R&SDによる社会課題対応型イノベーションの実現
企業の役割と社会課題対応型イノベーション
企業には、2つの役割がある。「価値創出主体としての役割」と「社会の一員としての役割」だ。「価値創出主体としての役割」とは、自社のミッションや強みに基づき、世の中に独自の価値を提供し対価を戴くという基本的な事業活動であり、「社会の一員としての役割」とは、適切な雇用・労働環境の提供、社会的ルールの順守といった、企業活動の社会への影響を適正化する活動である。CSRに関しては、「社会の一員としての役割」にフォーカスされることが多いように思うが、今後期待したいのは、「価値創出主体としての役割」を進化させた“社会課題対応型イノベーション”だ。(図1)
産業革命以降の急速な経済発展をけん引してきた企業セクターは、その過程において、技術・ノウハウを中心とする幅広い課題解決の知識を蓄積してきた。現在顕在化しつつあるグローバルレベルでの課題に対応するには、こうした企業セクターの課題解決力の発揮が不可欠である。もちろん政府の役割も重要だが、地球温暖化をはじめとするグローバルレベルでの課題は、社会経済システムの大きな変革を迫っており、こうしたパラダイムシフトに対しては、コンセンサスを重視する政府の対応は遅れがちである。企業が個別に“できること”を行いつつ政府を巻き込んでいき、最終的には大きな課題解決に向けた流れを創り出していくことが望まれる。大きな流れができれば、先行的に対応してきた企業は、収益という果実を得ることもできる。
3つのグローバル課題への対応
現在の社会経済システムを脅かすグローバルレベルの課題への対応は、人類の活動が環境に及ぼす影響を示したImpact(影響)=Population(人口)×Affluence(豊かさ)×Technology(技術)の公式で表現される。具体的には、①人口増大とそれと表裏をなす貧困問題の解決、②行き過ぎた物質的豊かさ追求から人々に本質的幸せをもたらす真の豊かさ追求への移行、③技術開発を基軸とした環境負荷の低減、である。これらの課題に対し、各企業がいかに自らの持つ課題解決力を発揮しうるかを考え、実行することが期待される。具体的なイメージとしては、教育・トレーニングのノウハウを活用した貧困国の知識レベルの向上、貧困国消費者のニーズに合致する製品開発を通じた経済活性化、マーケティングノウハウを駆使した真の豊かさを満たす消費者行動の促進などだ。
こうした課題解決に向けた活動は、将来への投資である。上記3つは、社会課題であると同時に将来の有望市場でもある。①人口増大/貧困問題への対応については、先進国市場が成熟し新興国市場での競争も激しくなる中、貧困国市場はブルーオーシャンとして開かれている。また、貧困国市場向けの製品・サービスの開発を通じて得られる知識は、先進国・新興国市場での大きな競争力となり得る。②真の豊かさ追求も市場として大きな可能性を有する。LOHASに代表される非物質主義的な市場は、消費者の意識が徐々に変化していく中、長期的な成長が見込まれる。モノのサービス化も期待される市場だ。モノがあふれる現代社会においては、所有へのこだわりは薄れてきており、使用価値を高める様々なビジネスモデルが成長していく可能性は高い。③環境負荷の軽減については、今さら言うまでもないだろう。グリーン革命、クリーンテックは最近の流行語である。政策主導で急速に成長している環境・エネルギー市場は、今後何十年かにわたり、様々な変局点を持ちつつも継続して成長していくだろう。
R&SDによる社会課題対応型イノベーションの実現
社会課題対応型イノベーションに向けた取り組みは、不確実性が大きく、時間のかかるものが多い。しかし、企業の研究所や新事業開発部門における「従来型イノベーション」に向けた取り組みと同様な考えのもと、将来市場として社会課題解決にチャレンジする意味合いは十分あるのではないか。これは、従来型イノベーションに向けた活動であるResearch & Business Development(R&BD)に対し、Research & Social Development(R&SD)とでも称すべき活動である。
R&SDの基本的な取り組みプロセスは、R&BDとほぼ同じである(図2)。まず、解決すべき社会課題を具体的に示し、自社の強み・できることと突き合わせて、社会課題対応事業のアイデアを広く創発する。次に、創発されたアイデアを「自社適合度」×「社会的インパクト」でスクリーニングして、社会課題対応事業テーマを抽出する。その後は、事業コンセプトを具体化しつつ実現可能性を精査し、実現可能性が高いと判断されたものについては、事業計画を詳細化、必要なリソース確保や投資を行い、事業化を推進していく。
社会課題対応事業は、多くの企業にとって未知の領域であるが故に、市場との対話を通じつつ時間をかけて推進することが必要となる。事業推進の是非についても、拙速に判断することなく、投資額は抑えつつも、腰を据えた長い取り組みが求められる。
企業によるこうした取り組みを通じてこそ、社会経済システムの大きな変革を混乱なく乗り切ることが可能となる。各企業は、自社のミッションや強みに基づき、自社に何ができるのかをいま一度問うてみて、社会課題解決に向けた先導役を担ってほしい。そうした一歩は、将来の企業の繁栄も同時に導くだろう。
- 水上 武彦 (みずかみ たけひこ)
- 東京工業大学・大学院、ハーバード大学ケネディースクール卒業
旧運輸省航空局で、日米航空交渉、航空規制緩和などの主要政策を担当した後、アーサー・D・リトルに参画
製造業×イノベーションのコンサルティングを主業務としつつ、今後の社会経済システムのあり方、その中での企業の役割などを思索
mizukami.takehiko@adlittle.com






