「アジアの未来」
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太田 泰彦
日本経済新聞社 編集委員

 「繊細な運転手」に気遣い

 参加者の多くが強い関心を抱きながら、腫れ物に触るかのように、誰一人はっきり言及しなかった問題が1つある。昨年9月に起きたタイの軍事クーデターとタクシン政権の崩壊である。

 タイ政変の本質は国際社会でのASEANの信用低下にある。いま東アジア各国は「共同体」の名の下で経済連携に向かってひた走っている。バスの運転席に座るのがASEANであり、進む道は間違っていない。だが日中韓を含めた乗客たちは、運転手の腕前に不安感を抱き始めている。

 東南アジアの第一世代の指導者には、インドネシアのスハルト元大統領、マレーシアのマハティール前首相、シンガポールのリー・クアンユー顧問相らの群像がいる。彼らの開発独裁が役割を終え、昨秋まではタクシン前首相が新世代の同地域の“顔”だった。

 景気重視のタクシン流経済政策。通貨危機から立ち直った同地域の「たくましさ」を象徴し、10カ国の小国連合は実態以上の結束と実行力を世界に印象づけた。覆い隠されていたASEAN本来の政治的な不安定さが、同首相の失脚で露呈したといえる。

 インドネシアのカラ副大統領は「域内は成功国と低所得国に分かれる」と語った。その正直な言葉からは、域内競争が激化している現実を読み取るべきだろう。経済統合の前倒しやASEAN憲章の策定など一見着実な動きとは裏腹に、「今こそ自分だけ勝ち組になりたい」というのが各国の本音に違いない。

 「米国はアジアの一員であり、北米と南米が入らない自由貿易圏に意味はない」。米政府のマハラック大使は間接的な表現ながら、ASEAN不信の本質を射抜いた。誇大な「APEC全域の貿易自由化」を掲げたのは「共同体」づくりをアジア任せにしたくない米国の真意の証左である。

 インドのナート商工相が、演壇に上がる前にふと漏らした言葉が印象的だった。「ASEANは繊細だ。我々は彼らを優しく、温かく見守らなければならない……」。経済連携の夢を共有する日中韓3カ国の政府も内心は似た気持ちだろう。

 昨年5月の前回と今回の「アジアの未来」で決定的に変化した要素は、もう1つ。安倍晋三政権の発足に伴う日本と中韓両国の関係改善である。全会合を通して、両国の参加者による対日批判めいた発言は皆無だった。王毅駐日中国大使の顔つきは、昨年と打って変わって柔和に見えた。

 日中韓が協調を強めれば、共同体づくりでASEANの地位は微妙になる。ただ大国が舞台の前面に立てば、覇権色がにじむのは避けられない。ナート氏が示唆したように、ASEANへの気遣いと、もどかしさを感じさせる会合だった。

[5月26日/日本経済新聞]

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