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全社的リスクマネジメントがCSRを変革する

改正会社法の施行あるいは金融商品取引法の施行準備によって企業はいや応なく「内部統制システム」の整備にまい進せざるをえなくなった。企業の社内活動はより一層アクティブになり、個々の従業員の意識改革も重要な課題となっている。従業員一人一人が会社を代表する者として自らの役割を認識し、社会との接点においてどのような対処が適切かを判断していくことになる。CSRの真の価値とは、企業の経済活動、社会貢献、環境対策などに限定されることなく、企業の全般的活動を通じて、企業のあり方、風土、従業員のモチベーションを含め、色々なビジネスと社会の接点でつまびらかになっていくものである。

伝承的歴史観を漂わせる「伝統」という言葉と一世を風靡(ふうび)した「伝説」という言葉は、CSRでは大きな意味の違いがある。創業者の経営理念のもと、何代かの歴代の経営者の一挙一動を積み重ねて培われた企業土壌、組織風土はその企業の「伝統」となり、従業員は自らの会社を、業界や市場の特徴ではなく過去の歴史的観点から特異な特性として認知している。そのような企業の従業員に自らの会社の特性を評価させると、誰に教えられることもなく多くの表現で熱く語ってくれる。

一方、「伝説」のカリスマ経営者が創業したITに代表される新興企業では、その経営手腕を歴史に残すことはあるかもしれないが、企業風土の定着という点では極めて不安定である。従業員に自身の会社の特性を聞いてみても、経営者のカリスマ性に目を奪われ、社会との接点から見た自身の役割や企業活動の中での自身の立ち位置ですら答えられない者も多い。血の通わないロボット経営には、経営者のコミットメントという伝家の宝刀はあるものの、CSRによる企業価値創造という言葉はなじまない。

ブランドが一朝一夕に確立できないように、CSRによる企業価値創造も容易ではない。従業員から見て表現できない会社は、投資家や株主から見ても「実態のない会社」「何をしているのかわからない会社」に見えているはずである。

筆者は18年にわたり、企業のリスクマネジメント・危機管理活動に携わってきたが、昨今の種々の法律改正に伴い、全社的なリスクの分析から企業の風土や脆弱(ぜいじゃく)性を洗い出し、経営者層に認知を深めてきた。

「なぜ、当社の離職率は高いのか?」。ここ数年、経営者層から持ち込まれる難題である。業界では成功していると誰もが太鼓判を押す企業においても、脆弱性の波はいつの間にか企業の屋台骨を脅かすところまで忍び寄ってきている。「従業員に愛されていない企業」は「株主、投資家からも愛されない企業」となり、CSRの実践効果においても期待できない。

影響度・頻度分析を中心としたリスクマップによる全社的リスクの洗い出しは、こうした問題点に対して経営者には耳の痛い現場の実態を余すことなく知らしめる効果をもたらす。「なぜ、離職率は高いのか?」という短い質問の答えは、以下のような複雑なリスクの顕在化によって言わずもがなとなっていることが判明する。

  • 業務の複雑化、処理量の増大
  • 人的リソースの不適切な配分
  • コミュニケーション不足
  • サービス残業
  • 不適切な労働環境
  • 能力・実績評価制度・基準の欠陥
  • 労働災害、過労死
  • パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、雇用差別
  • 不適切なアウトソーシング
  • 優秀な人材の離職に伴う知財・ノウハウの散逸

そして、このような企業の特性の一つとして、「事務ミス」「顧客クレーム管理の不備」「業務の実効性への疑問」などの各リスクが同様に顕在化している点にある。自らの立ち位置が見えない、やりがいのない職場は、業務上のミスが原因で風評リスクにも悪影響を及ぼしている例を筆者は何度も経験している。

さらに厳しいことを言えば、そうした従業員の不安感は経営者層にも向けられ、「戦略策定の未熟」「変化への順応性の欠如」「リスク対比の収益測定のミス」「戦略目標と実績測定の欠如」「経営方針と企業活動の不一致」など、経営戦略リスクの懸念材料として抽出されることもまれではない。闇を照らす道筋が見えないまま、従業員に切り捨てられる企業の中には内部告発などによる企業不祥事の発覚が多発し、CSRの入り口すら見えてこない事例も散見される。

CSRを真剣に考えていくとき、従業員の意識改革を行うと同時に企業そのもの、そして経営者層そのものが変革を求められていることを早く認知すべきである。個々の従業員の知識(Knowledge)、知恵(Intelligence)、技能(Skill)、専門性(Speciality)を知り、それらを有機的に機能させていくことで、企業としての変革(Restructuring, Reorganization and Re-engineering)も進むはずである。

内部統制整備のプロセスとは、全社的リスクを洗い出すことにより、当該企業の企業風土や業務の特性を知ることであると同時に、従業員との有機的交わり・組織力の見直しを図ることであり、統制の実効性を確保するためには、誰にでもわかりやすい経営理念の透明性と当該企業に求められる社会との接点を経営者層がどのように評価しているかを組織全体に認知させていくことにほかならない。

「あなたの会社はどのような会社ですか?」と聞かれ、一人一人の従業員が多くを語れる職場環境を整備すること、つまり難しい表現をあえて使わずに経営者の理念や企業活動の認知を深める工夫を始めるという極めて身近な基礎固めから考えてみてはいかがだろうか。

写真 白井邦芳
白井 邦芳 (しらい くによし)
AIG Corporate Solutions, Inc.
アシスタントバイスプレジデント兼法人コンサルティング部門 首席ディレクター、AIG RRT(緊急対応チーム 危機管理担当)。
1981年早稲田大学教育学部卒業 同年AIU保険会社入社、4度の米国駐在を経て現在に至る。著書に『企業の危機管理コンサルティング』(中央経済社)などがある。
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