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CSRを考える

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ソーシャル・キャピタルを育む経営

社会から求められるソーシャル・キャピタル

CSRに対する企業の認識は、社会の動向に「対応する段階」から、実効性ある取り組みを行い、社会へのインパクトを「創出する段階」に移行しつつあります。5月に経済同友会から発表された「2006年度 社会的責任経営推進委員会 報告書」によると、CSRのイノベーション(変革)は、企業のイノベーションと両立するという考え方がある一方で、CSRの考え方について変革すべき時代に来ているのではないかという問題提起を行っています。

6月に発表された「国民生活白書 平成19年版」では、「つながり」をクローズアップしています。個人を重視する価値観やIT(情報技術)の進化、単身者・独身者や非正規雇用の労働者層の増加などによって、人と人との間のつながりが希薄化したと指摘。それが、日本人の生活満足度や経済社会に影響を与える可能性を示唆しています。

同白書では、つながりについて「家庭のつながり」「地域のつながり」「職場のつながり」の3つに分類しています。こうしたつながりを再構築するために、企業に対して育児制度や短時間勤務の導入など、ワーク・ライフ・バランスへの取り組みが求められています。

内閣府が2003年に行った調査では、地域のつながりによって安心感や充実感が高まり、人々の生活が豊かになるとしています。こうした考え方は「ソーシャル・キャピタル」(社会関係資本)として知られています。OECD(経済協力開発機構)では「グループ内部またはグループ内での協力を容易にする共通の規範や価値観、理解を伴ったネットワーク」と定義しています。企業がCSR活動を進める上で、社会に求められている概念として理解する必要があるでしょう。

東京大学大学院経済学研究科・ものづくり経営研究センター特任准教授の安田雪氏に、ソーシャル・キャピタルと企業の関係についてインタビューしました。

関係性を「見える化」させ、問題点を明らかにする

「コーポレート・ソーシャル・キャピタル」という新しい概念を紹介しましょう。企業活動にかかわる人々が形成する関係、つながりがもつ力を、コーポレート・ソーシャル・キャピタルと言います。これは目に見えず、計ることもできませんが、上手に活用できれば、最強の武器になります。

ソーシャル・キャピタルの概念を、政治学者ロバート・パットナム氏は、「協調的な行動を容易にすることにより社会の効率を改善しうる、信頼、規範、ネットワークのような社会的組織の特徴」と定義しています。ほかにもソーシャル・キャピタルの定義は多数ありますが、人々のつながりには力があり、そこから何らかの価値創造ができる、と考えるのが、この概念のポイントです。

世界銀行やOECD、英米仏政府などでは、すでにソーシャル・キャピタルの測定を試み、政策立案の対象とする動きも見られます。

見えないソーシャル・キャピタルを「見える化」させることによって、私たちは問題を顕在化させ、管理を可能にし、効率化できるようになります。ですが、関係性を可視化させることは面白くもあり、非常に難しくもあります。

広島県世羅郡の農村地帯で、ソーシャル・キャピタルの可視化に挑戦した事例を紹介しましょう。同地域では農業を活性化させるために、農産物の生産だけでなく、食品加工、流通、販売までを手がける「六次産業ネットワーク」という運動を行っています。そこで、農家同士がどのような協働関係にあるか、調査を行っています。網藤芳男氏(近畿中国四国農業研究センター)が中心になって実施された調査で、ネットワーク分析的には、非常に面白い結果が出ています。

「他の農家との間で、どのような商品の流れ、情報の流れ、人材の流れがあるか」という質問を行い、回答を矢印で地図上に表現したところ、商品や情報は密なネットワークができていましたが、人材の流れについては、疎、つまり関係が少ないネットワークとなりました。

次に「将来は、商品、情報、人材の流れをどうしたいか」という質問の回答を地図上で表現すると、密度の高いネットワークが現れました。潜在的な接触の希望はあっても、実際はそれほど連携していないことが明らかになりました。地域の関係資源を有効に結びつければ、もっと活力が出てくるはずです。ただし、関係性を見える化させることは、倫理的に非常にセンシティブな問題であることも意識しなければならないと思います。

「結合型」と「橋渡し型」に分類できるソーシャル・キャピタル

なぜ、関係が力になるのか、そのメカニズムを考えてみましょう。社会関係が資本や資源として働くメカニズムは、大きく2つに分類できます。

ひとつは「結合型ソーシャル・キャピタル」。自分の周りに、クモの巣のような密で堅固な関係をがっちり築いて、集団として力を発揮していこうというイメージです。

これに対して、むやみに周囲と結束するのではなく、自分を媒介に人々同士をつなげるのが「橋渡し型ソーシャル・キャピタル」です。

継続的にイノベーションを行い、少しずつ物事を改良、進化させていくには結合型ソーシャル・キャピタルが向いており、ドラスティックなイノベーションを起こすには橋渡し型ソーシャル・キャピタルが合っていると主張する学者もいます。この仮説が本当に正しいのかどうかは、現在、議論が進行している最中です。

このメカニズムを図で考えてみましょう。

図1 2種類のソーシャル・キャピタル

[図1]のような人間関係ができていたとします。K氏のもつ関係は結合型ソーシャル・キャピタルです。5人のがっちりとした人間関係を築いています。周囲を固めるという意味では、日本人の得意技といえるでしょう。内部思考と強い紐帯(ちゅうたい)で信頼を獲得して、お互いの行動は予測可能になり、極めて安定的で同質的な人間関係を築きやすいのが特徴です。

ただし、このような閉じたサークル内で流通する情報は、非常に冗長で重複したものが多い。誰かと誰かが仲たがいすると、居心地も悪くなり、全員の負担になるというデメリットもあります。

一方、B氏のもつ関係は橋渡し型ソーシャル・キャピタルです。5人とかかわりをもっている点は同じですが、分散させているのが特徴です。K氏と同じようにB氏も5本の紐帯をもっていますが、かかわりのある人たちがそれぞれ異なるグループに属するため、基本的に情報を収集できる範囲も広い。異なったグループは異なった情報をもっているので、多様な情報を集めるのにも効率が良いと考えられます。

ただし、この関係は非常に脆弱(ぜいじゃく)でもろく、不確実で裏切られる可能性も秘めています。この関係性を維持するには、それなりの努力が必要です。

結局のところ、結合型、橋渡し型のいずれについても、メリット・デメリットは存在します。どんな形で人と人がつながるのが最適かと問われても、なかなか答えは見つからない。唯一いえるのは、組織においては、孤立する人を出してはいけないということです。

ソーシャル・キャピタルには3つの要素があると考えられます。ひとつは、どんな関係の形ができているかという「構造的側面」。2つ目が、価値を生み出したり、見返りを与えたりする「機能的側面」。3つ目が、投資に見合った回収の可能性があるかどうかという「資本的側面」です。この3要素を満たさないと、厳密にはソーシャル・キャピタルとはいえないでしょう。

ダールスルードというノルウェーの研究者は、CSRの35種類の定義を分析して、そこに共通して見られる5つの要素を指摘しています。「環境の次元」「社会的次元」「経済的次元」「ステークホルダー次元」「自発性次元」です。この中でソーシャル・キャピタルといちばんかかわりが深いのは、社会的次元とステークホルダー次元でしょう。

キャリア形成後期には橋渡し型ソーシャル・キャピタルが必要

企業にとってのソーシャル・キャピタルは、従業員の間、部署の間、取引先も含めて企業同士の間など、マルチレベルで相互関係が存在します。このレベルの切り分けは非常に困難なので、各レベルのソーシャル・キャピタルが重層的に企業全体のコーポレート・ソーシャル・キャピタルを形成していると考えます。

企業内に特化して考えた時のコーポレート・ソーシャル・キャピタルは、やはり社員間の良好な関係に尽きるといえるでしょう。研修や資格修得などによる個々人の能力開発には、限界があります。やはり、総体としての社員の組み合わせ、良好な関係構築を維持することが重要でしょう。

コーポレート・ソーシャル・キャピタルがコーポレート・ソーシャライアビリティ(負債)に変わる場合もあります。たとえば、キャリア形成の初期段階には、結束型ソーシャル・キャピタルが、足元固めのためにも非常に有効です。ところが、キャリア形成の後期になると、結束型ソーシャル・キャピタルが重荷になってしまう。人間関係によって足を引っ張られたり、新しいチャレンジを妨害されたりして、出世や昇進が妨げられてしまうのです。さらに、橋渡し型ソーシャル・キャピタルが欠如していると、キャリア形成後期において、昇進にはマイナスであるという研究もあります。

キャリア形成の途中までは順調に行ったのに、ある地点を越えた時に、それまでの管理のスタイルや人脈・部下の扱い方など、どうもうまくいかなくなる、という話をよく聞きます。もしかすると、それは結束型ソーシャル・キャピタルから、橋渡し型への移行がうまくいっていないためかもしれません。

ガラスキウィッチという米国の研究者は、日本企業のCSRの不思議な点として、とにかくあらゆるステークホルダーに対して責任を負おうとする姿勢を指摘しています。異なる利害関係にある関係者同士の調整は、連立方程式を解くのと同様、容易なことではありません。また、日本のNPOやNGOは、欧米のものほど強い圧力を企業にかけないので、これは運がよいとも発言しています。

ガラスキウィッチ氏の指摘のとおり、顧客との信頼関係、コミュニティとの良好な関係は、企業にとって大切なコーポレート・ソーシャル・キャピタルなのです。

企業を取り巻く関係を「見える化」する

今後、日本企業のCSRはどのような方向をめざせばいいのでしょうか。やはり、関係形成を支援するというのは、CSR活動のひとつになりうるでしょう。リーダー的な地位の企業には、企業間に「橋を懸ける」ことに、ある程度のエネルギーを注いでいただきたいと思います。点在する資源や人、金、情報をつなぎ、創造へ向かわせる役割です。

関係形成の支援という仕事は、個人ではできません。コーディネーター役が必ず必要です。誰かだけのための仕事というのはありえません。そして、誰かを犠牲にしない仕事というのも不可能です。さまざまなステークホルダーの利益、損害を含めた社会資源の連立方程式を解いていかなければなりません。

企業の行為が、誰に対して、どのような目的で行われるのか。いつ、どういう状況で害になったり、益をもたらしたりするのかについては、常に意識していたほうがよいでしょう。

企業であれ、部署であれ、個人であれ、どのレベルにもいえることですが、できるだけ自分自身、あるいは自社を取り巻く関係を「見える化」しておくことも大事です。「見える化」すること自体が重要なのではなく、他人に見えてもよい状態を保つことに意味があります。企業間、企業と消費者、上司と部下、恋人同士、夫妻や親子関係にも同じことがいえそうです。

そして、企業人一人ひとりが、全体としての関係の形成と維持を、自分のエネルギーを注ぐ対象として考えていただきたいと思います。そうした思考習慣がつけば、どんなアクションを誰のために取るのかについての判断が、少し楽になるはずです。

経済学者のアルフレッド・マーシャル氏は、「すべての資本のうちで、最も価値のあるものは、人間に投資されたものである」といっています。一人の人だけではなく、人々の関係への投資も価値のあるものです。最後にこの言葉を引用して終わりたいと思います。

CSRとソーシャル・キャピタル

事務局から質問

事務局

海外ではCSRという活動はどのように認識されているのでしょうか。

安田氏

ハーバード・ビジネススクールでは、「CSRの3P」として教えているそうです。CSRの3Pって、何だと思われますか。ひとつはProfit(利益)、2つめがPeople(人)、3つめがPlanet(地球環境)。この3つをCSRの本質と定義しています。まず本業があって、かかわる人がいて、環境がある。うまい教え方だと思います。こうした形でCSRの具体的なイメージをわかりやすく伝えているのでしょう。

事務局

不祥事が起こった後、ステークホルダーに対してどのような対応をすればいいのでしょうか。

安田氏

何か問題があった場合に、その問題をどのように解決したかを関係する人たちに公開していく過程には、マイナスを少しでもプラスに変えるチャンスがあります。

事故があった時、問題があった時に傷ついた方、困られた方に、どういう対応をしたのか。それは、企業の誠意が問われる瞬間です。この瞬間にまさに正しくあるか否かが決定的なのです。この過程を見える化できれば、これは大きな強みになります。逆に言えば、他者に見られてもはずかしくない対応、高く評価されるような接し方をすればよいのです。

事務局

結束型ソーシャル・キャピタルでは、内輪だけの言葉で意思疎通ができてしまいます。説明する努力を怠ってしまう点は、結束型ソーシャル・キャピタルの悪しき側面ではないでしょうか。

安田氏

社会全体のルールが変わった時がその典型です。結束型にはまりこんでいる人は、新しいルールに気付かず、対応が遅れがちです。「このコミュニティではその解決法でよかったんだよ」と、過去の習慣に縛られてしまう。

たとえば、天下り、政治家同士のお金のやり取りなどは、過去の一部の結束したコミュニティ内では当然と受け止められていた行為だったかもしれません。しかし、社会のルールや価値観は変わります。社会のルールが変わっているのに、それに気づかないままでふるまっていると、大変に怖いことになる。結束型ソーシャル・キャピタルのもつ閉鎖性の問題のひとつです。

事務局

「見える化」を拒む古い企業や古い体質に対しては、どのように対応すればいいのでしょうか。

安田氏

企業内のコミュニケーションの流れが、相当悪くなっているのではないかなと思います。もしかしたら、情報の流れに、風通しの悪い所、ボトルネックのような存在を維持させる不自然な構造があるのかもしれません。場合によっては、結束を切る勇気も大切です。古い関係を切って初めて生まれてくる、新しい関係もあるものです。

写真 安田雪
安田 雪 (やすだ ゆき)
東京大学大学院 経済学研究科 ものづくり経営研究センター 特任准教授
国際基督教大学教養学部卒業。コロンビア大学大学院社会学専攻博士課程修了(Ph.D.)。専門は、ネットワーク分析、産業社会学、経済社会学。厚生労働省・農林水産省などの委員、経済社会学会理事なども務める。 主著に「ネットワーク分析」(新曜社)、「人脈作りの科学」(日本経済新聞社)など。
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