第244回 和歌山県実食編 君にこのシラスを知らすたい

特別編集委員 野瀬泰申


和歌山県

 いよいよ地方取材も最終回です。今回、実食の旅に出たのは和歌山県です。
 紀伊半島を半周するように長い海岸線を持つと同時に、内陸は熊野古道に代表される山が深いところです。
 まずは、大阪からもほど近い県都・和歌山に足を踏み入れました。
 今週のおかわりは、デスク版の和歌山県実食編、県西側沿岸部を除く広大な和歌山県を縦横無尽に飛び回ってきました
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南海和歌山市駅
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南海和歌山市駅

 2015年11月13日から15日まで、2泊3日の駆け足で和歌山県を訪ねた。例によってデスクとは別行動。私は紀伊水道から太平洋方面の海沿いの地域を担当し、デスクは県東部と山間部を回った。

 13日朝、関西国際空港に降り立った。案の定、ここも中国語圏になっていた。大きな旅行用のトランクを両手で持った彼の国のカップルや家族連れ、団体が大勢いて、これから爆買いに行くのか帰るところなのか、ロビーを埋めている。

 それを横目に南海電車の駅へと歩く。和歌山市に行くにはこれが一番近いのだと、デスクが言っていたのでそうした。

ぶらくり丁
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ぶらくり丁

 泉佐野で和歌山市駅行きの特急に乗り換えた。電車が山の中の家が少ない所を抜けると紀伊の国。あの山が国境だったようである。

 和歌山市駅にはスーパーが付属していて、入ってみるといきなり「南蛮(なんば)焼き」と「ごぼう巻き」を売っていたので、後先を考えずに買う。両方で1700円を超えた。けっこう高いのである。

 駅前の観光案内窓口で地図をもらい「ぶらくり丁」へGO!

人通りは少ない
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人通りは少ない

 途中、「勝海舟寓居(ぐうきょ)跡」の碑があった。海舟はこんな所に住んだことがあったのか。ひょっとして幕府の軍艦奉行として神戸海軍操練所にいたころ、和歌山にいっとき住んでいたのかな?

 そんなことを想像しながら歩いていたら、ぶらくり丁のアーケードが見えてきた。ぶらくり丁はいくつかのアーケード商店街で構成されているが、人通りは少ない。県庁所在地であっても中心商店街が抱える問題は、ほかの中小都市と変わらない。

 でも歩いていて楽しかった。

ヘレカツ
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ヘレカツ

 関西なのでヒレカツではなくヘレカツだし、お汁粉ではなくぜんざいだし、ナポリタンではなくイタリアンなのである。

「食べ物 新日本奇行」の「大衆食堂」の回で登場した「力餅」系の食堂にも遭遇した。絵に描いたように窓口できな粉餅、おはぎ、赤飯などを売っている。こうでなくちゃ。

 懐かしい姿形の喫茶店も健在で、本編で話題になった「わかやまポンチ」を思い出させた。お昼ご飯の後で食べようと思って、いくつかの喫茶店のメニュー看板を見たのだが、わかやまポンチがない。こういうところではなく、もっと若い人たちが行くような店でないと食べられないのかも。

「中華そば 味」
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「中華そば 味」

 お昼は和歌山中華そばと決めていた。久しぶりに本場で食べるのである。ただし店は決めていない。ここで井出商店に行ったら余りにベタであろう。

 どこか別の店で、しかも偶然出合った店でいただくのが旅の楽しみ……あれれ、偶然出合ってしまったぞ。広い道の角に「中華そば」の赤いのれんが下がっているではないか。店の名は「中華そば 味」である。なかなか味がある名前である。

 店の横には「名物 すじどて」の持ち帰りをやっている。店内でも食べられるのか。

中華そばと早寿司、ゆで卵のセット
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中華そばと早寿司、ゆで卵のセット

 入ってみると細長いテーブルが一つと小上がりが一つ。小上がりに若い男性2人。テーブルには私と同年配の女性が1人。私はテーブルの隅に席を取った。

 中華そばと早寿司、ゆで卵のセットがあって、これが680円(税抜き)。セルフ、自己申告ではないが、手間が省けていい。これを注文した。

 スープを飲む。おおっ。期待通りのとんこつ醤油である。いいなあ、とんこつ。細めの麺はちょうどいいゆで加減で、固くもなく柔らかくもない。ずるずるっとやる。

期待通りのとんこつ醤油
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期待通りのとんこつ醤油

 チャーシューは1枚かと思っていたら、スープの下にもう1枚あった。うれしい。

 途中でゆで卵をむき、左手に持って中華そばをずるずる、卵をぱくり。卵が半分になったところでそばに落とす。このような食べ方が好きなのである。

 麺が片付いた。今度は早寿司を左手で持ち、口に運びながらスープをすする。とんこつ醤油のスープが寿司の酸味を洗って、すがすがしさを運んでくれる。完食である。

 店を出てJRの和歌山駅を目指す。

スマートボール、発見
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スマートボール、発見

 途中の商店街でいまだ現役のスマートボールの店に遭遇した。これはもはや文化財級である。

 その先の果物屋さんの前に群がるアジアの友とも遭遇した。YOUは何しに和歌山へ? ここの果物を爆買いですか? 確かに中国ではかんきつ類は貴重かもしれない。でも何でも買うんだなあ。

 そこうするうちに和歌山駅に到着した。特急くろしお何号かで湯浅に行く。10分も待たずに特急がホームに姿を見せた。自由席はすいている。発車後、車内アナウンスが流れてきた。

「この列車の停車駅は海南、御坊……」

 ええっ。湯浅に止まらんちゅうのんか。そんな殺生な。

YOUは何しに和歌山へ?
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YOUは何しに和歌山へ?

 ほどなく若い女性車掌が検札にやってきた。

「湯浅に行こうと思ってこの特急に乗ったのですが、湯浅は止まらないんですよね。では御坊で乗り越し精算して」

「あ、いいです。切符に事情を書きますから、御坊で和歌山行きの列車に乗って戻って下さい。といっても次の和歌山行きの特急も湯浅は通過しますので、各駅しかないですよ」

 そんなことで車掌さんは私の切符にボールペンで何かを書いて渡してくれた。そこには「誤乗」と書いてあった。

湯浅は醤油発祥のまち
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湯浅は醤油発祥のまち

 人生初めてではないけれど、切符に「誤乗」と明記されたのは初めてであった。

 そんなわけで御坊で降り、反対のホームで各駅停車に乗って、ようやく湯浅に着いた。湯浅は静かな町である。古い町並み、狭い道路。それもそのはず、熊野古道なのである。

 重要伝統的建造物群保存地区に向かっていたら道に迷った。向こうから小学生の男の子が歩いてきた。私とすれ違うとき「こんにちは」と挨拶する。ちょっとうれしくなって声をかけた。

古い町並み、狭い道路
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古い町並み、狭い道路

「町並み保存地区にはどうやって行くの?」
「ええと、あっちに行って、おかしょうの所を左です」
「何年生?」
「4年です」
「ありがとうね」

 お母さん、いい息子を持ちましたね。

 少年が指さした方に歩いたのだが「おかしょう」がわからない。ちょうど何かの店の前に人がいたので尋ねてみた。

 少年が言ったのは「岡正」という店だったところで、いまは無料休憩所兼ちょっとした資料展示室になっているという。歩いてすぐであった。

湯浅の醤油の老舗「角長」
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湯浅の醤油の老舗「角長」

 こうして無事に町並み保存地区にたどり着いた。写真を撮りながら湯浅の醤油の老舗「角長」へ。ここで古式製法によって醸された「たまり醤油」を買い、自宅に送る。湯浅は醤油発祥の地とされ、角長のHPにもその歴史が詳しく書かれている。

 商品としての醤油は湯浅で初めて醸造されたようであるが、醤油そのものとなると史料が乏しく、発生と流通の起源は判然としない。しかし湯浅の醤油の歴史は格段に古く、敬意を持って買ったのであった。

「甚風呂」
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「甚風呂」

 人がやっとすれ違えるほどの狭い道を右に左に曲がっていると「甚風呂」の案内看板があった。これかあ。有名な元銭湯は。

 江戸時代から30年ほど前まで営業していた銭湯が、当時のまま残っている。見学自由である。閉館は午後4時。もうすぐ閉まる。

 男風呂と女風呂が目の前にある。撮影自由というので写真を撮った。男女とも湯船は2つで手前が深い立ち風呂。立って入ったのである。そして生まれて初めて女湯をのぞいた。捕まらなかった。

生まれて初めて女湯をのぞく
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生まれて初めて女湯をのぞく

 出ると外は雨。そのせいか暗くなってきた。宿は町の外れにある。駅前に戻ってタクシーに乗った。

 宿はこれ。お城である。「湯浅温泉 湯浅城」という。元は国民宿舎であった。いまは民間企業が経営している。入ってみると施設は豪華である。天守閣は5階建て。何かバブルのにおいがする。

 ただ、現在経営を担っている民間企業はコスト意識が強いらしく、送迎バスの横には「国民宿舎」と書いたままだし、部屋の備品も当時のものを使い続けている。もったいないしね。

「湯浅温泉 湯浅城」
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「湯浅温泉 湯浅城」

 部屋は和室。旅館ではないから布団は自分で敷く。夜のレストランは完全予約制で、全館消灯午後11時である。修学旅行みたい。

 温泉は日帰り湯でもあり、外から入りに来る。湯船は広くてグッドであった。

 暗くなって町に出た。食べ歩きマップによると夜もいろいろな店があるはずなのだが、駅前に食堂が1軒あるだけで真っ暗である。少し歩くと「かどや」という居酒屋がぽつんと明かりをともしている。えり好みしている場合ではない。

「天守閣」からの眺望
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「天守閣」からの眺望

 入ってみると客はいない。板場の男性とその母親らしい女性がテレビを見ている。

「シラスはありますか?」
「ありますよ」
「では生シラスを」

 この辺りではシラスが旬のはずである。

 出て来たのがこれ。期待をはるかに上回る見栄えである。東京で生シラスを頼むと1匹1匹が判別しにくいほどぐちゃぐちゃなのに出くわすことがあるが、ここのは1匹ずつくっつかずに重なっている。最大で2センチ級である。

生シラス 下にポン酢のジュレが
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生シラス 下にポン酢のジュレが

「大きい方ですか?」
「今日のは大きいですね。紀伊水道で揚がったものです。イワシは何種類か混じっています。下に湯浅の醤油を使ったポン酢のジュレがありますから、からめて食べてください」

 居酒屋でポン酢のジュレが出るとは思っていなかった。

 シラスではあるがシラウオを思わせる、ほのかな食感である。ジュレに用いた醤油は骨格太く、古式のたまり醤油ではなかろうか。ほんの少しジュレを箸で取って、シラスとともに口に運ぶ。

「かどや」
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「かどや」

 これはたまらん。640円の至福。

「地元の黒牛という酒がありますが、いかがですか?」
「もち、いただきます」

 淡麗ないい酒である。ちびちびなめるように飲む。ほんの少しずつシラスをいただく。途中省略。

 入って2時間近くたったがほかの客はだれも来ない。

「うちは昼間が中心の店ですから」

釜揚げシラス丼
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釜揚げシラス丼

 という説明でやっと気づいた。私がいるから店が閉められないのである。これは失敬。

「では釜揚げシラス丼をご飯半分で」

 釜揚げシラスももっちりとして、刻んだ大葉が味を引き締める。あっと言う間に完食した。

 何だかよくわからないが、今夜は当たりではなかったか。

 翌朝、宿の温泉に入り、全宿泊客均一の和定食を食べて駅に向かった。駅の時刻表を見て、思わず気をつけの姿勢になった。

町並み保存地区を回るには時間が足りない
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町並み保存地区を回るには時間が足りない

 1時間後でないと列車がない。紀勢線の本数が少ないのは承知していたが、待っても30分ほどかなと高をくくり、事前に調べていなかったのである。紀勢線をなめたらあかんよ。さてどうしよう。

 再び町並み保存地区を回るには時間が足りない。海までは遠そう。商店街はない。スーパーも近くにはない。時間が早すぎて店も開いていない。あてどなくその辺をぶらぶらして駅に戻ると、1軒の店に人が入っていくのが見えた。外からだと開店しているのどうかかわからなかったのだが、やっているらしい。のぞくと、元はケーキ屋さんだったのか、店の正面にガラスケースがあって、袋入りの各種パンが並んでいる。スナック菓子みたいなものも売っている。

老舗醤油店「角長」の店内
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老舗醤油店「角長」の店内

 その奥が喫茶スペースになっていて、地元のしかるべき年齢の男性ばかりが、新聞を読んだりコーヒーを飲んだりしている。

 私もサイホンでいれてくれたコーヒーを飲みながら新聞を読んだり、余りにローカルすぎてさっぱりわからない客たちの会話に耳を傾けているうちに時間になった。勘定をしようと立ち上がると客の1人が聞いてきた。方言が再現できないので普通に書く。

「あんた、どこから来なすった」
「へい、あっしは東京からでござんす」

ようやく湯浅駅へ
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ようやく湯浅駅へ

 すると居合わせた5人の客、および店の女性が全員、小さな声で驚きを表したのである。

「東京?」
「ええ、とうきょー」
「ほう、東京から」
「なんと」
「何しに」

 東京から湯浅に人が来たら、ちょっとした事件なのであろうか。

さんまのなれ寿司(上)と30年モノ
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デスク版実食編、なれ寿司の部分へ

 そのうちの1人が話し始めた。

「うちの息子が立川に住んでいて、帰って来るかと思っていたら、ついに家まで建ててしまった。これではもう湯浅に戻ってくることはあるまい」云々。

 私は相手をしていたかったのだけれども、列車を逃すとまた1時間待ちであるからして、お愛想でごまかして駅へと急いだのであった。

 湯浅から各駅停車で御坊へ。当初、ここで鯖のなれ寿司を買う予定であったが、事前にもらったデスクの旅程表で別の場所でなれ寿司を買うか食べるかすることになっていたので、省略することにした。

紀伊田辺駅
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紀伊田辺駅

 ただ町の雰囲気は見てみたいので下車したのだった。

 歩いて町を巡るのは無理と判明。駅周辺をうろうろして紀伊田辺行きの特急に乗る。アナウンスの声は「誤乗」と書いてくれた女性車掌のものであった。湯浅駅でも若い女性が働いていた。JR西日本は女性活用に取り組んでいるらしい。

 紀伊田辺駅が近づくと、リュックを背負った還暦経験者の女性グループが一斉に立ち上がった。その一人に声をかけてみた。

田辺は都会
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田辺は都会

「熊野古道歩きですか?」
「そうです。滝尻王子までバスで行って、1時間半ほど歩くつもりです」

 さて田辺である。都会である。駅の隣が観光センターになっている。欧米系の外国人が何人かいて、カウンターで質問している。2人の若い女性が英語で応対している。

「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界文化遺産に登録されてから、欧米系の観光客が急増した。白浜温泉にアジア系の観光客が押し寄せているのとは対照的で、熊野古道の入り口である田辺では欧米系の人々をよく見かけるようになった。

試食 何個食べてもいい
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試食 何個食べてもいい

 そんなこともあって、シャッターこそ多いが駅前商店街には人がいる。商店街の中に岡畑農園のプラムガーデンという店があった。店の女性が試食を勧めてくれた。試食といっても丸のままの梅干しを何個でも食べてよいというもので、2個まではいただいたが、3個目はさすがに遠慮した。実は高価なものなのである。

 宣伝になるといけないのだが、ここの梅干しの味は異次元。従来の酸っぱい梅干しももちろんいけるが、蜂蜜につけたものや薄塩のものは、食べて飲み込んだ後から深いうま味がこみ上げてくる。即お買い上げの上、東京に送ったのである。

おみやげ、いただきました
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おみやげ、いただきました

 外に出て店の外観写真を撮っていたら、女性が出て来て個包装の梅干しを2個くれた。

「食べながら旅を続けてくださいね」

 はい、ありがとうございます。

 その少し先に鮮魚の店があった。金山寺味噌を売っていたので買い求め、店内を見回すと本編に登場した「イガミ」が並んでいる。標準和名ブダイである。煮て食べることが多いという。

イガミ、発見!
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イガミ、発見!

 本日の昼ご飯は、これまた本編で話題になった「江川のチャンポン」の予定である。しかし地図を見ても江川の場所がわからない。そばに喫茶・軽食の「バーグ」という店があったので、そこで尋ねてみることにした。併せて地元情報をゲットする目的もある。

 ここでの経緯をかいつまんで書く。登場人物は店主夫妻と隣にいた男性客である。

 江川は遠いから歩いて行けない。この時間にやっている店があるかどうかわからない。多分やっていないのではないか。「バーグ」のメニューにはないが、注文があればチャンポンを作る。ひょっとしたらこの店のチャンポンが田辺で一番美味しいかもしれない。

作ってくれたチャンポン
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作ってくれたチャンポン

 ならば作って作ってとなったのである。

 チャンポンは中華麺とうどんを1玉ずつ使う。多分完食は無理である。そのことを断って注文した。出て来たのがこれ。イカのゲソ、豚肉、キャベツ、ネギである。ソースの香りが立っている。

 結論から書く。私の小鳥のような胃袋に難なく収まったのであった。完食。

「ご主人、隠し味があるでしょう。カツオの粉とみたが如何」

 私は鋭く切り込んだ。

完食
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完食

「ソースは私が沸かして作っています。そう自家製。カツオの粉も入れるねえ。天かすも入れるよ」
「昆布は?」
「入れる入れる」

 要するに自家製出しソースであった。

 口を動かす度に、様々なうま味が出現し、飽きないのである。いやー、参った。

 いろいろしているうちに夜になった。

「しんべ」
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「しんべ」

 駅前に「味光路(あじこうじ)」という一角があって、100を超す飲食店が密集している。私は事前調査と実地検分の結果から「しんべ」という店に入った。時間は午後6時。まだ宵の口なのに、店内はすでに戦場であった。

 100席以上の大型居酒屋であるのだが、予約の客で満員なのである。私はカウンターの一番隅、レジの前に座った。

 当店名物の「えび団子」を注文した。1個150円である。ハイボールを飲みながら店の様子を観察する。すると驚くべき事態が展開していることに気づいた。

名物の「えび団子」
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名物の「えび団子」

 ホール係が座敷やテーブル席の注文を取る。追加注文を受ける。すると伝票を持ってレジの女性のところに来る。レジの女性はそれをマイクで読み上げ、厨房に伝え、伝票をトランプのように目の前に並べる。

 注文の料理ができる。ホール係が取りあえずもらって大きな声でレジの女性に聞く。

「伊勢エビ具足煮とコロッケ2個」

 するとレジの女性が広げた伝票を見ながら即座に答える。

「しんべ」の最安メニューは「さつまバター」50円
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「しんべ」の最安メニューは「さつまバター」50円

「伊勢エビは9の2。コロッケは3番さん」
「揚げ豆腐2個。めんたいうどん3」
「揚げ豆腐は2個とも4番さん。めんたいうどんは8の1に3個、7の2に1個」

 何十枚もの伝票から注文した席や部屋を素早く見つけて伝えるのである。これが1分間に10回ほどのペースであるのだが、この若い司令塔は汗ひとつかかず、むしろ余裕の笑顔さえ見せながらさばいていく。

 私は半ばぼうぜんと眺めていた。

「とれとれ市場」
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「とれとれ市場」

 眺めていて飽きないのである。すっかり食べるのを忘れてしまった。

 午後8時になった、潮が引くように客が帰っていく。店内は静けさを取り戻し、平時になった。

 居残った客とこの道40年という名物おやじが話を始め、店内に笑いが広がる。

 えび団子と揚げ出し豆腐以外何も食べなかったけど、楽しい一夜であった。帰り際、「黒牛」の300ミリ瓶と手巻き寿司を包んでもらってホテルに戻った。

くつえび
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くつえび

 翌朝は南紀白浜空港から東京に戻るだけである。田辺駅前からタクシーにのって「とれとれ市場」に寄る。海鮮市場と産直市場、フードコートとお土産コーナーなどが一体になった大型施設で、観光バスもやってくる。外にはバーベキューや日帰り温泉もある。

 そこで「くつえび」を売っていた。調べてみたが正体はよくわからない。この辺の海で捕れるエビで、伊勢エビより高価である。大きいものは1匹15000円もする。その写真を撮り、みかんソフトを食べて空港に向かったとさ。

(特別編集委員 野瀬泰申)

*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。



★今週のおかわりは「熊野路で30年モノなれ寿司と熟成酒〜デスク版和歌山県実食編」です。ぜひお読みください。

和歌山県編(その1) 「じゃばら」は自腹で買いましょう

和歌山県編(その2) 祝! 近大水産研卒業

和歌山県編(その3) 紀州はスシの国ですし

和歌山県編(その4) なれ鮨vs湯浅の醤油


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2015年11月20日

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