CSR活動を支える経済要因
CSRとは何だろうか。例えば『経済セミナー』の6月号は、CSRに関する特集を組んでいるが、そこでは、企業におけるワーク・ライフ・バランス、環境問題、法令順守の問題が取り上げられている。ただ、論者の多くは経営学者や民間シンクタンクの研究員の方々で、アカデミックな経済学の視点からの議論は見られなかった。そこで、ここでは経済学の観点からCSR活動をとらえなおしてみたい。
経済学の原点に立ち返ると、企業は財・サービスを生産する活動を通して利潤を最大化する経済主体と理解されている。企業は、その利潤から法人税や事業所税等を政府に支払い、政府が、その税金をもとに国民や地域住民の福祉や公共生活に必要なサービスを提供することになっている。すなわち企業と政府の間には、明確な役割分担がなされている。
ただ日本では、企業は1個の営利組織ではなく、社会的存在として意識され、営利活動以外の様々な活動にかかわってきた。例えば高度成長期には、大企業を中心として、従業員の福利厚生の一環として、避暑地などに保養所を構えていた。また企業への帰属意識を高めるために、野球、サッカー、バレーボールなどで多くの実業団スポーツチームが運営されてきた。さらにバブル期には、メセナ活動という名のもとに、企業が美術館の開設や文化活動への資金援助を競っていた。これらの活動の多くは、1990年代の大停滞期に縮小されるか廃止されてしまったが、こうした活動も広い意味で企業のCSR活動と呼べるだろう。
それでは、現在のCSR活動は、過去とどのように異なっているのだろうか。第1には、企業行動自体の変化があげられる。80年代の企業行動を表すキーワードは、「多角化」であったが、90年代後半以降は、「選択と集中」という言葉に代表されるように、企業は、本業に経営資源、生産資源を集中し、企業価値を高める戦略をとっている。2つ目は、80年代半ばに施行された男女雇用機会均等法の影響もあり、女性が企業活動全般に大きくかかわってきたことがあげられる。したがって ワーク・ライフ・バランスという言葉に代表されるように、男女を問わず、出産、育児などのプライベートな生活と両立した働き方が求められるようになった。最後は環境問題の高まりである。現在の企業のCSR活動は、この企業価値の上昇を前提として、ワーク・ライフ・バランスや環境問題への対応をいかに組み込んでいくかが焦点となっている。
このワーク・ライフ・バランスの実態や環境問題への取り組みについては、多くの事例が紹介されているが、経済学では個々の事例を全体の潮流として拡大解釈することはしない。経済学では、無機質的ではあるが、できるだけ多数のサンプルをとり、個々の企業の特性を考慮した上で、より一般的にCSR制度の導入が企業業績にどのような影響を及ぼしているかを検証する手続きをとる。こうした規準にあてはまる分析は少ないのだが、児玉・小滝・高橋論文「女性雇用と企業業績」(『日本経済研究』第52号、2005年)は、女性雇用およびそれにかかわる労務管理政策と企業業績(利益率)との関係を詳しく調べている。彼らによると、男女の勤続年数格差が小さく再雇用制度が整っている場合は、企業業績を向上させるが、法定以上の育児休業制度、フレックスタイム制度、残業時間の短さ、女性には転勤の可能性が無いといった制度は、女性雇用比率を増やすものの企業業績の向上には寄与しないという結果を得ている。
こうした結果に対して、育児休業制度やフレックスタイム制度をとりながらも順調な企業業績を上げている企業もあるという反論も出るだろう。そうしたケースについては、その制度自体が企業業績の向上に直結しているのではなく、例えばその企業の製品が市場に占めるシェアが大きく、独占的なレントが得られているなど、企業を取り巻く環境との相乗効果によって好調な企業業績が維持されていると考えるべきであろう。
CSR活動の趣旨には賛同するが、なかなか実践できないという企業が多い背景には、こうした企業を取り巻く経済要因への理解が不足しているのではないか。CSR活動を普及するためには、企業業績を向上させる複数の要因を考慮した上で、それらと調和的な制度のあり方を考えていく必要があるだろう。
- 宮川 努 (みやがわ つとむ)
- 最終学歴
1978年3月 東京大学経済学部卒業
主な職歴
1978年4月 日本開発銀行入行
1987年6月 ハーバード大学国際問題研究所客員研究員
1988年6月 エール大学経済成長センター客員研究員
1995年4月 一橋大学経済研究所助教授
1999年4月 学習院大学経済学部教授
2006年3月 経済学博士取得(一橋大学)
産業構造審議会基本政策部会委員、国土審議会計画部会産業展望・東アジア連携専門委員会委員、国民経済計算調査会専門委員
過去及び現在の調査研究、著書・論文など
『2025年の日本経済』(日本経済研究センターと共編著)日本経済新聞社 2002年
『失われた10年の真因は何か』(岩田規久男氏と共編著)東洋経済新報社 2003年
『日本経済の生産性革新』日本経済新聞社 2005年
『長期停滞の経済学』東京大学出版会 2005年






