| From :
中島 秀之
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2003/02/17 06:38
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| Subj :
【197】いつでもどこでも接続可能の先
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【186】村上
私自身がどう考えているかについては、日経ネットのインタビュー記事が昨日アップされましたので、
ごらんいただければと思います。
http://it.nikkei.co.jp/it/sp/wireless_iccard.cfm?i=20030213wo001wo
読ませていただきました。
まずはどこに居てもネットワークにつながる環境が必要であるという趣旨には賛同いたします。
しかしながら、村上さんの描かれている世界はモバイル・コンピューティングそのものではないのでしょうか?
利用者の持つ端末(ユビキタス端末と呼ばれていますが)がいつでも、
どこでも接続可能であることの先が描かれていないように思います
(こういう意識で考え直してみると坪田さんのネットワークファイルの例もこのあたりに留まっている気がします)。
この会議で議論されているユビキタス像(まだ合意はないようですが)との違いは実世界とのつながり(センサーなど)の意識の有無だと思います。
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| From :
唐澤 豊
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2003/02/17 11:06
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| Subj :
【203】ユビキタス〜日本だけの定義でよいのか?
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【197】中島
読ませていただきました。
まずはどこに居てもネットワークにつながる環境が必要であるという趣旨には賛同いたします。
しかしながら、村上さんの描かれている世界はモバイル・コンピューティングそのものではないのでしょうか?
利用者の持つ端末(ユビキタス端末と呼ばれていますが)がいつでも、
どこでも接続可能であることの先が描かれていないように思います
(こういう意識で考え直してみると坪田さんのネットワークファイルの例もこのあたりに留まっている気がします)。
私も同感です。
【197】中島
この会議で議論されているユビキタス像(まだ合意はないようですが)との違いは実世界とのつながり(センサーなど)の意識の有無だと思います。
私が懸念することは、ユビキタス・ネットワークなりユビキタス・コンピューティングなりの言葉を使う場合、日本だけの勝手な定義でいいのか?ということです。
日本がリードし提唱するというなら、明確なビジョンを示し、英語で世界に向けて発信しないと、
ローカルな議論に終わってしまうのではないかと思うわけです。
その場合、難しいのは、TRONのように、日本独自色というイメージが強すぎると、潰されてしまう可能性があるわけです。
私の元部下で、シリコンバレーで起業した人間がおますが、彼は、TRONの先例などを参考に、
日本発の技術であったにも関わらず、自分は一歩引いてアメリカ人をCEOに据え、
あたかもそれがアメリカ発の技術・製品であるかの如く振る舞っていて、成功しています。
ユビキタスのPRも、こうした戦略が必要ではないかと思う次第です。
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| From :
中島 秀之
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2003/02/17 11:36
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【203】唐澤
私が懸念することは、ユビキタス・ネットワークなりユビキタス・コンピューティングな
りの言葉を使う場合、日本だけの勝手な定義でいいのか?ということです。
日本がリードし提唱するというなら、明確なビジョンを示し、英語で世界に向けて発信しないと、
ローカルな議論に終わってしまうのではないかと思うわけです。
残念ながらユビキタスという用語は日本発ではありませんから、やはり世界標準に合わせておくのが良いと思います。
手元に Frank Stajano: Secutiry for Ubiquitous Computing という本があります。
ケンブリッジのAndy Hopperらのグループの人です。その定義では
Ubiquitous computing is the vision of a world in which computing power and digital communications are extremely inexpensive commodities, so cheap that they are embedded in all the everyday objects that surrounds us.
となっています。
また、以下のユビキタスコンピューティングのHPには様々な定義が掲載されています。
http://www.ubiq.com/hypertext/weiser/UbiHome.html
(共通項は「身のまわりにコンピュータがたくさん」としか書いてない気がします。
だからどうする?の部分は定義には含まれていないみたいですね)
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| From :
富沢 木実
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2003/02/17 12:33
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1.ユビキタス・コンピューティングとモバイル・コンピューティングは違う
2.デジタルとリアル
3.今までの延長と延長にないもの(主にセンサー)
以上がこれまでの主なご意見と理解しました。
私は、このところ、携帯電話(モバイルインターネットを含む)の利用動向を追いかけています。
携帯電話の利用者特性は、呼び出し音が鳴ると、すぐに反応するということです。寝るときも含め、
自分から1メートル以内に置いていて、鳴ったらすぐに反応する。それも、基本的に特定された個人とつながる。
要は、携帯電話が個人と一体化していて、いつでも友達とつながれるという安心感がある。こういうメディアは、
これまでに無かったのではないでしょうか。こういう体験をした人(特に若者)は、この皮膚感覚なしには、
これから生きていけないのではないかと思います。
彼らは、漢字が分からないと辞書代わりにケータイを使います。また、私自身、
乗る間際に飛行機のチケットが買えるという便利な体験も味わっています。思った時に、
思ったことが何でも叶うというのも大変便利です。
言いたいことは、こうした皮膚感覚が「ユビキタス」なのではないかということです。
この皮膚感覚を満たしてくれるものがユビキタス・コンピューティングだろうが、モバイル・コンピューティングだろうが、
利用者には、関係ないことです。
上記で述べたようなことは、技術的には、今までの延長なのでしょうが、利用者が感じる皮膚感覚的は、
これまでにない新しい感覚なのではないかと思います。現在の携帯電話は、いわば、
人間センサー(人間が反応する)のような役割を果たしています。
なんか、これまでの議論に「人間中心」といいながら、使う人の話がぜんぜん出てこないので、
ちょっとチャチを入れたくなりました。
++++++++
こうした皮膚感覚の延長上で私が欲しいのは、遠隔地にいる老親が隣に暮らしているように写る大画面です。定額制、
ブロードバンド化が進めば、これは今すぐにも可能ですよね。もちろんストーカーに使われては怖いですけど。
皮膚感覚の延長上で、センサー技術が発達するのは、技術の流れとして進まざるを得ないのだと思います
(経済効率も含め)。でも、映画「マイノリティリポート」を見ると、センサー技術が進歩するのは、
便利だけど怖い気もしますね。
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| From :
唐澤 豊
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2003/02/17 13:01
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【205】中島
残念ながらユビキタスという用語は日本発ではありませんから、やはり世界標準に合わせておくのが良いと思います。
私もその通りと思っておりますが、日本でのユビキタスが世界標準と離れているのではないか?という懸念があったわけです。
【205】中島
また、以下のユビキタスコンピューティングのHPには様々な定義が掲載されています。
http://www.ubiq.com/hypertext/weiser/UbiHome.html
(共通項は「身のまわりにコンピュータがたくさん」としか書いてない気がします。
だからどうする?の部分は定義には含まれていないみたいですね)
上記の情報、有り難うございました。大変参考になります。
まだ、全部見ておりませんが、私がなるほど、と思った点が2点ありました。
1つは、コンピューターが利用者の目に見えないものが究極のユビキタスと言っていること。
2つ目は、ユビキタスはバーチャル・リアリティーとは対極にあるということ。
これでユビキタスの概念がだんだん明確になって来たと思っています。
皆さんも是非上記Webをご覧になると参考になると思います。
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| From :
坪田 知己
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2003/02/17 14:34
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今朝8時ごろ、NHKニュースを見ていたら、突然、野村総研の村上理事長が登場して、ユビキタスの解説をしていました。
今週の朝のニュースは、ユビキタスの特集のようで、連日いろんなものが紹介されそうです。
今日は、クローゼットに収納されている衣服に無線ICチップを付けておいて、お天気と外出目的にあわせて最適な服を選ぶというデモが紹介されていました。
私の感覚では、冷蔵庫の中の食品の管理といい、この服の選択といい、一昔前のAI(人工知能)のように、
中途半端なことしか出来ないのに、もっともらしいことをして、「イメージ倒れ」になりそうな悪い予感がします。
校條さんのマラソンの話を読んで、一方で、最近通勤の電車の中で読んでいる「あなたはコンピュータを理解していますか?」
(梅津信幸著、技術評論社)と並行して考えると、こんなことがいえると思います。
この本の最初はエントロピーの話ですが、「マラソンのレース」というエントロピーの高い情報から、
その中継放送のテレビ画面というエントロピーの低いものに変換して、人々は「分かった気になる」のです。これが曲者です。
企業が扱っている情報は全体としてとてもエントロピーが高い。そこから、伝票とか指示書とか財務諸表とか、
エントロピーの低い状況にして、経営者は「会社がわかったような気になる」
ここからは、記号論のシニファンとシニフィエ(下記に注あり)の話ですが、データから何が読み取れるかが経営者の能力で、
この能力が低いと会社は迷走する。
もっと簡単に言えば、「人間は情報を圧縮して、その気になるノー天気な動物」と言えるのかも知れません。
だから大事なのは、「上手な圧縮」、「低エントロピーの情報から、どれだけ中身を推測できるかの想像力」が大事なのです。
小説で読んだものが、映画になって、それを見ると、私の場合、80%の確率でがっかりします。文章の方が、
私にとっては豊かな情報です。
代表的な話ですが、フォーサイスの「ジャッカルの日」は小説も、映画もヒットしましたが、映画だけ見た人は、
最後のジャッカルがドゴール大統領を狙撃するシーンで、ドゴールが表彰された人の頬にキスするため、首を前に倒し、
そのために、銃弾が首の後ろを通過して失敗するのを「偶然」と思ってしまいます。
でも小説を読むと、ジャッカルはアングロ・サクソンで、握手する習慣の民族、ドゴールはラテン系で、
キスする習慣の民族ーーーということで。99%追い詰めたジャッカルがこの超えられない文化的な差で失敗−−
というのが、小説のミソなんです。
教育も文芸も絵画も映画ですら、情報に関係するほとんどの問題は、「上手な圧縮」、「低エントロピーの情報から、
どれだけ中身を推測できるかの想像力」にかかっていると思います。
それこそが情報リテラシーだと私はずっと思ってきました。
想像力のない人にコンテンツを見せても「猫に小判」だということです。
そういう意味では、最近は、この「圧縮力」「復元のための想像力」が弱い人が多いように感じます。
話がユビキタスから離れてしまいましたが、私は「コンピュータを使うから情報化」に大いに反対で、豊かな人間性に効率化、
インテリジェント化(スマート化ともいえる)を付加するような情報化でありたいと念願します。
今回は校條さんの書き込みに触発されて・・・・
(注)解説
ソシュール
言語を記号であり、記号のシステム。記号というのは、記号であらわしたもの(シニファン 能記)、
記号が示しているもの(シニフィエ 所記)、この二つが結びついたもの。シニファンとシニフィエの結びつきは恣意的、
きまぐれである。→世界の言語、歴史 http://member.nifty.ne.jp/vita/ore/98/yui.html より
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| From :
片瀬 和子
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2003/02/17 14:51
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| Subj :
【215】日常生活に有用な例で解説を
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ちょうど返事を書いていたところに坪田さんのご投稿がありました。私も、
今朝のNHK「おはよう日本」を見ていて気になったことを申し上げます。
出勤の支度中に「ながら見」しておりましたので、正確に把握していない点があるかもしまれせん。ご容赦下さいませ。
村上さんは、「日中オフィスでの勤務中、急にホームパーティーを開くことになった」というシチュエーションで、
ユビキタス・コンピューティングの解説をされていました。
「オフィス、自宅冷蔵庫、食品販売店、食品製造業卸者等がコンピュータネットワークでつながっているので、
オフィスから携帯電話(モバイル端末)を使って、ビール等パーティー用品の調達が簡単にできる。」と説明されたかと思います。
大都市圏のサラリーマン、サラリーウーマンを想定しますと、平日の夜、急にホームパーティーを開かなければならないケースは、
非常にレアだと思います。職住近接でなくなって久しく、週休2日制の普及で20年ほど前から平日の実就労時間は長くなっています。
また、フレックスワークが実践できる人も非常に少ないのが実情ですから、平日の急なホームパーティー開催は非現実的という感じが致します。
村上さんご登場の前に、「冷蔵庫に保管する食料品にICチップを付けるとどのようなことが可能になるか」
具体的な説明があり、実現上の課題として、「1個あたり約50円もするICチップの低価格化」についても指摘されていました。
この点は、デジタルコアのネット会議でも議論されていたました。
また、「おはよう日本」の視聴者には、「ユビキタス」という言葉自体、初めて耳にされる方が少なくないと思われます。
このような実現上の課題や視聴者層も視野に入れて、すでに日常、多方面で頻繁に起きているシチュエーションで、
ユビキタス・コンピューティングの解説をしていただきたかったと思います。ICチップの低価格化には、
日常生活で頻繁に利用されるようになることが必須ですから。
【186】村上
セッション2の運営については、いろいろ欲張ったことも考えているのですが、
とにかくすくなくともやってみたいと思いますのは、様々な「ユビキタス」という形容詞のついた言葉が乱立している中、
一寸した思いつきの様なものは除いて、意味のあるコンセプトについて、全体像のわかるマッピングをする、ということです。
今朝の解説では、ユビキタス・コンピューティングの利用シーン自体が思いつきのように感じられました。
視聴者の関心を誘引し、実現したら使ってみたいという気持ちを喚起するには、「ハレ」ではなく「ケ」の世界、
すなわち多くの人の日常生活を一端を示して、これを便利で豊かにするという視点で話をされた方がよかったのではないでしょうか。
【205】中島
Ubiquitous computing is the vision of a world in which computing power and digital communications are extremely inexpensive commodities, so cheap that they are embedded in all the everyday objects that surrounds us.
ユビキタスの定義のご紹介、ありがとうございました。
上記定義の最後のフレーズは、「われわれの周囲に毎日(=日常)存在するものに組み込まれる」と解釈しました。(正確な訳ではないかもしれませんが)
この定義から派生させて、「ユビキタス・コンピューティングは、われわれの日常、
毎日起きていることに活かされる」とも捉えたいと思います。
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| From :
佐藤 一郎
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2003/02/17 15:09
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【207】唐澤
私もその通りと思っておりまmすが、日本でのユビキタスが世界標準と離れているのではないか?
という懸念があったわけです。
中島さんがすでにレスポンスされている通り、やはり世界標準にあわせるべきだと思います。
【207】唐澤
まだ、全部見ておりませんが、私がなるほど、と思った点が2点ありました。
1つは、コンピューターが利用者の目に見えないものが究極のユビキタスと言っていること。
2つ目は、ユビキタスはバーチャル・リアリティーとは対極にあるということ。
これでユビキタスの概念がだんだん明確になって来たと思っています。
これは唐澤様へということではなく、ユビキタスコンピューティングを語られる方皆さんにお願いしたいのですが、
まずはユビキタスコンピューティングのオリジナルであるMark Weiserの論文をお読みになった上で語って頂きたい。
例えば下記の論文(どちらか一方で十分)はそれほど専門的ではないので、
この会議の参加者の方ならば十分読める内容でしょうし、今読んでも示唆に富んだ論文だと思います。
Mark Weiser, "The Computer for the Twenty-First Century," Scientific American, pp. 94-10, 1991
Mark Weiser, "Some Computer Science Problems in Ubiquitous Computing," Communications of the ACM, July 1993.
どちらも、中島さんがお書きになった下記のURLから入手できると思います。
http://www.ubiq.com/hypertext/weiser/UbiHome.html
お節介なことを書いているような気がするのですが、やはりオリジナルを無視して、
ユビキタスコンピューティングを何かを議論するのはいいこととは思えません。
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| From :
磯崎 哲也
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2003/02/17 15:12
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| Subj :
【217】ユビキタスの管理社会的危惧
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ユビキタス?が導入される大きな誘引の一つとして、「都市」のコストの問題があるのではないか、というお話です。
■要旨:
●本日より、ロンドン市内に車で入るのに料金がかかるようになった。
●オランダでは、「ETC的」なロードプライシングシステムが導入される予定。
●また、今後大都市で核等の大量破壊兵器によるテロが起きる可能性は極めて高い。
●都市の「潜在的なコスト」は極めて高く、「兆円単位」のものになっているだろう。
●(テロはともかく)これらの負の外部性解消のために、「超管理社会的」イメージ のユビキタス(?)なシステムが導入されるのは、必至のように思える。
●箱モノ行政で失敗した都市分散化の試みが、ユビキタス?的な仕組みで実現するとすると、非常におもしろい。
■本文:
(みなさんの「ユビキタス」の定義に合致した内容かどうかわかりませんが、)
本日2/17より、ロンドンの中心部に入る車が、日本の「Nシステム」的なカメラで全部ナンバーを読み取られ、
その日のうちにインターネット等で約1000円支払うようになる(支払わないと罰金)とのこと。
ご参考:
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/jidousya/roadpricing/london1.htm
ロンドンの方式は車載機は不要のようですが、オランダでは数年後までに全車両に車載機を義務付けて、
走行距離比例型の課金制度にすると聞きました。
(外国でうまくいったら、(石原都知事なら)東京都も導入するのは必至かと思いますが、)
経済学的には、都市の渋滞による不効率の外部性が市場メカニズム的に処理されるようになり、より「ネット」等、
物理的移動を伴わない方法への資源配分が進むので「よい」ということになるのでしょうけど、同時に、
SF的「超監視社会」が実現化することにもなります。
だいたい、ネットの方々は超監視社会が嫌いな場合が多いですし、私も好きかと聞かれればイヤですが、
世界的大都市には、渋滞や公害で、おそらく兆円単位の負の外部性が発生しているのも事実でしょう。
それを解決する技術的に可能な手段があり、海外でも導入が進むということになれば、
日本の都市でも「超監視社会化」は必至かも知れません。
話がやや飛躍しますが、トム・クランシー原作、ジャック・ライアン シリーズの映画「トータル・フィアーズ」
http://www.totalfears.com/index.html を見て
(今までのハリウッド映画なら、主人公の活躍で時限装置があと数秒のところで止まるはずのところが)、
実際に大都市で核が爆発してしまうというリアリズムに、非常にショックを受けました。
アメリカのイラク攻撃の主張の背後にある問題意識を非常にわかりやすく表現している映画かと思います。少なくとも、
今の都市のセキュリティ体制で行くと、今後50年の間に、
数百万人規模以上の大都市における核テロを人類が体験する可能性は、限りなく100%に近いように思えます。
ネットには、今のところ「兆円単位の負の外部性」というのは無い気がしますので、
「ネットにログインするときに必ずIDが求められる」という世界が来る兆候は感じられませんが、「物理的都市」は、
いろんな意味で限界に来ています。「都市」に入るときにIDが求められるようになる可能性はあります。
「ユビキタス」でテロが防げるかどうかはともかく、交通にそういうインフラが導入されてデータが容易に取れるようになっていけば、
10年単位で考えて、「超監視」的方向に自然に向かうことになるのは必至ではないでしょうか。
また、かつて、大宮、幕張、厚木などのサテライト都市に「箱モノ」的に人口や業務を分散させようとして失敗した試みが、
ユビキタス?的な仕組みで実現するとすると、非常におもしろいことではないかと思います。
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| From :
村上 輝康
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2003/02/17 15:20
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【197】中島
しかしながら、村上さんの描かれている世界はモバイル・コンピューティングそのものではないのでしょうか?
利用者の持つ端末(ユビキタス端末と呼ばれていますが)がいつでも、
どこでも接続可能であることの先が描かれていないように思います
(こういう意識で考え直してみると坪田さんのネットワークファイルの例もこのあたりに留まっている気がします)。
この会議で議論されているユビキタス像(まだ合意はないようですが)との違いは実世界とのつながり(センサーなど)の意識の有無だと思います。
決してそうは思ってなく、もうひとつの記事のほう(政策ドキュメントで読み辛く、ウザイかもしれませんが)で、
人と人が繋がる、先に、人とモノ、モノとモノが繋がる世界について言及しており、
実際に野村総合研究所でやってきた研究のうち2002年7月に出した「ユビキタス・ネットワークと新社会システム」は、
人とモノ、モノとモノの世界中心に議論しています。
今、ことさらに、人と人の繋がりにこだわっているのは、今年はじめ位からの、ユビキタス=無線ICタグ、
ユビキタスアプリケーション=トレイサビリティという風潮に対する疑問からです。私自身、このままいくと、
せっかく盛り上がってきたユビキタスネットワークへの取り組みが、小さく纏まって終わってしまうのではないか、
という危惧を持っています。頭の良い人が集まれば、いかなるコンセプトもそれなりの説得力を持つのでしょうが、今、
重要なのは、それで産業にとって、利用者にとって、なにがもたらされるか、という点ではないでしょうか。
今は、このくらいしか時間がありません。またゆっくり書きます。
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| From :
関根 千佳
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2003/02/17 16:29
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片瀬さんの書き込みを読んで微笑してしまいました。
そうですね、確かに平日のホームパーティはありえないかも。
(技術系のエンジニアさんや記者さんに、生活実感のあるサンプルを考えて、というほうが難しいんだから仕方ないですよ)
ま、でも、例えば晩御飯いらないって言ってた亭主が、「どうもインフルエンザらしいから早く帰る、
なんか作って」とお願いメールを送ってきたので、共働きの妻が、「仕方ないなあ」とばかりに冷蔵庫の在庫をチェックし、
足りないものを息子にメールで依頼する、なんてシチュエーションであれば、この例も結構使えるかもしれません。
ただ、私の考えるユビキタスは、このようなものです。
1、自分の意志を伝えうる、こなれた道具のような機器が身近にあり
2、生活の中の多くの家具や機器や道具が、情報アプライアンスとして存在し
3、上記2つのグループがネット上で会話し、ネット上のサービスを享受する
1は、いわゆるモバイルやウェアラブル、パーベイシブなものとなるでしょう。完全に私の状況に合わせたテイラーメイドにすることも可能です。
2は、情報家電などの家の中、ATM、券売機などと街中のセンサーを含みます。トーキングサインのように、個々のアイテムもネットでつながっています。
3は、プロトコルだけをやりとりするのでセキュリティ上少し楽です。
すべては、インビジブルで、ユニバーサルデザインです。どんな年齢でもどんな状況でも、私に合わせて、
オンデマンドで必要な情報の受発信ができます。
どこまで、自分の環境や状況を知らせるか、誰になら知らせていいか、それもすべて、自分が決めます。
他人が関与することではありません。
テレビでも、電話でもありません。1や2の中に、含まれてはいますがサービスやコンテンツなどをすべて包含する、
もっと広い意味になるはずです。
UPnPや、URCといわれる概念なのですが、なかなか国内ではこの全体像を把握することは難しいような気もしますね。
もっとも、私自身がこれをインプリメントできるわけではないので、傍から見ると夢物語かもしれませんが。。。
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| From :
村上 輝康
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2003/02/17 16:40
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【215】片瀬
大都市圏のサラリーマン、サラリーウーマンを想定しますと、平日の夜、
急にホームパーティーを開かなければならないケースは、非常にレアだと思います。職住近接でなくなって久しく、
週休2日制の普及で20年ほど前から平日の実就労時間は長くなっています。また、
フレックスワークが実践できる人も非常に少ないのが実情ですから、
平日の急なホームパーティー開催は非現実的という感じが致します。
与えられた事例群をベースに、お茶の間向けに、ICチップ、ユビキタスというテーマで総括する、という課題に対して、
50秒で出来ることは、人だけでなくモノもネットワークに繋がることによって、
痒いところに手が届くサービスが色々可能になってきますよ、というメッセージだと思い(時間の関係で、
「痒いところ」の部分は割愛されてしまいましたが)朝のような説明を試みました。
それが伝わらなくて、事例の非現実感だけが際立っていたとすれば、私のコミュニケーション能力の不足の故だと思います。
B2Bの世界で、1時間15分の話+15分の質疑というスタイルでやってきている身には、
50秒でユビキタスネットワークについて、誰もが分かるように述べるという瞬間芸は、あまりに荷が重いことが分かりました。
坪田さんのご批判も甘んじて受けたいと思います。実は、何が、何処まで批判されているのか、あまり良く分かってはいないのですが。
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| From :
関根 千佳
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2003/02/17 17:07
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【216】佐藤
お節介なことを書いているような気がするのですが、やはりオリジナルを無視して、
ユビキタスコンピューティングを何かを議論するのはいいこととは思えません。
そうですね。一読に値すると思います。
で、どうか、みなさま、Mark Weiserが、機械だけで周囲を埋め尽くされるような環境がユビキタスだという誤解を作ったことを反省して?書いた、Calm Computingの論文も読んでください。
95年に彼が何を言い残したのか、機械が人を支援するものであり、
シーズではなくニーズからの発想をいかに大事にしていたか、感じていただけると幸いです。
http://www.ubiq.com/hypertext/weiser/calmtech/calmtech.htm
同様に、Ben Schneidermanの著作、Leonaldo's Laptop 'Human needs and the new computing technologies'
MIT Press 0-262-19476-7 もとってもお勧めの本です。まだ私も読みかけですが。。。
これはこのような言葉で始まっています。
The old computing was about what computer could do;
the new computing is about what users can do. Successful technologies are those that in harmony with user's needs.
They must support relationships and activities that enrich the user's experience.
Information and communication technologies are most appreciated when user experience a sense of security, mastery, and accomplishment.
Then these technologies enable users to relax, enjoy, and explore.
日本中のエンジニアやデザイナーが、こんな感覚でICTを作ってくれたら、できるものが変わるのに、
ユーザーもハッピーなのに、と思います。
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| From :
村上 裕康
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2003/02/17 23:13
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| Subj :
【230】ユビキタス社会をどう創るのか
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18-19日の会議に参加できないで残念ですが、「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」の資料にざっとですが目を通して見ました。
気付いた点について以下コメントさせて下さい。
1.「ユビキタス・コンピューティング」
IT Business&Newsのインタビューの中で、「ユビキタス・ネットワーク」および「ユビキタス・コンピューティング」というコンセプトを分け、
「ユビキタス・ネットワーク」については、現時点で求められているパラダイムではないと仰っています。
光ファイバネットワークが整備され高速通信網でコンピュータ間を接続できるようになっている現在、
ネットワークにコンピューティングを分散協調させる「ユビキタス・コンピューティング」が求められているのではないかと思いますが?
「ユビキタス・コンピューティング」があって、高度なユビキタス・サービスがあると思います。
2.コンピューティングの視点
日本の技術は、光ファイバネットワーク、フォトニックネットワーク、情報家電、の分野において世界をリードする技術を持っています。
しかし、コンピューティングの分野では、マイクロソフトがOSを牛耳っています。
ネットワークとコンピューティングが融合していく時、コンピューティングにおいても世界をリードする技術を持つべきです。
情報家電の世界では、マイクロソフトの支配から開放されるべきです。光ファイバネットワークで世界をリードしている現在、
「ユビキタス・コンピューティング」の技術で一歩先んじる必要があると思います。産業政策的にも、
コンピューティングの視点は重要です。
3.利用者の視点
インフラ作りが先にあって、利用者の便宜が後付されているような気がしてなりません。既に、光ファイバネットワーク、
第三世代携帯電話ネットワーク、そしてデジタル放送(地上波、BS、CS)のインフラ等、に莫大な投資をしています。
さらに、交通システムネットワーク、第4世代携帯電話ネットワーク、無線系ブロードバンドネットワーク、等が前面にきているという印象が拭えません。
光ファイバネットワークや第三世代携帯電話ネットワークを使ってどのようなサービスが可能なのか利用者の視点に立って考える必要があります。
”電話”と”テレビ”は基本サービスだと思います。ブロードバンドにテレビを接続し、”電話をかける”、”テレビを見る”、
”インターネットにアクセスする”は基本機能であると考えます。このような機能を持たせることで、
インターネットが大衆に浸透していくはずです。パソコンを操作したことのない人達も、
操作できるようなマンマシンインターフェースの開発は重要です。
4.通信と放送の融合
”通信と放送の融合”に関する議論がいつの間にか消えようとしています。
「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」の資料で、「テレビ端末」に触れていますが、
電波で受信したテレビ放送とネットワークに接続したブロードバンドを「テレビ端末」でアクセスするという考え方のようです。
テレビ放送もブロードバンド(FTTH)で配信できるようにすることが肝心です。通信と放送の融合を阻む垣根を取っ払っていくことが要求されます。
放送事業者がによる既得権益を取っ払っていくことこそ、”硬直した我が国の社会システムを構造改革していく”ことになるはずです。
放送メディア(地上波、BS放送)は限られた数の放送事業者に半永久的に独占されています。歴史的な経緯の中で、
希少な放送資源および放送設備を持つ事業者に放送権が独占されてきたという論理は分かります。
ただ、光ファイバネットワークが登場し、もはや放送設備は希少資源ではなくなろうとしています。
誰もが放送事業の認可を受ければ、放送電波の割当や放送設備を持たなくても放送できるはずです。電波法を見直し、
”通信と放送の融合”の融合を図っていくことが必要と考えます。
5.地上波デジタル放送
地上波デジタル放送は、莫大な投資、国民負担、を要求しますが、受益者にとってはどんなメリットがあるのだ?
という疑問の声が大きいのです。
同じデジタルでも、ブロードバンドと放送は別々だというならば、なおさら地上波デジタル放送のメリットが問われます。
我が国は、光ファイバネットワークに莫大な投資をしてきましたが、光ファイバネットワークで放送ができるなら、
地上波デジタルの投資を削減できるはずです。もしくは、地上波デジタルをCSデジタルの多チャンネルを地方局に割り当て、
地上波デジタルの投資を削減してもよいはずです。
光ファイバネットワークは我が国のアドバンテージです。地上波デジタルは、
光ファイバネットワークで配信するという政策をとってもよいのではないかと思います。
テレビ放送を通信ネットワークで行うことによって、テレビ放送で使っていた電波の帯域が利用できます。
6.コンテンツの流通
”デジタルコンテンツ”という言葉を使っていますが、”ブロードバンドのデジタルコンテンツ”と”テレビ放送のデジタルコンテンツ”は違っています。
”ブロードバンドのデジタルコンテンツ”も”テレビ放送のデジタルコンテンツ”も区別すべきではないと考えます。もちろん、
著作権を保護管理する制度を作っていくべきです。
7.政府の役割
「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」の資料の中で、政府の役割を明記すべきです。
「。。。の環境整備」という言葉を使っていますが、非常にわかりずらい言葉です。
政府の役割として、
●規制緩和や競争促進政策など法制度の整備
●標準化のリード
●資金的もしくは採算的に民間の手におえないようなインフラの整備
●産業促進策(財政、税制上の支援策を含む)
●先端的研究の支援
があります。資料の中で、「。。。の環境整備」というわかりずらい言葉でなく、具体的な記述が必要と考えます。
(論拠があって非公開にすべき情報は非公開にすべきですが)
「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」であげている交通システムネットワーク、
や無線系ブロードバンドネットワークについては、政府の役割として、
「規制緩和や競争促進政策など法制度の整備」はあっても「インフラの整備」は民間にまかせても良いと思います。
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| From :
中島 秀之
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2003/02/18 08:41
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| Subj :
【231】手段で規定するのは発展を阻害する
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【218】村上
今、ことさらに、人と人の繋がりにこだわっているのは、今年はじめ位からの、ユビキタス=無線ICタグ、
ユビキタスアプリケーション=トレイサビリティという風潮に対する疑問からです。私自身、このままいくと、
せっかく盛り上がってきたユビキタスネットワークへの取り組みが、小さく纏まって終わってしまうのではないか、
という危惧を持っています。頭の良い人が集まれば、いかなるコンセプトもそれなりの説得力を持つのでしょうが、今、
重要なのは、それで産業にとって、利用者にとって、なにがもたらされるか、という点ではないでしょうか。
この視点には賛同いたします。
その意味での「ネットワーク」も良いと思います。
ただ、現状で「ユビキタスネットワーク」と言うと、通信ネットワークインフラのことに理解されてしまうのが問題だと思います。
機能で規定するのは良いが手段で規定するのは発展を阻害するとトヨタの人が言っていました。
良い例が「チェーン規制」です。「滑り止め」と機能で規定してくれればスタッドレスとか様々な技術開発が可能なのに、
「チェーン」ではスタッドレスが使えません。
同じことが「ユビキタスコンピューティング」(機能)と「ユビキタスネットワーク」(手段)との間に成立しないでしょうか?
是非「人と人のネットワーク」がわかる表現にしていただければと思います。(「絆」とか...)
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| From :
佐藤 一郎
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2003/02/18 09:30
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| Subj :
【232】「コンピューティング」と「コンピュータ」の相違
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【231】中島
ただ、現状で「ユビキタスネットワーク」と言うと、通信ネットワークインフラのことに理解されてしまうのが問題だと思います。
中島様の御指摘と同様の解釈されることを恐れています。
さもなくは携帯電話に代表される広域無線通信と理解されてしまいそうです(実際、この投稿も電車の車中で書いていますし)。
【231】中島
機能で規定するのは良いが手段で規定するのは発展を阻害するとトヨタの人が言っていました。
良い例が「チェーン規制」です。「滑り止め」と機能で規定してくれればスタッドレスとか様々な技術開発が可能なのに、
「チェーン」ではスタッドレスが使えません。
同じことが「ユビキタスコンピューティング」(機能)と「ユビキタスネットワーク」(手段)との間に成立しないでしょうか?
ユビキタスコンピュータという表現も、ユビキタスネットワークと同様な危惧をもっています。ユビキタスコンピュータですと、
至る所にコンピュータを置くという「手段」としてのニュアンスが強くなってしまいます。問題は何をするかであって、
その手段ではないはずです。
もっとも「コンピューティング」と「コンピュータ」の相違を気にするのは計算機科学者だけなのかもしれませんが、
コンピューティングの方がまだ機能的なニュアンスが出せるような気がします。
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| From :
吉岡 誠
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2003/02/18 09:49
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| Subj :
【233】ユビキタスコネクティビティでは?
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【232】佐藤
もっとも「コンピューティング」と「コンピュータ」の相違を気にするのは計算機科学者だけなのかもしれませんが、
コンピューティングの方がまだ機能的なニュアンスが出せるような気がします。
同感です。
「ユビキタスネットワーク」も繋がることを強調するときは「ユビキタスコネクティビティ」といってはいかがでしょうか?
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| From :
平田 英之
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2003/02/18 10:16
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| Subj :
【234】コンピューティングとネットワーキングがユビキタス社会を形成
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【232】佐藤
もっとも「コンピューティング」と「コンピュータ」の相違を気にするのは計算機科学者だけなのかもしれませんが、
コンピューティングの方がまだ機能的なニュアンスが出せるような気がします。
同じ発想ではありますが、「ネットワーク」と「ネットワーキング」の相違を気にしているひとりです。
ネットワーキングの方がまだ機能的なニュアンスが出せるというか、動的なニュアンスを出せるような気がしています。
前にも別スレッドで書きましたが、ネットワークでサービスや空間を設計することが出来ますし、
動的にあるテーマに沿った(特定可能な)仮想空間を形成する力ももっています。
<坪田さんのテーマワールドに近いはず、、私は「場」に拘っていますが中身は同じような気がします。>
コンピューティングの観点からすると、ネットワークは手段に見える場合があると思いますし、
ネットワーキングの観点からコンピュータを端末とだけ見るケースがありますが、
コンピューティングとネットワーキングが2つの主要な軸となってユビキタス社会を形成していくわけですから、
この2つのINGが昇華することによって新しい次元のINGを生み出すことができれば、
テーマワールドのアーキテクチャは解明されるはずです。また、
それを多重に生成・保持・変更・削除するアーキテクチャの確立と実装が、目指すゴールです。
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| From :
吉岡 正壱郎
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2003/02/18 10:49
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| Subj :
【235】ユビキタス社会の実現が目的
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【219】関根
ただ、私の考えるユビキタスは、このようなものです。
1、自分の意志を伝えうる、こなれた道具のような機器が身近にあり
2、生活の中の多くの家具や機器や道具が、情報アプライアンスとして存在し
3、上記2つのグループがネット上で会話し、ネット上のサービスを享受する
すべては、インビジブルで、ユニバーサルデザインです。どんな年齢でもどんな状況でも、私に合わせて、
オンデマンドで必要な情報の受発信ができます。
テレビでも、電話でもありません。1や2の中に、含まれてはいますがサービスやコンテンツなどをすべて包含する、
もっと広い意味になるはずです。
関根さんのご発言には、貴重な利用者の視点が入っていると思います。
本テーマでは「利用者の視点」と言いながらなかなかそこへ踏み込めていないように感じています。
2001年の本サミットで、弊社の庄山が講演の中で「ユビキタス情報社会」についてお話させていただきました。以来、
一貫してこの言葉を使っておりますが、私たちはこの言葉を次のように解釈しています。
「ユビキタス情報社会とは、利用者の誰でもが、いつでも、どこでも、安心、安全、快適に、情報及び情報サービスを活用し、
生活を豊かにできる社会である」
社内で、ユビキタスを定義しようという試みも何度かありましたが、結局成功していません。今回は、
メンバーの皆様の議論を非常に関心をもって拝見しております。
農耕社会→工業社会→情報社会という発展は、別の定義の紹介でもありましたが、
ITが手段として完全に生活の中に定着し、特に「意識しない」で利用できる状況となってはじめて本物になると思っています。
従いまして、ICタグも、センサネットワークも、モバイルも全てそのための手段であるとの理解です。
極端に言えば利用者にとっては何でも良いのです。
何でもあり、の定義?はずるいぞ、というご指摘もあるかもしれませんが、肝心なこと、私たちに課せられていることは、
上記のような意味での「ユビキタス情報社会」を作り、発展させていくことではないかと考えています。
この面での日本のアドバンテージとして、ICタグ、情報家電、光ファイバネットワーク等があるというご意見には同感です。
また、弊社も含め、以前より、制御用コンピューティングという領域で、実世界とコンピュータの世界を連携させてきた事実もあります。
これらの上手な応用、活用のベクトルを揃えることこそ、今求められていると感じています。
最初の方のご意見にもありましたが、技術の進歩だけでなく、社会的、人的環境の整備(制度改善や教育)
も並行して進めていく必要があるという認識です。
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| From :
吉岡 誠
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2003/02/18 11:38
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| Subj :
【237】ユビキタス社会をどう創るのか
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【235】吉岡
関根さんのご発言には、貴重な利用者の視点が入っていると思います。
本テーマでは「利用者の視点」と言いながらなかなかそこへ踏み込めていないように感じています。
2001年の本サミットで、弊社の庄山が講演の中で「ユビキタス情報社会」についてお話させていただきました。以来、
一貫してこの言葉を使っておりますが、私たちはこの言葉を次のように解釈しています。
「ユビキタス情報社会とは、利用者の誰でもが、いつでも、どこでも、安心、安全、快適に、情報及び情報サービスを活用し、
生活を豊かにできる社会である」
同感です。そこで、技術屋としては、自分なりの問題意識から、何ができるかという視点で、
坪田さんの最初の投稿に応答しました。
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ネット会議をご覧になり、ご意見のある方は、事務局までメールにてお送りください。 |
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