第192回 香川県実食編(下) いりこ酒、いりこなければただの酒

特別編集委員 野瀬泰申


 今週は香川県実食編の後編。
 野瀬が、785段の石段を登る金比羅参りに挑みます。たっぷりと汗をかけば、お腹もすく、おいしいものがさらに美味しく感じられるというものです。
 デスク版実食編では、小豆島の食の魅力に迫ります。本編で話題になった、高松ならではの鳥肉入りのお好み焼きも登場します
 うどんだけではない「うどん県」の魅力を存分にお楽しみください。
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丸亀城
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丸亀城

 翌朝、午前9時にホテルを出発し、築城時の姿をいまに留める丸亀城を目指した。

 門をくぐるといきなり「見返り坂」という急坂である。背中に大量の着替えなどが入ったリュック。前にカメラやパンフレットなどを詰め込んだボディーバッグ。終戦直後の買い出しみたいな恰好で坂を登る。

 瞬く間に汗が噴き出る。二の丸跡を経て本丸跡へそこには三層の天守閣があった。後年、建設したものではなく、その昔から立っているものである。

香川のお山は、おむすび山
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香川のお山は、おむすび山

 残念ながら、その日は曇り。瀬戸内の多島美はかすんでいた。

 香川県に来てすぐに気付くのは、おむすびを思わせる三角形の山々である。「メサ」と呼ばれるテーブル状の大地が浸食されてできた「ビュート」がおむすび山。丸亀城の本丸跡からもおむすび山がいくつも見渡せた

 城を降りて街中へ。商店街の中に「秋寅の館」があった。農機具などを商う秋山寅吉商店だった築100年の建物を、まちづくりの拠点にしている。

秋寅の館の内部
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秋寅の館の内部

 中にいた女性に冷たいお茶をごちそうになりながら、話を聞いた。

 丸亀は日本一の団扇の産地なのだが、後継者不足が深刻。後継者育成講座があって、その女性も受講したのだそうである。学校の教師をやめて団扇職人になった人もいるとか。しかしエアコンが普及したいまとなっては、団扇の消費が回復するのは簡単ではない。伝統工芸品産地共通の悩みである。

 丸亀から電車に乗って善通寺に行った。どうして行ったかというと、お遍路さんの真似をしようと思ったからではなく、今回のメーンイベントである金毘羅さん参りの途中に善通寺があったからである。

善通寺市役所市民食堂 ほぼうどん屋さん
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善通寺市役所市民食堂 ほぼうどん屋さん

 お寺は写真で見ていただくとして、本編に登場した「本家かたパン」が定休日であったのは残念であった。定休日でなかったら絶対、かたパンを買ったのだが、歯のことを考えると絶対食べなかったろうと思う。だから少しだけ残念であった。

 途中、善通寺市役所の中にある「市民食堂」をのぞいた。食堂といいながらメニューはほぼうどんで埋まっている。うどん以外のものというとカレーライスくらいであった。さすが「うどん県」である。

にぎわっている
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にぎわっている

 再び電車。隣の駅が琴平で、ここから金毘羅さんに向かう

 私は小学校の6年生の夏休み、亡くなった父が高知の戦友を訪ねる旅に連れて行ってもらった。屋島に行き、金毘羅さんに参った。

 本宮までの785段の階段を父と一緒に登った。再び登るうちに父の面影に会えるのではないかと思って、ここに来た。

 階段の両脇にはお土産の店や飲食店が立ち並び、夏休みの観光客でごった返している。昔からにぎわいは変わらない。

まだまだ
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まだまだ

 1段、2段、3段。登り始める。最初は何ともなかったのだが、次第に息が上がってきた。汗がしたたり落ちる。何度か汗をぬぐっているうちにタオルハンカチが絞れるほどに濡れてきた。乾いた手ぬぐいを出して首に巻く。その手ぬぐいも汗を吸わないくらいに湿ってくる。

 途中の階段が途切れたところで休んでいると、小学校高学年と見える少年が、だだーと階段を駆け上って行った。私もあんなことをしたのだろうか。

 ズボンが汗で脚に張り付いて歩きにくい。胸元を見ればTシャツに大きな汗じみができている。

着いた? まだまだ
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着いた? まだまだ

 センチメンタルジャーニーどころではない。本宮まで行きつけるのか心配になってきた。あれが最後の関門かと、はるか先の階段を目指せば、その先にも階段登っても階段、登っても階段の連続であった

「もうすぐ着くよ」

 誰かが言う声が聞こえ、急な階段を登り切ると本当に本宮に着いた。生きて到着することができたのであった。

 金毘羅さん、正確には金刀比羅宮は神社である。しかし明治の廃仏棄釈までは神仏習合で真言宗の寺院でもあった。

着いたー
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着いたー

 だから鳥居があってしめ縄を掲げた建物もあるのに、本宮には鈴もなければしめ縄もない。柏手も打たない。ただ手を合わせるのである。

 写真を撮り、親子3人で登ってきた幸せそうな家族の記念写真のシャッターを押す手伝いをして、お札を授かった。

 巫女さんが言う。

「では2000円、お収めください」

 2000円を渡す。

今度は下る
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今度は下る

「よいお参りをなさいました」

 お店の言葉に直す。

「2000円いただきます」
「ありがとうございました」

 でもお店ではない。授けてもらう私。授ける巫女さんの関係である。

 父の幻影どころではなかったものの、一応の達成感はある。よし降りよう。

ありました
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ありました

 階段を下って表参道に着いた。着いたのはいいが、全身汗まみれ。このまま電車に乗ったら、冷房で風を引く。そもそも臭くないか?

 皆さんは、どこでお風呂が登場するか考えておられるかもしれないが、ここで登場しなかったらどこで登場するのであろうか。

 こんな観光地に、しかも温泉地でもあるところに……温泉地。きょろきょろしたらありました。

「温泉入浴出来ます」

さっぱりして、肉うどん
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さっぱりして、肉うどん

 できますかあ。できるんですね。

 とりあえず、風呂でさっぱりするんだ。もう午後2時を回っているが、昼ご飯はさっぱりしてからでいいんだ。

 というわけで700円を払ってタオルを受け取り、誰もいない湯殿で極楽極楽。上から下まで全部着替えて真人間になったのだった。

 それから昼ご飯。当然うどんである。近くの半セルフの店で肉うどんにきつねをトッピングした。西日本なので肉は牛である。

牛肉です
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牛肉です

 ズルズルごっくんを繰り返して丼を空にし、参道を少し散歩した。とある店で「おいり」を発見し、即購入。このパステルカラーのひなあられは香川県西部と愛媛県東部の共通文化。まったく同じものではないが、嫁入りのときに近所に配る習俗は同じという。

 また汗をかかないうちに電車にのろうとJR琴平駅に向かったのだが、ものすごく喉が渇いていることに気が付いた。そのとき喫茶店があることにも気が付いた。

 入ってみると先客はなく、私より高齢の店主がいるばかりであった。テーブルに座り、運ばれてきたコップの水を一気に飲み干し、メニューを眺める。よし、これにしよう。

宇治金時に手が出た
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宇治金時に手が出た

「宇治金時ください」

 何年かぶりでかき氷を食べる。うれしいな。

 真っ赤なサクランボが添えられた宇治金時を無言で口に運んだ。

 行きは飛行機だったが。帰りは瀬戸大橋を渡って岡山経由、新幹線に乗る。よって本日の泊まりは坂出である。

 坂出のホテルは「大浴場付き」を条件に選んだせいで、駅からタクシーで1000円のところにあった。なんでこんな工場地帯の真ん中に?

金毘羅さんでは灸まんの看板があちこちに
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金毘羅さんでは灸まんの看板があちこちに

 ホテルに行くタクシーで運転手さんが話していた。

「以前は工場で働く人たちが夕方になると街中で飲んだから、店もそこそこあったんですよ。でも飲酒運転の取り締まりが厳しくなってからは、誰も飲みに行かずに真っ直ぐ帰るようになったんです。タクシーも朝方まで忙しかったけど、いまはさっぱりです。飲み屋ですか? さあ、数もないしね」

 相槌の打ち方が難しい話ではあるけれど、いずれにしても飲み屋街というものはなく、案内できる店もあるわけではなしということらしい。

 飲酒運転云々ではなくバブル崩壊後の不況、リーマンショックなどの波をかぶって街の活気が失われたと考えた方がよさそうだが、それはともかく仕方がない。

灸まん
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灸まん

 街中に出れば往復のタクシー代だけで2000円。もったいないのでホテル付属の飲食施設で済ますことにした。

 ところが早い時間なのに、夏休み期間とあって広い店内は家族連れやグループで満員。3、4人の従業員が必死の形相で応対しているものの、オペレーションが追い付かない。

「○○まだ?」
「コースの○○だけ出てこないよ」

 といった声が飛び交っている。

突き出し3種盛り
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突き出し3種盛り

 各種コースメニューなどもあったが、私は大人しく地物のアジの南蛮漬けと「突き出し3種盛り」を注文した。西日本なので「お通し」ではなく「突き出し」。しかし南蛮漬けは来たのに、早いはずの突き出しが待てど暮らせど姿を見せない。

 てんてこ舞いの従業員がかわいそうで、声もかけずにじっと待った。

 暇に任せてメニューをみていたら、発見しました。

「いりこ酒」

いりこ酒
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いりこ酒

 これはいかんと、すぐさま注文した。

 湯飲みのような器に熱燗が入り、その中で頭とワタを取ってあぶったいりこが浮かんでいる。飲む。うめー。

 いりこの味がしっかり出ていて、フグのひれ酒よりずっと優しい味わいである。これはヒット。家にあるいりこで自作できるところがいい。

 いりこ酒にありつけただけで良しとすべきであろう。

 3日目の夜が明けた。東京に帰るだけである。ゆっくり目に朝食会場に行く。

セルフうどん発見
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セルフうどん発見

 大宴会場にテーブルが並んでいるが、その半分の席には各地の高校の名前を書いた札が立っている。高校生が全国から集まる大会があり、たくさんの高校生が泊まっていたらしい。朝食を終え、全員チェックアウトした後だった。一緒だったら大変な騒ぎだったろうな。

 静かになった会場で料理を見て回る。

 ホテルで朝食をとる場合、1日30品目を摂取するための作戦を練るのが常である。本日の方針は以下の通りに決した。

 (1)サラダ、卵料理など洋食のおかずを攻める。パンは食べない。
 (2)その後、ご飯を半膳盛ってきて、和食のおかず類を攻める。
 (3)おかゆを少々いただき、漬物やふりかけ類で品数をかせぐ。
 (4)果物、ヨーグルト、ジュースなどにも目を配る。

食べないわけにはいくまい
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食べないわけにはいくまい

 こうして朝食だけで20品目近くをかせいだのだった。

 食後のコーヒーを取りに行く途中、意外な一角に意外なものがあるのに気づいた。いや何も意外ではなく、当然のものである。

 そこには小さなセルフうどんセットがあった。一口大のうどん麺、薬味類、出しつゆがさりげなく置かれている。

 計算外ではあったが、食べないわけにはいくまい。ということで朝セルフをすることになった。これで20品目を達成した。

うまく撮れない
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うまく撮れない

 時間になったので坂出駅から岡山行きのマリンライナーに乗った。瀬戸大橋を渡りながら上から見た瀬戸内海の写真を撮ろうと頑張ってはみたが、橋の構造物が邪魔になって写せない。こんな感じである。

 岡山駅で弁当を買った。のぞみの車中で開いた弁当は、それだけで30品目近い品ぞろえであった。本日は大変よい1日になりそうな予感がしたのだが、結局、特にいいこともなく終わったのだった。

(特別編集委員 野瀬泰申)

*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。


★今週のおかわりはオリーブの島のそうめんパスタ(デスク版実食編 下)です。ぜひお読みください。

香川県編(その1) 湯船のうどんでお祝いだ

香川県編(その2) いりこをあぶってお酒にポン

香川県編(その3) 煮物の天ぷら、うどんにのせて

香川県編(その4) どじょう汁をどうじょう。

香川県実食編(上) 若の足、親の足よりやわらかい


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2014年9月12日

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