第150回 島根県実食編(上) シジミは酒蒸し、サザエは煮る

特別編集委員 野瀬泰申


 バラパン、ソフトめん、カツライスと意外なメニューが大挙して登場した島根県。いよいよ実食編の順番が回ってきました。
 東西に長い県だけに、60年に1度の式年遷宮を迎えてにぎわう出雲大社を擁する出雲地方を野瀬、世界遺産の石見銀山を擁する石見地方をデスク、と分担して取材して来ました。郷土食とご当地グルメが折り重なった島根の食を、たっぷりご紹介します。
 今週のおかわりは、石見地方の食を探訪したデスク版実食編9月28・29日に開催された関東・甲信越B−1グランプリin勝浦の模様をダブルで掲載します
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猫娘ディーゼルカー
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猫娘ディーゼルカー

 2013年9月19日から2泊3日で島根県実食の旅を敢行した。

 島根県は東西に長い。東が出雲、西が石見である。私が出雲を、デスクが石見を担当し、それぞれのテーマを追った。

 最も期待したのは60年に1度の式年遷宮を迎えた出雲大社である。その模様は最後に紹介しよう。

 まず東京・羽田から飛行機に乗る。時間の関係で出雲空港ではなく米子便である。米子空港に着くと急いでJR境線の駅に向かう。この線を走るディーゼルカーにはすべて水木しげるさんの妖怪が描かれている。私が乗った車両は猫娘であった。30分ほどで米子駅。しかしここは鳥取県なので別段のことはしない。

安来節とハガネの町
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安来節とハガネの町

 山陰線に乗り換えて隣の駅が島根県の安来。「安来武士」のポスターや駅構内には「安来節とハガネの町」の看板がある。ホームの前に日立金属安来工場がでんと構えている。

 駅舎はご覧のような豪華な木造の建物。構内の観光案内所で各種パンフをもらう。

「足立美術館に行くんですか? それなら目の前から無料シャトルバスが出ています」

「いえ、まずは昼ご飯を食べたいのですが」

 ということでグルメマップを渡された。

安来駅は立派
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安来駅は立派

 しかし、マップをざっと見た限りでは昼間に開けている店は限られていて、グルメの町とは言いにくい印象である。それでも街中に行けばなにかあるだろうと思って、地図を頼りに市役所や銀行が集まっている方角を目指した。

 途中、スナックとか居酒屋はあるのだが、当然やっていない。最悪の場合、駅構内にあるカフェで済まさないといけないのか。

 古い料亭とか民家とかの写真を撮りながら歩く。見ると古いアーチのような門のようなものが立っていた。近づいて案内板を読むと「大正4年に建てられた旧安来銀行本店を昭和60年に解体する際、赤レンガの洋館の玄関部分を保存したもの」という。

旧安来銀行の門
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旧安来銀行の門

「ふーん」と思ってカメラに収めた。収めた後、改めて見れば、向こうの建物に看板がかかっている。

「民芸そば 志ばらく」

 と読めた。

 幸いに営業中であった。選択の余地はない。ずずいと入る。

 入って驚いた。左手に厨房とカウンター、右に小上がりがあるのだが、そのたたずまいの古さと重厚さにびっくりしたのである。いつの時代のものだろうか、桐の箪笥が鎮座している。

「志ばらく」の店内
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「志ばらく」の店内

 壁には酒の肴のメニューがずらり。今が夜なら長っ尻になること間違いなしの品ぞろえである。客が私一人であるのをいいことにテーブルを占拠した。

 メニューに「釜揚げそば」とある。うどんなら釜揚げは珍しくないがそばで釜揚げって何だろう。

「いわゆるかけそばです」

 と奥さんらしい女性は言う。そのときは納得したが、別の場所でこんな説明を受けた。

「志ばらく」の建物は大正時代のもの
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「志ばらく」の建物は大正時代のもの

「そばをゆで汁と一緒に丼に移し、濃い出し汁を好みでかけて食べるものです。この辺独特の食べ方かも。もちろんかけそばタイプも釜揚げという場合がありますよ」

 だがメニューに「志ばらく名物 割子いもかけ蕎麦(そば) 一杯弐百七拾円」とある。こちらに目が移った。

「いもって?」

「とろろのことです」

「じゃあこれを」

「何杯ですか? 皆さん3杯から始められますが」

「では3杯お願いします」

 というやり取りがあって出てきたのがこれ。

割子そば3枚
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割子そば3枚

 そばの実を甘皮ごと引いた玄そばは出雲そばの特徴。上にとろろ、ネギ、のり、鰹節の粉がかかっていて、ワサビが添えられている。白い液体はそば湯である。とろっとろで、鼻を近づけるとそばの香りが立つ。こんな濃厚なそば湯は見たことがない。

 それを横目に、そばに生醤油を思わせる真っ黒なつゆを少量かけて、ワサビが偏らないようによく混ぜる。

 ズズッ。

 私は口を動かしながら天井を見上げた。感動したのである。

甘皮ごと碾(ひ)いて手打ち
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甘皮ごと碾(ひ)いて手打ち

 歯ごたえの確かさ、香の強さ。つゆのうま味の強靭さ。そばは息子さんが打っているそうだ。私はそば通ではないが、素人でも美味さはわかる。

 あっという間に3杯平げて、そば湯に取り掛かる。

「つゆを足さないで、そのまま飲んでください」

 奥さんに言われるまま、白い液体を口にする。

 東京ではざるそばの残ったつけ汁にそば湯を入れて飲むものと相場が決まっているけれど、こっちの方が断然いい。もっとも東京の店でも、これほど濃厚なそば湯が出ればの話であるが。

 島根県1食目、大当たり。810円の至福であった。

かつての「鉄の道」
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かつての「鉄の道」

 奥さんの話。

「前の道は鉄の道といって。昔は山の中で『たたら』でつくった鉄、炭、米なんかをすぐそばの港に運んだ道なんです。周りには大きな鉄問屋、炭問屋があって、この店の建物は前の問屋の従業員宿舎だったんですよ。建物は大正時代のもので、柱の中には明治のものもあります」

 志ばらくは昭和25年開店というから、私より1歳年上である。初めての土地で偶然、このような店に巡り合うのが旅の醍醐味。やったー。

 本編で紹介したメールの中に、気になって仕方がないものがあった。「ヤスキハガネ」の包丁である。安来に行ったらこの目で見たいと思っていた。手が届けば買いたいとも考えていた。

和鋼博物館
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和鋼博物館

「それなら和鋼博物館で買えるんじゃないかな」

 奥さんが道順を教えてくれた。

 港に突き当たって左折。橋を渡るとそれらしい建物が見えてきた。「和鋼博物館」は市の施設で、安来を舞台にした製鉄の歴史を展示している。

「たたら」というのは日本最古の製鉄法で、土で作った炉に砂鉄と木炭を入れ、下から鞴(ふいご)で空気を送り込みながら砂鉄を溶解する。3日3晩かかる作業であるという。

買いました
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買いました

 出雲の山中は上質の砂鉄の産地であることから、古代から製鉄の技が根付いてきた。いまでも古来の「たたら」で鉄を作る技術が伝承されている。

 砂鉄からできる「玉鋼(たまはがね)」は日本刀の上質な材料として知られる。古代国家にとっては先端的な武器の産地であったわけであるから、政治的な意味合いも強かったろうが、私にはよくわからない。

 ともかく展示を一通り見て、売店に行った。途中は省略するが、買ってしまったのである。

「青S三徳包丁口金付」。定価1万2400円。旅先での買い物としては思い切った額ではあったが、切れる包丁が欲しかったのである。

懐かしいブラウン管テレビ
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懐かしいブラウン管テレビ

 これを持って飛行機に乗れないから宅配便で自宅に送った。

 さてそろそろ松江に向かう時間である。

 安来から特急に乗って松江へ。途中、右手に中海が見えた。ぼんやりと窓外の景色を眺めているうちに到着。

 松江のホテルは予約が大変だった。出雲大社の式年遷宮でいつもホテルは満杯状態。ネットで唯一予約できたホテルにチェックインした。部屋は狭い。デスクの上にはブラウン管テレビ。現役のブラウン管テレビを見るのは何年ぶり? 映るの? 映りはしたがぼけぼけである。

大橋川にかかる満月
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大橋川にかかる満月

「大浴場付き」とあったので行ってみる。確かに湯船は広いのだが、9つある洗い場で機能しているのは4つだけ。あとの5つは蛇口が取り外されていたり壊れていたり。込む時間にはどんな状況になるのであろうか。

 荷物を置いて外に出る。かつて松江を訪れたときに入ったおでんの店を探すと、案外簡単に見つかった。

「おでん 庄助」

 松江大橋の袂にある。かつて私が座って中海と宍道湖を結ぶ大橋川を眺めた店は閉じられて、その隣に新しく大きな店が立っていた。

豪華おでん 卵焼きに注目
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豪華おでん 卵焼きに注目

 橋の上からカメラを構える。その日は仲秋の名月。まん丸な十五夜お月さんが出ていた。

 開店と同時に入ったため、私が最初の客。しかし2階の座敷に宴会の予約が入っていたらしく、どんどん客が来る。ここは有名店なのである。

 玉子焼き、サトイモ、ホタテ、スジ。ハイボールや地酒とともにいただいて1900円。風流代コミでこの値段である。

 しみじみしていたかったけれど、これでは実食の旅にならない。

アジの南蛮漬け1匹が突き出し
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アジの南蛮漬け1匹が突き出し

 飲み屋が集まる場所を求めて歩いた。ある店の前でふと足が止まった。入ってみる。女性がひとりで切り盛りしている。カウンターに座って酒を注文すると、目の前に大きな皿が置かれた。中型のアジ1匹の南蛮漬け。

「何ですか、これ」

「お通しです」

 アジ1匹のお通し、いや突き出しとは豪快な。というか力技である。

 かつて鳥取市の寿司屋で煮魚1匹が突出しにでて度肝を抜かれたが、それに匹敵する。この辺は巨大突出しが普通なのであろうか。

シジミの酒蒸し
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シジミの酒蒸し

 おでんで膨らんだ胃袋にアジを詰め込み、本題に取り組むことにした。シジミである。当店にも当然、大和シジミが置いてあるが、これを「酒蒸し」で出すという。東京で酒蒸しというとアサリだが、こちらはシジミ。それだけ大きいのである。

 黒コショウが効いた酒蒸しを肴に常温の酒を飲む。おつである。

 見るともなしに見ていると、店の女性が鍋から大量のサザエを大皿に移した。サザエは壺焼きではなく煮るもの?

煮たサザエも突き出し
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煮たサザエも突き出し

「これもお通し。2個で380円です」

「1個でもいいですか?」

「いいですよ」

 ということで煮たサザエが目の前に。ちゃんと身を串で取り出してある。

 本日はこれまで。お腹は膨れ、肝臓も大活躍。後は徹夜で寝るだけである。

 翌朝、「無料」という朝食を見に行った。

特急「やくも」で松江から出雲へ
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特急「やくも」で松江から出雲へ

 ホテルの状況からいくら無料でも食べる気にはならないだろうと思っていたが、念のため見るだけ見てみようと思ったのである。

 予想通りであった。袋から出しただけらしいものが並んでいて、オレンジジュースは果汁ナン%かのもので、牛乳はない。

 駅のコンビニでサンドイッチと野菜ジュースを買って、ベンチで食べる。

 このあたりのこと、書かない方がよかった?

バラパンにもいろいろある
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バラパンにもいろいろある

 で、山陰線の特急「やくも」で出雲市へ。宍道湖が穏やかな水をたたえている。なかなかの景色である。駅に着くと、出雲ぜんざい学会会長の田邊達也さんが迎えに来てくれていた。

 田邊さんの案内で、まず地元スーパーへ。

バラパン」とか「ストかま」とか、本編に登場した物件を買い込んだ。

 それから「なかまち」の商店街に行く。シャッターの行列である。地方都市では見慣れた光景になってしまった。

道の駅「キララ多岐」
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道の駅「キララ多岐」

 お昼には間がある。

「私の故郷に行きましょう」

 田邊さんは、合併して出雲市になった旧多伎町の生まれ。国道9号を西に走って日本海に突き当たった。そこには道の駅「キララ多伎」があった。フィンランドの駅舎を模した建物が秋晴れの日本海を前にでーんと立っている。

 山陰の道の駅の中でも屈指の人気を誇るという。目の前が海水浴場。向かいの山の中腹にやはり北欧風のロッジが並んでいる

サンライズ発見
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サンライズ発見

 多伎は「夕陽百選」の町であり、運がよければイルカウオッチングもできるという。それにイチジクの産地。日本海側なのに、どこか南国の香りがする。

 道の駅構内のパン屋さんで「サンライズ」発見。鳥取でも見た。鳥取、島根はサンライズ生息地である。

 引き返して喫茶店兼レストランの「ラブラブ」に入った。

島根の喫茶店ではカツライスがお約束

 そんな店のひとつである。

喫茶・レストラン「ラブラブ」
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喫茶・レストラン「ラブラブ」

「カツライスもいいですが、私はここのナポリタンが好きです」

 田邊さんが言った。そこで両方を頼んで、シェアすることにした。

 出てきました。ナポリタン。追いかけてきましたカツライス。

 開店から40年ほどたつというが、両方とも昭和そのものである。ナポリタンは鉄板に盛ってあるところこそ中京のそれと同じだが、卵を敷いていない。生卵が中央にのっている。これをまぜまぜしながら食べるのである。

鉄板ナポ登場
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鉄板ナポ登場

 卵に負けないようにトマト味のソースはきつめ。というかコクがある。懐かしいなあ。

 カツライスは説明不要であろう。ドミグラスソースが粋。サラダが粋。大量のマヨが粋。

 かつてマヨの取材をしたとき、なぜか松江の購入量が多いというデータにぶちあたった。県庁の統計課に電話したが、理由がわからなかった。

 しかしいまサラダに添えられたマヨの量を見れば、なるほどなと思う。

カツライス登場
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カツライス登場

「昔からサラダというかキャベツはマヨで食べています。マヨが多いですか? そうですかねえ」

 と田邊さんは言うけれど、多いでしょう。

「でも何にでもマヨではありません。あくまでサラダにはマヨです」

 マヨラーというわけではではない。

 食べ終えて車で出雲大社に向かった。デスクと合流するのは今夜の予定。出雲大社は翌日時間をかけて取材することになっているので、いわば下見である。

旧大社駅(重文)
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旧大社駅(重文)

 田邊さんの車が止まったのがここ。事前に知らされていなかったので、目に飛び込んできたとき、おもわず「凄い」と言っていた。

 旧大社線の終点、大社駅である。大正末の建造で、平成2年の大社線廃線まで出雲大社を参拝する人々を迎えてきた。重要文化財に指定されているが、見放題の入り放題。

 そこから海に続く「神迎えの道」に車を入れた。「平和そば本店」に入る。出雲そばの人気店で客が絶えない。

平和そば本店のいずもそば。そば湯が白い
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平和そば本店のいずもそば。そば湯が白い

 お昼は済ませているので割子そばを少しだけもらい、お銚子も頼む。ここのそばも香り高く、甘めのつゆが優しい。熱いお銚子との相性が抜群なのだが、飲んでいるのは私だけ。私はお調子者?

 先を急ごう。車を飛ばして日御碕(ひのみさき)の灯台へ。かつてはにぎわった観光地ながら、昔日の勢いはない。

 さらに鷺浦の集落へ。ここはかつて北前船が寄港したところで、往時をしのばせる家々が狭い路地を挟んで立ち並んでいる。

鷺浦の家並み(一部)
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鷺浦の家並み(一部)

 中に「塩飽(しわく)屋住宅」というのがあって、説明によると「江戸後期から明治にかけて丸亀の塩を扱って財を成した家。塩飽の人が来ると泊まっていったのでその名がある」という。北前船で繁栄した時代を物語る建物である。

 夕方になってきた。夜の部に備えてホテルで一休みすることにしよう。ホテルの2軒先に同系列の日帰り温泉があって、宿泊客は100円引き。

「木の湯船です。小さいので遅くなると込みますよ」

 田邊さんにそう聞いていたので、ホテルに着くなり温泉に行った。真っ黒い天然温泉である。客は私ともう1人。ゆっくり浸かったのだった。


(特別編集委員 野瀬泰申)

*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。


★今週のおかわりは「サバ寿司、赤てん、世界遺産〜デスク版実食編」千葉・勝浦に人の大漁旗〜関東・甲信越B−1グランプリです。ぜひお読みください。

島根県編(その1) はい、ストかまです

島根県編(その2) ゆで・ソフト・スパゲッティ式・めん

島根県編(その3) 市民がアイス安来のキャンデー

島根県編(その4) へかやき、うず煮、うずめ飯

島根県実食編(下) 焼きそばを大根おろしで食べたなら

デスク版実食編 サバ寿司、赤てん、世界遺産


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2013年10月4日

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