 |
| |
 |
 | (招待者のみ) |
|
 |
 |
| |
| |
 |
 |
日時 |
2001年3月19日(月)18:30〜21:00 |
会場 |
帝国ホテル・本館2階「孔雀東の間」
東京都千代田区内幸町1−1−1 |
| |
|
| |
 主催 |
日本経済新聞社
イタリア・サンセポルクロ市
日本におけるイタリア年2001財団 |
| |
 特別協賛 |
EPSON、キリンビール、資生堂、大日本印刷、東レ、野村證券、山之内製薬
|
| |
 特別協力 |
安田火災海上保険
|
| |
 協力 |
帝国ホテル、アリタリア航空、JR東日本 |
| |
| |
この催しは、イタリア・トスカーナ州の歴史的な城塞都市・サンセポルクロ市の協力により、イタリアから演出家やダンサー、音楽家、料理人など総勢54名を招いて日本で初めてルネサンス当時の晩餐会を再現するものです。
ルネサンス時代、イタリアで「晩餐会(CONVIVIO:コンビビオ)」とは貴族や領主が紳士・淑女をもてなす正餐(昼食または夕食)を意味していました。嗜好を凝らした晩餐会は貴族の邸宅や領主の城で行われ、使用人の中で最も地位の高い紳士である給仕頭(SCALCO:スカルコ)が仕切りました。スカルコは礼儀作法を身に付け、料理にも深い知識を持ち、領主から高い報酬を与えられていました。それぞれに違った職務を持っている多くの召使(料理人、ワイン係り、肉切係りなど)がスカルコの指示でテキパキとその役割を果たし、食べきれないほどの料理で招待客をもてなします。さらに楽人や歌手、曲芸師などによるパフォーマンスなどが織り込まれ、驚きと興奮で招待客を決して飽きさせない工夫がなされているのでした。そして最後には招待客に記念品が贈られました。すなわちルネサンス時代の晩餐会は、貴族や領主の富と権力を示す場でもあったのです。
東京で開催する晩餐会も、スカルコの司会により進行されます。当時のレシピを歴史書から再現した料理はもちろん、まるでルネサンス絵画から抜け出てきたような当時の衣装をまとったダンサーによるロマンチックな踊り、ルネサンス時代を代表する作家マキャベッリや王と呼ばれた豪華なロレンツォ・イル・マニーフィコの朗読、リュートやハープなど当時の楽器によるムードあふれる歌や演奏、旗のパフォーマンスなどでお客様をもてなします。装飾の一つ一つにも意味があります。たとえば羊の角の装飾は豊穣のシンボルです。卓上の野菜や果
物やパンの盛り付けは豊かさを表すデコレーションであると同時に、昔は実際に食べていたのです。トマトやエスプレッソコーヒーといった今日の食材は、当時はまだ新大陸(アメリカ大陸)から伝播していなかったので、今回の晩餐会にも登場しません。その代わりに、当時の食材である豚脂入りのパン、牛肉、卵、季節のフルーツや、シトロンのシャーベットなどが供されます。こうした細部にまで忠実な演出で、可能な限り当時の雰囲気をお伝えしたいと思っています。(ちなみにルネサンス初期は手掴みで食べていたのですが、現代ではさすがにそういうわけにはいきませんね。)
晩餐会の再現に取り組んでいるサンセポルクロ市では、毎年9月の第2週を「ルネサンス週間」として、全市をあげてさまざまな行事が行われています。城壁の中のメインストリートには旗や蝋燭が飾られ、当時の衣装を身にまとった市民が行き交います。街はまるでルネサンス時代にタイムスリップしたような幻想的な雰囲気につつまれます。金曜日の夜に晩餐会が、土曜日には旗振りの演舞(GIOCHI
DI BANDIERA)が行われ、日曜日の石弓競技大会(PALIO DELLA BALESTRA)で最高潮を迎えるのです。
そもそもサンセポルクロ市は、ルネサンス時代の有名な芸術家ピエロ・デッラ・フランチェスカや、複式簿記の発明で知られるルカ・パチョーリの出身地であることからルネサンスへの関心が高く、文化的なルーツという点でも「ルネサンス」に誇りを持っています。この催しは「イタリア年はルネサンスから」というコンセプトを反映するばかりでなく、共に長い歴史を持ち、文化を大切にする日本とイタリア両国の相互理解を深める意義深いイベントとなるでしょう。 |
 |
| |
 |
| |
日本経済新聞社 経済事業部 |
| |
TEL:03-5255-2852 FAX:03-5255-2862 |
| |
| |
↑TOP |
| |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |