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会議室 B デジタルID革命

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1月26日(水)の発言内容

 From : 中野 潔 2005/1/26 00:41  
 Subj : 【010】デジタル音楽のコピー制限について〜日本の著作権法
小生は、2、3年前のタイプの三洋電機のDigital Memory Playerを使っています。128MBのフラッシュメモリーで、2004年春、展示品の値引きで、1万8000円ぐらいでした。

パソコンには、手元に持ったままの中古CD 約30枚をデジタル化した400曲ぐらいと、塀の上の危ない行為ですがレンタルショップで借りたCD 5枚ほどの曲をデジタル化した50、60曲、消していないものが入っています。デジタル音楽配信サービスで買った楽曲はありません。デジタル音楽配信サービスを使わない理由は、特にはありません。

全部、48kbpsでサンプリングしたので、1曲 約1.5MB。Digital Memory Playerに約80曲入ります。
【008】前川
日本の音楽配信サービスでは、ごく一部の例外を除き、CD-Rへのコピーや他のパソコンへの転送は不可能で、携帯プレーヤーへの転送も3回程度に制限されています。
理論的には、法律でどう決まっていようと、技術的にいろいろな複製制限、変換制限を掛けるのは、供給側の勝手です。法律で決まっているレベルより高い(著作権者側に有利な)保護策を施しているときに市場がそれを選ぶかどうかという観点は、もちろんあります。

法律よりモラルより、供給側の技術者が世の中でできることを決めてしまうのが理不尽のように思える−−というのが、レッシグ氏の主張の1つと小生は理解しています。
【008】前川
法律には詳しくないのですが、どうも、日本の著作権法は、著作検者の権利を守る形で構成されていて、利用者の私的利用の権利は認められていないようです(米国の著作権法では、フェアユースが利用者の権利とみなされていると聞いたことがあります)。
日本の著作権法にも、私的使用のための複製は許すと書いてあります。アナログテープレコーダーしかない時代に書かれた法律解説書などでは、「私的」とは家族とごく親しい友人(友人とは10人ぐらいまでか)−−といった目安が書いてあるようです。デジタルでのコピーが容易になった現在では、この「私的」の範囲も皆で論議するべきでしょう。

日本の著作権法の特徴は、米国でいうフェアユースに相当しそうな案件について、詳細に条文で定めていることです。私的使用のための複製、公共図書館での複製、学校教育の中での複製などです。

米国では、フェアユースと判断されれば、各種の複製や変換を実施しても免責されますが、フェアユースにみなされる範囲は時代や状況により、変わりますから、最終的には訴訟でもめてみないとわかりません。

日米で、どちらかの法律が特に著作権者側に甘いとは、いえないのではないでしょうか。
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 From : 校條 諭 2005/1/26 01:36  
 Subj : 【011】GISネット会議・ファーストメッセージ〜着実な普及のために
【009】高村
デジタル@ホーム
皆さんはご自宅で何が不自由ですか。
消費者はそれほど不自由していないと思います。
ただし、ウォークマンも携帯もゲームボーイも消費者が不自由したから出てきたのではなく、メーカーが開発をして消費者に提示したら大歓迎されたということでしょう。ですから、不自由なところを解決しようというソリューション発想というよりも、何を消費者に企画・提案したら歓迎されるかということではないでしょうか。
【009】高村
私はADSLによるインターネットが出来て大変満足しています。この辺で満足。
まだインターネットを使っていない人は特に中高年以上で多いですが、それらの人たちもそれで不自由だとは感じていないように思います。しかし、彼らも簡単にインターネットが使えたらいいのにな、という気持ちを持っている可能性大でしょう。
要するにパソコンというものを何とかする必要があります。簡単で使いやすく、持ち運びも容易な家電感覚のネット端末をそれらの人に提案すれば、受け入れる可能性は非常に大きいと思います。

A4くらいで厚さ1、2センチくらいのネット端末が、家庭内のいたるところにころがっている様を私は想像します。入力は画面からのタッチを基本として、キーボードも画面からのペンタッチを標準に、人により時により格納されたキーボードを引き出して利用することも想定します。

シームレス論についてですが、それを語るときに、従来の端末を一応所与のものとして、文字通りシームレスにコンテンツを扱えるという考え方も重要ですが、そもそも端末のバラエティがどうなるんだ、ということにも
注目する必要があるのではないでしょうか?
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 From : 校條 諭 2005/1/26 01:38  
 Subj : 【012】GISネット会議・ファーストメッセージ〜着実な普及のために
校條です。
外出時について電車内にしぼって書いてみます。
【009】高村
携帯などで「外出時に音楽や映像を自宅で楽しむように見たい聞きたい」人がどの位になりますか。 …外出時はそれなりの活動があるのであくまでもエッセンスを見聞きする程度で十分ではないかしら。
電車の中を見ると、いちばん多いのは「何もしていない人」ですね。次には携帯のディスプレイを見ている人です。その次は週刊誌、新聞、マンガ、文庫本といったところでしょうか。あとは、座っている人の中にはノートパソコンを開いている人もちらほらいます。
いずれにせよ、通勤電車は新聞を読む人が多数派という光景はもはやすっかり昔のこととなってしまったようです。

さて、今後電車内の人が持ち歩く端末はどのようなものになるのでしょうか?
現状の延長としては、複合端末としての携帯が主流で、それに専用端末としてのiPodやビデオiPod(勝手な呼び名ですが)が加わるという方向のように思われます。つまり専用端末は音楽系と映像系ということですが、これらは一体化しまうのかどうかが興味深いところです。

iPod shuffleくらいに小さくなるとそれ自体が価値ですから、音楽専用は残るような気がします。

では、ビデオiPod的な端末は本当に独立で普及するのでしょうか?つまり、「前日のWBSを見る」(藤元さん)のは携帯でなのか、専用端末でなのか。技術の障壁を別にすれば、私は携帯の方向だろうと思います。

その際の要求仕様としては、いまの携帯よりもディスプレイの大きさを大きく期待したいところです。

PDAはさっぱり消費者に普及しませんが、ディスプレイの大きさだけは魅力的です。携帯が映像を容易に扱えてディスプレイがPDA並みであるのなら、携帯が映像視聴端末の主流になるのではないでしょうか。
(ちなみにPDAがなぜ普及しないかと言えば、PDAは情報処理機能が中心のイメージがありますが、多数の消費者にとってはそれは必要なく対人コミュニケーションとエンターテインメント・コンテンツの視聴が最も重要だからでしょう。)

消費者が常に持ち歩くクレジットカードは3枚までと言います。だからその3枚に入れてもらうえるかどうかがカード会社の死命を決します。では、端末はどれだけ持ち歩くか。そう考えると、携帯だけか、せいぜいあとひとつと考えるのが妥当でしょう。もはやその構図はなかなか変え難く、その携帯やもうひとつの端末をいったいどんな形にして、何を乗せていくのか、という議論にならざるをえないのではないでしょうか。
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 From : 須川 賢洋 2005/1/26 10:53  
 Subj : 【013】デジタル音楽のコピー制限について〜日本の著作権法
私も利用者の利便性を考えるべきだという点において皆さんと同意見です。その上で、中野さんのコメントに若干の追加と解説をさせていただきます。
【008】前川
法律には詳しくないのですが、どうも、日本の著作権法は、著作検者の権利を守る形で構成されていて、利用者の私的利用の権利は認められていないようです(米国の著作権法では、フェアユースが利用者の権利とみなされていると聞いたことがあります)。
著作権法はまさに著作者・著作権者の権利を守るための法律ですから、その法律の中に「利用者の"権利"」というものは入り込む余地はありません。著作(権)者の権利を一部制限するための規定をもうけることによって利用者が無許諾で使わせてもらえるだけです。ですから、中野さんの言われる
【010】中野
日本の著作権法にも、私的使用のための複製は許すと書いてあります。
というのは、私的使用目的の複製の場合は例外的に著作(権)者の権利が及ばないという意味になります。
【008】前川
(米国の著作権法では、フェアユースが利用者の権利とみなされいると聞いたことがあります)
同様にフェアユースですが、これも権利ではなく、権利侵害時の「抗弁」としての位置づけになります。
(補足)
ただし、フェアユースの成立はケースバイケースで総合的に判断するので一概には言えませんが、私的使用ということだけにスポットを当てれば、むしろ公的使用に比べて成立しにくくなります。
【008】前川
日本も、もう少し利用制限を緩くして、ついでに、価格も100円均一にするべきではないでしょうか。

言われること大いに賛成です。
これを著作権法的な言葉で述べれば、こうなると思います。
同時に「これからの著作権法はこうあるべきだという須川の主張」もあります。

  1. 著作(権)者に対する権利制限を緩くして(著作権の及ぶ範囲を広くする)、私的複製においても許諾・課金が必要なようする。
  2. その上で、市場原理にあった適正価格で著作物をやり取りする。その一例として音楽の100均ショップが誕生する。
  3. 徴収した対価が、著作者にきちんと還元される仕組みを作る。
現状の皆の不満は、お金が取られるということに対してではなく、その金額や著作者への還元方法に対してあるのではないでしょうか?中野さんの言われる
【010】中野
現在では、この「私的」の範囲も皆で論議するべきでしょう。
には、こういったことも含むと解釈しましたが、いかがでしょう?

最後に、順序が逆になりますが、
【010】中野
日米で、どちらかの法律が特に著作権者側に甘いとは、いえないのではないでしょうか。
同感です。
ただし、どっちが甘いとかではなく、どっちがこれからの時代にふさわしいのか?ということは考える必要があると思います。須川の私見は、アメリカ型の「大枠だけを決めておいて、詳細はその都度決める」というやり方の方が進歩の速いデジタル社会には適合しやすいと思っています。
【010】中野
米国では、フェアユースと判断されれば、各種の複製や変換を実施しても免責されますが、フェアユースにみなされる範囲は時代や状況により、変わりますから、最終的には訴訟でもめてみないとわかりません。
Winny事件の際の「ネット時評」の結論の所にもチラと書かせて頂きましたが、この手の訴訟こそどんどんやるべきなのであって、その判断を正しく迅速に行うことこそが、新しくできる知財専門高裁の役割なのではなかろうか?と私は思っています。
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 From : 根津 利三郎 2005/1/26 15:28  
 Subj : 【014】デジタル音楽のコピー制限について〜日本の著作権法
【008】前川
(前略)
日本のレコード会社は、自分で自分の首を絞めているのではないかと思うのですが、みなさんはいかがお考えでしょうか?
これはインフラばかりが先行して、利用が進まない良い例です。音楽だけでなく映像も含め日本のブロードバンドはこのあたりをちゃんとやらないと宝の持ち腐れになるでしょう。
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 From : 小林 一 2005/1/26 15:29  
 Subj : 【015】デジタルガーデニング
デジタルガーデニングはいかがでしょう。
トピックとしてふさわしいかどうか分かりませんが、デジタル@ホームを映像系の家電にとどまらず少し広く家庭生活全般のデジタル化という風にとらえて、ガーデニングのデジタル化ということを考えてみました。

マンション住まいの小生は20年近くベランダ園芸を続けています。
梅や桜などの樹木から蘭、ハーブまで百鉢以上の植物を育てているのですが、一番の問題は水遣り。ホースで散水するのですが、夏は週二回、冬は週一回、約1時間がかかります。水をやりながら植物の生育具合をみるのは楽しみのひとつではありますですが、定期的にというのは結構大変ですし、長期間家をあけられなくなります。

そこで、植物や天候の状況に応じて自動散水ができるような装置ができないかということです。
鉢植え園芸のリスクは水不足もありますが、一番は水のやりすぎによる根腐れです。そこのところをセンサー等で感じ取って植物の必要に応じて散水するという、まさにデジタルシステムがあったらいいなと思うのです。

エクステリアという言葉もありますが、ガーデンはホームの重要なパーツです。特にマンションですとホームのリアルな自然は人間だけということになりかねません。ホームに自然をとり入れることで、子供たちの心も少しはゆったりしたものになるのではと思います。もちろん大人もですが。

デジタル化で、誰でも時間から解放されて手軽にガーデニングができるようになれば、暮らしにゆとりが生まれるし、園芸産業の成長にもつながると思うのですがいかがでしょう。
もしかすると、すでにそういう装置も開発されているのかもしれませんが。
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 From : 須川 賢洋 2005/1/26 10:53  
 Subj : 【016】デジタル音楽のコピー制限について〜日本の著作権法
自分の意見に若干補足しておきます。
【013】須川
これを著作権法的な言葉で述べれば、こうなると思います。
同時に「これからの著作権法はこうあるべきだという須川の主張」もあります。
  1. 著作(権)者に対する権利制限を緩くして(著作権の及ぶ範囲を広くする)、私的複製においても許諾・課金が必要なようする。
  2. その上で、市場原理にあった適正価格で著作物をやり取りする。その一例として音楽の100均ショップが誕生する。
  3. 徴収した対価が、著作者にきちんと還元される仕組みを作る。
もちろん1.において、著作権の権利制限を厳しくしユーザが無許諾・無料で自由にコピーできる範囲を広げるという選択肢もあると思います。事実、そうすべきだという考えの方も多いでしょう。
須川の私見としては、そうしてもあまり効力があるとは思えませんし、クリエータのインセンティブを損ねることによるマイナス面の方が大きいと考えます。

音楽を中心とする現在デジタル媒体で流通している著作物の著作権料と称される物は実際には、最初に創作した著作者にまでたどり着かないで中間業者の間で滞留している場合がほとんどです。
よって、より制限すべきは(狭義の)著作権ではなく、著作隣接権であるべきであり、やはり作家には確実にペイバックできる仕組みを作ってあげるべきなのではないか?と考えます。
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 From : 碓井 聡子 2005/1/26 22:08  
 Subj : 【017】GISネット会議・ファーストメッセージ〜着実な普及のために
現在、10年先のユビキタス社会の生活者像の研究にてこずっているところです。
以下、ホームに絞って、思いつくことを幾つか書いてみます。
【009】高村
デジタル@ホーム
皆さんはご自宅で何が不自由ですか。
まず、家庭内の生活時間のニーズを、大雑把に以下の2つに分けて考える方法もあるかなと思っています。

「生活上の必要不可欠なニーズ」
「自分の欲求から生じるニーズ」

博報堂生活総研さんでは、前者を必需的ニーズ、後者を必欲的ニーズと分けておられます。

「生活上の必要不可欠なニーズ」は、掃除洗濯などの家事に始まり、家族の介護上必要な作業や幼児に対する安全管理、出かける際の戸締りなどの生活の上で大変・面倒と感じても「しなければならないこと」のイメージです。
「自分の欲求から生じるニーズ」は風呂場でTVを見たり好きな音楽を聞いたりしたい、ケータイでとった写真をテレビで見たい、など、趣味嗜好から来る欲求に近いイメージです。

生活の中では、「生活上の必要不可欠なニーズ」に費やす時間や負荷を下げて、「自分の欲求から生じるニーズ」に振り向ける時間を増やす方向にあるとすれば、「生活上の必要不可欠なニーズ」を負荷なく短時間でおこなうようなことをITでどう実現・サポートできるのか、と考えることもできるのではと思います。

例えば、例で出した戸締りの話を考えると、以下のような発想も可能かもしれません。

現在→戸締りを目で確認、またはセコムなどセキュリティサービス利用
IT活用の未来形→玄関の鍵を締めれば、家側で自動的に外部と接する部分を閉じる

また、目線を変えて、ターゲットとしてY世代あたりに注目すると、必欲的ニーズとい言っても、いわゆる趣味的世界をかなえるものとは、少し違ってくるかもしれないですね。
Y世代以下の人たちの世界観は私含めオジサンオバサンとは違うと思っています。私にとっては、自分は世界の中の一部という感覚ですけど、彼らは自分の周りの世界(ウチワの世界)=世界、という感覚を持っています。現時点では彼らが自分の周りと繋がる手段は家族も含めてケータイです。

家族という「形態」を大事にしながら互いに踏み込まない彼らの生活をケータイ以外のITでサポートするとどうなるか、と考えてみるのも面白いと思います。

同時に家に居なくても、たとえ居てもそれぞれの個室で生活する家族が、互いの生活や考えていること、伝えたいことを簡単に掴むことで軽いコミュニケーションができるような生活をITで支援できないものでしょうか。

すみません、書いていたら「着実な普及」というスレからずれてしまったような気がします。ご勘弁ください。
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 From : 高村 俊彦 2005/1/26 22:43  
 Subj : 【018】GISネット会議・ファーストメッセージ〜着実な普及のために
【017】碓井
まず、家庭内の生活時間のニーズを、大雑把に以下の2つに分けて考える方法もあるかなと思っています。
(中略)
すみません、書いていたら「着実な普及」というスレからずれてしまったような気がします。ご勘弁ください。
私が期待したような 論旨展開で大変嬉しくなりました。

「必要不可な仕事だが時間を削りたい、そして何に振り向けたいか」

臼井さんの言われる欲求から生じるニーズ とは本当の意味でのゆとりだろうと言う気がします。有り難うございました。議論は決してずれていないと思います。
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 From : 中野 潔 2005/1/26 22:43  
 Subj : 【019】デジタルガーデニング〜カレンダーと連携したサービス
【015】小林
デジタルガーデニングはいかがでしょう。
(中略)
鉢植え園芸のリスクは水不足もありますが、一番は水のやりすぎによる根腐れです。そこのところをセンサー等で感じ取って植物の必要に応じて散水するという、まさにデジタルシステムがあったらいいなと思うのです。
いいですね。

1998年か1999年に考えて、そのときの会社の同僚に話したのですが、本業とあまり関係なかったので採用されなかったサービスがあります。

種を蒔いたり、球根を植えたりしたときに、草木の種類、鉢か露地植えか、日当たりなどについて書き込むと、その後の植え替え、薬掛け、肥料の施し、支柱立て、土の掘り起こしなどについて、標準カレンダーと、植えた時期とを組み合わせて、その週の仕事を指示してくれる園芸カレンダーサービスウェブサイトです。

地域によって、気温に大きな差があるので、県名か都市名を入力します。気象庁の記録から気温のデータを引っ張ってきて、その年の天候に合わせ、カレンダーを随時修正することも考えていました。実際のその場所の気温を取り込みたいと思ったこともあります。ただ、そのころ、アクティブRFID付きセンサーなどというものを小生、考え付きもしなかったので、無理だと思っていました。

大手種苗会社が、45年も前から(もっと前からかも)、種苗の通販をしているのを母の姿を見て知っていたので、種苗のオンラインショップで、コストが回収できるのでは、と考えました。

ヒントは、今あるかどうかわかりませんが、e-baby という日本のウェブです(どれぐらい本格的にビジネスにしたのか、よく知りません)。推定の懐妊日を入れると、帯のセレモニーの時期の知らせ、誕生内祝いの準備開始のアドバイス、生まれた後の離乳食の開始時期−−などを標準カレンダーをもとに知らせてくれるというものです。ペットの飼育方法指示にも、同じ考えが使えます。長女が真冬にハムスターを寒さで死なせてしまったことがあるのですが、天気予報か実際の室温をもとに何らかの指示をしてくれる仕組みがあったら、救えたかもしれません。
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 From : 前川 徹 2005/1/26 22:49  
 Subj : 【020】デジタル音楽のコピー制限について〜今後に期待
中野さん、須川さん、コメントありがとうございました。
米国も日本も法律上、著作権物を利用する側に権利はないわけですね。

さて、昨日、「日本のレコード会社は、自分で自分の首を絞めているのではないかと思うのですが、みなさんはいかがお考えでしょうか?」と書いたのですが、レコード会社がすべて同じではないようです。

東芝EMIとワーナーミュージックは、音楽CDへの書き出しを10回まで可能にするという決断をしています。

具体的には、たとえばレーベルゲートのサービスでは、11月17日から東芝EMIのコンテンツについては、携帯プレーヤーへの転送は無制限、音楽CDへの書き出しは10回まで可能になっていますし、12月22日からはワーナーミュージックのコンテンツが音楽CDへの書き出しが10回まで可能(携帯プレーヤーへの転送は3回までのまま)となっています。

いい傾向ですね。他のレーベルにも広がることを期待しています。もうすぐ日本でも始まるというiTunes Music Storeのサービスが楽しみになってきました(米国並みとは言えないまでも、緩めのコピー制限になることが期待できますから)。

つぎは、デジタル放送のコンテンツですね。現在は「コピーワンス」という厳しい制限がついていますが、これもなんとかならないものでしょうか。1回しかコピーできないというのは、ちょっと厳しすぎるような気がするのですが…。
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 From : 中野 潔 2005/1/26 23:26  
 Subj : 【021】デジタル音楽のコピー制限について〜今後に期待
【020】前川
米国も日本も法律上、著作権物を利用する側に権利はないわけですね。
くどくてすみません。
「著作権者側が、著作物の私的使用のための複製を法的に止める権利はない」ということですね。

東大の玉井先生が強調されていたのですが、「ユーザーには、著作物を私的使用のために複製する権利がある」というのは、正確ではないらしいです。権利があるとすると、技術的に私的使用のための複製をさせないようにするのは、権利侵害だ−−ということになってしまうようですね。いままでできていたからといって、「それをする権利がユーザー側にあり、著作権者は、ユーザーのその行為が妨げられないようにするべき」という話ではない−−ということらしいです。
【020】前川
つぎは、デジタル放送のコンテンツですね。現在は「コピーワンス」という厳しい制限がついていますが、これもなんとかならないものでしょうか。
理論的には、レコード会社や映画会社が、ロビー活動で、国会に著作権法を改正(理不尽な改正と明示的に言うのは控えますが)させることができるのですから、視聴者側の運動が真に盛り上がれば、国会に逆向きの改正をさせることもできるはずなのです…。

ある法学者の方が、P2Pファイル交換ツールが適法か違法かの判断が米控訴裁で揺れているので、ベータマックス裁判(違法コピーに使われることがあったとしても、公正なコピー[タイムシフトなど]があるのだから、ビデオデッキ自体を違法だと決め付けることによって、公正なコピーも不可能にするのは、合理的でない。よって、ビデオデッキ自体を著作権法違反だとはしない)の判示を、米最高裁が見直すかも−−とおっしゃっていました(この段落の趣旨が法的に誤りだとしたら、その法学者の方のせいではなく、小生のせいです)。

実際には、著作権者にどんどん有利になっていきそうです。
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 From : 校條 諭 2005/1/26 23:41  
 Subj : 【022】GISネット会議・ファーストメッセージ〜着実な普及のために
デジタル@ホームを考えるときの世界には2つあると思います。
  1. 家事・安全系(白物家電、セキュリティシステム等)
  2. 情報・コミュニケーション系(テレビ・電話・PC等)

このうち私は2を念頭に置いて発言しました。

一方碓井さんは、

  1. 「生活上の必要不可欠なニーズ」
  2. 「自分の欲求から生じるニーズ」
という2つのニーズを示されました。前記1(家事・安全系)についてはAのニーズが確かにまだかなり残っていると思います。
たとえば、掃除機はたいへん発達していますが、それでもかなりたいへんです。また、洗濯は簡単にできても、たたんでタンスにしまうのはけっこう面倒です。掃除しないですむ風呂桶はあっても風呂場のすみずみまでの掃除は疲れます。

Bについては、「自分の欲求というものを」果たして消費者は必ず自覚しているだろうかという疑問を前提に私は発言しました。
たまごっちやプリクラやカラオケボックスやゲームボーイやウォークマンのようなものを「欲しい」と消費者は事前に言っていたでしょうか。

消費者は自分の欲求を明示的に表現できません(腹が減ったなどの生存にかかわる一次欲求は別として)。したがって、開発者は、消費者が明示的に示す欲求表現にとらわれずに、もっと基本的な表現欲求とか記号的遊び欲求というところに着目して、あとは想像力によって新しい形を創造して作り出し、消費者にこれどう?と提示するのが王道であると思います。

平たく言えば、消費者をハッとさせて、ああこれが欲しかったんだ、と消費者に自らの欲求を「発見」させてほしいということです。

私が「消費者は不自由していない」と言ったのは以上のような意味においてです。

これは別に私のオリジナルの考えではありません。たとえば下記二著は私に大きな影響を与えています。

「柔らかい個人主義の誕生」 山崎正和(単行本1984年、中公文庫に収録)
「マーケティングの神話」 石井淳三(日経新聞社から1993年、昨年岩波現代文庫に収録)

昨年12月に石井さんの本が文庫に入ると知って、すぐに買ってしまいました。「文庫版に寄せて」という最後の数ページが余分についているだけで、あとは日経本とまったく同じなのですが…。
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