世界情報通信サミット2003ネット会議
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「世界情報通信サミット(GIS)」は例年、本会議直前・直後の約1カ月間、電子メールと電子掲示板をを使ってネット会議を開催します。これは、本会議に向けて、IT(情報技術)の世界で何が問題になっているか、その解決にはどうすべきかを議論しようというもので、2003年は、1月29日にスタートし、本会議後の2月21日まで、260本の投稿がありました。

 ネット会議の参加者はIT分野の有識者、専門家と「デジタルコアGISフォーラム」会員企業の代表者、そして政策担当者など、日本語会議に約190人が参加して行われました。

 今回のネット会議では、事前に実施した「ITブレークスルー・アンケート」で、「ここ2、3年でブレークスルーをもたらす技術、サービス。インフラは?」という質問に対し、「無線ICチップ」との答が最も多かったことから、この問題での議論が盛り上がりました。また「美の文明と落ち着きのある社会」「ユビキタス情報社会」など、幅広いテーマが議論の対象になりました。司会は坪田知己日経デジタルコア事務局代表幹事が務めました。
 期間中、投稿は数日後に日経のホームページに掲載し、全体の流れをわかりやすくするため、坪田が要約を掲示しました。日経産業新聞第2面に2月13、14日に要約を掲載し、さらに3月31日の日本経済新聞別刷り特集にも2ぺ一ジにわたり紹介しました。

 シンポジウムの詳しい内容は「世界情報通信サミット」のホームページhttp://www.nikkei.co.jp/summit/をご覧下さい。また、年間を通した議論については「日経デジタルコア」のホームページhttp://www.nikkei.co.jp/digitalcore/をご覧下さい。

 このホームページでは、日本経済新聞の特集に掲載された要約に書き加えた全体の概要を紹介します。要約に記載された発言者名をクリックすると、リンクされた該当の発言が表示される仕組みになっています。

 要約などには、発言者の肩書きを入れていません。発言者のプロフィールは、以下の「ネット会議参加者リスト」でご確認ください。


ネット会議参加者リスト


テーマ「ネットからメッシュへ〜次世代ビジネス基盤の構築」

コンテンツのコスト回収をどうするか
教育用コンテンツを誰が作るのか
無線ICタグ
ユビキタス社会をどう創るのか
P2Pは無管理か
インテリジェントな車社会
美の文明と落ち着いた社会
電子政府に何をのぞむか
IT支援によるアジアの国際文化産業
コピー防止技術の意義と有用性
ネットからメッシュへ
NTTの接続料値上げとボーナス増額要求
IP電話普及のカギは
GIS を終わって
アマチュア無線と無線ネットワーク技術の共存問題



 要約1 コンテンツのコスト回収をどうするか
中野潔氏(004)が、「産業界で作ったコンテンツを学校が買う場合に、英国では補助がある」という話から、教育用コンテンツをタダにしないで、「金が欲しいと言っているコンテンツ制作組織、スポンサー組織には、金を払ってあげたい」と現状の問題点を述べた。これをきっかけに、教育用コンテンツの扱い方や投資回収問題が議論された。

 横澤誠氏(022)(033)は、ネット上では利用者が特定しにくく、著作権の料金回収コストが高くなるという問題を挙げ、中野氏(024)は、権利のクリアリング/一括支払いのセンターの必要性、放送局に対する著作権者の報酬請求権的な仕組みなどを解決策として挙げた。

 ひつじ書房の松本功氏(057)は、「図書館の予算を現在の10倍にして、テキストからソフトから、音楽まで含めたコンテンツをちゃんとナビゲートして、蓄積する」と提案した。これに中野潔氏(061)は、「RFIDタグを許可証としてコンテンツをネットで読み出す」という方式の図書館システムを提案した。

 坂本英一氏(075)は、「教育と言えども適正なコストをかけて行われるもので、『教育目的』であれば無償にすべき、とはならないと思う」と述べた。

 これに、中野潔氏(081)は、『利用されたら、金がほしい』と思っている人のコンテンツが実際に利用されているのに、金が回っていないとすれば、法かモラルか技術か、どこか変だ」と述べた。

 藤元健太郎氏(096)は、「コンテンツの投資回収モデルの設計は選択肢が多いものに変えるべきだと思います。例えば以下のようなレベルの組み合わせが可能になるだけで幅は広くなります」として、下記の4種を提案した。
1) クリエイターを応援・共感している人・・・・大口投資(配当大)
2) クリエイターをやや応援・共感している人・・小口投資(配当小)
3) コンテンツが好きな人・利用したい・・・・・有料購入
4) コンテンツをちょっと利用したい人・・・・・無料もあり

 このアイデアに、松本功氏(100)は、「1(クリエーターを応援・共感している人)と2(やや応援・共感している人)の間に、図書館とかが、加わってくれれば…」と希望した。また、「決済の仕組みが、多様にできてくるとよい」とした。

 また坂本英一氏(101)は、藤元氏に共感して、「優れたコンテンツの著作権を買い取って、無償で提供するような個人や団体がもっと出てきても良い」と述べた。

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 要約2 教育用コンテンツを誰が作るのか
 飯坂譲二氏(052)は、ITを駆使した教育は、大きな可能性を秘めながら、手が付けられていないとして、「教育用の限らず、IT時代のコンテンツは誰が開発するのか? 誰が開発できるのか、そのコンテンツの質をどのように検証できるのか」と開発能力の再教育などを提言した。

 唐沢豊氏(056)は、「あらゆるコンテンツは、皆が創る時代が本当の意味の情報社会だ。誰でも使えるツール、誰でもコンテンツを創ることができるという環境を作ることが重要」と述べた。これに、飯坂譲二氏(063)は、テレビで見たことを例に、「人間のみがIT技術を持ち情報の保存、伝達、表現などの手段をもっている」と述べた。

 本荘修二氏(107)は、「PCでネット学習となると、コンテンツの使われ方や学習者の期待が一変する。ストラクチャーを設計し、インデックスを切って各パートに分解して飛ばし見や検索性に配慮し、静止画・テキストでの情報提供を加えたりするスキルを持った人材を育成が不可欠」と述べた。

 これを受けて、中野潔氏(108)は、具体的な職種と分担を詳述し 、そうしたプロに対して「ペイは要・不要に適合できる、費用徴収と報酬のメカニズムも必要です」と述べた。

 白石清氏(114)は、e-ラーニングについて、「リアルの現場でとIT教育の差のを明確に理解し、区別できる人が必要」と述べた。

 公認会計士の磯崎哲也氏(118)は、ハードディスクビデオを使った経験から、「早送りできる動画像コンテンツ」が必要と述べ、eラーニングにも同様と述べた。

 これに中野潔氏(121)は、本が発明されて、ページや目次、索引の概念が出来たように、物理的な感覚とコンテンツ内容とを結びつけて高速に探す手掛かり創出技術のイメージを示した。

 白石清氏(130)は、動画像の早送り、巻き戻しについて、最新ソフトでは、その機能が搭載されていると報告した。磯崎哲也氏(131、132)は、「1年後くらいにはキラーサービスがブレイクしてもおかしくはない」と述べた。

 中村伊知哉氏(147)は、「ギガビット社会」を提示した研究会の事務局だった経験を紹介し、「(デジタル技術が)社会に溶け込んで、人の認識や美意識が塗り変わるようになるまで、二世代も三世代もかかる。実は夢に向かって驀進中のはずなのに、それは技術や産業の夢だったと勘違いして縮こまり、また次の夢を探す。それは悪いことではないが、大きな革命はいつまでも実現しないのかもしれない」と述べた。

 音楽制作者連盟の上出卓氏(162)は、「そもそもクリエーターは、消費者が最初から最後まで通して鑑賞するしてくれることを意図している」として、「好きな箇所だけを繰り返し観る/聴くのは消費者としては有用な機能だが、クリエーターがそのようなコンテンツは提供しにくい」と述べた。

 磯崎哲也氏(166)は、
● 従来のネットでのコンテンツの議論は「供給者側の論理」が中心ではなかったか?
● 音楽や映画といったコンテンツも「相対化」される時代に入っている。実際、利用者は「音楽CD」から「(芸も無い)携帯での会話」というコンテンツに流れてしまった。
● 映画コンテンツも、これから同じ運命をたどる可能性がある。
● 従来の音楽や映画を「昭和40年代の高級レストラン」だとすると、今後の成長分野は、そうしたレストランのシェフが想定してない(嫌悪感さえ覚える)「ファミレス」や「ファストフード」に相当するものなんではないか。
――と述べた。

 これに唐澤豊氏(182)は賛成し、「将来、著作権の流通で儲けている業界は、いずれ中抜きされて、生産者から消費者へ直接販売する方向に向かって行くだろう。そして誰でもが生産者になれる、プロシューマーの時代になって行く。また書籍やCDなどの再販制度も問題で、需給のバランスで価格は決まる自由市場にならないといけない」として、「いつの時代も、どのメディアにもアングラ市場が存在し、影でアーティストの予備軍を支えて来たことも事実だ。そうした予備軍に敷居を低くして『場』を提供して行くのが、我々大人達の責任でもある」と述べた。

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 要約3 無線ICタグ
 ネット会議参加者を対象に事前に実施したアンケートでITのブレークスルーをもたらす技術として無線ICタグがトップに選ばれたことから、その可能性と課題に議論が集まった。

 山本雄大氏(005)は、回転寿司の皿に埋め込まれた例を紹介し、「いわゆる『ゴマ粒チップ』が普及すると、リアルの世界で革新的なことが起こると期待している」と、ICタグの利用イメージについて議論を投げかけた。

 佐藤一郎氏(006)は「無線ICタグを含めて、コンピュータの仮想的世界とリアルの世界を結ぶ技術が今後のブレークスルー技術になるように 予想している」と述べた。力武健次氏(009)も、「IDのみならず、センサーによって周囲の情報を収集してくれるものが出てくるとさらに面白くなるでしょう」と、用途の拡大に期待を表明した。

 佐藤一郎氏(105)は、音楽CDに後付けで無線ICタグをつけて楽曲を管理するという坂本英一氏の話(102)に対して、「音源データはネットワーク上のサーバーにおけばいいはず。そしてCDメディアの代わりに購入した無線ICタグのIDをサーバーのアクセス権にしてダウンロードして再生することも可能。ICタグは複製が難しいので、再生するごとに認証すればコピー防止にもなり、有限回の再生権や期限付きの再生権の販売もできるはず」というアイデアを紹介した。

 田中辰雄氏(112)は、「無線タグを使うのは当面は企業側であって、個人・消費者ではない」として、物流や万引き防止などの用途で普及し、「個人が使う世界のほうが夢があってよいのだが、残念ながらそれはもう少し先の話ではないか」と述べた。

 中野潔氏(137)は、無線ICタグの個人での使用の例として、前川徹氏の学生のアイデア(財布、時計、手帳、PDA、定期、バスプリペードカード、メガネなどに、RFIDなどのタグをつけておく。毎朝、必ず持っていくはずのもののリストを、家のパソコンか玄関ゲートのRFIDリーダーに登録しておく。持っていくはずのものを持っていないと、玄関ゲートが教えてくれる)を披露した。

 今後の普及のためにはコストを回収できる仕組みづくりが課題との意見も相次いだ。高木浩光氏(026)は、チップの低価格化で、「あらゆる物に付いたICタグが、生産者の意図したのとは異なる目的で、別の者によってタダのりして使われるということが起こりそうだ」と警告し、「それを阻止するために、IDの読み取りを困難化したり、その制限を外す行為を違法化するといったことが起きてくるかもしれない」と述べた。

 コスト回収を重視するあまり企業による囲い込みが進むことを懸念し、藤原洋氏(035)は「ICタグは、これを利用するサービスモデルの考案において、日本が最も貢献できる分野である。普及過程においては、『ICタグ産業を創造する』立場に立って、インターネットと同様に普及させることを第一義に考えるべきタイミングのように思う」と述べた。

 山川智彦氏(036)は、無線ICタグと個人情報保護の問題について問題提起し、
1) 流通の過程で個人情報が不正に読み取られることはないか、
2) 個人情報を取り扱う事業者(または公的機関)が不正に取り扱うことはないか、
3) 犯罪捜査協力などの過程で、正当な法的手続きによることなく個人情報が流出することはないか
――の3局面でのリスクを指摘。ルール作りの必要性を訴えた。

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 要約4 ユビキタス社会をどう創るのか
 坪田知己(157)は、ユビキタス社会実現には利用者のニーズを知ることが基本で、そのまとめ役になる「プロデューサー」が必要――と述べた。

 吉岡誠氏(158)は、PDA、PHS、カメラ、録音機などの複合機を構想し、これのビジネスモデルとして、ハードメーカーが、サービスから入る料金の一部を得ることにすれば、機器の値段が下げられるという考えを述べた。

 唐澤豊氏(159)は「IT業界では『モバイル』と『ユビキタス』が混同して使われている」と指摘、「ノートパソコン、携帯電話などのように移動可能なコンピュータがネットワークされたものはモバイルコンピューティング環境と定義する。移動するのは利用する人間であリ、それらがネットワークされたものはユビキタスコンピューティング環境と定義すべき」と述べた。

 藤原洋氏(164)は「ワイヤレスの歴史を紐解くと、携帯電話(回線交換型従量課金)→モバイル(パケット型従量課金)→ユビキタス(無料または定額または新たなビジネス体系)という流れの中で、インターネットは、その世代毎の『ネットワークの覇者』と共存しながら発展してきた」「これまでのユビキタスは、供給サイドの発想でしかなかったように思えます。しかし、ユビキタスがインターネットと連携した時に、利用者サイドの発想に変わると確信します」などと述べた。

 中島秀之氏(167)は、唐澤氏(159)の定義に、「上記の定義の仕方はユビキタスコンピューティングの目指すものの一部を欠いています。それはこれまでコンピュータ端末のあるところに人間が出向いて行かねばならなかったものを人間の居るところにコンピュータが出向くようにしようというものです。マシン中心から人間中心への変換です。この一点が大変重要で、残りは付随概念みたいなものです」と述べた。

 森川博之氏(170)は、ユビキタス研究の方向性として「現在のところ将来像や基盤技術などが明確化されているレベルには至っていませんが、『物理世界とのインタラクション』を考えるべきステージにきているかと思っています」と述べアイデアを求めた。

 飯坂譲二氏(174)は、「今まで成功しているビジネスは、携帯電話、ホテルや交通機関のなどの予約など、手順がわかりきっているものばかり」と述べ、「ITとネットの存在によって、今までとは質のことなった社会システムの効率化と、その結果質のよい世界が構築できるはずで、それを支える新しいビジネスは創生できる」とした。

 佐藤一郎氏(175)は「ユビキタスになって欲しいのは、情報サービスの方であって、それを実現する手段であるコンピュータの方ではありません。つまり、適切な場所や状況で、適切な情報サービスが提供できれば、それを実行するコンピュータはバックエンドでもいい」と述べた。

 また佐藤氏(176)は、「センサネットワークが広がったときの社会や生活などへのインパクトはインターネットよりも大きいと予想しています」と述べ、「海外ではセンサネットワーク=軍事技術的な方向で研究・開発が進んでいるのですが、せめて国内ぐらいは民生需要ベースに進んでもらいたい」とした。

 さらに「情報システム上の仮想世界と現実世界のリンク・融合が、ユビキタスコンピューティングに限らず、今後の情報技術のキー」として、「ユビキタスコンピューティングは現実世界との関わりを持つなど統合技術という側面をもっており、幅広い観点から研究開発をすすめる必要があります。また、技術的な解決だけでなく、社会的なルールやコンセンサスが必要となる部分も多いかと思います。」と述べた。

 平田英之氏(178)は、「私は『コンテキスト(状況)』を『空間』側に重きを置いた『サービス提供側』の課題をイメージをしていましたが、もう少し『人間』や『物』の側を中心にした『コンテキスト』での『サービス』や『プレイ』について考えておかなければならないなと気付かされた」として、「コンピューティングとネットワーキングのユビキタス的部分での発展は、新しい意味での『超コンテキスト』をつくるということでもあるんだな〜としみじみ思いました」と述べた。

 唐澤豊氏(180)は、「モバイル、ユビキタス、ロボットの3分野が、今迄の流れとしてあると思います。ユビキタスはロボットも含めて全てを包含する、という考えも出来なくはないと思いますが、新鮮味に欠ける。ユビキタスは、従来の『延長線上にないもの』として考えた方が楽しいと思うのですが」と質した。

 村上裕康氏(185)は、藤原洋氏の発言(164)に「"電話"と"テレビ"にユビキタス社会のヒントがあると思います」と述べた。

 村上輝康氏(186)は、世界情報通信サミットのコーディネータとして、セッションでは「様々な『ユビキタス』という形容詞のついた言葉が乱立している中、全体像のわかるマッピングをする」ことを目的としているとした。

 中島秀之氏(188)は、「一度行き先を入力しておけば、そこから先は再入力することなく、自動精算のための近距離通信、案内のための位置センシング、インターネットとの接続(ダイヤや事故情報など)、天候や気温に応じて案内できる」というユビキタスコンピューティングの環境を提示した。

 藤原洋氏(190)は、村上裕康氏の発言(185)に「従来のキャリア網を経由しないユビキタス電話と、従来の放送網を経由しないユビキタステレビが、実現されることに、ユビキタス革命の本質のある側面がある」と述べた。

 坪田知己(193)は「ユビキタス社会とは、物理法則の支配するリアルワールドと、テーマ性優位のバーチャル空間を行き来でき、人々がリアルワールドとテーマワールドをハイブリッドで生きる時代。このテーマワールドのアーキテクチャの解明が、ユビキタス社会のキーだと思う」と述べた。

 これに中島秀之氏(194)は賛成し、「情報技術がいま直面している最も重要な課題は、デジタル情報の世界を人間の生活世界に緊密にグラウンド(接地)することすなわち、人間にとっての実世界の『意味』に情報処理を密接に結び合わせることである」という文書を紹介した。

 校條諭氏(196)は、「マラソンを現場(リアル)で見ている人と、テレビ(バーチャル)で見ている人では、どちらが事実を見ているのでしょうか」と問いかけ、「ただし、テレビはあくまでも見るだけであって、ユビキタスということばを使う意味は、やはりコンピュータというところ」と述べた。

 中島秀之氏(197)は、村上輝康氏(186)の「どこに居てもネットワークにつながる環境が必要である」という趣旨に賛同した上で、「村上さんの描く世界はモバイルコンピューティングそのもの。利用者の持つ端末がいつでも、どこでも接続可能であることの先が描かれていない。 この会議で議論されているユビキタス像との違いは実世界とのつながり(センサーなど)の意識の有無だと思う」とコメントした。

 これに、唐澤豊氏(203)は「私の懸念は、日本だけの勝手な定義でいいのか?ということ。日本が提唱するなら、明確なビジョンを示し、英語で世界に向けて発信すべき」と述べた。

 中島秀之氏(205)は、「残念ながらユビキタスという用語は日本発ではないから、やはり世界標準に合わせておくのが良い」と英文の定義を示したが、「共通項は『身のまわりにコンピュータがたくさん』としか書いてない気がします。だからどうする?の部分は定義には含まれていないみたい」と感想を述べた。

 富沢木実氏(206)は、「携帯電話は個人と一体化していて、いつでも友達とつながれるという安心感がある。こうした皮膚感覚が『ユビキタス』」とし、「私が欲しいのは、遠隔地にいる老親が隣に暮らしているように写る大画面」と述べた。

 唐澤豊氏(207)は、中島秀之氏の発言(205)に「私がなるほど、と思った点が2点あった。1つは、コンピュータが利用者の目に見えないものが究極のユビキタスと言っていること。2つ目は、ユビキタスはバーチャルリアリティとは対極にあるということ」などと述べた。

 坪田知己(214)は、「大事なのは、『上手な情報圧縮』、『低エントロピーの情報から、どれだけ中身を推測できるかの想像力』が大事」とした。

 片瀬和子氏(215)は、村上輝康氏が出演したNHKのユビキタスの紹介番組に、「日常、多方面で頻繁に起きているシチュエーションで、解説をしていただきたかった」とコメントした。これに村上氏(220)は、「誰もが分かるように述べるという瞬間芸は、あまりに荷が重いことが分かりました」と述べた。

 佐藤一郎氏(216)は、「ユビキタスコンピューティングを語られる場合、オリジナルであるMark Weiserの論文をお読みになった上で語って頂きたい」と述べた。

 磯崎哲也氏(217)は、ロンドン市内に車で入ることに料金がかかるようになったことを捉えて、都市に入るときにIDが求められ、「超監視社会」になっていくことへの危惧を示した。

 村上輝康氏(218)は、「今、ことさらに、人と人の繋がりにこだわっているのは、ユビキタス=無線ICタグという風潮に対する疑問から。今、重要なのは、それで産業にとって、利用者にとって、なにがもたらされるか、という点ではないか」と述べた。

 関根千佳氏(219)は、「私の考えるユビキタスは、
1) 自分の意志を伝えうる、こなれた道具のような機器が身近にあり、
2) 生活の中の多くの家具や機器や道具が、情報アプライアンスとして存在し、
3) 上記2つのグループがネット上で会話し、ネット上のサービスを享受する」「すべては、インビジブルで、ユニバーサルデザインです。どんな年齢でもどんな状況でも、私に合わせて、オンデマンドで必要な情報の受発信ができます」
などと述べた。また関根氏(224)は、Mark WeiserのCalm Computingの論文を勧め、「95年に彼が何を言い残したのか、機械が人を支援するものであり、シーズではなくニーズからの発想をいかに大事にしていたか、感じていただけると幸いです」と述べた。

 村上裕康氏(230)は、「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」の資料を概観し、「光ファイバネットワークが登場し、もはや放送設備は希少資源ではなくなろうとしている。誰もが放送事業の認可を受ければ、放送電波の割当や放送設備を持たなくても放送できるはずです。電波法を見直し、 "通信と放送の融合"の融合を図っていくことが必要」などと自説を述べた。

 中島秀之氏(231)は、村上輝康氏の発言(218)に、「現状で『ユビキタスネットワーク』と言うと、通信ネットワークインフラのことに理解されてしまうのが問題だと思う」と、「滑り止め」と機能で規定すべきを「チェーン規制」と手段で規定する問題を挙げ、「是非『人と人のネットワーク』がわかる表現にしていただければと思います。(「絆」とか...)」と述べた。

 これに佐藤一郎氏(232)は、「ユビキタスコンピュータですと、至る所にコンピュータを置くという『手段』としてのニュアンスが強くなってしまいます。問題は何をするかであって、その手段ではないはずです」と述べた。

 これに吉岡誠氏(233)は「繋がることを強調するときは『ユビキタスコネクティビティ』といってはいかがでしょうか?」と述べた。

 また平田英之氏(234)は、「コンピューティングとネットワーキングという2つのINGが昇華することによって新しい次元のINGを生み出すことができれば、テーマワールドのアーキテクチャは解明されるはず。また、それを多重に生成・保持・変更・削除するアーキテクチャの確立と実装が、目指すゴールです」とした。

 日立製作所の吉岡正壱郎氏(235)は、日立社内でもユビキタスの定義に成功していないとしながら、「ユビキタス情報社会とは、利用者の誰でもが、いつでも、どこでも、安心、安全、快適に、情報及び情報サービスを活用し、生活を豊かにできる社会である」という考えをベースに発展させていくべきとして、「技術の進歩だけでなく、社会的、人的環境の整備(制度改善や教育)も並行して進めていく必要があるという認識です」と述べた。

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 要約5 P2Pは無管理か
 音楽データでのナップスター問題や、匿名掲示板でのトラブルなど、P2P技術が進展すると、無管理状態になるという問題で、横澤誠氏(025)は「まったく管理を必要としない、純粋なP2Pシステムは、理屈としては出来るものの、恐ろしく効率が悪い。現時点では、部分的にでも情報を一括管理する『サーバー』の存在を前提とした、ハイブリッドP2Pを選択せざるを得ないようだ」と述べた。

 高木浩光氏(027)は、横澤氏と同様の感触を持っているとしたが、「音楽や映像のデータをやりとりするためのP2Pという点では、その非効率さはあまり問題にならないのではないか」とし、「欲しい音楽や映像をキーワードなどで指定して、P2Pソフトを一晩中放置しておけば、翌日には手元にコピーされている」などの使い方を挙げた。

 横澤誠氏(031)は、P2Pは「一般には『ファイル共有ソフト』と言われいるが、実際正しくは『ファイルの探索』ソフトだと思っている」として、「(ブロードバンドで)転送部分があっという間に終わってしまう『遍在』になれば、探索部分の重要性が今より大きくなると思う」と述べた。

 高木浩光氏(043)は、音楽情報処理を研究している知人が、音楽配信ビジネスの将来像を、「自分の好みに合う音楽が勝手に自分の手元に来る定額サービス」と言ったという話を紹介して、「将来、人々は、自分の欲しいものを自分で探さなくなり、機械にお任せとなるのかもしれない」と述べ、管理者不在のP2Pでそれが実現すると脅威になるとした。

 横澤誠氏(053)は、管理者不在システムが著作権ビジネスへの脅威という問題で、管理者責任が追求される可能性はあるとしながらも、「Winny は現段階でも十分脅威である」と述べた。

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 要約6 インテリジェントな車社会
 飯坂譲二氏(058)は、「車社会のITとして車社会のインフラがITの導入によってどうかわるか、どう変えたいかをユーザの立場で試案を述べてみたい」として、ロボット運転や、免許証をIC化してそれを差し込まないとスタートできないようにする、道路標識に信号を発信させて、違反を記録する――などで交通警察官が減らせるというアイデアを披露した。

 これに中島秀之氏(059)は、
1) カーナビが保持している現在位置と目的地の情報を都市レベルで交換すれば渋滞緩和に役立つ。
2) 呼び出しや位置確認のインフラが整備されれば都市部でのフルデマンドバス運行が有望
――と述べた。

 これに、佐々木宏氏(067)は、3)として、「エンターテインメント化」を挙げ、「運悪く渋滞に遭遇したとき、ITカーから好きな映画をダウンロード(ビデオオンデマンドサービス)して楽しむこともできるし、プロジェクターを壁に向ければ、どこでもカーシアターになる。近くの車同士がアドホックに接続されてネットワーク対戦ゲームなども考えられる)」と述べた。

 藤原洋氏(109)は、「車について、ITによって顧客満足度を計測し、それに応じて課金するビジネスモデル」を考えていると述べた。

 中井純氏(111)は、藤原洋氏の発言に応じて、車に各種のハードを搭載するのは不可能で、「ソフトウェア無線に代表されるような、ネットワーク経由でコンテンツだけでなく、そのコンテンツを受けるハードもダウンロードしてしまうというリコンフィギュラブルな半導体チップが最近脚光を浴びつつある」として、「車はチャンスの宝庫だと思う」とした。

 小林一氏(223)は、「新しい車と車社会のコンセプトに基づいたチップレベルから道路レベルまでのグランドデザインとその開発プログラムが必要。日本車の国際競争力の未来を考えると、インテリジェントな車社会づくりは、アポロ計画のように、国家的プロジェクトとして推進すべきものかもしれません」と述べた。

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 要約7 美の文明と落ち着いた社会
 校條諭氏(039)は、「20世紀の『力』の文明は、あらゆるところに『かんばん方式』を浸透させ、『落ち着きのない社会』をもたらした。その象徴が携帯電話とコンビニ。21世紀はITを好ましく生かした『美の文明による落ち着いた社会づくり』をビジョンとしたい」と述べた。

 これに、本荘修二氏(047)は、「人がイマジネーションを発露させた人工美や活動的でダイナミックな生活も、ビジョンとなりえるのではないでしょうか?」「多様性をはらむビジョンを実現するには、一人一人の発言や働きかけなど、かえって小さな積み重ねが最も効果があるような気がする」と述べた。

 村上裕康氏(068)は、校條氏の発言(039)に同意し、「(子供たちには、人工の世界ではなく)リアルの世界に触れ、美しさ、悲しみ、喜び、を発見し共感できる感性の教育が必要」と述べ、「中東戦争やアフガニスタンの戦争では、あたかも戦争ゲームをしているような感覚でミサイルを発射していたのではと危惧します」とも述べた。

 本荘修二氏(069)は、「気持と現実の論理は必ずしも一致してくれないのがIT革命のチャレンジ」として、「多数の方々は、ITを暇つぶしの技術として活用し、そのためには、『べき論』とは乖離したようなアプリケーションが発達する」と指摘した。

 また力武健次氏(072)は、「兵士は、兵器の使い方をシミュレーションで覚える。これらは『現実』なのだ。コンピュータを介して伝えられる現実の領域を広げて、恐怖や危険まで伝えられれば、現実との差は減っていく」と述べた。福富忠和氏(079)も、「リアリティ(臨場感)とアクチュアリティ(現実性)は区別すべきだと思う」として、「リアルは現実認識によってかなり違う形を標榜するのではないか」と述べた。

 通信総合研究所の中川晋一氏(070)は、デジタルカメラより従来のフィルム、CD(コンパクトディスク)よりアナログのレコードの方が立体感、臨場感などが優れていたとして、「素材を質悪くても大量に伝送するのがインターネットであった時代は終わった」と述べた。

 力武健次氏(071)は、中川氏の指摘に同意しながら、「配布する側は、生の伝送系をコンシューマーに提供することは絶対にしたくないでしょう。一種の品質に関する売る側 .vs. 作って感じる側の闘争という側面は否めません」と述べた。

 また、福富忠和氏(074)は、「最近のポピュラーミュージックは、かなりの部分がデジタル音源で出来ているので、『リアル』は現実ではなく、表現者の頭の中に存在する美意識そのもの」として、「技術と美意識や感性への影響という議論には、表現・発信側によるその利用手法=技術の活用というフェーズが抜きがたく関わっている」と指摘した。

 中島秀之氏(076)は、
1) こおろぎをガラス容器で飼育すると凶暴になる。
2) 進化論的には生物は種の保存のために、仲間を殺せない
――という例を挙げ、シミュレーションの害については結論が出せないと述べた。これに福富忠和氏(080)は、「インターネットを使えれば、(コミュニケーションが豊かになって)こおろぎの凶暴性は減ると思う」と述べた。

 村上裕康氏(082)は、
1) コンピュータによる再現について、
2) 認知について、
3) 仮想再現が有害になりうるのか?
――の3つの論点に分け、3)では、「子供達がテレビゲームや漫画、アニメ、を見て、情緒の教育上どのような影響があるのか?」と問うた。これに中島秀之氏(085)は、「人工の環境(特に仮想現実感や拡張現実など)において、認知機構がどのように反応するかの研究を早急に進める必要がある」とした。

 中野潔氏(084)は、「リアル、バーチャル論議の根っには、テレビの存在がある」として、テレビが「現実」の中に入り込んできていることを指摘、「人の息遣いを通じて、人の心のひだを感じるような『編集』、世界の『構築』ができているかどうか−−が、問題だ」と、子供たちへの影響を心配した。

 力武健次氏(087)は、「私にとっての原風景は1970年代後半の新宿の高層ビル街であり、秋葉原であり、そして1980年代後半の渋谷センター街です。そこにいわゆる『自然』の風景は希薄」と「自然は不自然、人工物こそ我が自然」といつも思っていると述べた。

 中野潔氏(093)は、「仮想なのに、確かに共感し、場合によっては涙を流し、場合によっては人生が変わる」と述べ、「一定限度での論議を除くと、リアル/バーチャル論は、あまり、実りをもたらさない」とした。

 本荘修二氏(103)は「ITの進歩で、人間に単位時間に与える刺激のインパクトは上昇の一途をたどり、一部の人々のセルフコントロールの域を超えてしまうことも考えざるを得ない」と警告した。

 これに中野潔氏(104)は、「世の中の一定割合が、習慣性の虜になってしまうとすれば、何らかの手を打たざるをえない。法や行政指導ではなく、モラルと技術をベースにした運動のようなものにするべき」と述べた。

 村上裕康氏(110)は、「極端なものについては規制があってしかるべきだが、教育が情緒を育てるリアルな体験の場を与えていくべきだ」と述べた。

 中野潔氏(115)は、「『人工的な "現実"』を定義しないと、議論がいったり来たりするだけ」として、「ゲームのような、反射神経と文化上の虚構世界のような複合体での体験が増えて、土の感触や花のにおいのような体験が減ることが、人間にどんな問題を引き起こすのか」と問うた。

 福富忠和氏(117)は、人工物と自然の議論で、「人間が数千年におよぶ「人工化」の試行錯誤を経て、やっと自然を馴致しているという前提が何かすっ飛んで、いきなり牧歌的な自然論が前提になっている気がする」などと、感想を述べた。

 中野潔氏(122)は、村上裕康氏(110)が主張する「原初的生活感の欠如」とも呼ぶべき問題で、「小生は、このこと自体をあまり脅威に思っていない」と述べ、むしろ「精神文化面での遅れ」という問題が起きていることを危惧した。

 本荘修二氏(124)中野氏(122)に対し、テレビゲームの中にも、質の悪いものもあれば、芸術性のあるものもある――として、「書籍、映画、ゲーム、といったプラットフォーム別の論争はこういった脈絡では意味が薄い」と述べた。

 これに中野潔氏(125)は、「小生が目指しているのは、プラットフォーム別の論争でなく、プラットフォームを横断して、『虚構 対 現実』『虚構型文化(物語映画、ゲーム、マンガ、小説) 対 報道型文化(ルポ、テレビニュース、新聞記事、論説)』『対面などによる実在する人との付き合い 対 手紙や電子会議室やオンラインゲームなどによる実在の人との付き合い 対 小説、映画、ゲームなどによる擬似人生体験』などの−−どこに、人工的な『現実』の分岐点と、その危惧の根源があるのか、落ち着いた社会と落ち着いていない社会の分岐点と評価する/評価しないの基準があるのか−−を探っていきたいだけ」と述べた。

 村上裕康氏(127)は「コンピュータゲームのような人工的世界に埋没して(子供たちが)育つ場合、(人間の遺伝子に焼きこまれた)「原体験」とは相容れないのではないかという危惧」を表明した。

 福富忠和氏(128)はこれに「(カウフマンたちが言っていることは)単純化すれば、マクロレベルでは自然も人工的なものも、同じ原理で生まれてきているようだ、という一般理論的な包摂だと思う」とコメントした。

 唐澤豊氏(135)は、「ゲーム脳」について、「ゲームに集中していると、脳波が通常のアルファ波からベータ波に変わるという報告があった。それは、集中力が高まるということになり、勉強の合間にゲームをやることは良いことだと(ゲームメーカーの)営業面で活用されていた」と述べた。またスタンフォード大学のレッシグ教授が著作権について語る時に、
1) アイデアの世界:無限の世界
2) モノなど物理的な世界:有限の世界
3) サイバー世界:1と2の中間的でどちらかと言えば1に近い世界
――に分類していることを紹介し、「ここでの議論は、主に3)だけの刺激体験で歪んだ人間にならないのか? 2)による刺激をもっと体験しなければいけないのではないか? と思われる。答えは両方体験しなければならない、そのバランスが重要、ではないか?」と述べた。

 中野潔氏(136)は、村上裕康氏の発言(127)の発言に、「小生のいう、『精神文化面での成長』とは、実在の家族や親戚や教師との付き合いや、動植物の養育や、映画、小説、ゲームなどでの人生疑似体験の中で、他人や社会や「自然」をおもいはかる、成熟した社会人に育っていくことを意味する」と述べ、「そこ(機械という存在そのもの、あるいは視聴覚機械という存在そのもの)が問題なのか、子供なのに暴力や性に関する行動が疑似体験できてしまうことが問題なのか、本来、生身の人間のみを相手にするなら、段階的に発展(抑制を含め)するはずの、暴力行動、性行動においてあたかも世界の主のように相手を完全に支配できるように感じさせる仕組みが問題なのか、(CNNニュースやテレビゲームなど)情報を吟味させる余裕を持たせない、過剰刺激の継続が問題なのか−−どれでしょうか」と質した。

 校條諭氏(141)は、<美の文明と落ち着いた社会>を提起した理由として、
1) 「コンビニの年中無休・24時間営業」「宅配便の翌日配達・時間帯指定」などのような「こらえ性のない消費者」仮説を前提としたサービス、
2) 「メール依存症」「ところかまわずの携帯利用」「先回り(ユビキタス?!)マーケティング」などの「せわしい生活、メリハリの喪失」
などを挙げた。

 校條諭氏(143)は、補足として「次の社会のビジョンの基調は、『スローライフ』ということではないかと思います」とした。

 村上裕康氏(146)は、福富忠和氏の発言(128)に対し「カウフマンがいうように『混沌の中から秩序を生み出す自己組織化によって進化が進んだ』というならば、自己組織化の目的は何か?」と述べた。

 また、村上裕康氏(148)は、「(戦争や暴力の)の体験は、周囲のあらゆる環境(憎しみ、愛、欲、家、友人、家族など)というお膳立てがあっての体験。一方、コンピュータゲームによる体験は、きわめて断片的で不完全な体験。子供達がコンピュータゲームによる擬似体験を繰り返すならば、問題であると考えます」と述べた。

 中野潔氏(149)は「小生の言葉でいえば、『原初的生活感が欠如』したまま、『死』や『愛』を『機能』として『操作』してわかった気になってしまう−−という危険ですね」と村上氏に同意し、「分岐点 (is / is not) は、実は、インタラクティブ 対 流れるストーリー だったのでは、ないでしょうか」と結論付けた。

 福富忠和氏(154)は、村上裕康氏の発言(146)に、「神の意図とか目的とかが特に無いようなのに、自己で(自動的に)組織する機構のレベルを一般に自己組織化と呼んでいると思う」とコメントした。

 唐澤豊氏(156)はフランスやドイツで日曜日に多くの店が閉まっていることを述べ、「働く時間、家族と過ごす時間、余暇・休暇の時間などをきちんと自分でコントロールできるように自立している、ということ」「あくせく、せわしなく生きている人は、家庭や余暇も含めた優先順位が付けられないのだろうと思います」とした。

 富沢木実氏(221)は、「ユビキタス社会になると、見えないし、聞こえないのだけど、騒々しい社会になるような気がした」として、「キリン淡麗とアサヒの純生のチップが暑い日には、勝手に値段を上げたり、寒い日には、値引き競争をしたり、うめきあったり」などと想像した。

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 要約8 電子政府に何をのぞむか
 飯坂譲二氏(054)は、「(日本の)行政の電子化は、北米からみるとまだまだ、緒についたばかり」として、カナダではWebで税金の申告やビザの申請ができると紹介した。また医療保険について「今の日本のシステムでは、患者は薬づけにされ、飲みもしない薬を次々と処方されるというのが大衆の印象ではないか」として、カナダの合理的なシステムを紹介、「このような生産性の高い政府・自治体の実現のためにITをもっと活用してほしいと思う」とした。

 これに、木下義猛氏(060)は、「カナダではIT導入で人員削減された人の再雇用はどうだったか」「価格競争を追及しても、食・住・教育などの最低保証をどうバランスさせるか」――などを質し、「効率化に偏らず幸せな社会になるような議論がほしい」と述べた。

 これに飯坂譲二氏(062)は、「環境の変化に適応できない部分を支えていくことの限界は認識しなければならない思う」とし、日本人の横並び意識が、苦難の時代には甘い対応になることを指摘した。また、ITがハンデを持った人を助けることを肯定した上で、「遠隔監視によるプライバシー問題も考えておく必要がある」とした。

 唐沢豊氏(065)は、「日本人は観客民主主義で、自立していない」と述べ、「3歳くらいから、独立心を植え付け、他人と違うことをしなさい、考えなさい、という躾をする欧米の家庭教育を日本も取り入れないといけないのではと思っている」とした。

 さらに、北海道にある精神障害を抱えた人たちの授産施設「浦河べてるの家」を紹介し、「右肩上がり、より上を・高い所を目指す、といった常識とは反対に右肩下がりの考え方で、これからの社会の在り方を考える上で参考になるように思う」と述べた。

 未来工学研究所の片瀬和子氏(066)は、木下義猛氏の発言(060)に対して、在宅介護の経験をベースに「インターネットを介した各種のオンラインサービスやオンラインショッピング、メール等での介護者同士の情報交換や介護相談などは、介護にあたる人たちの負担を軽減し、より気分的に落着いた日常生活を営むために、非常に有効なものだと思う」と述べた。

 飯坂譲二氏(078)は、唐沢豊氏の発言(065)を受けて、「自立に必要な情報を
1) 収集できること、みんながいっているからではなく自分で集めること
2) 集まった情報を自分で取捨選択、フィルターがかけられること
3) 得られた情報を総合して状況が分析できること
4) 状況分析ができたところで、既存の知恵や経験とをもとに自分で判断できること
5) その判断にもとづいて行動が起こせること
6) その行動の結果を評価し新しい知見として保存・学習できること
そして新たな問題に遭遇したら同じようなサイクルを通して成長できること
――これが自立につながる」と述べた。

 飯坂譲二氏(092)は、政策決定へのITの応用として、
1) 政策立案を直接国民に問うシステムを導入する。
2) 納税する金額の一部を特定の使用目的に限定できるような仕組みにする。
――を提案した。さらに「官僚と国民の意識改革には、メディアの役割が重要。ものの見方、分析の仕方などに、最新の技術レベルを駆使することが急務。例えば世界に錯綜するいろいろなメッセージの中から、本質を取り出そうとするとき、人海戦術でなく、ITを駆使した分析法、文章の機械学習の利用などがある」などと述べた。

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 要約9 IT支援によるアジアの国際文化産業
 中野潔氏(169)は、アジアの文化遺産をベースにした観光産業支援に、アニメや、映像コンテンツ、アトラクション作りなどIT技術による支援ができないだろうかと提案した。

 片瀬和子氏(172)は、「高精細化の技術やデジタルデータベース化の仕組みだけが先走ることがないよう、祈念します」として、「動画、静止画、音声、テキストといった情報の形態にとらわれずに、それらを適宜ミックスして豊かな情報交換・情報提供が実現すること、これによってリアルな地域の活性化がもたらされることに、ITと観光との融合によるアジアの産業支援&文化支援の意義があると思う」と述べた。

 力武健次氏(210)は、「美術館などの画像デジタル化では画像の高精細化ばかりに注力する」という片瀬和子氏の発言(172)に、「研究費を人件費に回せるようにしないとだめ」と述べ、「圧縮はほぼ自動化できるが、気の利いたコメントをつけたりするのは大変手間がかかる」と体験を述べた。

 地域公団の小林一氏(222)は、「アジア・ステキ発見」(アジアに眠っていて私達にとって役に立ったり、面白かったりで、彼らにとって産業化も可能なような文化を見つけて紹介する)、「東亜三国志」(同時代史として、リアルタイムで、東亜三国のITとそれをとりまく社会・文化の動きや、各国首脳・周辺の動きを伝えていく)の2つのプロジェクトを提案した。

 片瀬和子氏(225)は、米国のナショナルギャラリーの管理システムを紹介し、「日本の場合、美術館・博物館の運営面での情報化と所蔵品のデジタル画像・データベース化が乖離し、業務の情報化が遅れているために、少人数のスタッフは生産性の低いアナログ的作業を余技なくされ、その一方で『使われないハコモノ』が増えるという悪循環になっているのではないか」と述べた。

 また片瀬氏(226)は、小林氏の提案(222)に、「アジア地域の隠れた手工芸品を家内工業的なものから産業へ昇華させること自体は、意義のあることだと思う」としながら、ネパールが主産地だったパシュミナが供給過剰でブームが消えたことを教訓に「安易な過剰生産と価格崩壊に陥らないよう、情報システムを使ってコントロールすることも、広義のITによる文化産業支援になるのではないか」と述べた。

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 要約10 IP電話普及のカギは
 IP電話の話題では、新たな収益を生むビジネスモデルの登場に期待が集まった。

 唐澤豊氏(179)は、「IP電話はマイラインの二の舞で、価格競争の末に、通信業界全体が疲弊してしまうという恐れがあるのではないか」と指摘。そうならないために「新規サービスの開発・提供と料金体系」が重要と述べた。

 これに対し、稲葉秀司氏(249)は、VoIPの最大の意味は、「音声がIP上の一アプリになったこと」だと考えているとして、「IP電話ならではの新たなサービスの提供」がIP電話普及のカギであり、この点がIP電話提供事業者側にとって、まさに「"チャレンジ・新たな機会"の領域でもある」と述べた。

 藤原洋氏(250)は、「IP電話は、技術革新によって距離・時間に依存してきた設備産業的従量課金型のビジネスから脱却していく時代になっただけであり、電話をはるかに超える『高付加価値のネットワークビジネス』が誕生する前兆に過ぎないと思う」とし、「『高付加価値のネットワークビジネス』とは何か?それを誰が担うのか?ということに大変関心がある」と述べた。

 坂本英一氏(251)は「IP電話ならではのサービス、極論すれば既存の電話(固定、携帯)と平行してお金を払ってでも使いたくなる魅力的なサービスを提供できるかが本格的普及のカギと思う」として、「日本のキャリアも、単にIP電話サービスを『脅威』としてみなすのではなく、前向きにこうしたサービス競争に取り組みたいものだ」と述べた。

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 要約11 ネットからメッシュへ
 世界情報通信サミットの今年のテーマである「メッシュネットワーク」について、関口和一(183)は、「P2Pのような当事者同士の通信が広がっていくと、ネットワーク構成もメッシュ型の方が適しているといわれている」として、「最近、光通信技術や無線LAN技術などの向上により、本当にネットワークもメッシュ型にすることが可能になって来た」と、新たなネットワークの形態の広がりについて意見を求めた。

 楠正憲氏(200)は、「メッシュネットワークがモバイル市場に適用するにはバッテリー寿命が課題となる。無線の場合、受信と送信とで必要となる電力が大きく違うため、他のノード間の通信を中継するために送信を行うと、バッテリー寿命が著しく損なわれる。そのため、バッテリー寿命が問題とならない固定ノードや自動車間の通信で、先行して実用化されるのではないか」と問題を指摘した。

 川崎裕一氏(204)は、「消費電力は非常に問題になる」とその解決の方向を述べた。また、「自動車というのは非常に大きな市場である」としながらも、CDMEA2000.1xの144kbps程度では満足できないとして、米国では車におけるメッシュネットワークスの構築例があると述べた。

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 要約12 NTTの接続料値上げとボーナス増額要求
 唐澤豊氏(191)は、総務省がNTTの接続料値上げを情報通信審議会に諮問したとの報道に、「構造改革も出来ていないのに、経費を賄えないから接続料を値上げする、というNTTの経営者の考え方も、この不況下でボーナス値上げを要求するNTT労組の考え方も、我々利用者にとっては、到底納得できるものではないと思う」と述べた。これに中野潔氏(192)は、「足回り独占なのに赤字かトントンなのは、『法制度、行政指導、認可料金などにより、公正な競争をしていない企業』の要素が企業を弱める方向に効いているのでしょうか」と疑問を呈した。

 力武健次氏(212)は、中野潔氏(192)の「理論的には他の事業者にのりかえればいい」という発言に、「簡単に乗り換えられないのが NTT の場合の問題。NTT の線をまったく使わないでインターネット接続するのは大変困難。しかし、値上げの主張の正当性がよくわからないのは、私も同感」と述べた。

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 要約13 コピー防止技術の意義と有用性
 川野俊充氏(195)は「コピープロテクトは百害あって一理なし」とする力武健次氏(099)に同意し、「コピープロテクトの技術的な意義と有用性を正しく理解しておくことは著作者としても、ユーザーとしても、ビジネスを仕掛ける側としても、また、制度としての議論をする上でも大切なことだ」と述べた。

 マイクロソフトの楠正憲氏(199)は、「民事契約とコピー防止技術を組み合わせることで、多様なライセンス形態の混在したエコシステムを形成する、という考え方もある」などと述べた。

 山田肇氏(201)は、「著作権法には著作権を制限することについても規定があります。私的使用ひとつをとっても、今の技術は過剰に利用者側の権利を制限している」と関係条文22項目のタイトルを掲示した。

 これに楠氏(202)は、「コンテンツの利用に関する民事契約(例えば利用許諾契約)を結んでいる場合、著作権とは別の制限を設けることは法的に可能ではありませんか?」などと山田氏に質問した。

 山田肇氏(208)は、楠正憲氏の発言(202)に、「契約を盾に取ると、供給側に圧倒的に有利なものができる危険があると思う」と述べた。楠正憲氏(236)は、これを防ぐ方法として、「契約の型をXMLで定義して、利用者があらかじめ合意できると設定した型のサービスにのみ、シームレスに受ける、といったことが考えらる」と述べた。これに山田肇氏(238)は、「普通の人々の技術に対する理解力は、想像する以上に低いところがある。論理言語で書かせるとなると、対応できる人の数は限られる」と述べた。

 力武健次氏(209)は「複製する技術が発達すれば、あらゆるコピープロテクトは無意味になる」とした上で、「今distributorが推し進めているコピープロテクトは、顧客を敵に回している以外の効果はない」と述べた。

 これに、マイクロソフトの楠正憲氏(213)は、「同じコンテンツを配信し、各端末でしか利用できない鍵を配布するソリューションの方が、現実的な費用で実現可能」「著作権管理技術が顧客を敵に回せば、売上が減って困るのは著作権者。長期的には落ち着くところに落ち着く」などと答えた。

 藤原宏高氏(239)は、「音楽業界はOSメーカーに対し、複製防止の仕組みのOSレベルでの取り込みを求めるべき」「最終的には、技術のみに依存するのではなく、複製防止に関するユーザと音楽業界との合意の上でのルールの形成が必要」などと述べた。

 これに、力武健次氏(240)は、「何らかのプロテクトを施したフォーマットは全部ボイコットされる」「(複製防止に関するユーザーと音楽業界との)合意の形成は多分不可能」と述べた。これに藤原宏高氏(241)は、「ユーザ本意のコピーフリーの議論には賛成できない。著作権制度は、一つの社会的コンセンサスの成果。一部の人が提唱しているネット上では著作権を完全に放棄しろという議論も乱暴」として、「もっと社会的コンセンサスを得た上での大局的見地からコピープロテクション問題を考えるべき」と述べた。

 西村博之氏(242)は、「社会的コンセンサスを取るのは難しい。レンタルCDショップの中でCD-Rを売っているわけですし」と述べた。

 力武健次氏(243)は、「著作権者の都合だけで、電子機器の根本的な機能の制限を設けるのは、社会的に見ても正当とはいえない」とし、さらに同氏(244)は「今のコピープロテクトを推進している人達の主張は、結局既存のカルテルとその特権を維持するだけのためにやっているであろうというところが、おそらく購入者などからみれば、不公平、閉鎖的、特権の占有に見えるんでしょう」と述べた。

 山田肇氏(245)は、「保護、保護と強調するのは、著作権者ではなく、著作隣接権者。きちんと議論するには、著作権者と著作隣接権者を分けて考える必要がある」と述べた。

 木村誠氏(246)は「コンテンツの課金回収を可能とするDRM技術は、ITベンダー側が、その実装を推奨するのはビジネスとして当然。ただ現実はうまくいってない」と述べた。

 藤原宏高氏(247)は「丹念に各業界の意見をすりあわせてゆくしか方法はない。著作権制度は、すべてを解決できる万能薬ではない。今後は、著作権制度の改正に際して、もっと、ユーザの声を反映すべき」などと述べた。

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 要約14 GIS を終わって
 坪田知己(252)が、世界情報通信サミットの終了に伴い、ご協力感謝のメッセージを発信した。

 関根千佳氏(253)は、「サムソン電子の朴さんのお話が非常に明確にユビキタスの将来方向を示し、深く共感するものがあった」「私は、『ユビキタス情報社会の中では、個々のニーズをできるかぎり尊重したシステムにすべきで、それを可能とするためにデバイスやインフラは整備に努めるので、コミュニティの情報は市民や消費者と協働で作っていこう』という回答を期待していたのですが…」などと感想を述べた。

 吉岡誠氏(254)は、「NTTの将来ビジョンは嬉しいのですが、現場とはギャップが大きい」と述べ、自分の体験として、自治会でリーダシップをとっている人はアマチュア無線の愛好家が多いので、混信問題を起こしてトラブルに入ることを避けたく、無線LANの利用に否定的−−と述べた。

 唐澤豊氏(255)は、「ユビキタス社会を目指すなら、メーカーは基本機能とネットワーク機能を持ったプラットフォームを提供し、そのインターフェースをエンドユーザーやディベロッパーに開放し、自由にアプリケーションを創ることができるようにすべき」本会議での発言を補足した。さらに唐澤氏(260)は、「モトローラは世界初のリナックス/Java採用携帯電話を発売する。オープン性を高くし、対応アプリケーションを開発しやすいようにするということで、モトローラはちゃんと理解している」と述べた。

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 要約15 アマチュア無線と無線ネットワーク技術の共存問題
 力武健次氏(256)は、吉岡誠氏(254)のアマチュア無線と無線LANの競合の問題で「技術的に干渉が起きることも今後は激増していく。そのときに技術的な解決策を提示できなければ、過去の既得権もなにもない」と懸念を表明した。

 これに、吉岡誠氏(257)は、「アマチュア無線の人々も大切にしながら、ユビキタス時代に向けた電波行政をしっかりやって欲しい」と述べた。

 また、山本雄大氏(258)は、「アマチュア無線家の一人」として、「短波帯全体としては、わずか数Wの電力で全世界と通信できることから、今後もアマチュア無線は重要な存在だと思う。技術者の方は、広い知識を持って、新技術を開発して頂きたいと常々思っている」とコメントした。

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