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CSRの視点 「場」としての企業

かつて豊田英二氏は「企業の最大の社会に対する貢献は納税である」といったとされる。CSRはコストのかかるものだという躊躇(ちゅうちょ)はなにか特別の「善い」ことを新たに始めなければならないという強迫観念に根差しているのではあるまいか? しかし、半ば恒久的に果たされる企業の社会的責任は本業の業務を行う中で実現されるものであろう。

たしかに納税は本業の業務を行う上で実現される社会的責任である。しかし、本業の業務によって赤字しか生まなければ翌年の納税は行われない。筆者は最も根源的なCSRは雇用という行為の中に実現されると考えている。それが企業にとって最も根源的な行為だからである。

かつてわが国の企業における雇用の制度は「終身雇用」と「年功序列」を特色としてきた。「会社」は、ある意味「社員」にとって生活の「場」であり、共同体としての「場」であった。「会社人間」「企業戦士」などと後にはやゆ的なニュアンスを込めて呼ばれてきた被雇用者は、会社の利益を自らの利益として、多少の不利益や、ときにはかなりの自己犠牲もやむを得ないと業務にまい進してきた。会社の側も、業績が悪化しても首を切ることは基本的にタブーとし、共同体をまもるための様々な努力を重ねてきたのであろう。

しかし近年、特にバブル崩壊以降、「場」としての会社はそのあり方、社員との関係を変えてきた。会社は社員が生活の場とする、あるいは共同体とする場ではなくなり、社員の労働力と時間あるいは技量を買う「場」になってきた。程度の差はかなりあるものの、そうした方向に移行すべきだという了解はかなりひろく流布している。すなわち、社員は会社の一部ではなくなり、会社と関係を結ぶ他者になろうとしているのである。これは二つの異なる要因の影響があるように思われる。一つは、企業の経営の合理化、適正化を求める流れ。もう一つは個人のQOL向上を求める流れである。

「終身雇用」と「年功序列」は従来的意味でのコストが高い。企業の経営コストを押し上げ、柔軟な雇用政策を阻害するシステムと思われがちである。したがって、雇用関係がこの過去の呪縛(じゅばく)から解放されて、会社が社員の「技量」「時間」「労働力」を必要に応じて買い取るシステムに移行すれば、経営にかかるコストが極力削減でき、身軽な経営ができるという考えである。たしかに、会社が社員以外の「誰か」(例えば株主)のものであるという立場にたてば異論のない考え方である。しかし、会社が社員のものであるという立場あるいは、社員が会社の一部であるという立場にたてばずいぶん冷たい関係に思えるであろう。もし会社が社員以外の誰かのものであるとしても、社員にとって会社は利益を共有するパートナーでも、自分がその一部となる全体としてのロイヤルティーは持てなくなり、時給以上の「がんばり」も滅私や奉公も、期待すべくもない。企業が危機に陥ったとき、あるいは成長を始めるとき、時給以上の「がんばり」や継続的に発揮されるロイヤルティーが必要であろうが、これは望めなくなる。しかも、最近のはやりである非正社員の増加に代表されるような労働力の流動化がさらに進めば、こうした企業の帳簿外の底力は蚕食されていくであろう。さらに、社員は持てる知見を会社との共有財産とみなさなくなり、知見の集積は行われず、つねに知見を外部から購入しなければならなくなる。これは企業文化が形成できなくなるということにもつながる。

一方、個人のQOL向上云々であるが、仕事が趣味という「企業戦士」の行きすぎた(かもしれない)生き方や、家庭を顧みない愚直さがもたらした揺り戻し的なはやりであるように思える。行きすぎたらいけないだろうが、仕事が趣味といいきれる人生はそれなりに幸せで、しかも生物としての本性に近い生き方でありはしまいか?

誇りを持って働ける運命共同体としての「会社」。かつてそうであった企業も少なくなかったはずである。輸入業者がすぐにありがたがって珍重する、米国の企業モデルにはないかもしれないし、今の状況にはかならずしも適合しないところもあるかもしれない。がしかし、鮎の塩焼きにケチャップをかけてうまいと思う日本人はいないし、制度や文化は、時代によってその姿やあり方を変えてつくられていくものである。

人口と空間(資源、環境、老廃物の残量も含む)のバランスが崩壊しつつあり、さらに人口爆発が止まる気配もない今日、最終的には経済の量的拡大(個人ベースで)が期待できなくなる日がやってくるであろう。それを見越して、おおくの人々が希望と安心を持ちにくくなることへの給付として、働くことが生きがいと感じられる「場」を企業が提供できることは「余人をもって代えがたい」社会的価値のように思える。

写真 細谷辰之
細谷 辰之 (ほそや たつゆき)
フランス国立ポンゼショセ工科大学
国際経営大学院教授
1982年日本大学法学部卒業、同法学研究科博士前期課程修了、同後期課程単位取得中退後、パリ第一大学留学。89年フランス国立ポンゼショセ工科大学助手兼講師、同国際経営大学院主任研究員、助教授、学長補佐、教授を経て97年同東京校副学長。2001年名古屋大学経済学研究科教授、02年名古屋大学医学部医療経営管理部教授を併任。04年より現職。06年より医療法人財団新和会八千代病院顧問。
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