会社人間のソーシャル・キャピタルと会社への信頼感
会社人間のネットワークは会社への信頼を高めるのか
近年は、会社人間の持つ人間関係のあり方が疑問視されている。日本企業の会社人間の持っている社会的ネットワークは、本当に会社の信頼感を高めるのに役立っているのだろうか。会社人間の持つ社会的なつながりは、確かに会社の信頼感づくりに役立つこともあるし、他方、逆の場合もあるだろう。会社人間の社会的ネットワークは、職場における強くて深い人間関係である。それは、会社への深い帰属意識や忠誠心、そして職場における強く濃い信頼関係をもたらす。まず、これが貢献している面としては、現場でのチームワークの良さや、そこから生ずる顧客など外部の関係者への一枚岩的な対応による信頼感である。逆に弊害の面もある。会社の閉鎖性や内向きの態度を作り出すので、不信感を生むこともある。
会社人間のネットワークは会社への信頼を高めるのか
会社人間のネットワークのあり方とその会社への影響は、組織マネジメントの研究でも重要な課題となってきている。経営学や組織論でも、「ソーシャル・キャピタル理論」を受けて、社員や会社全体の持つ社会的なネットワークの構造や質が、会社にとっての社会的な経営資源として見てみるとどのようなものであるのかについて検討する研究潮流が生まれてきた(*1)。そこでは、社会的ネットワークの実際の構造や質についての計量的な分析を行うとともに、組織や個人のパフォーマンスに対してどのような影響があるかについて検討している。例えば、ソーシャル・キャピタルについての二つの典型的な構造効果の議論から見ると、会社人間のそれは、次のように見ることができる。一つには、強い結合関係の持つ強みである。会社人間の持っている社会的ネットワークは、強くて深いつながりを狭い範囲で濃密に持っている。これは、同質的な知識や価値観、行動パターンを深く共有し、深く高い信頼感を共有するには有利である(*2)。そして、優れた品質や高い実行力を引き出すには有効である。だがグラノベッター教授の言う「弱い紐帯の強み」は乏しい(*3)。これは、数多くのブリッジ的なつながりによって、弱いけれども広域的に広がっているネットワークから引き出される構造効果である。広い範囲での異質、新規な情報や能力を結合しやすく、イノベーションには効果的とされる。つまり会社人間のソーシャル・キャピタルは、品質改善や一体感づくりには向くが、閉鎖的なので革新性やスピード感には劣る。
会社人間のネットワークは会社への信頼を高めるのか
日本の会社の現状を考えると、その社会的ネットワークの構造や質の分析が必要だろう。派遣、パート、アルバイト社員など非正規な社員を大量雇用するようになったために、職場の人間関係は、会社人間的な同質なものではなく、多様で複雑なものになってきている。非正規な社員は、会社に対するコミットメントや職場でのネットワークのあり方が、彼らの選択的な生き方とも相まって、正社員と違い、多様である。実は、もはや「会社人間」のような同質的で深い職場関係は、幻想であり、日本の職場も、多様で複雑な異質なネットワークが集積している空間となっている。従って、こうしたコミュニケーション・ネットワークが実際に、モノづくりなり、品質改善なり、顧客対応なりにきちんと良い効果を発揮する構造や質になっているかどうかが問題である。ソーシャル・キャピタル理論は、私たちに、職場の「報・連・相」(報告、連絡、相談)が、マスコミの議論のように建前論ではなく、本当になされているのかを明らかにしようとしている。最近の日本の会社の不祥事を見るにつけ、基本的な報・連・相が機能しておらず、そのソーシャル・キャピタルの構造劣化が問題なところもあるだろう。食品生産における不正や、自動車の品質事故を見ると、簡単に隠蔽ができる驚くほど簡単で無防備な職場のネットワークがある。
ソーシャル・キャピタルの観点から、日本企業が自分の組織体制から信頼感を生み出す仕組みを反省する検討が必要だろう。日本の会社は、確かに良いソーシャル・キャピタルを持っていた。組織内では、強く濃いネットワークと信頼は、会社全体に良い品質づくりや対応の体制を作り出していた。さらには、モノづくりやサービスへの強いこだわりの体制は、顧客からの高い信頼を得ていた。だが、国際的に見ると問題もはらむ。ウッジは、日本の会社のソーシャル・キャピタルは過剰なまでに古い構造とのしがらみを持つと批判する(*4)。一つには、日本の会社は、会社人間的なソーシャル・キャピタルを基本とするので、インターネットやグローバル化の時代においては、ネットワークと信頼の発達スピードや切り替えが遅いという難点を持つ。日本企業は、ダイバーシティ・マネジメントに取り組み、より多様な社員たちと、競争力あるスピードでネットワークと信頼感を高めていく必要があるだろう。第二には、顧客や市民とのかかわりが、閉鎖的で商売上での一方的なものが多い。新製品の市場を顧客とともに創り出そうとする取り組みが弱い。プロ顧客の能力やアイディアを信頼する仕組みはまだ弱い。また、社会的対応も、市民やNPOとのつながりから取り組む姿勢も発展途上だろう。ソーシャル・キャピタル論から、社員、会社そして社会とのネットワークの個性や内容について構造的分析を進めつつ、そのあり方について議論するべきだろう。
(参考)
- *1
- Adler, P. S. and Kwon, S. W. (2002) “Social Capital: Prospects for a New Concept,”Academy of Management Review, 27:17-40. また、『組織科学』第40巻第3号は、ソーシャル・キャピタルの組織論の特集を組んでいる。
- *2
- Krackhardt, D. , 1992, “ The Strength of Strong Ties,” In N. Nohria and E. R. Eccles, Networks and Organizations, Boston, MA; Harvard Business School Press, pp.216-239.
- *3
- Granovetter, M. ,1973, “The Strength of Weak Ties,” American Journal of Sociology, 78: 1360-1380.
- *4
- Uzzi, B., 1996, “The Sources and Consequences of Embeddedness for the Economic Performance of Organizations,” American Sociological Review, 61(4):674-698.
- 若林 直樹 (わかばやし なおき)
- 京都大学大学院経済学研究科






