CSRから円卓会議へ
国家と市場と市民社会の新たな関係
「企業の社会的責任」からCSRへ
「企業の社会的責任」という言葉に私が初めて接したのは、70年代初めの学生時代、公害問題の高まりの中であった。その後、2001年にノルウェーのオスロで開催された国際標準化機構消費者政策委員会(ISO/COPOLCO)総会で標準化の議論が始まったころから、わが国でも、CSRという略称が一般に使用されるようになった。
公害問題を論じる際に「社会的責任」という言葉が用いられたのには理由がある。当時は環境庁もなく、環境関係の法令も十分ではなかった。公害排出企業は必ずしも当時の法律に違反していたというわけではなかったし、また、民法不法行為法による被害救済も、過失や因果関係の立証上の困難があった。それでもなお、公害被害者を救済する社会的責任があるのではないかという論調で、この言葉が使われた。すなわち、初期の社会的責任論は、「非法的責任」という意味だった。
ところが、21世紀に入ってからCSRという略称で言われている社会的責任は、むしろ「社会に対する責任」という意味に変わってきている。これは、企業は社会において存在し、さまざまなステークホルダー(利害関係者)との関係において活動していることを重視する企業観に基づいている。ここでの社会的責任は、ステークホルダーに対する責任と言い換えてもよい。ここでは、法的責任を排除するという含意は希薄である。実際、国際標準化作業を行っているISOの社会的責任ワーキンググループの草案(ISO26000 WD4.2)では、「持続可能な開発、健康および社会の繁栄への貢献」「ステークホルダーの期待への配慮」「組織全体で統合され、組織の関係の中で実践される行動」と並んで、「適用される法令の順守及び国際行動規範の尊重」がSRのコアとされている。
CSRから円卓会議へ
CSRは、企業が何をやるべきかという議論である。ステークホルダーは対話やエンゲージメントの対象ではあるが、ステークホルダー側の責任や責務という議論はほとんどなされない。
国民生活審議会が提唱する「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」には、従来のCSRの議論に比べて2つの特徴がある。
第1に、特定のステークホルダーが取り組むだけではうまくいかず、複数のステークホルダーが協働することにより解決が実現できる課題を取り上げていくという点である。問題解決のために各ステークホルダーとして何ができるかをコミットしあい、責任を持って実践していく。
例えば、CO2の排出のかなりの部分を家庭が担っているが、家庭からのCO2排出量を減らすために、企業がそのような消費生活が可能な製品なりサービスなりを提供していくことが必要だし、また、消費者・生活者の側で排出量を減らすような生活スタイルに変えていくことも必要である。その意味で、消費者にも社会的責任がある。消費者団体の国際組織であるコンシューマーズ・インターナショナルは、今年から、3月15日の世界消費者の権利デーに加えて、9月15日を世界消費者の責任デーとしてキャンペーンを行う計画である。
第2に、各ステークホルダーが自主的につくるネットワークの中からボトムアップで選ばれた代表が集まり、合意されたことがらについて、各グループの主体への啓発や協力を求めることが期待されている点である。また、ステークホルダーとして、事業者、消費者、労働組合、NPO・NGO、行政、専門家に加えて、金融セクターを独自のグループとして位置づけている。これは、金融を通じた社会的責任のための市場環境整備を重視しているからである。
従来、公共性は政府によって独占されてきた。円卓会議は、わが国における初めてのマルチステークホルダー・プロセスの実践であり、政府と市場、市民社会の関係を組み換え、公共性の新たな担い手を創り出していく可能性を秘めている。
- 松本 恒雄 (まつもと つねお)
- 1974年京都大学法学部卒
同大学院、助手、広島大学助教授、大阪市立大学助教授を経て、
1991年から一橋大学教授
民法、消費者法、IT法専攻
最近の主な著書
『企業の社会的責任』(共編著、勁草書房 2007)
『消費者からみたコンプライアンス経営』(編著、商事法務、2007年)
『Q&A消費者団体訴訟』(編著、三省堂、2007年) など
現在の主な公職
消費者行政推進会議委員(内閣官房)
国民生活審議会消費者政策部会長(内閣府)
産業構造審議会消費経済部会長・割賦販売分科会長(経済産業省)
日本工業標準調査会消費者政策特別委員会委員長(経済産業省)
ISO/SR国内委員会委員長(日本規格協会) など






