「住民ディレクター」が作る番組は、毎日眺めているテレビ番組とは一味も二味も違う。登場人物はみな素人、方言で喋るので聞き取りにくいが、親しい人に話かけている雰囲気が漂っている。また、カメラマンが撮りながらインタビュするなど一人数役をこなし、突然、通行人が参加するなどハプニングがおこる・・。そして見終わると心に届くものがあって、どこか懐かしくもある・・・。
人吉球磨地域を中心に熊本県下には、このような住民ディレクターが200人もいる。彼(女)らは、自分の感動や毎日の生活の中から伝えたいことを映像にする独特の方法で、次々と手作り番組を作り出している。この中には視聴率10%を超え、全国ランキングで10位以内に入る驚異の番組もある。
全国的に通信インフラが整備されたものの、そこに流すコンテンツがないという地域が圧倒的に多い。しかし、ここではコンテンツが溢れている。そればかりか、番組づくりを通じた草の根の地域づくりが定着しつつある。
住民ディレクターの撮影風景
交流大学で編集作業をする岸本さんと助手の徳武真人さん
(有)プリズム 人吉球磨広域行政組合の永井さん
「住民ディレクター」を発案したのは、岸本晃さん(現・(有)プリズム代表取締役)だ。熊本県民テレビの報道制作局に勤務していた岸本さんは、ズームイン朝!や24時間テレビなどメジャーな番組制作を数多く担当する傍ら、住民と企画段階から制作プロセスを共有する手作りドラマや、地域づくりの応援番組を手がけていた。
こうした試みの中で、テレビ番組を制作するプロセスを身につけることが、地域づくりに求められる企画力や取材力、構成力、広報力などを育てることを体験的に悟る。同時にテレビ局の限界を感じたことから、14年間勤務した熊本県民テレビを辞め、「住民ディレクター」という地域リーダーの養成に本格的に取り組んでいくことになる。
平成8年、まず人吉球磨広域行政組合の人材養成事業として「住民ディレクター養成講座」を開催した。ちなみに、熊本県下のさまざまな地域と関わりがある岸本さんが、初の舞台として人吉球磨地域を選んだ理由は、組合の担当者であった永井雄二さん(現・人吉球磨広域行政組合企画課課長)の存在であるという。プロジェクトを成功させる鍵は「感性のあう」人と組むことだと岸本さんは語る。
この養成講座では、人吉球磨地域の14市町村の職員を対象に、3ヶ月間、映像制作の講義と実践を行った。基本的な技術や心構えを教えることで、カメラに触れたことのない受講者が、講座終了時には地元の魅力を伝える3分間番組を発表するまでになった。住民ディレクターの誕生である。
通常、地域をテーマにした番組を作る際には、地域外の専門インタビュアーがカメラやマイクを向けながら標準語で取材し、地域の人々が緊張しながら答えるのが常である。しかし、住民ディレクターの手法は、まず伝えたいものを決めて、自分で撮影と取材を行う。インタビュアーが地元の人なので気軽に応じて本音で語ってくれる。さらに撮ってきた映像を自ら編集する。編集は習得の難しい作業であるが、伝えたい気持ちをそのまま表現するため自分で行うのである。
その後も養成講座は続き、各市町村3人ずつの住民ディレクターが養成され、さらに平成13年には住民ディレクターである職員が、住民を対象に講座を開くなど活動は徐々に広がりをみせている。そもそも、地方自治体の影響力は地方に行けば行くほど強くなり、地域づくりは自治体職員が核になって進められることが多い。人口11万足らずの人吉球磨地域で、住民ディレクターとして真っ先に自治体職員を養成したことは、その後の官民一体となった地域づくりを根づかせるとともに、自治体の枠を超えた職員どうしの横の連携を作ったと永井さんは語る。
住民ディレクターの澤さん
住民ディレクターの入部さん
平成11年には、くまもと未来国体が開催され、県の事業として臨時のイベントFM放送局が開局した。これを総合プロデューサーとなった岸本さんが全面的にサポート、住民ディレクターが企画・運営を担うことになった。新たに住民ディレクターを120人養成した。彼らは一年間ボランティアとして国体をリポート、あるいは番組制作で活躍した。
ここで特筆すべきは、岸本さんらが、国体を契機に生まれた住民ディレクターを一時的な活動で終わらせることなく、いかに地域活動として定着させるか腐心していたことだ。この岸本さんの意図は、必ずしも全員に伝わったとはいえないが、一部の人々はこれをくみ取り、国体後も各地域の住民ディレクターとして大いに活躍している。
このように岸本イズムを継承した人達が、平成13年「NPOくまもと未来」を立ち上げた。「番組作りの面白さを伝えて、いろいろな人を巻き込みながら作るのが楽しい」と語るメンバーの澤啓子さん、「これは不思議!伝えたい!と思ったら企画書を書いている」という同じくメンバーの入部一代さん、志向性がそれぞれ違うものの、とても元気なおばちゃん(失礼)ディレクターだ。
人吉球磨14市町村の中でも、地域活動として住民ディレクターが最も定着しているのが、栗とメロンで有名な山江村である。平成11年にはCATVの番組「使えるテレビ」に山江村コーナーを制作、平成12年には「よかとこ発見ロマンの旅」というドラマ仕立ての村PRビデオを制作し、これは熊本朝日放送のゴールデンタイムに放映された。
ボンネットバス
山江村の内山村長
このビデオの中で重要な役割を果たしている
ボンネットバス「マロン号」
は、10年にテレビ局員だった岸本さんがプロデュースした村づくり番組の中で復活、再生したものであるが、それ以後も村人の足として活用されている。
そして平成13年には、精力的な活動を進めてきた住民ディレクター十数名が「マロンてれび」を立ち上げ、そこでも様々な企画が進めている。こうした山江村での活動の仕掛け人が、住民ディレクターの元村役場職員の内山慶治さんである。岸本さんとはテレビ局時代からの付き合いだという。その内山さんがつい最近、山江村の村長になった。現在は村長の支援のもと、たまり場となる企画情報センターの建設や、CATVの整備の話が進められており、住民ディレクターの手法が行政経営の中に浸透しつつある。
しかし、これほど活動が盛んな山江村でも、住民ディレクターが制作する番組は、もっぱら地域外のテレビ局やCATV等で発信され、地域住民がオンタイムでみることは難しい。つい先日(平成15年10月)開設されたインターネット放送局も、村にインフラがないので、ほとんどの住民はアクセスすることはできず、サーバーも東京におかれている。
インフラ整備が先行し、流すコンテンツがないと悩む多くの地域とはまったく逆に、山江村ではコンテンツが溢れているのにインフラがない。そうした中でCATV網が整備されると、地産地消のように番組が地域内で流通するとともに、全世界から山江村へコンテンツを取りに来るようになり、名実共に情報発信地となる。山江村の活動は、これからが本番である。
このように、人吉球磨地域で始まった「住民ディレクター」は現在、様々な人と地域に根を下ろし、それぞれ個性的な展開をみせはじめている。人吉市では、メディア・ワークショップ「交流大学」が立ち上がり内外から参加者を集め、花堂純次監督による映画づくりの話が持ち上がっている。
また、筑紫哲也のニュース23では、スローライフ特集として住民ディレクターが取り上げられるとともに、担当ディレクターの杉山博之さんが制作会社を退社して地元富士市(静岡県)で住民ディレクターを広めようとしている。さらに、神奈川県では、住民ディレクターの手法を取り込んだ湘南テレビが設立された。
しかし、岸本さんの最終的な狙いは、「住民ディレクター」ではなく「住民プロデューサー」の養成である。地域づくりに求められるは、まず内外の人材ネットワークを活用しながら地域づくりを演出するというディレクターである。
これまでの数年間の取り組みで、住民ディレクターは着実に増えている。そして、住民ディレクターが増えることで求められてくるのが、地域づくりのビジョンを描く構想力を持ち、上手に資金繰りできるプロデューサーである。住民プロデューサーとは、地域のリーダーとなる人材である。
残念ながら現在、住民プロデューサーと呼べる人はほとんどいない。これについて岸本さんは、彼の会社プリズムを地域づくりの「母艦」に喩える。今は人吉球磨に錨(いかり)を降ろし、地域づくりのお手伝いをしているものの、住民プロデューサーが地域に根づいた時、プリズムはこの地域から旅立つべきと考えている。一日も早くプリズム不要の地域にすることが、プリズムの活動目標なのである。
「テレビは見るものではなく、使う(出る)もの」というマロンてれびの合言葉にみられるように、難しい番組制作技術を誰にでも扱えるように解放したことで、テレビは見るメディアから、作るメディアへ、そして参加しながら共に作るグループメディアへと大きく変化しつつある。そして、この新しい道具を巧みに操る住民ディレクターや住民プロデューサーなど“人”が育つことで、地域は内から活力を取り戻す。
(国際大学GLOCOM 丸田 一)
<参考>
山江村インターネット放送局
2003年11月、人吉市で開催されたメディア・ワークショップ「交流大学」に参加した。テーマは国指定重要文化財である青井阿蘇神社に1200年伝わる「おくんち祭り」。私自身もカメラを持って住民ディレクターの仲間入りをした。祭りのメインである獅子舞が、とある老人ホームを訪れた。1年の健康を願い獅子にかまれたお年寄りたちが、涙を流して手をあわせている。その瞬間、住民ディレクターの真髄がようやく理解できた。自らの感動、伝えたいと思うことを映像(コンテンツ)にすること。コンテンツはつくるものではなく、自らの思いを伝えるものなのだ。視聴率10%を超え、全国ランキングで10位以内に入る驚異の番組制作の秘訣は、住民ディレクターがこうした自身の深い思い、感動を伝えるからにほかならないと確信した。
しかし、こうした住民ディレクターの活動も、村長自身が住民ディレクターという山江村を除くと、地域内での知名度は総じて低い。地域住民に住民ディレクターの活動、番組を知ってもらうこと、また現在はごく限られた人数の住民ディレクターを増やしていくことが、地域の最大の課題である。
さらに、地域の情報を自分自身の目線で発信する「住民ディレクター」を束ね、地域づくりの全体を構想し、その運営を資金面からもフォローできる人材、本文でも指摘された「プロデューサー」の育成、岸本氏からの自立が急務である。
住民ディレクターの活動が、「岸本母艦」を離れ、人吉球磨地域、そしてさらに全国に船出していく日を楽しみに待ちたい。そして、そうした船出の日、ニュース23のプロデューサーを「私はコレ(住民ディレクター)でやめました」と笑う岸本氏自身が、次はどこに旅立つ予定なのか、その日になったら氏におうかがいしたいと思っている。
(涯FJ総研 /CANフォーラム 高橋明子)
e-Japan計画でIT先進国を目指す日本だが、地域でのIT化は置きざりにされている。過疎地にブロードバンドを提供する、地域おこしにITを活用するなど、現場での取り組みが重要だ―――
日経デジタルコア事務局
と、
CANフォーラム
(公文俊平会長)はこのような認識で一致し、地域情報化の先端事例を取材し、各地での実践の参考に供したいと考え、本企画を連載します。
月1回を原則に、現地取材を報告します。
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