日経CSRプロジェクトのコンセプト作りとその変遷(1)
ブーム前夜
私は、2003年から日経CSRプロジェクトを運営してきた。延べ4年足らずの間に、多くの方々から示唆を受け、プロジェクトに反映してきた。この場をお借りしてお礼を述べさせていただきたい。
この日経CSRサイトに寄稿してくださった方々だけでも、延べ100名以上を数える。シンポジウム、書籍、欧州視察、研修会、学校派遣授業などなどで日経 CSRプロジェクトにかかわった人々は1,000名を超える。そうした意味でこのプロジェクトは、CSRに関する様々なセクターの意見が凝縮されたものであると言えるのではないだろうか。
そこで、CSRが叫ばれだしたころから現在に至るまで、日本でCSRにかかわってきた者として、日経CSRプロジェクトのコンセプト作りとその変遷を数回にわたり寄稿させていただきたい。CSRを考えるヒントとなれば幸いである。
まず、2004年がCSR元年といわれるが、それに先立つ02〜03年ごろの状況に触れておきたい。CSRブーム前夜の特徴を3つ指摘する。
第1に、SRI(Social Responsible Investment:社会的責任投資)評価機関の存在だ。当時は、欧米のSRI評価機関からの質問表に四苦八苦していた企業人の方々が多かった。英語で答えるということだけでなく、内容がこれまでのIR(投資家向け広報)とは異なるものだったからだ。女性の管理職への登用の有無、従業員の年収の差、トイレを分けているかどうかなどなど、「こんなことまで本当に反映させるのか?」と思えるほどIR担当者を悩ませていた。
第2に、CSRに関する国際認証である。すでに多くの日本企業は、ISO9001、14001を取得していた。世界的なサプライチェーンの中から閉め出されるという恐怖感も手伝い、非常に取得率が高かった。やっとの思いで認証を取得したと思ったら、違う認証が議論されているという。しかも、今回のものは「品質」や「環境」と異なり、商慣習や文化的側面に関する標準だということで大騒ぎになった。
第3に、社会貢献活動だ。上記のSRIとCSR国際認証が、市民セクターとの関係を要求しているらしいということで、急速にNGOとの付き合いが重視された。しかし、日本では、企業とNGOとのパートナーシップは歴史的に浅く、NGOをどう評価すればいいかと悩む社会貢献部や総務部の方々が多かった。また、NGOと協働することが目的化することを疑問視する声も多かった。
こうした企業人の問題意識に触れ、私は当時、世間で議論されているCSRに強い違和感を持った。そして、CSRは金に余裕のある企業がやるもの、という風潮にならないようにすべきだと考えた。つまり、SRIの質問に満足に答えるためにも、認証機関から評価されるためにも、様々なNGOと付き合うためにも、多くの資金が必要である。さらにそれは、利益を生み出す本業とは関係のない場合が多い。それでは、短期的には一見、社会的優良企業のようだが、長期的には経営が迷走し、社員の大量解雇、汚染物質の放置、リコール製品の未回収などなど結果的には社会や環境にも大きなダメージを与える企業が続出しかねない。
そこで、日経CSRプロジェクトでは、「本業を通じた社会貢献」を根底に据えた。利益を生み出している本業にこそ、企業の社会的な意義があるのだ。そして、前記の3点の状況に対しては、下記のような解釈をした。
まず、SRIは形式ではなく、企業の利益を何に使うかで評価するべきではないか。少ないリターンでリスクが高ければ誰も投資しないのが株式市場である。しかし、「利益が前年より多くなったら即配当を上げろ」ではCSRにならない。法律を守って、利益が出たら、将来のために、従業員に良くしよう、環境に良くしよう、社会に良くしよう、という意思を持つ企業に資金が流入するようにするのがSRIであるべきだ。
次に、認証は、経営に役立つものであるべきだ。形式にこだわり、結果だけが要求されるのはおかしい。それでは、CSRの本質から離れていく。例えば、女性役員の数にこだわること自体が性差別になりかねない。そもそも重要なのは、フェアな雇用関係を築くことのはずだ。さらに、業態によって男女比率は異なるので、一様に基準があっても意味がない。経営に役立つ指標とは、これまでの商慣習や企業文化を踏まえたものでなければならない。
最後に、社会貢献は、本業を重視して、きちんと税金を払うことが何よりも重要だ。多くの市民は、企業に音楽ホールを作ってほしいわけではない。安全に操業してほしいのだ。美術館を作ってほしいわけではなく、安全な製品を作ってほしいのだ。ましてや形式的に認知度の高いNGOと付き合うことが社会貢献では決してない。企業人が会社人間から脱し、一市民としての社会活動を促進することにこそ意義がある。
以上が、日本のCSR勃興期の潮流と日経CSRプロジェクトを開始した背景だ。次回は、日経CSRプロジェクトの変遷をたどりながら、なぜ「人」に焦点を当てたのか説明したい。
- 田邉 雄 (たなべ ゆう)
- 1967年東京生まれ。上智大学文学部卒、名古屋大学大学院経済学研究科修了。2003年から日本経済新聞社にて日経CSRプロジェクトを主宰。現在、日経アメリカ社ロサンゼルス支社勤務。共著に『やわらかい内部統制』(日本規格協会)。






