
「にしおこっぺ」―北海道の東北部、オホーツク海に近い小村の西興部村だ。既設の村内CATV(ケーブルテレビ)の設備更改で、一気に光ファイバーにして、固定電話も載せた。米国で話題の「トリプルプレー」(電話、CATV、インターネットを1本のデジタル加入者回線でサービスする形態)がこの村では実現している。その環境を利用して、酪農家向けの経営支援サービス、高齢者の健康管理・見守りサービスなどを提供中だ。せっかくの設備をフルに活用して生活密着サービスにしようと、村役場の奮闘が続いている。
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| 村の風景(峠から撮影) |
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| 村の風景 |
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西興部村は、オホーツク海沿岸部のほぼ中央に位置し、海岸から25kmほど内陸に入ったところにある。森に囲まれた人口1,218人、650世帯の小さな村だ。面積308.12平方キロメートルのうち、9割が山林で、平坦地は極めて少ない。村名にある「興部」の名は、アイヌ語の「オウコットペ」(川尻の合流したところ)に由来する。その昔、興部川と藻興部川が合流し、オホーツク海に注いでいたためその名がつけられた。山間を流れる2つの川沿いのわずかな帯状地を利用して10集落がある。

西興部村は、森林に囲まれているため、電波事情が悪く、村域全体がラジオやテレビの難視聴地域だった。難視聴対策は、かなり昔から続いている。昭和45年。農事放送施設の支柱を利用して、村内7つのテレビ視聴組合がNHKの西興部中継所を開設し、テレビの普及が始まったのが最初だ。
しかし、その後20年経っても、難視聴状態を解消できない地域が残っていた。さらに、テレビ共同受信施設の老朽化による故障が相次ぐようになったことから、1989年にCATV事業を開始した。
しかし、90年代末には、そのCATV施設も建設から10年あまりが経過し、老朽化による設備更新の時期を迎えていた。
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| 西興部村コミュニケーションネットワークの司令塔「IT夢(アトム)」 |

老朽化したCATVの同軸ケーブル伝送路ではトラブルが多発していた。寒暖の差が激しい気候に影響を受け、同軸ケーブルが伸び縮みを繰り返すのだ。これによって、ケーブルがショートを起こす事故が相次いだ。また伝送路の途中500mおきに設置された増幅器も、経年変化により信号の伝送が不安定になっていた。この増幅器は、遠く離れたところまで映像を届けるための必需品だが、設置数が多いほど、落雷の影響をうける確率が高くなる。西興部村では、中心部から15km離れた集落にもテレビの映像を届ける必要があり、これは避けられない問題だった。
設備更改を考えるにあたって、村は、気象条件によるケーブルの伸び縮みが少なく、村の中心部から遠く離れた集落へも安定して映像や通信を伝送できる光ファイバーに注目した。それを後押しし、光ファイバー選択を決定付けたのは住民の声だった。都市部ではブロードバンド通信環境の整備がどんどん進むが、地方ではそうはいかない。情報化社会を迎えた今、テレビの視聴のみならず、インターネット接続や情報通信環境を利用した行政サービスなど、新たなサービスへの要望が住民からあがっていた。
住民からの声を受け、村は1999年から4ヵ年計画で光ファイバーによる情報通信基盤整備を開始した。総事業費約16億7千万円の大事業。そのうち75%を国と道の補助金で、残りを過疎債の起債と一般財源で手当てした。
村内全戸を結ぶ総延長91.6kmの光ファイバーネットワークを村が敷設してNTTに貸し出し、その光ファイバーを利用して固定電話サービスが提供されているため、村内にはメタルケーブルが一本もない。村内LANの伝送速度は上り下りとも10Mbpsだ。
2001年12月1日から試験運用開始、翌2002年3月1日から本格運用開始。村民は、月額1,000円の利用料で多チャンネルテレビの視聴に加えて、インターネット接続サービス、村の自主作成番組の視聴等のサービスを受けることができる。町の中心部に建つマルチメディア館「IT夢(アトム)」が西興部村の情報発信基地。自主制作番組の放送やインターネット接続のためのプロバイダー業務を行う設備がここに集結し、村のコミュニケーションと情報発信を支えている。
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| 牛舎 |
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| 牛舎でITを利用した農業経営について語る古川さん |
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| 牛舎監視ロボット |
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| 搾乳時にデータをDBに保存。牛の万歩計(後ろ左足のオレンジ色のもの) |
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| 使って嬉しいコンテンツを、がモットーの役場の吉田係長 |
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| テレビ電話で健康相談に応じてくださる保健師の伊秩さん |
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村の基幹産業は16の個人酪農家と2法人によって営まれている酪農だ。個人の酪農家では100頭規模、法人では600頭規模にも及ぶ牛を所有している。酪農家の経営を支援するため、牛舎監視システム、農業支援サービスなど、農業振興のためのサービスを全酪農家に導入している。
600頭の牛を抱える法人農場では、牛のお産は毎日の出来事。5〜10頭の子牛が日々新しく仲間入りをする。ところが、牛のお産は立会いが必要だ。寒い冬、吹雪の夜などはお産を迎えそうな牛を、勘を頼りに見回るのも大仕事だ。
自宅から牛舎の状況が確認できる牛舎遠隔監視サービスの導入で、自宅と牛舎が離れたところにある農家は大助かりだ。牛の近くに監視ロボットを設置し、牛の状況を自宅や出先のパソコンへ送信する。監視ロボットには、監視カメラ、ライト、音声マイクを搭載しており、夜間監視もできる。この監視ロボットは、配線が煩雑にならないように牛舎内では無線でネットに接続している。
さらに、インターネット網を介して地元農協で構築している経営支援データベースに接続、牛乳の取引状況や資材の購入状況のデータがやり取りできる。日々蓄積される取引データに仕分けガイド機能を利用すれば、帳簿上の仕分けも即座にできる。年度末には、青色申告のための決算書作成も経営支援データベースを活用することで、簡単に作れるようになった。「従来三ヵ月はかかっていた決算処理が経営支援データベースの導入で1ヵ月程度に短縮できた」と興栄ファームの古川彰氏はうれしそうに話す。
また、村が提供する家畜台帳データベースサービスもある。BSE(狂牛病)発生以降、牛の飼育履歴の管理が重要事項となった。このサービスは、乳牛の個体管理データ、乳検査データ等がサーバに蓄積され、病歴、IDなどの個体データと合わせた家畜台帳を作成することで、適切な乳検個体管理ができるようになっている。
この村提供のデータベースのほかに、カスタマイズされた独自システムを活用して経営の効率化を図っている農家もある。600頭規模の牛を抱える興栄ファームでは、牛舎内を牛が自由に歩き回れる「フリーストール」という飼育方法がとられている。発情期の牛は通常の牛の2倍以上歩くという。そこで、約300頭いる乳牛に万歩計をつけ、搾乳時に万歩計のデータを計測。種付け時期の把握に役立て、経営の効率化を図っている。
「村が提供する個体管理システムを使いやすいものにするにはまだまだ改良が必要だ。導入するだけではなく、利用しやすく改良を重ねなければならない。それが今後の課題だ」と村の調査情報係長の吉田且志氏は語る。

村では65歳以上のお年寄りが人口の31%を占める。このためIT(情報技術)を活用した高齢者福祉サービスも充実している。高齢者宅に簡易な操作で血圧と体温を測定し、村役場のデータベースに送信できる機械を配り、送信されたデータは保健師が毎日チェックし、お年寄りの健康管理に役立てている。また、テレビ電話を利用して、自宅にいながら保健師に健康相談ができる。さらに、心臓発作などの緊急時には、常時身につけている緊急ペンダントとか毎日の健康チェック用機械からボタン一つで緊急通報できる仕組みもある。緊急通報ボタンが押すと、消防、役場(午後5時まで)、事前に指定した近隣の住民に通報が行き、助けに駆けつける仕組みだ。この緊急通報サービスを利用し、実際に命が助かったお年寄りもいる。
村役場のデータベースに毎日蓄積されるお年寄りの血圧や体温データを診療所に送り、医師が診察に役立てていたこともある。いざ病院で血圧測定となると少し緊張、いつもより血圧が若干高めに…などということもあるが、平時から時系列で血圧等のデータを把握することにで、病気の発見、経過管理に役立つという。
また、独居老人のための見守りサービスも提供している。これは緊急通報装置を設置している高齢者宅に見守りセンサーを設置し、一定時間動きがないと異常を知らせる通報が消防、役場、事前に指定した近隣住民に行くという仕組みだ。
西興部村では公営住宅が村の中心部にある。「村では年をとったらなるべく中心部に出てきて生活をしてもらうようにお願いしているため、実際には保健師が高齢者宅を巡回訪問し、対面で健康管理や相談を行うことが多い。ITを活用したツールは、巡回訪問を補完するツールとして活かされている」と保健師の伊秩幸枝氏。

住民は月額1,000円の利用料で、多チャンネルTV放送(地上波、衛星放送、自主放送等の32チャンネル)の視聴に加え、インターネット接続サービス、村が作成した自主制作番組の視聴、自主制作番組のVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービス、緊急音声告知サービスを利用することができる。
自主放送では、運動会やお祭りといったイベントの報道、村役場からのお知らせ、行事予定などを朝・昼・晩と一日三回、定時に放送している。これに加えて、村議会の開催期間中は生中継を行っている。村で何かイベントがあると、NCN(西興部村コミュニケーションネットワーク)を支える役場の職員2名が取材班に早変わり、機材をかついでイベント現場に駆けつける。イベントも運動会、学芸会、お祭りだけではない。村の学校に新しく赴任した先生の歓迎会など、多岐にわたる。また、時には村の駐在さんが警察官募集のお知らせ放送を行うこともある。さらに、役場から「オレオレ詐欺」にひっかからないための対策を放送したりもしている。
1989年から現在までに作成された番組は1,300本、1,000時間以上に及ぶ。村の歴史を刻んだこれらの番組は全てデジタル化されてVODサーバへ蓄積されている。住民はVODサービスを利用して、必要な時に、いつでもリクエストして好きな番組を視聴することができるのだ。
緊急時に防災情報等を確実に全世帯へ告知することができる緊急音声告知サービスは、平常時も活用されている。商工会の職員による盆踊り大会の案内や悪徳商法対策などだ。北の山間の村にもカモを求めて悪徳商人がやってくるという。それを察知した役場職員が「今来ているから気をつけて」と告知放送でお知らせを流すこともある。
緊急の人探しにも威力を発揮する。連絡を受けた役場職員が告知放送を流す。「○○さんのおじいちゃんが帰宅時間を過ぎても家に帰っていません。見かけた方は役場まで御連絡ください」と。役場職員も、家の人、近所の人に加わり、捜索に出動する。このほかにも、小中学校から保護者への連絡網として使ったり、訃報連絡を流したり、用途は多岐にわたる。NCNは住民生活に密着した情報の受発信を行うことで、村内情報伝達手段としての威力を発揮している。
「我々(役場の職員)が発信するだけでなく、住民が発信する環境を作るようにしている」と吉田係長。NCN(西興部コミュニケーションネットワーク)は、楽しい時も、困った時も、悲しい時も、様々な側面から村民の生活を支えるサービスとして存在している。

光ファイバー網を利用したサービスの数々は、2001年12月1日から試験運用開始、2002年3月1日から本格運用を開始した。住民生活に身近なサービスを提供し続けようと、現在でも満足することなく、模索を続けている。
「村内全戸を結ぶ光ファイバーネットワークの維持には毎年3,000万円程度の費用がかかる。新たなサービスを開始するには莫大な経費がかかるし、財源にも限りがある。まずは現在提供されているアプリケーションの充実を図り、利活用を促進することが重要」と吉田係長。
「いつでも、どこでも、いつの情報でも見ることができる」をモットーに、「こんなサービスあったらいいな」という視点から暮らしに便利なサービスの提供を模索し続けている。
2004年8月3日には、西興部村のホームページに「暮らしのページ」がオープンした。いつでもどことでも見ることができる暮らしに便利な情報が盛り込まれている。例えば、広報誌の「保健師便り」を過去に遡りオンラインで提供している。健康診断後に、検査数値の簡単な解説が「保健師便り」に掲載される。しかし、紙で配られる広報誌は読後に捨ててしまえばそれきりだ。必要な時に必要な情報を参照できるようにと、暮らしに身近な情報からオンラインでの提供が始まっている。
8月15日には、西興部村公民館図書室が所蔵する図書の検索サービスが産声をあげた。書名、著者名、出版社名での検索が可能で、図書館に出かける前に借りたい本の有無を確認できる。遠くから図書館を目指してやってくる人が、事前にお目当ての本の有無を確認できるのは便利だ。
昨今は、インターネットを利用する住民が増えたことに伴って、村外への接続回線の容量が不足してきた。村内は10Mbpsだが、村外へつながる回線の容量は1Mbps。いわば、細道の奥に高速道路がある状態なのだ。その増速を求める声がある。しかし、税金を投入し、一律1,000円(月額)の利用料で、公共サービスの一環として提供しているこのサービスでは、インターネット接続の利用頻度が低い住民から「現状のままで十分」との声もあがっている。使っている人と使っていない人、一定の公平感を保ちながら、住民の最大公約数的な満足を引き出すにはどうすればよいのか、村は大きな課題に取り組もうとしている。
「ITで全て代用できるわけではない。ITは対面などの従来手段の補完だ。課題は使いやすいもの、使えるものをつくることだ」と吉田係長は語る。1989年に開始されたCATV事業から、現在の光ファイバー事業まで、行政が大掛かりな設備を持ちサービス提供することのメリットもデメリットも知り尽くした村で、整備した通信網の利活用と維持管理という大きな課題への取り組みが続いている。
(藤井資子=慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程 )
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