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許文龍(シー・ウンロン)氏
奇美實業董事長(台湾)
 通貨危機を転機に

 今回はアジアの経済危機がテーマだが、これが「危機」かどうかには疑問がある。爆弾の降り注ぐ戦争を経験した私にとって、会社が倒産することは「危機」とは思えない。「成長は続くものだ」といった考え(が広がること)の方が危機ではないか。

 タイから始まった「経済危機」はむしろ転機だった。我々が生産するABS樹脂では韓国やタイが通貨切り下げで競争力を付け、中国などへの輸出を伸ばしている。おかげで奇美のシェアは低下したが、追い詰められたことでTFT型LCD(液晶表示装置)事業への800億円の投資を決め、新たな事業を育成するきっかけとなった。通貨危機は奇美にとっても「転機」となったわけだ。

 オーナーにとっては厳しい状況で、その心境はまさに「危機」かもしれない。しかし、ボスが外資にとって代わられようと、従業員にとっては能力のある経営者が良い給料を払ってくれれば問題はない。

 外資を受け入れることは当然のことで、「民族資本の保護」といったことを強調したナショナリズムが発展を阻害している。私は会社発足当時から私より良い給料を払えるものがいれば、私を追い出して構わないと言っている。

 奇美の経営の特色は「関与しない」ということだ。私は10年以上前に管理部を廃止し、人が人を管理することをなくすよう努めた。今は50のプラントごとに目標を設定し、自由な権限を持たせている。

 経営者は事業拡張に走りがちだが、経営者のエゴで長時間働かされる従業員は被害者だ。奇美は1週間40時間の就業制度を取り入れ、従業員には「会社がつぶれないようにやってくれ」とだけ言っている。

 経済を良くするには民間よりも肥大化した政府の合理化から始めるべきだ。経済原則に反するような行政や業界協調といった考えは経済の発展にマイナスだ。

 いま最大の「危機」は環境問題だ。奇美では約100万平方メートルの土地に50の工場があり、そこで年間100万トンのABS樹脂を生産しているが、プラントがもたらす汚染の問題にはいくら対処してもしきれない。

 私は総統府顧問として資源を大量に消費しない産業に集中するような政策、汚染を出す産業には税負担を重くするなどの施策を提案している。

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