第242回 宮崎県実食編 「かにまき汁」で生き返る

特別編集委員 野瀬泰申


宮崎県

 今週は、先週予告したとおり宮崎県実食編です。
 太平洋に面して長い海岸線を持ち、内陸は山深く、何より温暖で食べ物に恵まれた宮崎県。その食の魅力を探しに旅してきました。
 今週のおかわりは、デスクの宮崎県北実食編です
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西諸弁のポスター 意味分かります?
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西諸弁のポスター 意味分かります?

 2015年24、25の両日、宮崎県実食の旅に行った。私は県南、デスクが県北と分担したのだが、鉄道の本数が限られているため助っ人が必要だった。そこに手を挙げてくださったのが熊本市在住のapple-aさん(以下aさん)と宮崎県日南市出身で名古屋在住のnozaki(以下nさん)である。

 県南に行くなら宮崎空港からではなく、車で熊本から目指そうということになって23日夜、熊本市内の居酒屋で集合した。そこで食べたチャンポンが絶品であったのだが、熊本県編ではないので割愛。

 24日午前9時、aさん運転の車で九州自動車道に乗る。途中、PAなどに寄ったのだがコンビニが入っていたりして地方色希薄につき、盛り上がらず。長いトンネルをいくつか通って小林市に入った。小林市は南北に長い宮崎県の南西に位置する盆地の町。

出の山公園はホタルの生息地
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出の山公園はホタルの生息地

 西諸弁がフランス語にそっくりというので評判になり、市がつくった移住促進キャンペーン映像もネット上でおびただしい数の視聴者を獲得している。「じょじょんよかとこ」である。

 私たちが最初に向かったのは出(いで)の山公園であった。ホタルの生息地として知られ、nさんによると「山全体がホタルで埋まる」という。案内看板にも「山が動く」と表現されている。夏になると清流で育ったおびただしいゲンジボタルが木という木に止まり、あるいは飛び、一帯がホタルの光で満たされる。一度見たいものである。

柔らかな水であった
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柔らかな水であった

 ホタルは清流にしかすまないが、確かに池の水は澄み、その横にはわき水があった。わき水を手ですくって飲んでみる。柔らかな水であった。

 だが本当の目的はチョウザメであった。公園のほとりに市立の淡水魚水族館があり、その手前の道路沿いにチョウザメの養殖池が並んでいる。ここは県水産試験場小林分場の施設である。

 同分場は1991年にベステルというチョウザメの種苗生産に成功し、2004年に全国で初めてシロチョウザメの人工種苗生産にこぎ着けた。

チョウザメの養殖池
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チョウザメの養殖池

 解説パネルには「近い将来、天然のキャビアは手に入らなくなるかもしれません。このため、チョウザメは宮崎の新たな養殖対象魚として注目されています」とある。

 市や商工会議所にはキャビア専門の部署もあるらしい。なのに、宮崎県のどこに行けば県産キャビアを売っているのかわからない。そして小林市が力を入れているように見えるのはチョウザメの身の販売促進の方なのである。

 キャッチフレーズは「チョウザメ料理は寿司が一番!」。ということで市内7店舗で創作チョウザメ料理や弁当を売っている。nさんが事前に弁当を1個だけ予約していて、後で取りに行くことになっている。

洋菓子店「南国屋今門」
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洋菓子店「南国屋今門」

 池の周りを少し歩いて吉都線小林駅に向かった。

 駅のすぐそばの洋菓子店「南国屋今門」に入る。ここはチーズ饅頭が大の人気で、ケーキ類が並ぶガラスケースの上に各種チーズ饅頭がそろっている。

 私たちが入る前に客がいて、私たちの後ろにも客が何人か待っている。要するにひっきりなしに客が来るのである。お目当てはほぼ全員がチーズ饅頭。贈答用なのか箱詰めで買う人も少なくない。

 nさんは「県内ではあちこちでチーズ饅頭を売っていますが、ここが元祖という説があります」と教えてくれた。

 私たちもそれぞれチーズ饅頭を買い、ほど近い弁当店でチョウザメ弁当を受け取った。

チーズ饅頭
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チーズ饅頭

 さてお昼にしようか。といっても弁当を食べるのではない。湖の畔で天然うなぎに舌鼓を打つのである。楽しみだなあ。どんなうなぎかなあ。最近、うなぎの美味さを再認識した私は期待に胸を膨らませたのである。

 天然うなぎは福岡と群馬で食べているが、小林市はさきほど見たように清流の町である。車に乗っていて窓外に流れる川の風景も美しかった。水がきれいということは、うなぎも臭みがなくてさぞ美味いことであろう。うっふっふ。

 のどかな田園風景を縫って走る道を行き、ダム湖である小野湖の湖岸で降りた。旅館「勝美館」に靴を脱ぐ。大広間に座卓が並び、そこでうなぎをいただくのである。

うなぎ定食上
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うなぎ定食上

 メニューを見てまず驚いた。うなぎ定食並1100円。上1700円。特上2200円。うなぎ丼並1100円。上1600円。やすー。天然うなぎでこの値段かよ。相談の上、私とaさんが定食の上、nさんが丼の上にした。

 そんでもって出て来たのがこれ。

 九州ではうな重というのを見た記憶がなく、この定食スタイルがスタンダードであるらしい。見た瞬間、思い出した。かつて長崎県の諫早で食べたうなぎ定食のことを。頭が痛くなるほど甘かった。

尾頭付き
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尾頭付き

 塗り物風の器に入ったうなぎに伸ばした箸が止まった。なんと尾頭付きではないか。大阪では頭を付けて焼くが、出すときに切り落とす。切り落としたものが「半助」で、豆腐と煮ると「半助豆腐」になる。しかしここ小林市では頭を落とさずに出すのである。腹開きであることが頭を見ればわかる。そして直焼きである。

 一同食べ始める。

 aさん「甘、甘ーい」
 nさん「うん、甘い」
 私「甘、甘、甘、甘ーい」

おやじギャグが好きな人がいるらしい
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おやじギャグが好きな人がいるらしい

 うなぎを箸で取ると、たれが糸を引く。水飴であろう。九州の醤油の中には水飴含有のものもあるので、普通に焼いても甘いのはわかるが、甘さが増量されているようである。

「この辺は甘くないと客が納得しませんからね」というnさんの言葉にうなずきながら、うなぎ、ご飯、肝吸い、漬物を食べ進む。

 たれは大甘だが、なるほど天然うなぎだけあって、たれの甘さの下から確かなうなぎの味が立ち上る。身は厚く脂濃くない。3人ともほぼ無言で平らげた。特上にしなくてよかった。並でもよかったかも。

高さ30メートルのつり橋
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高さ30メートルのつり橋

 おなかが一杯のなったところで小野湖を望む「すきむらんど」に向かった。ここは合併前は須木村といったので「すきむら」と「らんど」がかかっているのである。

 日帰り温泉や宿泊施設、レストラン、高さ30メートルのつり橋などがあるのだが、どこかに「ふるさと創生」とかバブルのにおいがしないでもない。土曜日ながら紅葉には早いせいか、人影はまばら。

 しかしながら小野湖は美しい湖で遠景の滝が風情を醸す。揺れるつり橋の上から写真を撮った。

掘っても掘っても普通のアイス
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掘っても掘っても普通のアイス

 売店で買ったのが「愛す栗夢」。売店には「須木なのを買って栗!」という看板が掛かっていて、どうもおやじギャグが好きな人がいるらしい。大変良いことである。

 補強された木のテーブルで愛す栗夢を食べる。ところが3人とも同じことを言った。

「栗の味がしない」

 掘っても掘っても普通のアイス、それも甘さをぐっと抑えたアイスの味しかしないのである。nさんは「昔食べたのと違うような気がする。どうして栗の味がしないんだろう」

埋蔵金発見!
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埋蔵金発見!

 そのとき、木のスプーンが固いものに当たった。栗が埋蔵金のように容器の底の部分に隠れていたのであった。ああよかった。

 aさん「栗を上の方に出した方がいいと思う」
 私「そうそう、フタを開けたら見えるぐらいでいいと思う」

 てなことをほざきながら栗夢を完食したのだった。

 アイスを食べた後で、さっき買ったチョウザメ弁当を開けてみた。こんな具合である。

チョウザメ弁当
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チョウザメ弁当

 左があぶったシロチョウザメの身で、右があぶったシベリアチョウザメの身。右には「へべす」をかけろと書いてある。へべすというのは地元産の「平兵衛酢」という柑橘類である。右の身には蒲焼きのたれをかけろとのこと。

 キャビアは……1粒も入っていない。キャビアはどこに行った?

 結局、弁当はnさんの胃袋に収まったため味はわからなかったが、nさんの食後の感想は「ご飯が美味しかった」というものであった。関係者にとっては微妙な感想であろう。

Superゲンキ快
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Superゲンキ快

 すきむらんどからの帰り道、酒屋兼食料品店の壁にオレンジ色の自動販売機を発見。

「サンA、つまり宮崎県農協果汁という会社の自動販売機です。珍しいでしょ?」とnさんが言った。見たこともないペットや缶飲料が並んでいる。「Superゲンキ快」とかいいじゃないか。缶コーヒーのデザインも見たことがあるようで見たことがない。わいわい言いながら写真を撮っていると。外で何かをしていたらしい店の人が心配そうに寄ってきた。

「何かありましたか?」
「いやいや、珍しいもので、写真を撮らせてもらっていました」
「そうでしたか」

サンAの自販機
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サンAの自販機

 店の人の物腰、言葉遣い、表情。そのどれもがいい人そうであった。私は思わず店内に入り、少し考えて焼酎の4合瓶を買った。何も買わないと悪いような気がしたのであった。

 買ったはいいが、バッグにいれるととたんに重くなった。これを背負って東京に帰るのはつらい。会社から家に戻るまでがつらい。

 そこで沈思黙考の末に「地元に家があるnさんに押しつけよう。そうだそれがいい」という結論に達し、素早く実行に移したのだった。

宮崎一の繁華街
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宮崎一の繁華街

 そんなことがあって宮崎自動車道を走り、宮崎市内に行く。車が少ない。とても少ない。このため宮崎には余裕を持って着くことができた。ホテルには温泉がついていたので、私は早速湯に浸かり、夜の部に備えた。

 夜の部。何の予定もない。予約もしていない。一番の繁華街、橘通りとか飲食店街のニシタチ(西橘)とかをうろうろする。人が多い。相当のにぎわいである。県庁所在地でも「あれー」と思うくらい寂れたまちがあるが、宮崎はそうではない。バブルのころの博多・中州を思わせるほどの活気である。

 歩いていてnさんがこんなことをつぶやいた。

宮崎ホルモン焼きの元祖店?
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宮崎ホルモン焼きの元祖店?

「こんなにホルモン焼きの店があったかなあ。ほんと、ホルモンの店が多い」

 nさんは大学を卒業するまで宮崎にいた。飲んでもいた。しかしホルモンの店が、それも年季が入った店が多いのに改めて驚いた様子である。

「風景に溶け込んで気がつかなかったのかな」

 そんなわけで、私たちはホルモンの店に入ることにした。aさんは異存なし。私は歯のことを考えると少し異存があったものの、ここは入って雰囲気を知る必要がある。

「つぼや本店」という赤いのれんが目に入った。のれんを上げてのぞいてみると、ちょうど3人分の席が空くところだった。カウンターに半分埋め込まれた七輪が並ぶ。炭火である。真上に煙を吸い込むホースの親方のようなのが付いている。

七輪焼き
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七輪焼き

 ホルモン380円。タン400円。レバー380円。特上カルビ800円。

 取りあえずホルモンと特上カルビを注文した。すると若いご主人が目の前の七輪にのった金網に物件を広げる。タマネギが混じっている。それを菜箸でかき混ぜ、裏返し、均等に熱が通ったところで手前に動かした。「もう焼けたぞ。食べてよし」の合図である。

 肉に味は付いていない。特製のたれでよし、ゆずコショウでよし、塩でよし。私は赤いけれど辛くないたれでいただいた。肉厚のカルビが柔らかい。ホルモンも柔らかい。

ガラナ
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ガラナ

 私はハイボールから日本酒に切り替えた。

 aさんの前には「ガラナ」。ガラナは北海道のものが有名だが、実は宮崎でもポピュラー。経緯は長くなるので割愛する。

 nさんもビールから焼酎に変更である。常連さんらしい人々がにぎやかに飲み食いしている。

 ハツ、レバー、ピーマンを追加注文すると、別々に焼くのではなく、ミックスが出て来た。ここの流儀であろう。

 急に店が空いた。この機会に若いご主人に声をかける。

「この店は古いんですか?」
「昭和25年からです」
「ということは65年目」
「ええ、宮崎ではウチが最初にホルモンの店を出したと聞いています。いまは相当広がりましたが」

トリスバー 赤煉瓦
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トリスバー 赤煉瓦

 従業員の女性が加わる。

「いつもは予約を断ることもあるほど混むんですが、今夜はなぜか……」

 ビンゴ&ラッキー! 私たちは老舗というか宮崎ホルモン焼きの元祖らしい店に運良く入ったようである。なんだか得をした気分になって店を出た。

 まだ宵の口である。少し歩くと角に「トリスバー 赤煉瓦」という店がある。私は立ち止まって記憶をたどった。

「ああ、ここだ。ここに1度来ている」

 もう20ウン年前、地鶏焼きの取材で宮崎に来たとき、ふらりと入ったのがこのバーであった。カウンターだけの店で、バーテンダーと話しているうちに共通の知人がいることが判明し、盛り上がったことを覚えている。

ホワイトもレッドも
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ホワイトもレッドも

「入りますか?」
「入りましょう!」

 カウンターに座ると壁に並んだ洋酒に見覚えがあるような気がしてきた。間違いなく、この店である。

 バーテンダーは隣の店にいるとのことであったが、ベテランらしい女性バーテンダーもすがすがしく、居心地がいい。

 見ればサントリーレッドがあるではないか。ホワイトもあるではないか。学生時代、ウイスキーを飲むなら1瓶500円ほどのレッドであった。これしか飲めなかった。ホワイトには手が出なかったのである。

「僕たちはホワイトでしたね」とnさんが言った。そんなこと聞いてません。

つまみはチーズのりんごサンド
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つまみはチーズのりんごサンド

 こうなるとレッドを飲まないわけにはいかないではないか。シングルで400円である。

「ロックでください」

 飲む。ああ、こんな味だったなあ。

 aさん「美味しいですか?」
 私「いろいろなウイスキーを飲んできた身からすると味はスカです。でも半世紀前の私たちにとってウイスキーといえばこれだったのです」
 aさん「うふふ」

黒荷田茶屋
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黒荷田茶屋

 何ですか、そのうふふは。

 このように現代日本の明るく正しい宮崎の夜は更けていったのである。

 翌朝。またしても午前9時出発。本日の目当ては「かにまき汁」である。いまは日南市になっている北郷の「黒荷田茶屋」に行く。「70過ぎ」の河野ツマエさんが1人で切り盛りしている。山太郎がにを潰して汁ものに仕立てたものである。私は佐賀県唐津市と伊万里市で食べている。唐津ではツガニと呼び、伊万里では山太郎がにと言った。標準和名はモクズガニ。上海がにの近縁種である。

かにと味噌だけ
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かにと味噌だけ

 挨拶した後、河野さんが厨房に消え、やがて「お待ちどうさま」とお盆を運んできた。大きなお椀にふわふわと浮かぶ川がにの身とかにミソ。

「かにと味噌だけ。出しは入れていません。それとショウガね」

 すすってみるとショウガの風味の中から、かにの豊かな味わいがわき出してくる。ああ、止まらない。もう一口、もう一口。

「生き返るー」。nさんがため息とともに言った。

漬物などがついて500円!
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漬物などがついて500円!

「頭痛が治ったー」。aさんも天を仰ぐように叫んだ。

 2人がどんな状態から生き返ったのか痛みが消えたのかわからないが、ともかく問答無用の美味さである。

「今年は雨が少なかったので不漁でねえ。捕れたときに漁師さんからまとめて買って、臼と杵で細かく潰すんです。それを漉して1人前ずつ小分けして冷凍しておくんですよ。お客さんには喜んでもらえるけど、私もトシだし、もう来年はやめよう、来年こそやめようと思い続けています」

 河野さんにaさんが「そんなこと言わずに続けてください」と言ったのだが、同感である。機会があれば来年も食べたい。

JR九州の企画列車「海幸山幸」
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JR九州の企画列車「海幸山幸」

 全員の幸せ指数が上がったところで日南線北郷駅に向かう。

 駅舎は古く、乗車券売り場も閉まっている。駅がなくなるのかな。そうではなくていまの駅舎から線路の方に出たところに新しい駅舎が建っていた。たった1人の駅員さんが「駅前再開発が計画されていまして、駅前交番の辺りにも何か建つそうですよ」。

 古い駅舎に張られた時刻表を見ていたら、背後から「間に合います。野瀬さん、間に合いますよ」というnさんの大きな声がした。aさんも「間に合う、間に合う」と声を合わせる。

車内には木があふれている
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車内には木があふれている

 何が? 何に間に合うの?

 もう10数分するとJR九州の観光列車「海幸山幸」がこの駅に止まるというのである。自由席もあるから北郷から次の目的地、飫肥(おび)まで乗れ、是非にも乗れ、どうしても乗れということらしい。

 2人とも異常にテンションが上がっている。

「鉄分多いんですか?」
「かなり」
「相当」

アテンダントによる「海彦山彦」の紙芝居も
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アテンダントによる「海彦山彦」の紙芝居も

「海幸山幸に乗れるなんて、野瀬さん、あなたは凄くラッキーな人です」と2人の目が言っている。それなら乗ってもいいよ。

 乗車券も買わず、やってきた海幸山幸に乗った。JR九州の列車を一手に手掛ける水戸岡鋭治さんのデザインらしく、車内には飫肥杉がふんだんに使われている。背もたれ、肘掛け、ブラインド。入らなかったがトイレも多分そうだろう。

 中では若い女性のアテンダントが「海彦山彦」の紙芝居を見せている。乗客の大半は大人だが、みんな熱心に聞いていて終わると大きな拍手が起きた。

石垣が美しい
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石垣が美しい

 古い車両を改造したので揺れるし、音も大きい。なのに乗客はただこの2両編成の列車に乗れたというだけで満足な様子である。

 十何分かで列車が飫肥に着くと、駅前には2人が北郷から追いかけてきた車が駐車していた。姿が見えないと思ったら、aさんは、10分間停車の列車に入り込み、触ったり写真を撮ったりしたそうな。鉄分高いのお。

 aさんは、やや興奮したまま飫肥城に車を走らせた。飫肥城は美しい城である。機械で切ったような直線を持つ石が組まれた石垣も美しい。真っすぐに天へと伸びる飫肥杉も美しい。

波止場にはカツオ漁船
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波止場にはカツオ漁船

 いにしえの姿を残す町並みは息を飲むほどで、石垣の下の細い流れに泳ぐ錦鯉にaさんが少女のような歓声をあげた。

 nさんが予約をしていた店で厚焼き卵を買った。ほとんどの店が昔ながらの鉄の卵焼き鍋と炭火で焼いているのに対し、その店だけはオーブントースターで1時間かけて焼き上げるというのである。どんな厚焼き卵であろうか。

 時計を見ながら目井津の港に急いだ。波止場にはカツオ漁船が白い船体を陽光に輝かせながら停泊している。

ごんぐり
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ごんぐり

 港の駅では各種魚を売っている。「ごんぐり」がある。マグロの胃袋で、刻んで煮る。

 隣はレストランになっているが、予想通り行列ができている。

 時間はお昼時なのに、なぜか誰もお腹が空いたと言わない。かにまき汁で満たされた味覚をほかの味で濁らせたくないからだろうか。少なくとも私は何も食べたいとは思わなかった。

「実食の旅なのに、お昼ご飯も食べないなんて。いいのかなー」
「いいんじゃない」

古澤醸造合名会社
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古澤醸造合名会社

 私の自問自答である。

 そんなわけで昼ご飯抜きのまま大堂津の古澤醸造合名会社に行く。

 nさんが見学の予約をしてくれている。芋焼酎の製造過程を見せてくれるという。代表社員というか5代目の古澤昌子さんが、理路整然、ときにたとえを交えて焼酎ができるまでを説明してくださった。麹を育て、酒母をつくり、芋をかけ、アルコール発酵させて蒸留する。書けばそれだけだが、均等な品質を保つのは並大抵なことではない。そのことがよくわかった。

伝統を守り継ぐ古澤昌子さん
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伝統を守り継ぐ古澤昌子さん

 見学が終われば普通はその辺で試飲となり、お礼の代わりに商品を買って帰るものと相場は決まっているのに、古澤さんは立派な庭がある母屋の座敷に招じ入れてくれた。

 茶菓が出た。5種類の焼酎の瓶が並ぶ。小さな猪口で飲み比べ。なまり節を醤油とみりんで炊いたものまで出た。

「焼酎にはこれです」

 古澤さんによると大堂津には最盛期で6軒の味噌、醤油蔵があったという。なぜ狭い大堂津にそんなに集中したのか。

焼酎にはこれです
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焼酎にはこれです

「醸造に不可欠なのが塩ですが、近所に塩田があったんです。それと港。輸送にも適していました」

 なるほど。塩か。船か。

 そんなあれこれを話しているうちに思わず時が過ぎてしまった。おいとましようとしたら、なんとお土産まで持たされたのである。お土産は焼酎であった。

 私たちだけが特別なのではなく「車で見える方が多いので試飲していただけません。それで少しお持ち帰りいただこうかと」。親切すぎます。ありがたいけど。

太陽農園のスイートピー
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太陽農園のスイートピー

 本日最後の目的地。それは太陽農園、つまりnさんの実家である。道路沿いのビニールハウスに着くとnさんのお兄さんが待っていてくれた。

 太陽農園はスイートピーを栽培している。11月から出荷が始まるという色とりどりのスイートピーが6万本。赤いのもあれば薄いピンクもあれば紫がかったものもある。どれも可憐(かれん)である。日南市がスイートピーの産地であることを初めて知った。

 花の話あれこれをうかがった後、nさんの実家に上がらせてもらった。

ようかんのような舌触り
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ようかんのような舌触り

 ご両親とも健在で、ちょうどその日はご父君の誕生日であった。赤飯の用意がしてあるという。3世代がにぎやかに暮らしている様子が手に取るようにわかる。

 お茶をいただき、飫肥で買った厚焼き卵を開いた。薄く切って口に運ぶと、ようかんのような舌触りがする。思ったほど甘くはなく、卵の味が勝っている。

 材料は卵、砂糖、みりん、塩だけ。和風のプリンか。なめらかさと味の均一さという点で、オーブントースター作戦は大成功のようである。

日本のひなた宮崎県
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日本のひなた宮崎県

 同じく途中で買った「あくまき」も試食した。砂糖もきな粉に付けず、そのまま口に運ぶ。「あく」がいい味を出している。これまで食べたあくまきの中では最上のものであった。

 これにて日程終了。aさんは熊本に戻り、私は宮崎市まで車で送ってもらった。途中、白波が押し寄せる太平洋と水平線を眺め、その上にぼんやりと浮かぶ月の写真を撮った。

 宮崎は美しい。美味しい。何より人が温かい。最近のキャッチフレーズは「日本のひなた宮崎県」。ひなたでもいいが、私には「日だまり」の温もりに思えた。

 宮崎の皆さん、ありがとうございました。

 ところで宮崎県産キャビアはどこに行ったのか。皆さんも調べてください。

(特別編集委員 野瀬泰申)


*映像はflashビデオです。一部機種では再生できないことがあります。ご容赦ください。


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★今週のおかわりは「本場・延岡で食べるチキン南蛮、辛麺〜デスク版宮崎県実食編」です。ぜひお読みください。

宮崎県編(その1) 「チキン南蛮」はなぜ「南蛮」?

宮崎県編(その2) ギョ! うどん?

宮崎県編(その3) かにまき汁にごんぐり煮

宮崎県編(その4) 白い皮、むいて食べるな日向夏


 


●筆者(特別編集委員 野瀬泰申)へのお気軽メールはこちら(tabeb@nex.nikkei.co.jp

2015年10月30日

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