「日経アジア賞」
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受賞者紹介

経済発展部門トニー・フェルナンデス
(エア・アジア最高経営責任者、マレーシア)

科学技術部門陳 定信
(台湾大学医学部教授、台湾)

文化部門マントゥブ・スダルソノ
(ジャワ影絵芝居人形遣い、インドネシア)


 
 文化部門
  マントゥブ・スダルソノ
 (ジャワ影絵芝居人形遣い)
 
人形に命を宿す神業的手さばき

 「悪魔の人形遣い」。インドネシア・ジャワ地方の影絵芝居、ワヤン・クリで頂点に立つマントゥブ・スダルソノ氏にはこんな恐ろしい異名が付いている。

 いくつかの人形を連続して宙で回転させたり、大きな人形同士を大胆に動かして、激しい戦いの様子を迫力いっぱいに表現したり。その神業的な手さばきに酔いしれた人々が「人間にはとてもできない技だ」と称賛し、ついに「悪魔」と呼ぶまでになった。

 ワヤン・クリは、水牛の皮で作った平たい人形を使い、インドの古代叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」などを素材にして一晩中続く芝居のことだ。マントゥブ氏のような人形遣いが1人で人形を扱い、ジャワ語でセリフを語り、そして打楽器を中心にした楽団と女性歌手たちの指揮を執る。

 座って演技する人形遣いの頭上の後方から明かりを照らす。人形は奥に張られた白い幕に影を落としながら次々と入れ替わる。観客は人形遣いの背中の方から見れば、極彩色に塗られた人形とそれを扱う手さばき、そして奥の影が同時に楽しめる。幕の裏に回り込めば、幕に映し出された影が濃く、時には薄く揺れ動くだけの世界を味わえる仕組みだ。

 代々人形遣いを継いできた家系出身の父ブラヒム・ハルジョウィヨノ氏は、息子も当然同じ職に就くものとして幼いころからマントゥブ氏を仕込んできた。父の期待通りに育ち、10代前半のうちに稼ぎ始めた息子は、プロの道を歩んで半世紀近くになる。

 楽団が奏でる音楽とも一体化した天性の人形さばきに加え、情感豊かに語り、そして独特の旋律で歌い上げるのが魅力だ。日本ワヤン協会主宰の松本亮氏は「今の時代をリードする最高の人形遣いだ」と絶賛する。

 ワヤンには、政治や経済など現代の諸問題に触れる場面もつきもの。大衆にも分かりやすい言葉を使った歯に衣(きぬ)着せぬ話しっぷりを披露するのもマントゥブ氏の人気の理由といえる。

 ワヤンはジャワ人の精神世界を象徴する伝統芸能とされる。ジャワ島がイスラム化する以前にインドから入って現地化したヒンズー教や仏教の文化が花開き、世界遺産のボロブドール遺跡など多くの文化遺産を生んだ。インド古代の大叙情詩をジャワ人なりの考え方で発展させた多くの物語には、現地古来のアニミズム的な要素も色濃く残る。

〆  〆

 同じ職を何代にもわたって継いできた人だけが認められる厄よけのワヤンができる数少ない人形遣いでもある。2009年7月にジャカルタの米系高級ホテル2軒でイスラム教過激派による連続爆弾テロ事件が起きて9人が死亡した際は、請われてテロ現場で厄よけのワヤンを上演した。

 伝統芸能とはいえ、イスラム教布教に利用されるなど、ワヤンは時代によってまた人形遣いによって物語の展開やセリフなどが変化する柔軟性を持っている。マントゥブ氏は新しい試みを繰り返してきたことでも知られる。

 04年には24時間を超える前代未聞のマラソン上演を成功させて話題になった。シンセサイザーやトランペットなどを取り入れたり、ミラーボールを据えたりして現代的な雰囲気を醸し出す工夫をしたこともある。そして最近は、生まれ育った古都ソロで発展してきた伝統様式に回帰している。

 メッセージを取り込みやすいワヤンの性質からか、人形遣いは社会変革を先導する役割を担うべきだともされるが、マントゥブ氏の意見は少し違う。「道徳観について考える材料は提供するけれども、それを強制することはない」と自らの役割を規定する。

 観客が何を求めているのかを意識し、それにあわせて演技するのが信条だ。古典を好む土地もあれば、現代的なアレンジが受ける地域もあるからという。

 「我々はあくまでエンターテイナーだから」。水田に囲まれた自宅に暮らす「悪魔の技を持つ人形遣い」は、こう言ってほほ笑んだ。

(インドネシア中部ジャワ州ソロにて、野沢康二)

<略歴>
 1948年、インドネシア中部ジャワ州の古都ソロで、代々人形遣いをなりわいとする家庭に生まれた。ワヤンの技術は幼少のころから父に習い、12歳でソロにある王宮付の人形遣いに師事。13歳の時に夜を徹して上演する本格的なワヤンを成功させた。

 90年代後半までは、数カ月間連夜で上演するなど年間200回以上こなす年も多かった。今でも上演は年間50回ほどにのぼる。海外での公演にも熱心で、日本や米国、欧州、オーストラリアでも上演した経験がある。

 7人兄弟の第1子で、他の男兄弟4人も同じ人形遣いの道に入っている。61歳。

[4月26日/日本経済新聞]

 
 
 記念講演要旨
 
   対話は中立・公正で

 影絵芝居のワヤンとは「人間の生きている影」だ。私たちの祖先、ワヤンの創始者らは人間の生きている影を実感し「人生のシンボル」として形にした。

 インドネシアでは伝統芸能は脇に追いやられており、ワヤンも例外ではない。ただ公演は今日まで多くの観客を魅了している。ワヤンは対話の場だ。開催者と観客、人形遣いがお互いを高めあい、楽しませる対話をする。重要な役割を担う人形遣いとして対話すべてに正直、中立、公正であることが求められる。

 私は父や師匠、経験、自然から人形遣いの神髄を学んだ。「自らを律する力」と「すべての物に祝福を」ということだ。

[5月20日/日本経済新聞]



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