日経デジタルコア・CANフォーラム共同企画「地域情報化の現場から」


 ADSL(非対称デジタル加入者線)のブームで普及し始めたブロードバンドだが、民間事業者の大半は「過疎地では採算がとれない」とサービス地域にしていない。一方で県レベルの情報ハイウエー整備が進んでいる。この幹線を利用することで、低価格で過疎地域にADSLをサービスする民間事業者が現れた。関西ブロードバンド(本社・神戸市、三須久社長)が主導する「兵庫モデル」ともいえるこの方式は、デジタル・デバイド(情報格差)解消の有力な手法として注目を浴びつつある。

CATVをADSLに乗り換えた町

 「来ぬ人を 松帆の浦の 夕凪に 焼くや藻汐の 身もこがれつつ」――藤原定家の和歌に詠まれた「松帆の浦」がある、兵庫県津名郡淡路町。本州側の明石市とは全長3.9キロの明石海峡大橋で繋がっている、人口約7000人の淡路島北端の町だ。
  この淡路町に2002年12月6日、ADSL(非対称デジタル加入者線)が開通した。しかも月額料金は1980円と、3000円前後が常識のADSLとしては極端に安い。
「高齢化対策が情報化の課題」と語る淡路町の今津町長
  淡路町は、「高齢化と人口の減少に対処するため、情報化事業が不可欠」(今津浩町長)と考えていた。当初はCATVの導入を考えた。その投資は16億円と試算した。
  一般会計の規模が50億円の小さな町で、16億円の投資はかなりの決断を要した。そこに、関西ブロードバンドが、低価格でADSLを導入できるという話が届いた。
  関西ブロードバンドは、同町との交渉で、「100世帯が加入するなら月額4000円、500世帯以上が加入するなら月額1980円」という価格を提示した。
  当初の加入希望は500世帯に達しない。月額4000円では町民の加入意欲は冷えてしまう。そこで、「当初から1980円でサービスして欲しい」と関西ブロードバンドに依頼、そのための設備の負担など、2002年9月補正予算で、2200万円の町費の支出を決めた。
「ここから明石海峡大橋を通って県庁まで35分と、橋がなかったころに比べれば、大幅に近くなった。それでも、橋の向こうとこっちの差は大きい」と淡路町企画調整課の鍋島義隆氏は言う。
  町には高校はない。教育に力を入れて、高校に通わせた子供達は、結局町を出て行く。町民の高齢化も進んでいる。独居老人も増えている。コミュニティーを維持する手として、CATVは初めは魅力的だった。しかし、設備投資だけでなく、町民向けの自主放送を始めたら、相当の運営費がかかりそうだ。
  そこで、定額で高速のインターネットという発想が浮かんだ。大手事業者に問い合わせても、同町でADSLをサービスする計画はないという。そこで関西ブロードバンドを選んだ。
  ところが町会議員もブロードバンドには十分な認識では無く、町役場の職員が何度も関西ブロードバンドの本社に関係者を案内し共に勉強し、今回の事業の趣旨を理解したという。
  淡路町は「岩屋」という古くからある漁港を抱える漁師町だった。娯楽がないので、町民の間では将棋が人気だ。
12月末の段階で。ADSL加入者は90世帯。さらに40世帯ほどが接続を希望している。すでに接続した世帯では、時間を気にせずに楽しめるオンラインの将棋が人気だという。
  インターネットの魅力は、加入者が自分の情報をホームページにアップして発信できる「双方向性」だ。しかし、そこまで行くには時間がかかる。
 現在は町役場のホームページと、町で開いた行事の画像などを流しているが、やがては、町民の情報をホームページやビデオ・サーバーにアップしてインターネットを通じたコミュニティを作って行きたいという。
 特に、独居老人の安否確認や、福祉情報の配信など、福祉に関する応用を検討中だ。

地域の情報化に賭けた会社

 関西ブロードバンドは、2002年春、神戸市で開業した通信ベンチャー。社長の三須 久氏は、東大阪の衣料品店の出身で、日本高速通信の営業マンから通信の世界に入った。
 同社は、ADSL普及のパイオニアだった東京めたりっく通信の関西版である大阪めたりっく通信の出身者を抱えたADSLのプロ集団だ。
「兵庫県全域にADSLを」とネットワーク図を示す関西ブロードバンドの三須社長
 開業当初から、同社は他のADSL業者とは別の作戦を立てた。その秘密兵器が、兵庫県が同年4月から始めた「兵庫情報ハイウェイ」の民間への無料開放だった。同社はNTTの局舎間の接続状況を詳細に調べ、「兵庫情報ハイウェイ」から、NTTの局舎を通して、各地区にADSLをサービスする場合のシミュレーションを徹底的に行った。
兵庫情報ハイウェイは、県がNTTの光ファイバー回線サービスを受ける形で構築しているもので、アクセスポイントの機器などの整備も含め約19億円の費用を掛けた。基幹部分は1.8ギガビット/秒、支線部分は1.2ギガビット/秒の容量があり、総延長は1400キロに及ぶ。
県はこの大容量の帯域のうち、1.2ギガビット/秒、支線部分で0.6ギガビット/秒について、民間に無料開放している。
関西ブロードバンドの三須社長は「都市部はNTTのフレッツやヤフーBB(ブロードバンド)との食い合いになる。田舎は、非効率と見て各業者は見捨てている。しかし情報ハイウェイを利用すれば、都市部並みの利用料金でサービスは可能」と言い切る。
ADSLは一般に、NTTの局舎から遠くなれば減衰してスピードが落ちる。ところが、関西ブロードバンドが調べたところ、NTTは局舎から遠いところでは通常より太い直径0.9ミリの銅線を使っており、局舎から7キロまでは実用になるという。
問題は、一つの地区でどれだけの利用者がいるかで、採算が変わってくる。そこで、同社は、2002年7月末、「100人以上なら月額4980円、200人以上なら3980円・・・500人以上なら2480円」と、加入者の増加で値段を下げる料金表を公表した。
これに呼応して、山間部の佐用町など各地でボランティアの利用者募集運動が始まっているという。
町という単位でそれに呼応したのが淡路町だった。

補助金制度で県も後押し

 兵庫県は、本州に3つしかない太平洋岸と日本海岸を持つ県だ。神戸と阪神間に人口が集中し、山間部や日本海岸は過疎地が広がる。県自体が日本の縮図になっている。
「情報格差の解消が重要」と語る兵庫県の大西局長
ADSL業者がカバーするサービス地域は人口では95%になるが、地域的には半分にもならない。「そうした県内でのデジタルデバイド解消が、県としても大きな行政目標だ」(大西孝兵庫県産業労働部科学・情報局長)。
兵庫県産業労働部科学・情報局情報政策課の岩根正参事は、「地域の情報がネットにアップされれば、その地域の事情もわかり、旅行する気にもなる。情報化は都会だけのものではない、むしろ村おこしにとって重要な道具だ」と言う。
兵庫県にとっても関西ブロードバンドのように、都会と田舎を区別せずサービスする業者が現れたことは、歓迎すべきことだ。
淡路町の補正予算成立と前後して、2002年9月、兵庫県は「ブロードバンド100%整備プログラム」を発表した。これはブロードバンド環境が未整備の地区で、民間業者がADSLなどのサービスを行うのに必要な初期施設整備費用の二分の一を補助する市町に対してその二分の一を兵庫県が補助するという制度だ。県は1件当たり上限を750万円として平成14年度中に3750万円の予算を確保した。
県の意気込みが市町村への刺激になり、淡路町の隣町である津名郡東浦町(人口約8700人)でも、町独自の助成金交付が決まり、当初月額4480円でのサービスを予定していた関西ブロードバンドは、2003年2月の開業から月額2380円で提供とした。
同社によると、現在兵庫県内で13ヵ所程度、関西ブロードバンドの誘致運動があり、市町との調整がまとまり次第、順次提供を開始するという。
ただ、兵庫県の情報ハイウェイ無料開放は2007年3月末までだ。
これについて大西局長は「その時点での利用状況を見て、延長するかどうか判断していきたい」という。一方、三須関西ブロードバンド社長は「その時までに、自営のバックボーンを持ってもやっていけるだけユーザーを増やしたい」と意気込む。同社の社員はわずか35人。格安のルート設定、安いモデムの調達など徹底したコスト削減を行っており、「全県にサービスを拡大しても社員は60人で足りる」と三須社長。
また関西ブロードバンドは、他県にも目を向けている。
隣の岡山県は、全国で始めて自営の情報ハイウエイを構築した。そのほか西日本の各県で情報ハイウエイ構築計画が進行中だ。
「構築しても行政が使い切ることはない。そうであれば兵庫県のように、民間無料開放に踏み切る県も出てくるはず。そうなれば他県にも営業範囲を広げたい」(三須社長)という。
行政と民間が上手に分担すれば、事業採算の面では不利な過疎地でもブロードバンドが提供できるという実例が、兵庫県で進行中だ。

(坪田 知己=日経デジタルコア事務局)



評価と課題
 非営利と営利の連携が重要 希望をもった反面、インフラストラクチャの問題がまだまだ大きいことをあらためて実感した取材旅行だった。IT戦略会議では、3000万世帯が高速回線に「接続可能」な状態になったことをあげて、既に目標が達成できたような言い方になっているが、現場に少しでも出てみると対岸に神戸の明かりが水に映るほどの場所(淡路町)でも大手のキャリアが来てくれない状況がある。通信市場が競争的になって、サービスが多様化して料金が下がったのはいいのだが、このままだと採算の合うところと合わないところの格差が開きかねない。

 このような状況を突破し地域情報化を具体的に進める上で、また、官民の連携のあり方として、一つのモデルケースになるのがこの事例だと思う。県が公共目的に張り巡らせたネットワークが民間開放され、それをバックボーンとして活用してベンチャーが県全体を覆うサービスを展開し、自治体とともに住民にサービスを展開する。比較的小さな呼び水で大きな成果をあげうる方法だろうと思う。
各県で取り組んで相互接続していけば大きなネットワークにもなりうる。

 方式もさることながらそれ以上に印象的だったのが推進されている方々の気概だ。「いずれ公共に頼らないで全部採算ベースにのせる」と語るベンチャー、大きな補助金がつくCATV路線に安住せず、「これならいずれ町独自の予算だけで維持できる」とベンチャービジネスと組んでADSLを入れることを選び取った淡路町職員。そしてそれを認めた市長や議会。その立ち上げを県庁が支援した。
地域が気概を持って自らイニシアチブを取ると、それを受け止める中央がある、という姿が見えたのが嬉しかった。

 今回訪問したところではなかったが、町、ベンチャー、県の輪の中にNPOが加わってブロードバンドを実現している町(佐用町)もあるとうかがった。地域情報化は民だけでも、官だけでもうまくいかない。また、地元だけでも中央だけでもうまくいかない。非営利と営利の連携も重要だ。

 異なる行動原理で動いている参加主体をつないでいくのは決して簡単な作業ではなかろう。それでも動いているのは、地域活性化の使命感に燃えて現場を走り回って志ある方々だ。この取り組みが成功するとまだ保証されたわけではないし、まだまだ困難が待ち構えているのだろうと思う。日本各地で地域情報化に奮闘されている方々にどんな追い風を送れるか、あれこれ考えながら東京への帰途についた。

(國領 二郎=慶応大学教授)



本企画記事の背景について
 e-Japan計画でIT先進国を目指す日本だが、地域でのIT化は置きざりにされている。過疎地にブロードバンドを提供する、地域おこしにITを活用するなど、現場での取り組みが重要だ―――日経デジタルコア事務局と、CANフォーラム(公文俊平会長)はこのような認識で一致し、地域情報化の先端事例を取材し、各地での実践の参考に供したいと考え、本企画を連載します。
月1回を原則に、現地取材を報告します。


- 戻る -