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リー・クアンユー氏
シンガポール上級相
加藤 紘一氏
衆議院議員
 アジア経済再生を語る

 加藤紘一衆院議員とシンガポールのリー・クアンユー上級相は3日午後、「アジアの未来」会場の都内ホテルオークラで「経済再生の戦略と21世紀のアジア」をテーマにした一連の講演を踏まえ対談した。司会は小島明日本経済新聞社論説主幹。主な内容は以下の通り。

 ――アジアが経済危機から得た教訓とは。

 リー アジアの経済危機は外国為替を完全に自由化していなければ破たんするような事態には至らなかった。仮に危機に見舞われた国々が国外からの借り入れに依存せず、国内貯蓄から資金を調達していたなら、中央銀行が最後の貸し手としての役割を果たし、国際通貨基金(IMF)の病棟に入ることはなかった。

 財やサービスの貿易の自由化は先進国と途上国がともに勝者になれたが、短期資本が非常に速いスピードで流出入すると弱い国にリスクを招く。中央銀行が資金の流れを管理できなければ障害を設けざるを得ない。

 加藤 アジア危機は金融危機であり、グローバル化の過程での危機である。我々はまじめにモノ作りをしていけば、世界経済の中で奇跡を続けられると思っていたが、情報化時代の金融サービス業が大きな力を得たという現実に気づくのが遅かった。貿易収支に注目すると米国は多額の赤字を抱えながら繁栄をおう歌し、日本は黒字国であるにもかかわらず経済的に苦しんでいる。これは日本が経済の質的な変化を見抜けなかったからだ。

 ――フィリピンのエストラダ大統領が提唱したアジア共通通貨について。

 加藤 アジア共通通貨は一つの夢だ。いつかそういう日が来てほしい。ユーロも長年の努力で実現した。実現の過程で1番の責任は日本にある。これまで日本は円を貿易に使ってもらう努力を怠ってきた。他国が保有しても運用できる場所を設けなかった。今後は日本が円債の起債を支援するとした宮沢喜一蔵相の構想など、実態面での協力を積み重ねていきたい。

 リー ユーロは導入から6カ月もたたないうちに急落した。イタリアが財政赤字幅を基準内にとどめられなかったためだ。共通通貨を経済事情の異なる欧州連合(EU)加盟国すべてに通用させることは困難だ、という疑念が現実のものになった格好だ。アジア通貨も多様で、国ごとに財政赤字幅も異なる。共通通貨は理想かもしれないが、そのプロセスをアジアでまとめるには時間がかかる。

 ――アジアの経済発展モデルは崩壊したか。

 リー 戦後の日本や韓国は経済的な成功をおさめたが、現代は技術革新によって世界経済の本質が変わった。コンピューターや情報技術(IT)を最初に導入したのは米国の銀行だった。米国が主導したグローバル化の流れは止まらない。欧州企業も流動性の高いニューヨーク市場で上場をめざす。これは新たな規範と言えるもので、もはや我々に選択の余地はない。

 加藤 日本は江戸時代からの高い教育水準と勤勉さを備え、こうした特性を生かしてきた。それはマレーシアやシンガポールにも共通している。いま日本人は自信を失っているようだが、我々の美点を見逃してはいないか。我々は実体経済と別に金融が動いていたことを見逃していただけだ。

 リー 「日本から学べ」と今も言うかと聞かれたら、答えはもちろんイエスだ。国民が上から下まで団結して成功したいと考えており、教育のレベルも高い。欠点を挙げるとすれば英語力だ。インターネットの登場で英語が分かる人が有利になった。英米の人には巨大なデータバンクを抱えているという優位性がある。

 この間、ビル・ゲイツ氏(マイクロソフト会長)に会ったとき、5年以内に手のひらに載るコンピューターをつくると言っていた。米国に学んだのはITを導入する速度だ。日本もビッグバン(金融大改革)により、学んで追いつくことだろう。コンピューターや金融の分野も大丈夫だ。日本人を尊敬しているし、信頼を失っていない。

 加藤 ゴルバチョフ元ソ連大統領が「社会主義国家」と指摘したように、日本は世界で最もうまく成功した「民主社会主義国家」だった。今これが限界にきたとみんな感じている。日本には資本蓄積、技術革新の能力、高い教育水準を持つ人的資源という三つの種があるのに、土が硬くなっている。ビッグバンでカネの流れをよくする狙いだが、予想以上のきしみがあった。しかし、この覚悟した改革の道を通って行かなくてはならない。

 日本の“単一価値観主義”も直していく必要がある。リーさんは「儒教の箱の外に出てものを考えることができるだろうか」と言われたが、アジアではなかなかできない。自分の頭で科学や社会を考える方法の一つは、欧米の考えをインターネットで取り入れることではないか。日本は英語という世界共通語から取り残されており、日本も英語教育を必死でやる必要がある。高校入試や入社試験に(国際的な英語の能力の判定テストである)TOFELを取り入れたりすれば成績は上がっていく。

 ――中国経済は。

 リー 昨年、7.8%の経済成長を遂げたと報告されたが、実際には6%程度だろう。輸出や外国からの直接投資は減速している。政府は前年同様、公共事業を拡大しようとしているが、デフレが進行し、労働者は将来を懸念している。

 加藤 ソ連が政治の自由化を経済に先行させたのに対し、中国は経済の方を先行させた。正しい道を歩んだと思う。中国は自由主義経済の精神であるコマーシャリズムを失っておらず、今後発展する素地がある。今年、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟することが一番重要だ。

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