CSRについての雑感
ここで、あらためて考えたい。金をもうけることを目的に設立された私的な企業が、社会的責任を果たすことが要求されなければならないのであろうか?インフルエンザ並みに流行しているCSRは、これに感染している企業にとってどんな意味があるのであろうか?
もちろん、企業活動がもたらす社会への好影響を最大化し、及ぼす悪影響を可能な限り小さくする取り組みは大事なことであり美しいことである。しかし、これを経営に求めなければいけないのであろうか? 企業の経営には、蹴手繰りで勝ってはいけない横綱の品位のようなものが求められるているわけでもあるまい。
では、CSRの流行は、かつてのティラミスの流行と同じような現象なのだろうか? なぜ、「CSR、CSR」とあちこちで耳にするようになったのであろうか? 今日では多くの企業で、CSR推進室とか、CSR担当取締役とかが設置され、ホームページや就職の説明会でもCSRの取り組みついて熱心に語られるようになった。現象としては、もちろんその多くが、はやりものを買ってくれないと友達から仲間はずれにされるという危機意識で親に迫る子供と動機は大して変わらない。しかし、インフルエンザの流行に公衆衛生学的な背景があるようにCSR流行にもその背景がある。ここではその背景を考えてみたい。
CSRという視点で企業を、あるいは企業の活動を評価するということはとりもなおさず、金以外の指標を経営に持ち込むことである。公的性格を持った経済活動主体の場合は金以外の尺度は明確にある。たとえば病院。経済活動の主体でもある病院は、経済合理性に基づく合理的な「経営」を求められる。またこの圧力は近年、加速度的に強まっている。しかし、病院の経営のアウトカムとして最も重要なものは金の収入ではなく、「臨床指標」とそれに基づく「安全」「安心」の創造であろう。病院がその使命とする、あるいは社会から期待されている「価値」を生み出すには短期的な経済合理性に基づく「成果」ではなく、本来の使命に立脚した「成果」が求められるからである。もしもHSR(Hospital Social Responsibility)ということを想定すれば、CSRよりも事ははるかに簡単である。病院に課せられた社会的責任、生むべき社会的価値はかなり明確だからである。(しかし、実態としては公的な資金の枯渇化と公的支出の合理化の圧力によって、病院経営における短期的経済合理性を追求する圧力は日に日に強まっている)
今日までの人類の経済は、金のコストを圧縮できれば、資源と環境は無尽蔵に生産、流通、消費システムの中に投入できるという理屈で制御されてきた。ここでの優先価値は金で、対抗しうる価値はほとんど存在してこなかった。創意工夫をし、すき間を見つけ、新しいビジネスモデルを思いついた者は、無条件で富を築き上げる資格を得ることができた。社会的習俗やタブーによるちゅうちょは軽蔑(けいべつ)され、結界(けっかい)をのりこえ、他の人々が想像できなかったようなことを金のなる木にすることが尊重される世界である。
人口と空間(資源、環境も含む意味での)のバランスが空間超過で推移しているうちはまだこれでもよかったのである。しかし、65億の人口を抱えた人類社会は、人口爆発のさなかにあり、2050年には90億を超えるといわれている。たとえば現在よりはるかに人口が少なければ、排気ガスを出そうが、廃水を垂れ流そうが、化石燃料を燃やしまくろうが、我々人類がぜいたくな暮らしを続けていくことに何の障害もなかったはずである。すなわち、前述の理屈で経済活動を行っていればよかったのである。しかし、とまらない人口爆発と経済のグローバリゼーションの進行は経済活動に参加する人口を飛躍的に増やし、また急激な技術の進歩はひとつひとつの活動の質量を増大させてきた。人口と空間のバランスは人口超過で崩壊しつつあるのである。当然のように、金という尺度で単純に成果を評価し有限な資源や環境を経済活動に無制限に投入することが困難になり始めている。私企業の経済活動についても金以外の尺度で成果を評価する必要性が高まっているゆえんはここにあると思われる。つまり人類社会の変化の中で、種の保存を担保することを少なくとも阻害しない方向で、どれほど社会価値を生み出しうるかということが、企業がその活動の中で果たすべき社会的な責任としてあらわれてくるのかもしれない。
具体的には、直接的行動の所与としての雇用政策、環境対策、地域貢献等、また本業の業務としての新規技術開発、製品やサービスの創造と提供、雇用の確保、納税等を通じて、実現されるのであろう。CSRについての議論の中にはもちろん、コストのかかる善行としてではなく、戦略的な視点からCSRをとらえる主張も見受けられるが、市場での評価とか、ブランド戦略といった短期的な戦略論に傾いているようである。しかし、社会の変化の方向性に沿って社会価値を生み出すことがCSRとして評価されるという見地に立てば、これは長期的な意味で、将来の市場での競争優位性を担保する指標と言えるのかもしれない。
- 細谷 辰之 (ほそや たつゆき)
- フランス国立ポンゼショセ工科大学
国際経営大学院教授
1982年日本大学法学部卒業、同法学研究科博士前期課程修了、同後期課程単位取得中退後、パリ第一大学留学。89年フランス国立ポンゼショセ工科大学助手兼講師、同国際経営大学院主任研究員、助教授、学長補佐、教授を経て97年同東京校副学長。2001年名古屋大学経済学研究科教授、02年名古屋大学医学部医療経営管理部教授を併任。04年より現職。06年より医療法人財団新和会八千代病院顧問。






