マルチステークホルダー・プロセスとしての「円卓会議」
去る3月より、経済界、労働界、消費者団体、NPO・NGO、政府が共同設置する「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」が本格始動した。本稿では、この円卓会議の狙いや今後の見通しについて概説する。
1.円卓会議の目的
現代社会を取り巻く課題の多くは、政府による伝統的な公共政策だけで解決するものではない。特に、地球や人類の持続可能性を巡る課題の多くは、その解決にあたって社会を構成する多様な主体の役割を必要とする。
しかし、現実にはどの主体も単独で役割を果たせるわけではない。例えば、企業が環境にやさしいものづくりに継続的に取り組むには、その商品を評価して積極的に購入する消費者の存在が欠かせず、さらにその前提には、活発な市民活動による新しいライフスタイルの普及が必要となる。持続可能な社会を実現するためには、多様な主体が補完し合うことで、それぞれが役割を発揮しやすい環境をつくり出すことが不可欠なのである。
円卓会議の主眼は、まさにそうした環境づくりにある。すなわち、政府だけでは解決できない社会的課題に対して、広範な主体が協働して自ら解決に当たるための新たな“公”の枠組みを提供することである。
具体的には、経済界、労働界、金融界、消費者団体、NPO・NGO、政府などのステークホルダーが自ら選んだ代表が参集し、対話を通じて情報や認識を共有するとともに、協働に向けた各主体の役割についてコミットメントを行う。その成果は、おおむね2010年までに、各主体の総合的なアクションプランとなる「安全・安心で持続可能な未来への協働戦略」として取りまとめられる。協働戦略で取り上げられる内容としては、環境、人権、貧困など、持続可能性を巡る様々な課題が想定される。
2.審議会や有識者会議との違い
円卓会議は、政府が設置する審議会や有識者会議などの機関とは大きく異なる。
ⅰ) 対等な立場
通常の審議会などでは、政府が設定した議題に対し有識者が提言を行い、その成果は政府の政策に生かされる。政府以外のステークホルダーは、あくまで政策の客体にすぎない。
それに対して円卓会議では、政府も含めすべての主体が当事者として対等な立場で参加する。そこで扱う議題も参加者が話し合って決めるほか、すべての主体の役割が検討の対象となる。
こうした考え方は、円卓会議の設置根拠や事務局機能にも徹底されている。円卓会議は、総理大臣や経団連会長、連合会長をはじめ、各ステークホルダーのトップが設立趣意書に連名で合意することにより共同設置されたものである。また、これまで政府が担ってきた事務局機能は、運営委員会という共同事務局が担う。
図表1 対等なステークホルダーによる審議
ⅱ) ボトムアップによる参加
通常の審議会などの委員は、あくまで個人として政府から任命を受けた学識経験者などで構成され、厳密な意味でステークホルダーを代表している訳ではない。
それに対して円卓会議の委員は、原則としてステークホルダー自身によって選出される。選出にあたって各グループは、できるだけ透明で開かれた公正な過程を経ることが求められるため、円卓会議の外側に、委員選出に向けた自主的なネットワークを形成することとなる。現にNPO・NGOグループでは、昨年5月に「社会的責任向上のためのNPO/NGOネットワーク」(通称NNネット)を設立するなど、各グループでネットワーク化の試みが進んでいる。
一方、円卓会議での議論は、こうしたネットワークを通じて各グループに還元され、草の根の団体や個人の活動に生かされる。また、ややもすると実態とかけ離れた議論に陥る有識者会議と異なり、円卓会議では、ボトムアップ的に選ばれた当事者同士の対話を通じ、より現実に即した恊働を実現することができる。
図表2 ボトムアップ型の参加・還元プロセス
3.ソーシャル・ラーニングの機能
このように円卓会議は、対等な参加に重点を置いた、新しい社会的意思形成のモデルを提示している。その原型にあるのは、国際社会で実践されてきたマルチステークホルダー・プロセス(MSP)と呼ばれる公共ガバナンスの枠組みである。
MSPのあり方は極めて多様だが、以下では特に、円卓会議が有する、ソーシャル・ラーニングを促進する機能について紹介する。なお、MSPの一般的な定義や意義については、本サイトの拙稿(2008年11月6日掲載)を参照されたい。
ⅰ) 参加を通じた価値観や行動様式の変革
“学びの場”としての円卓会議の機能の1つは、ボトムアップによる参加を通じ、人々の価値観や行動様式に変革をもたらすことである。
政府は毎年莫大(ばくだい)な費用をかけて、一般国民向けの啓発活動を行っているが、一方的な知識や情報の伝達では、人々の考え方は容易には変わらない。一方、円卓会議は同じ目的を、協働戦略への参加による意識や体験の共有を通じて達成しようとする。その際、特に生活者に身近な市民団体などが主体となった消費者教育や環境教育は極めて重要な要素となる。
これは極めて時間と労力を要するプロセスだが、特に地球環境問題のように、時間をかけても人々の考えを変えていかなければならない課題については、政府の広報活動とは比較にならないほど大きな効果を発揮する。
ⅱ) 自己と他者への理解
“学びの場”としてのもう1つの機能は、自己と他者への理解を促進することである。
円卓会議は、通常の審議会等のように、単に様々な肩書きが名簿に名を連ねているだけで成立するわけではない。各委員は、ステークホルダーの代表として、絶えず、内部と外部両面に対する説明責任にさらされることになる。特に、代表として対話に臨む際には、グループ内部でしっかり議論を行い、意見の集約を図ることが要請される。
こうした意見集約の過程はグループ内の多様性を抑圧するとの批判もあるが、実際には逆の効果も生じる。ステークホルダーの代表としての正統性を外部に示すため、グループの多数派は少数派とのコミュニケーションを密にし、彼らの意見に耳を傾ける姿勢が求められるからである。現に、先に紹介したNNネットでは、「代表協議者ガイドライン」を定め、代表に付与される権限の範囲や責任について取り決めを行っている。
円卓会議は、対話を通じて異なるステークホルダー間の相互理解を促進するだけでなく、そうした外部の“他者”との対話を通じて、各主体が“自己”を見つめ直し、内部の“他者”への理解を深める機会を与えるのである。
4.今後の審議予定
円卓会議の審議は始まったばかりである。今後、総会の下に設置された協働戦略部会を中心に、協働戦略の骨格となる重点課題のリストを検討し、7月ごろを目途に取りまとめを行う。その後は、重点課題ごとのワーキンググループで検討を深め、来春をめどに、各主体のコミットメントを集大成した協働戦略を策定することになる。
企業を中心に責任概念を構成するCSRの考え方は、それだけでは持続的な運動にはつながらない。冒頭で述べた通り、どの主体も単独では十分な役割を発揮できないからである。企業がCSR に本気で取り組めば取り組むほど、MSPが提供するステークホルダーとの双務的な関係の構築が不可欠になる。
円卓会議での審議が、ステークホルダー間の新しい関係性の構築に向け、何がしかの貢献をすることを期待している。
図表3 今後の審議スケジュール
- 佐藤 正弘 (さとう まさひろ)
- 内閣府国民生活局企画課課長補佐、慶應義塾大学経済学部非常勤講師、経済学修士
東京大学教養学部卒、同大学院国際社会科学専攻修士課程修了の後、2001年より内閣府経済財政政策担当。米国ジョージタウン大学大学院博士課程(経済学)留学を経て、2006年から現職。「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」の発案・制度設計に携わる。
主な研究分野は、環境金融、社会的責任論、公共ガバナンス論。「マルチステークホルダー・プロセスと企業の社会的責任について」(『月刊ESP・2008年1月号・規制から規律へ~企業の社会的責任論の新展開』)など執筆。
masahiro.sato@cao.go.jp






