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NIKKEI NET

ルールを創る:企業家精神と法

パネルディスカッション:「ルール改革のエンジンを探る」

 

(二)グレーゾーンの効用 (1)デジタルネット社会と著作権における権利制限限定

── ありがとうございます。最後のセッションです。配布資料11ページの資料H以下です。パネルディスカッションの冒頭、福井教授のほうから、ルールは明確なほうが望ましいというお話がありました。一方で、第T部の「企業家精神と法」の米グーグル社のケント・ウォーカー氏のお話の中に、アメリカ著作権法のフェアユース規定の話があったかと思います。フェアユースというのは釈迦に説法ですけれども、グレーゾーンでして、グレーゾーンの効用を使ってグーグル社が伸びているというわけです。

 最後のセッションはグレーゾーンの効用というものについて、ちょっと議論をしてみたいと思います。岩倉先生がご専門ですので、このフェアユース規定の概要をご説明いただき、また日本の若手の著作権法学者からも、フェアユースを日本の著作権法に入れたらどうかという議論が最近出ておりますので、その背景にも触れていただけますでしょうか。

岩倉 それでは最初に、フェアユース規定の説明を簡単にさせていただきます。ご存知の方も多いと思いますが、これはもともとアメリカでの議論がはじまりであります。1976年に改正されましたアメリカ著作権法に規定がありますけれども、もとは19世紀、1840年代のアメリカの裁判例から出てきた考え方です。

 具体的にどういうことかというと、著作物というのは著作権者の許諾がないと、勝手にそれを利用してはいけない、コピーしてはいけない、これが世界中の大原則ではあるのですが、そういう場合であっても、もとの著作物の現存する、あるいは潜在的な価値を本質的に損ねないで、かつ、その利用が何らかの意味で公正な公共の利益に貢献するような使い方をした場合には、著作権者の許諾がなくても、その利用を認めてあげる、違法とみない、著作権侵害としないという考え方であります。アメリカではもともと憲法の議論として、著作権という独占権を与えた趣旨が、科学と有益な技術の発展の促進のために著作権者にインセンティブとして与えるものだということだとすれば、公共の利益のためには、著作権者のそういう利益も、ある場合には制約されるという考え方から出てきたものです。

 アメリカでは裁判例上の考え方としてずっと通用していたのですけれども、1976年になりまして、議会がこれを法律規定の中に取り込もうということで、著作権法107条というところにその規定が入りました。

 この規定の適用例で有名なのは1984年に最高裁判決、アメリカの連邦最高裁で判決が出ましたけれども、ソニー事件というケースでありまして、例のベータマックスのVTRがアメリカで最初に登場したときに、ハリウッドの映画会社たちが、VTR、ビデオは著作権を侵害する機械だから、こんなものは製造販売してはいけないという差し止めの請求を起こしたのに対し、連邦最高裁は、いや、ビデオというのは、視聴者がリアルタイムでテレビあるいは映画が流れているときに見るものではなくて、違う時間にこれを見られるようにする「タイムシフティング」ということを実現させるための公共的な利益を持ったものだから、これはフェアユースであるということで、最終的には5対4という大変な分裂した決定でありましたけれども、これを正当な利用として認めたわけです。

 ソニーはこの判断によって勝ちましたけれども、この結果ビジネス的にはどうなったかといいますと、それによって消費者がビデオをたくさん買うようになりまして、ハリウッドの産業は、単に映画を興行させて入場料を取るだけではなくて、ビデオを販売することによって、興業収入に匹敵するだけの収入になったということで、ハリウッドも潤ったという、産業界も非常に喜ぶような結果になったわけであります。

司法が技術革新をすくいあげる

 余り日本では言われていないのですが、1976年にアメリカがこの規定を著作権法の中に取り入れたときに、アメリカの議会では、こういうことをいっているのですね。「我々はその制定法の中にフェアユースという考えを閉じこめる気はない。テクノロジーが激しく変化していくこの現代においてはなおさらである。裁判所に、むしろテクノロジーの変化の激しいこの状況において、何が公正な使用なのかということをケース・バイ・ケースで判断させるためにこの規定を置いたのだ」、こういうふうに米国議会はいっております。

 翻りまして、日本ではどうかといいますと、フェアユースという考えは、伝統的な裁判例、伝統的な学者、通説の見解では、これは認められない。日本では著作権法30条以下というところに著作権の制限規定があります。これは、例えば、各家庭の中で、自己使用のためにだけコピーをするのであれば認められるけれども、ほとんどの日本の企業で結構やっていると思いますが、ある本の会議で扱う部分をコピーしたりする。これは日本では著作権法違反なんですね。このように、日本法ではコピーが許される場合は個別の規定で列挙されているものに限定されています。ところが、誰もが正しいと思ったり、公正な利用だと考えるようなものは、著作権の侵害としないで、そういうものを認めたほうがいいんじゃないかという考えに対しては、日本法にはそういう法的な根拠はないということで、フェアユース規定というのは、長い間、裁判例上も学説も否定をされていたわけであります。

 ところが、昨今デジタル技術の進歩で、インターネットが普及いたしまして、インターネットというのは、著作物をどこかにストレージしたり、キャッシングといいますけれども、保存したりすることで、それは著作権法の複製に当たるわけであります。こういうことを適法ではない利用として認めるべきではないか。そうしないと、日本においてインターネット上でデジタルコンテンツが流通しないのではないか、こういう議論がここ数年高まってまいりました。

 ついに政府も、2008年の知的財産推進計画で、これは政府の今後の方針を示したものですが、デジタルネット時代に対応したコンテンツ産業の振興を図るため、包括的な権利制限規定、これはフェアユースのことだと考えられていますが、この導入を含めて、新たな技術進歩や利用形態等に柔軟に対応している知財制度のあり方等について早急に検討を行い、2008年度中に結論を得る、と明記しました。

日本の対応は非常に遅い

 日本の政府によくあることですが、フェアユース規定も含めて、そういうものをどういうふうに法律化していくか、早急に検討をして、今年中に結論を出そう。これでは本来非常に遅いわけでありますし、余りに悠長な話なのですが、ともあれ何とかこういう方向がようやく出てきた。

 実現すると何が変わるかというと、きょうのシンポジウムで最初に基調講演されましたケント・ウォーカー氏のグーグル社、あるいは今、子会社になっていますが、ユーチューブ社というような、アメリカでは非常に発達した検索エンジンをビジネスとする会社、あるいは動画の共有サイトをビジネスとしている会社などのように、日本にフェアユース規定が入ると、もしかすると、こういう新しいビジネスの起業が日本でも容易になるかもしれないわけです。

 皆さん、ヤフーあるいはグーグルを含めてインターネットを使われる方は、検索を最近よく使われると思いますが、アメリカでも日本でも、既に1994年にこの検索エンジンというのはできているのですね。ところが、日本では結局、検索エンジンのビジネスはどこも発達しなかった。NTTですら、日本にはサーバが置けないのですね。これは先ほど申しましたとおり、検索のために著作物をストレージすると著作権侵害になるからであります。そこでNTTですらも海外にサーバを置いているのです。

 こんな馬鹿げたことはないわけでありまして、我が国の知財法の最高権威である東京大学名誉教授の中山信弘先生がおっしゃっていますが、知財法というのは、特に著作権法は、財産法でありますけれども、現代においては規制法化しているということがいわれるわけでありまして、むしろこういうことを開放してあげて、コンテンツビジネスが興隆し、著作物がさらに流通するほうが、産業も発達するし、その結果権利者にとっても利益になるという考えから、フェアユース規定というのを置いたらいいのではないかという声が非常に高まってきたのであります。

 ちなみにアメリカのコンピュータ通信産業連盟と訳されていますが、コンピュータ・アンド・コミュニケーションズ・インダストリー・アソシエーションというところから去年出ました年次報告書では、フェアユース産業がアメリカのGDPの6分の1の価値を占めているといっております。

 これは売上高ベースですとちょっとわかりにくいので、付加価値ベースでいきますと、2兆2000億ドルという大変な数字でありまして、もちろん先程説明したフェアユース規定だけで、その売り上げ、価値がすべて上がっているということではないと思いますけれども、アメリカのそれなりに権威のあるところが出している報告書で、フェアユース規定等の活用によって、アメリカにおけるGDPが実に2兆ドルも上がっているという事実を考えると、単に権利者あるいは権利者団体の方々の許諾権を奪うからけしからんのだということではなくて、新しい産業を勃興させ発達させることによって、むしろ権利者にその利用の対価が入り潤うような、win‐winの関係をつくり出すというのが、私どもは正しい方向だと思っておりまして、フェアユース規定はぜひとも導入されるべきだと思いますけれども、日本ではまだまだ確実なところにはなっていないという状況であります。