特集3
お客さまの不安を取り除きたい 真のやりがいを次の世代へ

- 東京海上日動火災保険
神奈川損害サービス部 主事
菊池多佳子

- 東京大学経済学部
高橋ゼミの受講生(約20人)と
自動車事故という、世の人々にとって負の部分を扱う仕事のやりがいって何ですか--。
東京海上日動火災保険神奈川損害サービス部の菊池多佳子に、一人の学生から投げかけられた率直な質問。菊池はにこやかに答えた。
「損害保険の仕事はサービス業ですが、旅行業や外食産業とは違い、人が怒りや不安、苦しみや悲しみを味わったときに必要とされます。自動車事故という人生の一大事に、お客さまの不安な思いを取り除き、円満に解決する手助けができるのは、実はこのうえない喜びです」
ただ、菊池は新人のころからそう思って仕事をしていたわけではなかったことを学生たちを前に告白した。
「楽しいOL生活を夢見て入社したが、事故の対応という重い仕事、交渉力を必要とされる部署に配属となってしまった。事故で感情的になったお客さまからストレートに気持ちをぶつけられ、正直、つらい毎日でした。せめてアフターファイブと週末だけはOLらしく過そう! と思うことにしました(笑い)」
仕事にプライベートにと奮闘する菊池は経験を積むにつれ、やりがいを見いだすようになる。お客さまの責任(過失)割合を減らし、相手の保険会社との交渉でこちらの論理を通すことに達成感を感じるようになったのだ。そして、事件が起きた。
菊池はいつも通りに綿密に交渉を組み立て、担当するお客さまの責任割合を減らすことに成功した。ところがその直後、お客さま本人から予想外の電話がかかってきた。「私は被害者に対して心から申し訳ないと思い、お見舞いにも行った。なのに今、相手の方から俺の保険会社はお前の保険会社に譲歩させられたと怒って電話がかかってきたよ。誠心誠意、私が謝っているのに、これじゃ台無しじゃないか!」
菊池はショックを受けた。「理論的に正しく、お客さまの責任が少しでも減れば喜んでくださると思い込んでいました。それが私の中で揺らぎ始めたのです」
その後もお客さまの気持ちと自分の組み立てた見解にギャップを感じることが何度かあった。菊池はあることに気づいた。いままでの私のやり方は自己満足でしかなかったのではないかと。
以来、菊池は変わった。お客さまの本心に耳を傾け、その気持ちを十分くみ取ってサポートしていこうと。事故によってお客さまが抱く不安感を取り除きたい、それができないのは自分の力量が足りないためだと考え、話し方や電話対応の仕方をこれまで以上に学び、工夫を重ねていった。
「今は事故というマイナスの出来事を私のサービスでプラスに変えられたらいいなと思い、毎日、仕事に励んでいます」
菊池のやりがいの変遷を肌で感じた学生たち。そこで、あるひとりがこんな疑問を投げかけた。
「菊池さんはお客さまのためにという意識を持つことができましたが、他の社員はどうでしょうか」
「もともと社内には、先輩社員が新人にマンツーマンで仕事を教えるSP(職場指導員)制度があります。業務知識や事務手続きはもちろんのこと、お客さまサービスに対する考え方や姿勢を後輩に受け継いで、さらには社内全体に広げていくことが、均質で高いサービスを生み出すことにつながると思います」
先輩から後輩へ連綿と受け継がれる損害保険会社の真のやりがい。菊池がぶつける本音トークに、教室の誰もがいつまでも聞き入っていた。
「思い通りにいかなくても--」 組織で働く本当の喜び

- 三井住友銀行 総務部副部長
一色俊宏

- 東京大学経済学部
高橋ゼミの受講生(約20人)と
「はじめから『総務』の仕事をやりたかったわけではありませんが、いまでは三井住友銀行が大好きで、自分の役割に誇りを持っています」。就職を控えた多くの学生が抱くであろう疑問や不安に、自分なりの答えをぶつけてみよう--。
三井住友銀行総務部副部長の一色俊宏のテーマははっきりしていた。社員の仕事や ポジションは、本人の希望や適性と企業の戦略の間で、一種の巡り合せによって決まる。講義で一色は自身の経験談を語り始めた。
「大学で法律を学んだが、向いてないと思い、法律には関係なさそうな銀行に就職しました。ところが、二年半後には総務部に異動。結局、以後、二十年近く法律とかかわる企業法務などを担当し続けて、いまに至っております」
「私のいる総務部は、何でも屋。会社の裏方」と語る一色。一九九五年の阪神大震災に際しては、一番被害の大きかった三宮支店の復旧要員として派遣されたという。
水も電気も途絶えた真冬の神戸。車の中で連日寝泊りする過酷な現場であったが、復旧に向けて、持ち場、持ち場で黙々とプロの仕事を全うする多くの仲間たちとともに、全店復旧にこぎ着けたときの連帯感と一体感がいまも忘れられない。
三井と住友の合併に際しては、後に続く若い人たちに、自分の勤めている会社を学んでもらおうと、古い文献を読みあさって「三井住友銀行の歴史」を執筆したという。
ユーモアを交えながら、自分の仕事について生き生きと語る一色を生徒たちは食い入るように見つめていた。「総務は野球でいえば、八番・ライトかもしれない。でも、ライトに飛んできたボールを捕球できるのは自分たちだけ。裏方は裏方でも『一流の裏方』をめざしたい。日本の会社は、私たちのようなたくさんの普通のお父さんで成り立っている。『日本の普通のお父さん』たちにエールを送りたい」と締めくくった。
およそ一時間にわたる一色の話を聞いた学生たちが次々と質問していく。「やりがいのある仕事は、誰にでも与えられるのか?」という質問に対し、一色は「会社で働くということはチームで仕事をするということ。上司や先輩からの指導を受け、仲間と協力し、いつかは後輩へバトンを渡していく。どんなに小さな仕事でも真剣に取り組めば、やりがいは生まれるし、上司は必ず見ている」
また「思い出すのも嫌な失敗は?」という問いには、「失敗は毎日といっていいほどしている。反省することは大切だが、クヨクヨしないほうがいい。失敗を怖がるより、どう次につなげていくかを考えたい」と返した。
講義終了後、以下のような感想を学生は残した。「『希望した会社に入ったとしても、常に自分のやりたい職種につけるわけではない。でも、その状況を積極的に引き受けて楽しむことで、働く喜びが生まれる』というメッセージに、会社で働くということのプレッシャーから少し解放された」
あくまで一人の職業人として、働くことのリアリティーを伝えられれば--。「組織で働くことには葛藤(かっとう)もあるが、その半面、大きな喜びもある」という一色の思いは彼らの心に深く刻まれたようだ。







