マルチステークホルダーの時代
1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットで、人類は持続可能な発展という壮大な挑戦に向け大きくかじを切った。以来、国際社会では持続可能な社会を支える新たな公共ガバナンスのあり方が模索され、実践されてきた。――“マルチステークホルダー・プロセス”と呼ばれる、多様な利害関係者(ステークホルダー)が参加した社会的合意形成の枠組みである。
本稿では、地球サミット以来の国際社会の挑戦について概観するとともに、マルチステークホルダー・プロセス(MSP)の定義や特徴、CSRとの関係、さらには政府で検討が進む円卓会議の動向について論じる。
1.持続可能な社会を支える新しいガバナンスの形
地球サミットの採択文書「アジェンダ21」は、紙面の実に4分の1を割いて、ある一つのメッセージを発している。すなわち、持続可能な発展を実現するためには、すべての社会集団がそのプロセスに参加し、それぞれの役割を果たすことが不可欠であるという問題提起である。まさにこの問題提起に対応した新たな公共ガバナンスの形として実践されてきたのが、MSPにほかならない。
MSPとは、一言でいえば、“3グループ以上のステークホルダーが対等な立場で参加した合意形成のプロセス”を指し、1990年代以降、開発プロジェクトや国家戦略の策定過程など、国際社会の様々な場面で活用され、実践的手法として洗練されてきた。
特にMSPは、ほぼ同時期に起こったCSRの世界的隆盛と密接に関係している。例えば、CSRに関連する国際的な指針や基準の多くは、その策定過程や策定組織のガバナンス構造の基礎に、必ずと言っていいほどMSPを採用している(図表1)。こうした指針や基準は、CSRが市場評価に組み込まれていく過程で大きな役割を果たしてきたが、これらにソフトローとしての正統性を与えているのが、まさにMSPであると考えられる。
| 組織名 | MSPの概要 |
|---|---|
| グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI) | 46名から成るステークホルダー評議会が、戦略的・政策的な論点について理事会に助言を行うほか、持続可能性報告ガイドラインの策定過程にも、各ステークホルダー・グループから数百団体が参画。 |
| 森林管理協議会(FSC) | FSC認証基準の決定に関わる総会や理事会の構成員を、商業的利益を有する団体や個人、企業経営者、業界団体などから構成される“経済グループ”、森林の社会的有用性や環境的側面を体現するNGOや学術機関から構成される“社会グループ”及び“環境グループ”の3グループから選出。 |
| 国際標準化機構(ISO) | 社会的責任に関する国際ガイダンス規格(ISO26000)の策定過程において、ISOとして初めて本格的なMSPを採用。策定作業を担うワーキンググループ及び各国ごとのミラー委員会が、政府、産業界、消費者、労働者、NGO、研究者等の6分類のグループにより構成。 |
2.MSPの特徴
MSPによるプロジェクトを成功に導く重要な条件は、“平等代表性(equitable representation)”である。“平等”とは、すなわち、課題に関係するすべてのステークホルダーが対等な立場でプロセスに参加し、意見を述べ合うということである。特定のグループが意図的に排除されることは許されないことはもちろん、参加する以上は平等に説明責任を負う。
実はこの点で、MSPとCSRでは構図のとらえ方が異なる。CSRの責任主体はいうまでもなく企業であり、ステークホルダーとは企業活動に利害関係を持つ個人や集団を指す。一方MSPにおいては、お互いがお互いにとってステークホルダーであり、相互に説明責任を負う双務的な関係が前提となる。
特にMSPは、それぞれ単独では十分に能力を発揮できず、お互いがお互いのリソースを必要とする主体が、協働して課題を解決していくために考案されたスキームである。その応用範囲も、政府の戦略策定過程から、産業界とNGOの連携、地域における市民協働プロジェクトなど、極めて多岐にわたる。
3.CSRからマルチステークホルダーの時代へ
グローバル化に伴う社会問題の顕在化を背景に、1990年代後半以降、世界規模でCSRへの関心が高まった。しかし、企業を中心に責任概念を構成するCSRの考え方は、問題提起としては重要であるものの、それだけでは持続的な運動にはつながらない。企業がCSRに本気で取り組めば取り組むほど、ステークホルダーとの双務的な関係を構築することなしに成果を挙げることは困難になるからである。
例えば、企業が継続的に環境問題に取り組むには、消費者がそうした企業の製品を購入し、これを支えることが不可欠であり、持続可能なライフスタイルを広める上で消費者に身近なNPOや消費者団体が果たす役割は大きい。また、環境にやさしい消費行動の前提には、企業による適切な製品情報の開示が必要となる。
先述の通り、そもそも国連がマルチステークホルダーの考え方を打ち出した背景には、政府中心の伝統的アプローチの限界についての認識があった。しかし、限界を抱えているのは当然政府だけではない。企業も真空状態では役割を発揮できないのである。
こうした限界を乗り越える公共ガバナンスの形こそが、MSPにほかならない。我々は今まさに、「アジェンダ21」が描いたマルチステークホルダーの時代へと向かっているのである。
4.円卓会議の始動
こうした中、国レベルで初めての包括的MSPの試みが年度内にも始動する。「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」である。
円卓会議は、事業者団体、消費者団体、労働組合、NPO・NGO、金融セクター、行政などの広範なステークホルダーの代表が参集し、目指すべき未来像を共有するとともに、その実現に向けた協働を推進することを目的とする。特に社会的責任投資の促進策など、社会的責任の取り組みを促進する環境整備を推進し、おおむね2010年までに、いわばステークホルダーの行動計画となる「安全・安心で持続可能な未来への協働戦略」を策定する。
円卓会議と政府の既存の審議会などとの大きな違いは、先に述べた“平等代表性”の重みである。“代表”とは、参加者が自らの属するステークホルダー・グループの利害を代表しているということである。理想的には、グループごとに一定の透明で開かれたプロセスを通じて代表が選ばれることが求められる。
言うまでもなく、審議会などでは、政府に任命された学識経験者が、あくまで個人として意見表明する。これに対し円卓会議の委員は、各グループからボトムアップの過程を経て選ばれ、それぞれのグループを代表して議論に参加する。また、円卓会議での議論は各グループに還元され、草の根の団体や個人の活動に生かされていく(図表2)。
それは非常に時間と労力を要するプロセスであり、したがって円卓会議は、迅速な判断を要する政策には適さない。一方で、地球環境問題のように、時間をかけても人々のライフスタイルや行動様式を変えていかなければならない課題については、政府が莫大(ばくだい)な費用をかけて行う一方的な広報活動とは比較にならないほど、大きな効果を発揮する。
今後、こうしたマルチステークホルダーの考え方が、各地域、各産業、各企業、各NPOなど、様々な場面に浸透し、活用されることを期待する。
図表2 円卓会議の参加プロセス
- 佐藤 正弘 (さとう まさひろ)
- 内閣府国民生活局企画課課長補佐、慶應義塾大学経済学部非常勤講師、経済学修士
東京大学教養学部卒、同大学院国際社会科学専攻修士課程修了の後、2001年より内閣府経済財政政策担当。米国ジョージタウン大学大学院博士課程(経済学)留学を経て、2006年から現職。「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」の発案・制度設計に携わる。
主な研究分野は、環境金融、社会的責任論、公共ガバナンス論。「マルチステークホルダー・プロセスと企業の社会的責任について」(『月刊ESP・2008年1月号・規制から規律へ~企業の社会的責任論の新展開』)など執筆。
masahiro.sato@cao.go.jp






