第191回 香川県実食編(上) 若の足、親の足よりやわらかい

特別編集委員 野瀬泰申


 今週から上下2回に分けて、香川県実食編を掲載します。
 日本一面積が狭く、うどんばかりがクローズアップされがちな「うどん県」ながら、バラエティーに富んだ「ご当地の味」にめぐり合うことができました。
 デスク版実食編とあわせれば、ほぼ全県をカバー。香川県の味を巡る旅をお楽しみください。
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高松空港でこの人に迎えられた
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高松空港でこの人に迎えられた

 20014年8月9日、香川県実食の旅に出る予定で航空券とホテルの予約をしていた。ところが台風11号が接近し、その日に四国へ上陸するとの予想。

「こりゃいかん」

 急いで予約を週明けの11日出発に変更した。

 台風は予想通りの進路をたどり、四国や近畿に大きな被害をもたらした。おまけにお盆の帰省ラッシュが始まっていたが、ともかく出発することにした。

 午前中の便が取れず、正午過ぎに着く飛行機で高松空港へ。空港ではこの方に出迎えていただいた。

高松駅の立ち食いうどんの店
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高松駅の立ち食いうどんの店

 空港からのバスはずっと一般道を走り、バス停にいちいち止まって行く。要するに普通の路線バスで高松駅まで45分もかかった。飛行機の出発が遅れたため、高松駅に着いたのは午後2時過ぎ。さすがにお腹がすいた。

 今回、デスクの都合と合わず、私は一人旅である。私が県央から西部を担当し、デスクが後日、東部を取材することになっている。従って高松市はデスクの担当である。しかしながらこの空腹はつらい。最初の目的地である坂出市まで我慢するのはいやである。

 そこで駅の周りをうろついていたら、こんな店を見つけた。

月見うどんでございます
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月見うどんでございます

「うどん食べよ」

 路地を入って行くと屋外にテーブルが並び、開けっ放しのドアの中にカウンターと厨房があった。その向こうは駅のホーム。つまり高松駅の立ち食いうどんの店に駅の外から入ったのである。

 注文したのは月見うどん。見た目はどうと言うこともないのだが、つゆを一口すすって軽いため息がでた。

 いりこである。香川は九州と同じ、いりこ文化圏。私にとっては懐かしい母の味である。

 さぬきうどんのつゆは色が薄い。透明な淡い褐色である。醤油をあまり使わないのであろうか。それでいて塩味の輪郭がはっきりしている。私は好きである。

高松駅
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高松駅

 この店の麺はほどよいコシで、九州のうどんと大差はない。これも好きである。

 つゆの一滴も残さずに完食し、坂出に向かうことにした。

 改札で女性の駅員さんに尋ねた。

「坂出に行きたいのですが、どの電車が一番早く着きますか?」

 駅員さんはホームの掲示板を見て言った。

カウンター越しに快速マリンライナーが見える
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カウンター越しに快速マリンライナーが見える

「次の快速マリンライナーに乗ってください」

 その快速は2分後に出る。

 私が自動券売機の前で財布からお金を出すと、駅員さんがすーっと近づいてきて、券売機のタッチパネルをトントントンを叩いた。

「お金を入れてください」

 出てきた切符を持って改札に急ぎ、電車に乗り込むと同時に発車した。手伝ってもらわなければ間に合わなかったろう。

坂出駅の中にもうどん屋さん
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坂出駅の中にもうどん屋さん

 この快速は瀬戸大橋を渡って50分余りで岡山に着く。何という近さ。香川と岡山はお隣さんなのである。

 高松を出た快速の次の停車駅が坂出。

「もう着いたの?」

 あっけないものであった。

 坂出に行ったのは中学校の地理の授業で「入浜式塩田」発祥の地と教わり、印象に残っていたためであった。それと本編に登場した「ぴっぴ飯」も気になっていた。

塩田の父
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塩田の父

 坂出駅の前に塩田の父と称される久米通賢(みちかた)を称えるレリーフがあった。久米が開発した塩田によって坂出の塩は全国シェアの半分に及び、窮乏していた藩の財政を救ったという。

 しかしすでに塩田はなく、海岸部は工場地帯になっている。

 町を歩いていて「人工土地」と書いた碑に出合った。

 なんじゃこりゃ?

人口土地の記念碑
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人口土地の記念碑

 調べてみたら、密集した木造家屋を撤去して駐車場や店舗にし、その上にコンクリート建築の住宅や公共施設を建てたものだそうである。いまでは珍しくないが、当時としては斬新な建築思想を実践したものとして注目され、建築史的な価値は高いという。

 その辺からアーケード商店街に入った

 やはりシャッターが目立つ。そんな中に「讃岐醤油画資料館」があった。本編でも少し触れたが、私はずいぶん前に、ここを訪ねている。

醤油画の一例
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醤油画の一例

 現代美術家が「昔、醤油で絵を描くジャンルがあった」という仮想の設定のもとに、実際に醤油で描いた絵や、昔日の醤油画家が作画している人形などが展示されていた。地元の鎌田醤油の本店跡を使った施設である。

 もう一度見たいと思って玄関から声をかけてみたものの返事がない。不在らしい。写真を撮って先に進んだ。

 そこで見たものは醤油画ならぬ、シャッター画であった。下ろされたシャッターをカンバスにして古今の名画が描かれている。面白い。上手。どこかの学生たちが描いたのだという。

シャッターに描かれた名画の数々
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シャッターに描かれた名画の数々

 しかしシャッター商店街だから1年中見られるわけで、面白がっていいのかどうか。

 それにしても暑い。薄曇りだからまだいいが、真夏には違いない。

 そこで喫茶店に入ってクールダウンすることにした。

 アイスコーヒーを飲みながら駅の観光案内所でもらった飲食店マップを見る。うどんの店ばかりである。居酒屋その他は数えるほどしかない。店の女性に聞いた。

「うちこみ汁」は煮込みうどん
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「うちこみ汁」は煮込みうどん

「坂出に来たら食べた方がいいものがあったら教えてください」
「うどんです」
「ほかには?」
「うーん」
「ではどこか飲食店が集まった場所はありませんか?」
「人工土地のところに何軒か飲み屋があるけど」

 そこならさっき行ったばかりで、観察済みである。郷土料理の店とか居酒屋とかがあった。わずかに関心が湧いたのは「うちこみ汁」であるけれど、あれはいわば、さぬき版の「煮込みうどん」であって、食べなければわからないというものではない。

メニューにもうどんがずらり
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メニューにもうどんがずらり

「ぴっぴ飯はどうですか?」

「商工会議所の若い人たちが考えたものでしょう? 新聞やテレビで盛んに取り上げられて、坂出の者としては嬉しかったけど、私はイベントでしか食べたことがない」

 ぴっぴ飯はかつて家庭で残ったうどんとご飯を、うどんつゆを加えて炒めたものだとされる。神戸のそば飯のうどん版みたいなものである。

 少し考えていたその女性が思い出すように言った。

香川なので希少糖
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香川なので希少糖

「子どものころ、駄菓子屋に弁当の残りご飯を持って行って、焼うどんに混ぜてもらったことがあるけど、あれがぴっぴ飯だったのかな」
「味つけは?」
「ソースですよ」

 うーん、どうもよくわからない。

 さぬきのことなので、家庭に買い置きのうどんがあってもおかしくない。しかし、うどんつゆも常備なのであろうか。女性が話すように、ソース味の焼きうどんをこしらえる際、残ったご飯を加える方が自然に思える。

骨付鳥の元祖「一鶴」には行列が
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骨付鳥の元祖「一鶴」には行列が

 観光案内所で聞いたところによると、ぴっぴ飯を出す店は街中の居酒屋と郊外のうどん店だけという。街中で食べようと思えば、夕方にその居酒屋が開くのを待つしかない。提供店が少なすぎて、ご当地グルメの要件を満たさない。

 今日の宿泊地は丸亀。そろそろ日が暮れるし、丸亀に向かおうか。

 丸亀は坂出のお隣みたいなもので、電車ですぐだった。ホテルに荷物を置いて「骨付鳥」発祥の店「一鶴」に向かった。

地物のタコ
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地物のタコ

 ところが帰省した人々なのか観光客なのか、店には行列ができている。家族連れやグループばかりで、一人客は入りづらい。写真だけ撮って周辺を歩いてみると「三太郎」という居酒屋に「骨付鳥」の幟。カウンターが空いているようなので客となった。

 いきなり骨付鳥でもあるまい。せっかくだから地物の魚でも食べようか。

「イカの刺身を」
「今日のイカはやめておいた方がいいですよ。台風で地物が揚がっていないから冷凍です。タコならおすすめ」

スタンプラリー、私には無理
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スタンプラリー、私には無理

 接客を仕切る若い男性が張りのある声で言う。そんなことが言えるのは従業員ではなく2代目かな?

 正直。誠実。好感度いきなりアップである。

 すすめられるまま、タコの刺身をいただく。分厚くて噛むのが大変。でも美味しい。

 目の前で「もうすぐ17歳」という若い若い従業員が焼き鳥を焼き、骨付鳥を担当している。ちょこちょこ言葉を交わしていると次第に打ち解けて、こんなことを言った。

若の足に親の足
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若の足に親の足

「骨付鳥は家でも作れますよ。塩、コショウ、味の素、ガーリックパウダーを混ぜて、もも肉にすり込んで焼けばいいんです。うちの店の味に似たものができます」
「店の味そのものではない?」
「店のはもっといろいろなものが……」

 と笑った顔が初々しい。

 ではそろそろ本場の骨付鳥を食べようか。

「若の足」と「親の足」がある。どっちにしても迫力満点、真っ向勝負のネーミングであるが、親のスネなら学生時代に少しかじったことがあるが、この歳になって親の足をかじるのはいかがなものか。歯のことも考えれば当然ながら柔らかい若の方を選ぶしかない。

「三太郎」の骨付鳥
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「三太郎」の骨付鳥

 注文すると、その少年が冷蔵庫から下味のついた半身のもも肉を持ってきて、コンベックの皿に置いた。そのとき「じゅっ」と音がした。皿の中には鶏の脂が溶けていて、その油で揚げながらガスオーブンの熱風で焼くのである。

 20分ほどでできあがった。食べやすいように切ってある。

 骨が付いていない部分を箸でつまみ口に入れる。

 皮がぱりぱりで肉からは熱々の汁がしたたる。中まで均一に熱が通っているところが素晴らしい。

中までしっかり火が入っている
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中までしっかり火が入っている

「一鶴」の開店は1952年。その翌年から骨付鳥を出し始めたというから、ほぼ60年の歴史がある。当時、鶏肉、それももも肉の半身などめったに口に入るものではなかった。要するに、もの凄いごちそうである。しかも醤油や味噌になじんだ舌にスパイシーな味付けは衝撃的であったろう。骨付鳥が瞬く間に丸亀の味として定着したのもうなずける。

 三太郎は元祖の店ではないけれど年季が入った店で、ここの骨付鳥も風格があった。

 デスクは高松で骨付鳥に遭遇するであろう。彼が食べずにいられるとは思えない。ネタは被るが、特別に骨付鳥の暴れ食いに目をつぶるから、安心して食べまくってくれ。

丸亀は骨付鳥一色
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丸亀は骨付鳥一色

 丸亀の飲食店マップはうどんと骨付鳥のマークで埋め尽くされている。念のため繁華街を歩いてみたが、骨付鳥の看板だらけであった。

 瀬戸内なので小魚料理を売りにする店があるのかと思っていたけれど、坂出でも丸亀でも見つからなかった。小魚は家庭で食べるものであって、店で出すものではないということであろうか。

(特別編集委員 野瀬泰申)



*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。


★今週のおかわりは「体育会系丼めしとデカすぎタコ焼(デスク版実食編 上)」です。ぜひお読みください。

香川県編(その1) 湯船のうどんでお祝いだ

香川県編(その2) いりこをあぶってお酒にポン

香川県編(その3) 煮物の天ぷら、うどんにのせて

香川県編(その4) どじょう汁をどうじょう。

香川県実食編(下) いりこ酒、いりこなければただの酒


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2014年9月5日

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