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真のグローバル経営とCSR

「より良い薬をお客様に提供することこそ製薬会社のCSRである」という言説に接したとしよう。読者各位は首肯するだろうか、それとも首を振るだろうか。この問いはCSRのとらえ方のリトマス試験紙的役割を演じる。興味深いことに日本国内と欧米で顕著にちがう結果をもたらす。あきれて席を立つ「偏屈な」人々が海外には大勢いる。

日本のCSRは独自の発展経路をとってきた。曰(いわ)く「法令順守」であり、曰く「誠意」であり、曰く「お客様満足」であり、曰く「協働」である。独自性は重要だ。したがって、「動物実験に触れていない製薬会社のCSR報告書に何の意味もない」などと宣(のたま)う、日本のCSRの美点が理解できない輩(やから)は放っておけばよい。効果的な方法をお勧めしたい。英語版を出さないこと。海外の不当な評価に煩わされなくてすむ。来年は実直な社風と堅固な法令順守体制、そして何よりも社の製品がいかに世に役立っているかを一層力強く訴えていこう。

今多くの日本企業がグローバル経営をもう一度考えはじめている。バブル景気の前、日本は世界第2位の大市場であった。ヨーロッパには人口たかだか 6,000万程度の小国がいくつか分立しているだけ。アジアは生産基地にすぎず、中国もインドも存在しないに等しかった。日本と北米の市場さえ押さえれば経営は盤石。アメリカ的慣行であるフィランスロピーが日本企業に受け入れられたのも故無きことではない。しかし、バブルの清算を終えた日本企業の目に入ってきた世界は様変わりしていた。グローバルに経営を考えざるを得ない。

ヨーロッパにとって、そして今日ではアメリカにおいてもCSRとは法令の求めるところを超えて業務のプロセスを変えることである。「何をつくるか、売るか」ではない。「どうつくるか、どう売るか、もしくはどう買うか」だ。したがって、臨時従業員の教育訓練であり、サプライヤーの児童労働であり、動物実験であり、原材料の採掘であるのだ。お客様満足も法令順守も非常に重要なことだが、しかしCSRとは関係がないと整理する。もちろん、このような欧米のややこしい議論を敬遠し、日本的CSRに磨きをかけることも一つの選択肢である。しかし、個人的には小さな危惧を感じている。日本企業のグローバル展開のアキレス腱となってしまうのではないか。

一つはリスクが見えなくなるのである。日本の外では「利益」と「理念(=NGO)」が壮絶な衝突を繰り返している。衝突のリスクを計算することはビジネスに不可欠な要素である。ワタクシども三方良しで、と言ってみてもはじまらない。何を開示し、彼らの要求をどこまで受け入れ、どこから拒絶するのか。拒絶の正当性をどう主張するのか。日本企業の戦略的失敗事例をご存じの方には大げさには聞こえないだろう。

もっと積極的な視点をとろう。CSRは経営上のプラスである。従業員の士気であり誇りであり、優秀な人材の確保である。人は必ず公共的な一面をもっている。しかるに、冒頭の動物実験うんぬんの偏狭な意見を思い返そう。このような見解は決して戦闘的なNGOに限られるものではない。かの地では誰でもCSR と聞けば、ほとんど直感的に社会的要請を受けた業務プロセス変革をイメージする。CSRが他の概念を包み込むものではなく、法令順守、フィランスロピー、企業倫理など既存の概念がカバーしない領域を担当する新しい方法論として生み出されたからだ。ある日本企業が欧州子会社にCSRとして法令順守を語ったところ全員に「ノン」と言われたという。

ヨーロッパにいる御社の従業員の立場に身を置いてみよう。業種によって問題は異なる。児童労働かもしれないし原生林の伐採かもしれない。いずれにせよ自社に関係する問題が頻繁に報道され、時に自宅まで抗議文が郵送されてくる。不安に駆られるだろう。子供から聞かれるかもしれない。そんな時、日本本社から送られてきた「CSR報告書」が問題に対して解答も説明もせず、あまつさえ現状さえも語っていないとすれば、どう感じるだろうか。ブラッセル駐在時、筆者は CSR報告書に落胆するヨーロッパの従業員に何度か出会った。社会的閉鎖性を象徴してしまっている可能性さえある。英語版をやめたらなどと極端なことを申し上げた。しかし決して単なる修辞ではない。

グローバル経営は難しい。難しさの一つは様々な社会を包含するからである。日本にある本社は世界本社である。自社の社会性の高さを確認したいと願う海外の従業員の期待にも応えるべき存在である。彼らを不安にする事柄は同時にビジネスリスクでもある。動物実験の方針を持たずに海外の製薬会社を買収することも、生態系破壊のプランテーション農園でできる製品を無自覚に「ナチュラル」をうたい文句にして販売することも、いずれも危険なギャンブルだ。CSRはグローバル経営の難しさの一つの側面を理解し、消化し、リスクを回避し、プラスの力に変換していくために有用な概念だ。成長するためにグローバルに社会を考えてみよう。確かにCSRは「新しい企業経営をひらく」だろう。

写真 藤井敏彦
藤井 敏彦 (ふじい としひこ)
独立行政法人経済産業研究所
コンサルティングフェロー
1987年東京大学経済学部卒業。同年通商産業省(当時)入省。 2000年より在欧日系ビジネス協議会(JBCE)事務局長としてブラッセルに駐在。環境規制を中心に対EUロビー活動に従事。帰国後も引き続きCSRなどの欧州政策と日本企業の経営の接点を考察している。主著に『ヨーロッパのCSRと日本のCSR−−何が違い、何を学ぶのか』(日科技連出版/2005年)、『グローバルCSR調達−−サプライチェーンマネジメントと企業の社会的責任』(共編著、日科技連出版/2006年)。
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