「日経アジア賞」
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受賞者紹介

経済発展部門ミーチャイ・ウィラワイタヤ氏
人口と地域開発協会会長(タイ)

科学技術部門張俊彦氏
交通大学名誉教授(台湾)

文化部門ゴーパル・ベヌ氏
ナターナ・カイラリ〔伝統芸術研究研修センター〕所長(インド)


 
 経済発展部門
  ミーチャイ・ウィラワイタヤ氏
 人口と地域開発協会会長(タイ)
 
貧困農村支援へ 企業の技術活用

 「人口と地域開発協会(PDA)」は、ミーチャイ氏が中心となり、地方の貧困農村を支援する目的で1974年に設立した。タイ最大の非政府組織(NGO)であるだけでなく、活動内容や資金調達法のユニークさでも、数多い他のNGOとは一線を画す存在だ。

 バンコク市内で外国人が多く住むスクンビット通りの一画にあるPDA本部。敷地内に「キャベジズ&コンドームズ」と名のるタイ料理レストランがある。店内には数百ものコンドームをあしらったオブジェや人形が並び、食事の後にはガム、キャンデーの代わりにコンドームを配る。

 PDAは貧困につながる人口爆発を防ぐための家族計画と換金作物の生産が農村を潤すとの考えを基本にしており、店名の「キャベツ」と「コンドーム」はその象徴。レストランの収益のうち、運営コスト以外はPDAの活動資金として、エイズ撲滅運動や農村の環境改善に充てられる。単に資金を貧しい農村に配るだけでない。「農村の人々が経営やマーケティング、財務のノウハウを獲得する助けをする。それでこそ地域共同体を自律的に発展させられる」。ミーチャイ氏はこれを「社会起業家精神」と呼ぶ。

 その一例が、所得水準では首都バンコクに遠く及ばない農村で推進する地域発展プログラムだ。企業の経営者や幹部を農村ツアーに招く。実態を見てもらうだけでなく、地場の産品を素材に企業のノウハウが生かせないかを農民とともに考える。農作物を加工して調理食品に、布とゴムとで靴に……。さまざまな付加価値を生むコツを農民が入手する。

 ビジネス主導の同プログラムには米ナイキなど欧米の巨大企業のほか、ブリヂストンやいすゞ自動車など日本企業も現地法人を通じて参加している。こうした企業との連携でタイ各地に45の農村工場と、8000人超の雇用が生まれた。その経済効果を45億バーツ(約155億円)とする学者もいる。「もっと日本企業にも卓越したノウハウを教えてほしい」

 ミーチャイ氏がNGO活動に専心するきっかけとなったのが、タイの政府高官という立場を離れて立ち上がったエイズ撲滅運動だ。その業績から「ミスター・コンドーム」「コンドーム王」と呼ばれ、タイではコンドームのことを「ミーチャイ」と呼ぶ。

 90年代前半に「感染爆発」が起きたタイでは、年間14万人もエイズウイルス(HIV)の新規感染者が出た。これが昨年は2万人弱。都市から農村部まで、誰もがコンドームを簡単に入手できるようにした氏の功績にほかならない。「セックスするな、とは言えない。ならば安全にしようよと呼びかけた」

 まだエイズが同性愛者や薬物常用者ら一部の事象と思われていた1980年代、首相府高官として人口計画を担当し、エイズに直面した。ベトナム戦争後に歓楽街で売買春が広まったタイで「この難病は爆発的に広まる」と直感。バンコクの歓楽街パッポン通りで、「今戦わなければタイ人はこの世にいなくなる」とプラカードや拡声機を手に訴え、スーパーマンのような衣装でコンドームを無料で配って歩いた。

 あけすけで大胆なパフォーマンスを海外のマスメディアも大きく報じた。「重要なのはオープンに、広く公的な形で徹底教育すること」。タイでは日本以上に性にかかわることは社会的、文化的にタブーだったが、「タブー感は教育によって簡単に変わる。何もしないことが罪だ」と言う。

 先進国中、日本だけは新規の感染者数が年々増えている。「何年でも徹底的に言い続けないと」。ミーチャイ氏の活動にゴールはない。(バンコク=三河正久) 

<略歴>
 1941年1月、ともに博士号を持つタイ人の父とスコットランド人の母の間にバンコクで生まれる。タイの大学卒業後、オーストラリアの大学の商学部に学ぶ。「タイで幸運にも裕福に生まれ教育を受けた者として、社会に役立つ人間になりたかった」  タイ政府の経済社会発展局やアジア太平洋経済協力センターなどの分析官を経て、1985年に工業副大臣、86年に首相府報道官、87年に上院議員となる。傍らで74年に自らが中心となって創設した「人口と地域開発協会(PDA)」を通じて農村振興に努めてきた。  国内外の企業の技術導入で農村インフラや農民の起業・就業訓練を助け貧困からの脱却を図るプロジェクトや農村部での家族計画普及など多数の社会活動を手掛けてきたが、政府を離れてからはPDA会長の職に専心。エイズ撲滅運動に力を注いだ。94年にマグサイサイ賞、97年に国連人口賞など受賞。66歳。

[5月6日/日本経済新聞]

[記念講演の模様はこちら]


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