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ほんとうの市民社会とCSR

『CSR「つながり」を活かす経営』刊行に寄せて

私は、2007年まで日経CSRプロジェクトで事務局を務めてきた。その集大成としてこのたび『CSR「つながり」を活かす経営』を刊行した。いま、日経CSRプロジェクトで一貫して掲げてきた「CSRとは本業を通じた社会的課題の解決」であるという理念を再確認したい。法令順守でも企業統治の厳格化でもない、事業活動を支えるものとして、とりわけCSRの先進地域である欧州でこの理念が定義として定まりつつある。

欧州では、歴史的に株主も投資家も個人中心にとらえられてきた。英国では投資家と消費者は同義であるという。本来、投資家とは特殊な存在ではなく、生活者、家庭人であるとともに労働者でもある、表情を持った生身の人間である。資本市場は市民社会そのものであり、企業への要請は社会をどう持続的に発展させていくかというごく当然の期待感のなかにある。

これからはマルチステークホルダーの時代であり、企業が慎重かつ負担の重い対応に迫られていると感じている経営者は少なくない。消費者対応をリスク要因のひとつとしてとらえ、危機管理のマニュアルを整備することは数多くの企業で行われている。小手先のテクニックや相手によって言葉を使い分ける苦労のまえに考えるべきポイントとは、企業が相対するステークホルダーをすべて「個人=生活者」に置き、生活者重視の理念に沿った諸活動を確実に実行することが、社会的責任そのものであるという原則である。

2007年11月に福田首相の指示により国民生活審議会が立ち上がった。そこではCSRのあるべき方向性も議論されている。「規制から規律へ」、つまり規制に縛られた硬直的な社会が、自由意志による規律を持つ市民が主役の成熟した社会に移行するという意味では、ようやく欧米の水準に日本も追いつこうとしている。

企業とは不思議な存在である。社屋や業務マニュアルや経営者個人だけで企業を表せるものでもない。ヒト、モノ、カネ、情報といった経営資源をいったんばらばらにしてつなぎ合わせても、決して一企業が再構成できはしない。営利/非営利を問わず、本来の企業=カンパニーの意味は、ミッションを共有する、市民社会の充実に資する存在である。経営理念への共感でつながった個人同士がつくり上げるミッションの集合体こそが企業である。現時点での広がり、そして未来への広がりの可能性を感じることで社員は希望を持って働くことができる。さらに顧客、投資家、地域などのステークホルダーと企業が調和して歩んでいくことができる。国民生活審議会「守る」ワーキンググループ主査を務める早稲田大学法学部・上村達男教授の言葉を借りれば、「企業が持っているミッションというのは、必ず生活者のどこかとかかわっている。それを最大化するのが企業のミッションであって、企業価値である」。

存立理念に基づき事業活動を継続させていく企業が、投資家や顧客、地域の人々など多様なステークホルダーとの信頼関係やネットワークを構築し、さらにCSRの取り組みを促進していく。この信頼関係やネットワークは企業の事業活動を加速させるとともに、経営資源の調達を円滑化し、見えない資産となって蓄積される。いま、自信を持って結論としたい。CSRとは、希望ある未来に向けた企業への期待を成就するための活動にほかならないことを。

塚田 剛志 (つかだ たけし)
日本経済新聞社広告局企画開発部次長
日経広告研究所兼務研究員
(筆者の肩書きは2008年2月当時のもの)
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