「日経アジア賞」
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受賞者紹介

経済発展部門ミーチャイ・ウィラワイタヤ氏
人口と地域開発協会会長(タイ)

科学技術部門張俊彦氏
交通大学名誉教授(台湾)

文化部門ゴーパル・ベヌ氏
ナターナ・カイラリ〔伝統芸術研究研修センター〕所長(インド)


 
 文化部門
  ゴーパル・ベヌ氏
 ナターナ・カイラリ〔伝統芸術研究研修センター〕所長(インド)
 
2000年の伝統劇 衰亡の危機救う

 わずかな風にゆらめくオイルランプの光。銅製の太鼓とかねの音に乗せ、独特のメークと衣装の俳優たちが経典を朗唱するようにせりふを語る。時には目や指先の動きだけで感情や意思を伝え、気迫のこもった身ぶりによって観客の目には動物や巨大な山、雷鳴までもが浮かび上がる。

 2000年の歴史を持つといわれるサンスクリット劇「クティヤッタム」は、今ではインド南部ケララ州だけに残る古典芸能だ。俳優は代々「チャキャール」一族によって受け継がれ、女優や楽器奏者も特定のファミリー出身者が担ってきた。また、上演も主要な寺院内の劇場だけでしか許されないなど、多くの制約を抱えていた。

 クティヤッタム「最後の巨匠」アマヌール・マダバ・チャキャール師の演技に心酔したベヌ氏だが、1970年代にケララ州内で細々と上演されていたクティヤッタムは、伝統の重さゆえに絶滅の危機に直面していた。

 長年使い古した衣装はボロボロ。演じる俳優たちは頻繁にせりふを間違え、けいこ不足は明らか。「そもそも彼らは自身が演じる役の性格を全く理解していなかった」と頭を抱えたベヌ氏はこの時、「この最高の芸術を私が生涯かけて守っていく」と心に決めた。

 クティヤッタムを演じるチャキャール一族の人口は減り、子弟の多くは収入の少ない俳優を嫌って他の仕事を選んだ。後継者を育てるにはチャキャール以外にも広く門戸を開くしかなかった。

 ベヌ氏は79年、州北部イリンジャラクーダに初のクティヤッタム研修所を開設。伝統を厳格に守る立場から渋る師匠を説得し、一般家庭からの研修生受け入れを開始。寺院外の劇場での公演も実現させた。衣装代や国内外公演への助成金を得るため、インド政府や関係機関には何度も直訴してきた。

 ベヌ氏が「時には言葉以上に冗舌」という、目や指の動きなどの複雑な身ぶり(ムドラ)は、クティヤッタムで最も重要な表現方法。師から弟子への口伝えだった教授法を合理化するため、イラストと記号を交えて考案した独特の表記法をまとめ、年内にも出版する計画だ。

 長く演出や制作に徹していたベヌ氏は82年、自らもクティヤッタムを学ぶことを決意。研修所講師を辞めてチャキャール師に改めて弟子入り。2年間のマンツーマン修業の後、39歳で俳優デビューも果たした。

 79年には初の海外公演となる欧州ツアーを成功させ、これまでにアジアやアフリカ、中国、日本など約20カ国にクティヤッタムを紹介。こうした努力によって、2001年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)から「人類の口承及び無形遺産」に指定された。

 ベヌ氏の挑戦は翌02年に新たな実を結ぶ。古代インドの代表的劇作家カーリダーサの戯曲で文豪ゲーテにも影響を与えた「シャクンタラー」をクティヤッタムの脚本に翻案。上演時間16時間の大長編を完成させた。

 この大事業によって、現代の観客は、1600年前の作品をオリジナル言語のサンスクリット劇で直接鑑賞することができるようになった。

 日本の能楽とも多くの共通点があるクティヤッタムは、アジア各地に残る古典演劇・舞踊の原点といわれる。「海外の芸術家と協力して、歴史に埋もれた多くの古典芸能に光を当てたい」――。舞台芸術に対するベヌ氏の意欲はいささかも衰えていない。(ニューデリー=山田剛) 

<略歴>
 1945年、インド南部ケララ州生まれ。画家で音楽好きの父が主宰した演劇学校で南インドの伝統芸能「カタカリ」を習う。14歳で初舞台を踏み、創作舞踏や劇音楽などを学ぶ一方、インド各地を訪問して伝統芸能の調査・研究にも着手。75年には今も続くナターナ・カイラリ(伝統芸術研究研修センター)を設立し、古典芸能の研究・保存活動を本格化させた。
 インドで唯一現存していたサンスクリット劇クティヤッタムの巨匠アマヌール・マダバ・チャキャール師に出会ったベヌ氏は、同師とともに開いたクティヤッタム研修所で伝統芸能を継承していく若手芸術家の育成にも力を注ぐ。
 文字通りの門外不出だったクティヤッタムを内外に紹介。日本や中国、欧米などでの活発な公演旅行を通じ、世界各地の演劇人らとの交流も深めている。ニルマラ・パニカ夫人は南インドの女性舞踊モヒニヤッタムの演者。1人娘カピラさんもクティヤッタムの女優として活躍中。61歳。

[5月6日/日本経済新聞]

[記念講演の模様はこちら]


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