フィリピンのマニラ首都圏タギグ市にある、貧困層が暮らす一帯。背後には、南国の明るい日差しを浴びた高層ビルが立ち並ぶ。フィリピンの最近の成長ぶりと、依然として厳しい暮らしを強いられる人々が多いことを、同時に思い知らされる場所だ。 「トニーだ、トニーが来たよっ」。ある平日の夕方、アントニオ・メロト氏が顔を出すと、口々に愛称を呼びながら主婦や子どもたちが集まってきた。「住み心地はいいかな」「暮らしぶりはどうだい」。メロト氏は、柔らかなまなざしで住民に問いかける。 29世帯・約100人が暮らす集合住宅は2階建てで、一世帯分の居住面積は約40平方メートルと広くはない。ただ、電気や水道は通じており、居住性は悪くない。 ある程度の台風や地震なら動じないような石造りで、オレンジ色やうぐいす色、空色のカラフルな外観が目を引く。メロト氏が代表を務める非政府組織(NGO)「ガワッド・カリンガ(フィリピン語で支援する会の意)」のかかわった住宅の特徴だ。 メロト氏は「住まいが変われば、人々の生き方が変わる」を信念とする。貧困層を支援する数多くの方法の中で、住宅造りを選んだ理由だという。自らは両親とも公立学校の教師という家庭に生まれ育った。ただ、幼なじみには貧しい階層の人も多く、「どうすれば多くの人々が豊かになるか」という思いが活動の原点にある。 ガワッド・カリンガは貧困層の人々が、自ら道具を振るって住宅を建設することを支援するNGOだ。本部はマニラ首都圏マンダルヨン市に置き、国内では200人の専従ボランティアが活動する。 住宅の建設ではまず、地元の自治体と話し合って基本計画を立て、ガワッド・カリンガの専門家らが住宅自体を設計。資金や建築資材は米シティグループや富士ゼロックス、比最大財閥アヤラ・グループといった内外の有力企業や、一定の成功を収めたフィリピン人の海外就労者から提供を受ける。 資金を提供する企業などには、住宅や道路に企業名を命名させたりする。トタン板や木材の灰色の小屋で暮らしていた人々は、ガワッド・カリンガと協力しながら、自ら汗をかいて家を建てる。 土地代は住民が数十年をかけて支払う例が多いが、住宅の建設費そのものはタギグ市の一帯で1軒6万5000ペソ(約12万3000円)。比当局が認定する貧困世帯4人の年収上限(約6万7000ペソ)を下回り、手の届く価格帯にある。 比較的余裕のある者が、無い者に手を差し伸べるのは典型的な援助の姿にもみえる。有名私大で経済学を学び、化学製品の購買担当者や貿易会社の起業を経験したメロト氏は、ともすればNGO活動とは相いれないビジネス感覚を“隠し味”に生かす。 企業には投資の側面を強調し、「貧困層が豊かになり健全な消費者に育てば、市場拡大につながる」とささやいた。貧困層は実際に住宅を造り、対価として手に入れることで、労働の大切さと喜びを体感する。「共に協力し、働く人々すべてが我々のパートナー」というメロト氏の懐の深さが原動力になった。 しっかりとした明るめの外観の住宅を造り、住宅を持った人々の多くは安心感や勤労意欲を得て、真剣に仕事を探すようになった。住民の主婦の1人は「家を持ってから夫が変わったの。飲み歩きが止まり、働きに出るようになったわ」と笑顔をみせる。 住民に建設費用の返済義務はないが、未納だった電気・水道代を自ら支払い始める。共有空間の多目的ホールを、子どもたちがパソコンルームとして使うなど、教育環境が改善する地区も出てきた。住宅という動かぬ実績があるため、出資する側も「資金などが適正に使われていることがわかり、援助しやすい」(比大手企業)ようだ。 ガワッド・カリンガは、住宅を建てる前提にもなる土地の所有権問題には積極的にかかわらない方針のため、「トラブルが起きにくく、果実を得やすい」との指摘もある。メロト氏は「論争をしている前に、家が無くて困っている人がたくさんいる」という事実を優先する。 選挙時の票集めのような政治活動とは一線を画す。カトリック団体を母体にするが、異教徒への支援も分け隔てない。マニラ首都圏を含む比の82州のうち、イスラム教徒が多く住む南部ミンダナオ地方を含む75州に進出。今では、ボランティア要員は50万人規模に上る。パプアニューギニアやインドネシア、カンボジアにも活動を広げた。 2024年までに、貧困層向けに500万戸の住宅を建設するのが現在の目標だ。今年は5億人近くが満足な住まいを持たないインドへの進出を予定し、南米コロンビアでも活動する考え。「住環境が整えば、人々はふさわしい振る舞いをする。いかなる家族も取り残さない」。メロト氏はそう繰り返すと、次の視察に歩いて向かった。 (マニラ=遠西俊洋)
[5月5日/日本経済新聞]
[5月26日/日本経済新聞]