日経デジタルコア・CANフォーラム共同企画「地域情報化の現場から」

第13回 山間の町が「日本最大の光ブロードバンドの町」になった


 ブロードバンド化が進むわが国だが、主役はADSL(非対称デジタル加入者線)。ADSLよりも高速の光サービス(FTTH)が、全世帯の3割に導入された町がある。宮崎県の山間部にある木城町がそれだ。採算がとれないと通信事業者によるブロードバンドサービス提供予定のなかった山間の町。そこが山間部における日本最大の「光ブロードバンドの町」になったのは、町役場の熱意とそれに呼応したNTTの尽力だった。

 ブロードバンド加入数が1500万を超え、世界最先端のブロードバンド大国の仲間入りを果たしつつあるわが国だが、光ファイバの普及はまだ124万(2004年4月末)で、全世帯の2.6%にとどまる。ところが宮崎県木城町では、町が整備した光ファイバを活用し、町役場と通信事業者との連携プレーで通信基盤整備を進めた。都市部と地方との情報格差(デジタル・デバイド)が広がる中、こうした官民連携は、今後日本の通信インフラの在り方を考えるうえで一つの指針といえる。

光ファイバーが架設された 山間の町・宮崎県木城町
光ファイバーが架設された 山間の町・宮崎県木城町
木城町_渕上達也氏
木城町_渕上達也氏

 木城町は宮崎市から北へ約30km。宮崎県のほぼ中央に位置する人口約5,700人の緑豊かな町だ。町の面積の84%を山林原野が占め、そのうち69%が国有林だ。東西24km、南北6kmの細長い町で、町を縦断して小丸川(全長80km)が流れている。世帯数は2,000世帯。3割を超える650世帯以上が光ファイバを利用した木城町インターネットサービスに加入している。光ファイバを利用したーブロードバンド通信の利用料はISP料金も含めると普通なら月額6,500〜7,000円前後だが、木城町インターネットサービスの利用料はプロバイダー利用料込みで月額3,800円とかなり安い。
木城町では町役場から町民に向けて情報を発信するオフトーク通信を行っている。月額500円の利用料のうち、半額を町が補助しており、その加入率は約90%。しかし、「町役場が町民に情報を発信しているだけでは意味がない。ともすれば受身になりがちな住民が積極的に情報を発信するようになって欲しい。これにはインターネットがもってこいのツールになる。ブロードバンド通信環境も必要だ」と財政課電算係だった渕上達也氏(44)は考えた。



 町から住民へのコミュニケーション・ツールとして使われてきたオフトーク。これがなかなか便利なツールで、町内各地区の公民ごとに電話機を使って地区内放送のように使える。
しかし、この存在が町の情報化への足かせとなった。ADSLもFTTHも提供予定のない町。せめてISDNをと思うが、これも町内全域をカバーすることができない。たとえ町内全域でISDNが利用可能になってとしても、今度は、利用に先立ちオフトークの解約と専用の機器(通常の5倍程度の額になる)が必要だ。しかも、ISDNの回線速度でこの時代の情報量に対応するには心もとない。
「ISDNさえ提供されない地域があるうえに、ADSLもFTTHも開通の見通しがない。さらにADSLが来たとしてもオフトークとの併用がきかない。幾重にも妨げがあるのです」と渕上氏。高齢者の多いこの町には、オフトークというスピーカーから流れる情報が欠かせないものとなっていた。



  町の情報化に立ちはだかる壁を一気に乗り越え、木城町が通信基盤整備に乗り出す契機となったのが市町村合併だ。2002年4月、木城町を含む4町(木城町、高鍋町、川南町、都農町)で任意合併協議会が設立された。木城町以外の3町には既に通信事業者によってADSLサービスが提供されていた。さらにそのうちの1町では、光ファイバを用いたサービスの提供も予定されていた。
通信事業者によるブロードバンドサービス提供予定がない地域は木城町だけだった。合併後も想定するに、木城町のエリアの通信インフラ整備までは手が回りそうにない雰囲気が濃厚だった。そこで、合併前に通信環境整備をしようという機運が高まったのだ。

NTT宮崎支店の水野部長
NTT宮崎支店の水野部長


 いざ、ブロードバンド導入しようと考えると、問題は山積していた。通信事業者によるADSLや光ファイバ・サービスの提供予定はない。さらに、2.4GHz帯無線を導入すると、町の真ん中を貫く小丸川から発生する霧が天敵となる。霧が発生すると電波が飛ばなくなり通信を行うことができなくなる。
町が、公共施設を繋ぐために地域イントラネットを導入することはできる。しかし、それでは「住民が情報を発信する」ということにはならない。「各家庭までのラストワンマイルの整備を行うことが何より重要」と渕上氏は考えた。
そこに、町が整備した公共施設を結ぶ光ファイバ網を活用して、通信事業者との連携で住民にブロードバンドサービスを提供している秋田県矢島町の事例があることがわかった。さっそく矢島町に連絡を取り情報収集し、総務省にも必要事項を確認した。この方式が木城町でも使えそうだと判明。町が整備したインフラを利用すれば、通信事業者が多額の初期投資を行う必要がなくなり、従来採算がとれないとされていた地域でもサービス展開が可能となるのだ。官が敷設したインフラを民へ開放するにあたっては、総務省による「地方公共団体が整備・保有する光ファイバ網の第一種通信事業者等への解放に関する標準手続き」(2002年7月)が大きな役割を果たした。
今回木城町が地域イントラネットと加入者系光ファイバを整備するのに要した額は約5億6千万円。そのうち3分の1を国の補助金で、残り3分の2を過疎債の起債で手当てしている(平成15年度の木城町一般会計歳出総額は40億6百万円)。2003年6月に町の予算措置を行い、事業者決定のためのコンペを実施した。その結果、NTT西日本宮崎支店とタッグを組む相手になり、2004年4月のサービス開始に向けて二人三脚が始まった。
木城町のケースでは、町が整備した加入者系光ファイバ網をNTT西日本がIRU(破棄し得ない使用権:関係当事者全ての合意がない限り、破棄したり終了したりすることができない回線使用権のこと)契約で借受け、木城町に定額制高速インターネット接続サービスを提供。木城町がそれを受けて住民向けにインターネット接続サービスを提供している。
「NTT宮崎支店にとって、木城町のような形態での契約は初案件。しかも、NTT西日本管内でも初案件のため、まったくノウハウがなく、サービス内容一つ一つを詰めていくのはまさに産みの苦しみでした」とNTT宮崎支店の水野信一ソリューションビジネス部長(50)は当時を振り返る。



 2003年8月から町民への説明を始めた。住民説明会での使い方のデモでは、「遠隔地にいる子供や孫とテレビ電話で会話もできるんです」という説明に「それならば……」という住民も多かった。しかし、利用意向は400世帯強。目標の600世帯には足りない。そこでサービス開始まであと1ヶ月に迫った頃、木城町とNTT西日本宮崎支店は必死のローラー作戦を展開した。木城町の職員3人とNTT宮崎支店の3人が3班に分かれ、木城町全戸を一軒一軒訪ね歩いて説明をし、利用者を募った。
高齢者が多い山間の町で、今まで触れたこともないパソコンやインターネットについて説明をし、理解を得るのは並み大抵のことではない。「それでも熱意をもって説明し、住民のニーズを喚起することが大事。住民の利用意向がないまま通信インフラだけを整備しても仕方がない」と渕上氏。同氏の85歳になる祖父も彼の熱心な説明を聞き、「よし、お前がそこまでいうならやってみよう」とインターネットに挑戦。今ではオンラインで囲碁を楽しんでいるという。
「木城町のお年寄りと接する中で、『パソコンを使うのは難しいけど、孫と会話をしたい一心で勉強している』という話を聞き、ただインフラをつくるだけでなく木城町の皆さんがもっと喜んで利用できるものにしなくてはと思った」とNTT宮崎支店の水野氏も述懐する。

小丸川渡河作戦で発進するリモコン飛行機
小丸川渡河作戦で発進するリモコン飛行機
ロープを吊って対岸に飛ぶ
ロープを吊って対岸に飛ぶ
役目を終えた「翼の折れたエンジェル」
役目を終えた「翼の折れたエンジェル」
活躍したリモコン飛行機とNTT宮崎支店のメンバー
活躍したリモコン飛行機とNTT宮崎支店のメンバー

 
 利用者集めと並行して、光ファイバ敷設工事も急ピッチで進めた。工事期間は2003年11月〜2004年3月まで。山間部のため、平地では考えられない障害を越えなければならなかった。

最初の障害は、クマタカ。

町の北部へケーブルを敷設しようとすると、約1.2kmにわたってクマタカの営巣地域がたちはだかっていた。クマタカのヒナは騒音など外界の刺激に対して敏感だ。そのため、営巣期間終了後、町の許可を待って本工事を行うこととし、暫定的に廃道のガードレールや樹木を利用してケーブルが敷設した。

 次の難敵は、クマゼミだった。他の地域で、夏に光ファイバの引き込み線故障が多発し、調べてみると断面が瓢箪(ひょうたん)型の外皮に覆われた光ファイバケーブルの溝の部分にセミが産卵するのが原因と判明していた。産卵時にセミがケーブルの外皮をつつき、光ファイバの芯線を傷つけてしまうのだ。そこで、鹿児島と静岡でフィールドテストして成果を上げた「セミ対策ドロップケーブル」を採用した。このケーブルは外皮に溝がなく、セミが卵を産みつけることができないようになっているのだ。

 最後に立ちはだかったのが険しい地理的条件だった。町の中央を流れる小丸川。その対岸の一軒家であっても、サービス申込みがあれば光ファイバを敷設した。河川を横断する工事では、通常、空中で作業する宙乗機を使う。しかし、どうやっても宙乗機が使えない箇所があった。

そこで活躍したのがリモコン飛行機だ。まずリモコン飛行機が誘導ロープを対岸へ渡す。次に架渉ロープ、ストランドワイヤーを渡し、最後に光ファイバケーブルを搭載して四度目の飛行をすると工事完了だ。もげた翼を修理し、「歴戦の勇士」の面影をとどめたリモコン飛行機は、難工事の記念物としてNTT宮崎支店に保管されている。

クマタカ、クマゼミといった難敵を乗り越え、山と谷を克服し、知恵と汗の結晶の光ケーブル敷設は、わずか5ヶ月で総延長約100kmに達した。

 ブロードバンド通信環境が整っても、使われなければ意味がない。町民から役場へ、そして全世界へと情報を発信し、双方向のコミュニケーションを図る道具も、「宝の持ち腐れ」になってしまう。それには、パソコンの使い方、通信環境の利用方法など、いくつかのリテラシーを身につけなくてはならない。
サービス開始当初は1日で100件の問合せが舞い込んだ。それを町役場の2人の職員で手分けして対応したという。リテラシー向上を目的とした町役場主催のパソコン講習会を頻繁に開き、それを利用する住民も多かった。  
最近問合せが多いのはウィルス関連だ。財政課電算係長の壱岐和寿氏は木城町インターネット利用者のウィルス対策に奔走する。近々ウィルス対策講座も開講する予定だ。
NTT西日本の問合せ対応時間は午後五時半まで。五時半を過ぎてかかってきた問合せ電話には町役場の職員が適宜対応している。問い合わせがあったお宅を訪問し、トラブル解決をすることもしばしば。今までで一番遅い出動記録は午前0時20分だった。町役場の職員の熱い思いが、木城町の情報化を縁の下で支え続けている。



 木城町北部の山間にある中之又地区。この地区の小学校の全校生徒は11名。地元の小学生2名、宮崎県内から山村留学をしている小学生9名が通っている。山村留学の期間は1年間。その間は木城町の住人が里親となる。緑豊かな環境で元気に学ぶ子供たちの姿をご家族に伝えたい。ブロードバンドであれば教室で勉強している姿だけでなく、校庭で元気に走りまわっている姿も伝えられる。そんな思いを込めた計画を現在検討中だ。



 公民館に血圧、心電図、脈拍等が簡単に測定できる機械を設置。この機械が通信回線と繋がっており、測定データは保健婦のもとへ送られ、必要に応じて相談も可能に――そんな計画が実現に向けて進行中だ。各人に個人認証用の磁気カードを配布し、それを持参し測定機のカードリーダーに入れれば、個人が識別される仕組みだ。
木城町には医療機関が一つしかない。医療機関から遠いところに住む町民が頻繁に通院するのはなかなか大変だ。そのため、「各地区の公民館をお年寄りの健康チェックの拠点にし、ゆくゆくは健康チェックのための機械を全戸に配付したい」と渕上氏は語る。遠隔医療といったニーズよりも、まずは遠隔で日頃の健康管理をといったニーズに応えたいと考えている。

宮崎県_三宅副知事
宮崎県_三宅副知事


 宮崎県の三宅義彦副知事は「それぞれの地域事情に合わせた情報化が必要」と語る。木城町の渕上氏は「地域事情に合わせた利活用を考えていきたい。しかし、今まだ始まったばかり。何もかもが目新しく目移りする。自分たちが本当に必要なものは何なのか、見分ける目を養っていくことが必要」と語っている。光ファイバによる環境整備の検討を始めた当初は地上波テレビ停波後のデジタル放送再配信の必要性が頭の片隅にあった。しかし、通信インフラが完成した今、町役場の立役者達は、住人の生活に密着した身近なところからこの通信環境を有効に活用した情報発信を欲しいという願いをもっている。
NTT宮崎支店にとっての期待は、全世帯のサービス加入だ。「木城町にアウトバーン(高速道路)ができた。アウトバーンの延長(全世帯の加入)と色々な車(アプリケーション)を走らせていきたい。このアウトバーンを雑草の生えることのない高速道路として活用していきたい。本当の意味でのサービスはこれからだ」(宮崎達三支店長)と、気を引き締めている。
それぞれ地域で、その地域を一番良く知る人たちの手によって「手作りの情報化」が着々と進められている。官が敷設したインフラの民間開放をベースにした通信環境整備の事例が増えてきつつある。これらの取り組みの成否を占うのは、今後の利活用の促進である。木城町のアウトバーンにどんな車が走るのか、楽しみである。



( 藤井資子=慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程 )

評価と課題



 宮崎県木城町を訪れて感じたのは、インフラ整備の遅れ−デジタルデバイド−を心配する全国の過疎地にとって、先導的なモデルとなる可能性を秘めたケースだということだ。いくつかの側面で、これから全国でぜひ欲しい協働の形を実現しているからだ。ここでは二点あげてみよう。
  第一に、最も本質的な面として、行政用のシステムと民間用のインターネットが共通の基盤の上に乗っていることがあげられる。今後の地域におけるインフラ作りを考えたときに、官用のシステムと民間用のシステムであるとか、放送用インフラと通信用のインフラであるといったふうに、用途別にバラバラに(つまり重複して)整備する贅沢が許されない状況となってくることは必定である。ただし、異なる組織形態や、異なる事業法体系のもとで運営されているサービスを共通の物理基盤の上にのせるのは容易なことではない。その難しさにもかかわらず、この事例では、NTTがサービス事業者として行政の物理インフラを活用するという形を取ることで、少なくとも行政と民間の垣根を突破してみせている。事業者はNTTでなくてもよく競争的にできるはずで、この方向性をさらに進めたところに、高度でありながら効率的なサービスを過疎地でも提供しうる未来が見える。
  第二に、地元自治体がイニシアチブを取り、国や民間大企業が持てる資源を集めたボトムアップ式協働であることがあげられる。すなわち、システム構想の段階から自治体がイニシアチブをとって、地元の実態に合致したシステムづくりが推進された。それを国が制度的、資金的に支え、民間企業(NTT)が持てる技術と資産で実現に寄与している。中央からお仕着せのインフラが降ってくるのを待つのではなく、地元からわき起こった取り組みであるところが嬉しい。コンテンツについても中央からくるコンテンツを待つのではなく、地元の情報を発信するのだという意欲を持っていられる心意気を買いたい。
  このように注目すべき点を持つ木城町の取り組みだが、これが本当に全国のモデルとなりうるか否かは、今後整備されたインフラがどれくらい有効に活用されるかにかかっているように思う。現状のままでは、多額の税を投入して都会でも見られないような贅沢な設備を作りながら(光ファイバを局から各所帯に直収するという、在宅で病院なみの高度な遠隔医療さえできそうな高機能なものである)、あまり活用されることのない通信版ハコモノ行政の事例となってしまいかねない。作ったインフラを目一杯使って、地域における行政や福祉の費用対効果が劇的に改善され、投資が十分回収されたと納税者が納得している姿が見たい。

 
(國領二郎=慶應義塾大学環境情報学部教授)

本企画記事の背景について
 e-Japan計画でIT先進国を目指す日本だが、地域でのIT化は置きざりにされている。過疎地にブロードバンドを提供する、地域おこしにITを活用するなど、現場での取り組みが重要だ―――日経デジタルコア事務局と、CANフォーラムはこのような認識で一致し、地域情報化の先端事例を取材し、各地での実践の参考に供したいと考え、本企画を連載します。
月1回を原則に、現地取材を報告します。


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