネット生命保険副社長

── ありがとうございます。配布資料の11ページの資料Gからです。ルール・メーカーとしては、立法府、行政、司法といろいろあるわけですけれども、民間の企業も当然ルール・メーカーです。金融行政の分野で大森さんからごらんになって、日本の企業はルール・メーカーとしてどの程度まで存在感が出てきたのか、まだなのか、いや、別に出てこなくても、「優秀なエリート官僚が仕切ってやるよ」という話なのか、そのあたりのご感触をいただけますか。

大森 冒頭、高橋さんがおっしゃったように、金融行政については、行政と業界の癒着といわれるような関係が10年前にひっくり返って、必要なコミュニケーションまで十分にはできなくなってしまったということなので、金融分野はちょっと特殊なのかもしれないですね。より一般論として、企業がみずからに有利なルール・メイクのためにロビイングするのはいわば当然で、大事なのは政府がそれに負けないことだと思います。

ロビイング活動に対抗するための、自己欺瞞

 これは闘いですから、勝ったり負けたりしますけれども、往々にして行政というのは負けたくないから、業界の主張を自分の主張だと思い込む自己欺瞞に陥ります。福井さんのほうがご専門ですけれども、例えば過当競争で国民へのサービス水準が低下してはいけないから新規参入を抑制するとか、中学生からも笑われるようなへ理屈を、まじめな顔をして主張する行政官がまだたくさんいます。それはやはり既得権を主張する人と激突するのは辛いし、さりとて改革でメリットを受けるのは、サイレントマジョリティーで直接には応援してくれないから、みずからを欺いて、へ理屈の味方をするほうが楽だという心境になっているという点は、金融行政ということではなくて行政一般に観察される現象として日々感じております。

── 岩瀬さん、企業人としていかがでしょうか。

岩瀬 やはり当局、行政側が自身のミッションを何と定義するかということに関連すると思うのですが、これからの時代は、(参入規制や商品・料率の内容を定める)ポリシーメーカーとしてよりも、リスクマネージャーとして、そういった国民の健康・安全にかかわる、あるいは金融でいうと、財務上の破綻リスクとか、そういったリスクのモニタリングのリスクマネージャーとして、みずからのミッションを再定義することが一番いいのではないかと思います。

 基本的に新規の参入によって競争を促進して、消費者に向けたよりよいサービスを提供する企業というものが支持されていく。他方で例えば募集時の不正募集がないかといった意味でのリスクとか、あるいは財務で破綻するようなむちゃな値下げをしていないか。そういった意味でのリスクマネージャーに徹することが、今の新しい環境の中で、企業と当局とのバランスのとり方としては一番いいのではないかと考えております。

── 岩倉さんはいろいろな企業とおつき合いされて、場合によっては訴訟の代理をされるわけですけれども、ルール・メーカーとして企業をどのように位置づけていらっしゃいますか。

岩倉 今、皆様がおっしゃったことは、もうすべて当たっていると思うのですけれども、先ほど私が申し上げたことの繰り返しになりますが、これからというか、もう既にそういう時代になっていると思いますけれども、企業は自分の頭で考えて、自分の責任ですべて行動していかないといけない時代だということを再認識されるべきだと思います。お上に頼ってはいけない。かつては高橋さんや大森さんのように、民間のことまでよく考えて守っていただける役人の方も多かったわけですし、今でもそういうよく理解されている方はいらっしゃると思うのですけれども、企業が頼っても、もう官はすべてを守ってくれないですね。あのときに話したから何とかなるんじゃないか、こういうことはもうあり得ないことであります。

 現代は事前規制ではなくて、事後監督の行政の時代でありますので、企業が自分で責任をもって行動していかなければいけない、自己責任というのは、最初は非常につらいと思うのです。ただ、そうしないともう大変な時代で、自分の企業の成長力、競争力を高めることにはつながりませんし、企業の経営者の方々は、今度は株主から追い出されることになるわけであります。

自己責任の裏にあるメリットを生かせ

 それを十分に認識された上で、別に大変な時代だといって、すべて恐れる必要はなくて、むしろチャレンジングな時代なので、逆に規制が余り出てこないところであれば、新しいことをどんどんやっていけるんだと思って、自己責任の裏にあるメリットを逆に生かして、立ち向かって進めていかれるのがいいのではないか。そのためのインフラも徐々につくり上ってきていると思いますので、それを生かして、新しいビジネスチャンスを発見して実現させていくのがいいのではないかと思っています。

── アメリカの大手ローファームをみると、外国政府も含めて、ロビイング活動を支援するセクションがあるようですが、日本もいずれそうなるのでしょうか。

岩倉 日本の経済あるいはそのシステムは、結局すべてアメリカの10年、15年、20年後に、同様に制度化されあるいは同じようなことをやっているということだという理解が正しいとすると、日本の法律事務所もアメリカのローファームがやってきたことを真似てやってきていることが多くありますので、自分でいうのも本当に情けないことなんですが、そういうロビイング活動を日本の事務所も真似してやっていくことになるのかもしれないですね。

 ただし、実際には、そういうことを意識しながら、法律事務所がロビイング活動を適切にできているような状況ではまだないですし、その能力もまだまだだと思いますけれども、もし企業、民間の側が、そういうことを必要だと考えてくださるのであれば、法律事務所のほうは、それを受けて立つという気概は十分にある。あるいは少なくともそういう弁護士は何人かはいるということはいえると思います。

── 福井先生は規制改革会議の委員。企業から、この役所の動きは何とかならぬかというお願いというか、話が舞い込むかと思うのです。いろいろな企業の方とおつき合いをしていて、今、岩倉さんがおっしゃった、役所に頼らずに自分でやっていく時代だという観点からいかがでしょうか。

福井 まさにおっしゃるとおりだと思います。企業や生産者としての国民だけじゃなくて、消費者としての国民もそうなんですけれども、何らかの意味での許認可や規制で守られた護送船団とどれだけ決別できるか、そういう覚悟や決意がいかにあるかによって企業や国民の真価が試されます。独立自尊が豊かな企業や豊かな国民生活をつくるという基本線を外してはいけない、という印象を強く持っています。

 特に豊かで活力ある企業が増えることは、公正な分配の仕組みを伴うことで、それを通じて、労働者の厚生も増大させることになるわけですね。その好循環を見据えず、短絡的に、規制で全体的に既得権の守られる弱い産業構造を守ってくれればいい、という動きがあるのは大変残念なことです。

 ちなみに、きょうここへ来る直前は、規制改革会議で、タクシーの参入規制に関して、国土交通省の担当局長以下と規制改革会議の議長ほかとで公開討論をやったのですけれども、ここに労働組合やタクシー事業者団体の方、エムケイタクシーの方もいらっしゃって、大激論を行ったわけですけれども、何度お聞きしても、規制の理由、参入規制を強化するという理由が、私どもには理解できなかったのです。

 参入規制をすると、タクシーの交通事故が減る、参入規制をすると、格差が是正される、と国土省はいうのですね。しかし、これは別問題だと思うのです。参入規制をしたから、業界の体質がにわかに健全になるという想定は荒唐無稽だと思います。交通事故との関係でも、要するに、仕事で使う走行距離数がふえると、事故が減る、だから参入規制をして運転手の走行距離を増やせばよい、というんです。私からは、これは逆ではないかと指摘しました。仕事でたくさん乗って、長時間労働を強いられるほど、疲れて交通事故がふえるというならまだ分かる。

 きょうも配られていると思いますが、8月26日の日経新聞の経済教室で、それに関わる数値のグラフも提示しておりまして、同じことを本日も担当官にお聞きしましたけれども、因果関係が説明できないのです。どうも理解できない。規制によるメリットがあることの因果関係が説明できないのに、とにかく参入だけは制限したいという結論だけが強く出ているという残念な印象を受けました。

 全般に企業や民間にとって、役所とのつき合い方は非常に難しい。役人がみんな大森さんみたいな方だったらいいのですけれども、いわば江戸のかたきを長崎で打たれるのではないかという恐怖心は、いろいろな関連業界には根強くあります。

過剰規制が、「違法」業者をつくる

 例えば労働基準監督署による偽装請負の摘発ということで、巷ではそれがかなり悪いことだというように流布されていますけれども、現場の実態を、業界、現場の労働者などから、私どもが聞いて驚いたことは、製造業の請負現場では、百何十円、二百何十円という単価の接着剤を大量に使う。1000本とか2000本使うときに、それの1本1本について、発注書とか領収証がなかったら偽装請負だと現場でいわれている。厚労省はそれがメーカーの指揮監督が及ばない証拠だと強弁する。守れるわけのないルールを押し付けてそれを正義の味方のように吊るし上げて見せるのは幾ら何でも行き過ぎだし、不健全だと思うわけです。過剰な規制、意味のない又は有害な規制が、人為的に「違法」業者をつくり出しているという側面があります。

 最近では、コンビニで薬を売ることができるようにしたかわりに、薬のインターネット販売とカタログ販売は禁止しようという厚労省の動きがあります。これも消費者、ネット業界やネット薬局の皆さん方は大変困っている。いわば進取の気性に富んだ薬局の皆さんたちは、ネット販売で、むしろ副作用の説明なども、対面の薬剤師よりははるかに丁寧になさっておられる。そういう業者はいっぱいいます。ところが、厚労省の省令で、法改正の議論には一切出てこなかったこと、しかも法の明文では読めるはずもない理屈を並べ、自ら招集した既得権者の集まった研究会の結論を隠れ蓑にして、厚労省限りで一律に禁じようとしている。

 ただ、その先もちょっとおかしい。ネット業界とかネット薬局は、何とかそういうひどい仕打ちをやめていただけませんでしょうかと陳情しているようにも見えるのです。これはおかしい。本来権力が、やってはいけないことをやったら、すなわち営業の自由や、商品を選択する権利を奪ったら、これは憲法違反です。違憲無効な法令をやめよ、異常な行政指導をやめよ、と決然というべきところを、陳情するのでは不当な権力行使はなくなりません。

 また、日本弁護士連合会は、正義の味方のはずですが、必ずしも岩倉先生みたいな方ばかりではありません。業界団体としての権益維持につながる露骨で不当な圧力行使があると、他の資格者団体などからの訴えがあります。例えば最近、ADR法ができました。ADRとは、裁判外紛争解決手続のことで、弁護士以外にも、例えば行政書士、司法書士、弁理士会、社会保険労務士会といったところが、法的な紛争の処理について、専門知見の観点から手助けをしよう、仲裁や調停に乗り出そうという動きがあります。ADR法はそれらをサポートする誠に結構な趣旨の法律であり、法務省が所管しております。

 法務省によるADR法人の認証要件の中に、「法令の解釈適用に関し専門的知識を必要とするときに、弁護士の助言を受けることができるようにするための措置を定めていること」というものがあるのです。ところが、この要件について、驚くべきことに日弁連は、日弁連と他の業界団体、資格者団体とが、具体的にあらかじめ合意して取り結んだ事項だけをやらせることができる、しかもその範囲は日弁連が査定して構わない。そのように相手方の資格者団体に理解させるように振る舞い、実際、法的根拠もないのに多くのADR組織の業務範囲を異常に矮小化するよう要求してきているという苦情を多々聞きます。

 法務省に聞いてみますと、いや、法律上、弁護士会の協力は不要です、個別の弁護士と顧問契約などを結んでいればいいんですという。ところが、現場では、日弁連が認めること以外のADRをやったら、法務大臣の認証はもらえませんからね、といわれて、これに縮み上がって屈してしまう資格者団体もあるわけです。法の遵守を標榜する団体が違法な法解釈で他人の活動を制限するなど、法治国家では本来論外です。ただ、正当な法的な権利をきちんと表で主張して戦わない泣き寝入りする者の存在は、いっそう不当な権力行使を助長してしまうのです。

表で正論を主張する

 こういったパターンは非常に多い。権力的な行為、権力を背景とした権限の発動について、本来の筋からは認められないのに、その点を顕在化させないまま一方的にひどい仕打ちを受けて、そのひどい仕打ちについて、ひどいとちゃんと声を上げられない民間の方もいらっしゃる。表で正論を主張する者に報復措置などを行って敵に回したら、天に唾する行為です。それほど愚かな権力主体など実はありえないのに、それがわからないのです。大変残念なことだと思います。

 その点、最近、コンビニ業界は深夜営業自粛せよ、などと京都市がいい出しました。二酸化炭素排出削減と、夜は寝るものだという道徳を市民に教えてやるためだと、いう途方もない理由です。コンビニ業界の方々は、市の組織するそれを実現するための市民会議に出てくれと要請されましたが、もともと結論を決めてそれを支持するメンバーを中心とした公正を欠く構成だから出席しないと宣言しました。さらに、仮に将来自粛要請があっても一切従わないとも宣言された。これは誠に法治国家を体現する鑑であると考えます。

── 岩瀬さん、一連の話について、しきりにうなずいていらっしゃいましたけれども。

岩瀬 すごく難しいと考えています。金融なんかの現場におりますと、今のようなお話の流れで、例えば金融庁が出されている監督指針というのは、本来法的拘束力のないものなんですね。あくまでもガイドラインにすぎない。なので、じゃ、プリンシプルに従って判断して、その結果、呼び出しがかかったらどうするんだろうか。そういうふうにやはり萎縮せざるを得ないところはあると思うのです。

行政の下部組織の司法なら頼れない

 一概に企業側を否定することもできなくて、じゃ、裁判所に訴えたらどうなるのかというと、こちらの紙(配布資料11ページ)でありますけれども、裁判所も「今まで二流の官庁だったもの」だと、最高裁の元長官の方がおっしゃっておられて、どこか行政の下部組織のような位置づけになっていると、なかなか裁判所も頼ることができない。

 そういったことで、本来あるべき、まさに法律に従って、法的強制力のないものというのはあくまでも参考にすぎなくて、みずからの意思によって判断すべきであって、本当に小売業界、コンビニ業界のように、闘う経営者の方たちがそろっているような業界だったらいいのですが、特に金融業界なんかでそういった姿勢を示すのは、すぐにはなかなか難しいのかなというふうにも考えています。